時差の恋のキューピッド!?
慧十とアタシが同棲? を始めて数日が経過した。ついに学校も始まっていろいろと忙しくなっている。クラスが別れているがSクラスとАクラスは実は隣でよく顔は見るのだが少し遠い。だが慧十は休み時間に話しかけて来ることはない……。クラスの男子と話していることが大半だ。最近少し寂しいがそれも一時だった。放課後には慧十が迎えに来てくれる。少し恥ずかしいが嬉しくもあるのだ最近はよくこんな感情になる……。何か暖かい気持ちに。
「そういえば聖ちゃんは誰とオリエンテーションやるか決めた?」
「オリエンテーション?」
「嘘ぉ! そろそろ気にしないといい男の子は皆取られちゃうよ」
「で、何をするの?」
「簡単に言えばスタンプラリーかな? パートナーと一緒に回るのよ。まぁ、だいたいの女子はSクラスの緋皇君狙いかな? 内容は毎年違うから分かんないけどね。スタンプラリーなのは確定だよ」
「フーン……。アイツそんなに人気なんだ」
教室の入口がざわめいた。入って来たのは噂をしていた慧十だ。まっすぐにアタシの所に歩いてきて父親からの物らしいメモとそれに関係するらしいカードのような物を置いていく。慧十は帰りに教室にいるように耳打ちして帰って行った。彼が教室に入ってから出て行くまでにおよそ一分間。その間だけ男子の乱雑な喋り声も女子生徒の割高な話し声やマナーを考えないギャル系の生徒の馬鹿笑いも全て……物音全てが止まり彼の室内用の革靴が立てるコツコツという音以外は……止まった。
「帰りは教室で待ってて」
「あ、おう」
彼はとても上品な動きを取る。そんな動きを見ていると皆空気が止まるのだ。唖然とする竹華をアタシが気にせずに封筒に入っているらしいメモを出しておられている物を広げる音を口火に男子は喋り出す。そのすぐ後にギャル最後に竹華を含んだ女子。彼女等は慧十に見とれていて我を忘れていたが……気付いたらしい女子生徒の面々から質問攻めにあった。慧十の人気を浮き彫りにするには十分すぎたようだ。
「聖ちゃん! なんで緋皇君と話してるの?」
「どういう関係なの!?」
「やっぱりオリエンテーションも緋皇君狙い?」
その声に一通り答えるだけでも大変だった。アタシとしてはなぜそこまでアイツが人気なのかはわからないが話は合わせておいた。確かに美形でルックス、スタイルも良好で男子の中でレベルが高いことは認める。でも、性格はかなりひねくれている。だからアタシとしては少しくらい顔やスタイルに欠点があったとしてもそちらを選ぶべきだと思うのだ。
「大変だったねぇ……。聖ちゃん」
「うん。慧十のヤツは何も考えずに来るからなぁ」
「へぇ……やっぱり下の名前で呼ぶんだ。なんか面白そうだし今度聖ちゃんの家に行っていい?」
「え、あ、うん。いいよ」
「うん、今度帰りに寄るね。私の家はお母さんもお父さんも単身赴任中だしお兄ちゃんもいないし」
さっきから話しているこの子は笹瀬 竹華という娘で最初にアタシに話しかけてくれたからそのまま仲良くしているのだ。彼女は小柄でかわいらしい。アタシもこれくらいだと良いのになと思った。これくらいで胸も平均より少しあるくらいで……。それくらいがいい。アタシは普通くらいがうれしい何事にも……。あ、けして欲が無いわけではない。でも、普通くらいがいい。
「竹華は慧十に興味あるの?」
「無いといったら嘘になるけど恋愛感情は無いよ」
「じゃぁ誰?」
「そんなこと言える訳がないじゃん」
放課後にアタシはそのまま竹華と話ながら慧十を待っていた。そこに慧十が同じ位の身長の男子を連れて歩いて来た。清閑な顔立ちのスポーツ系の男子だ。しかし、スポーツ選抜クラスのクラス証を付けておらず付けているのは普通科のクラス証だった。彼も美形と言えば美形だが慧十のタイプとは違うスポーツ系のカッコよさだ。
「待たせたな。聖、行くぞ」
「あ、ちょっと待って」
「じゃぁね! また後で竹華!」
「うん!」
その時、慧十に促され後ろにいた男子が竹華に話かけた。その瞬間に竹華の表情が変わり戸惑ったようなあいまいな笑いを作った。顔は赤く耳にまでそれがうかがえる。アタシは直ぐに気が付いた。竹華が好きなのはこの男のようだ。名前が解らないが部活は髪の毛が濡れているから水泳部なのだろう。
「笹瀬さん清名さんの家に行くの? よければ送ろうか? 俺には脚もあるし」
「へ? え、そうなの? ありがと」
男の方も明らかに緊張と恥ずかしさから固まっている。清純というか純情というか……そんな男は周りに意識を集中させられないため慧十がアタシのために紹介してくれた。ホントに泳ぐために産まれて来たような名前だ。正直……驚き。
「コイツは魚街 泳って言うんだ。で、一応ある条件のもと俺達の家に連れて行くことにした訳さ」
「じゃあ……仕事関係か」
「あぁ、ちょっと理由があるが俺が面倒見ることにした」
そんな話を竹華と泳の前で話ながらアタシ達はグラウンドの横にある駐輪場のバイク置き場まで歩いた。
「やっぱりそのスポーツタイプのバイクはお前のか、泳」
「そういうフル装備の大型もお前のやつだったんだな。慧十」
慧十の後ろにアタシが乗り魚街のバイクの後ろには真っ赤になった竹華が乗った。学校から見て慧十と聖の住んでいるアパートは北側にあり小さいが傾斜が大きい山がある。そこを抜けると直ぐに居住区が見えてくるのだ。アタシは都会はあまり好きではない。だから父親に無理を言って山向こうの中規模居住区に住んでいる。
「着くぜ!」
「わかった!」
手を振りながら合図をしアパートの近くでスピードを落とす。そして直ぐに着いた。
「へぇ……。ここかぁ私の家に結構近いね。」
「そうなの?アタシ達の部屋は最上階の一番広いやつだよ。服もあるし泊まってく?」
「いいの?」
「慧十さえよければね」
「俺に振るなよ。俺は泳を泊めるつもりだったがな」
結局、魚街も竹華も泊まることになった。魚街は昔からの慧十の知り合いで相談したいことがあり来たらしい。竹華も同じだ魚街の名前を出すだけで顔が真っ赤になる。そういう竹華の態度から直ぐにわかってしまうのだ。
「でも、ビックリだよ。聖ちゃんが実は緋皇君と同棲してたなんて」
「まぁ、成り行きなんだけどね。確かにアタシは慧十のことは嫌いじゃないけど正直何か釣り合わなくてさ。アタシと慧十」
「そんなこと無いよ。だって緋皇君は指輪までくれたんでしょう?」
「なんで指輪のことを……」
「やっぱり!ってことは彼相当なお金持ちの息子じゃん!」
「だから、アタシじゃ釣り合わないのさぁ……」
そんな話をしながらアタシと竹華は盛り上がっていた。アタシが作った服の話やアタシ自身の話、主に胸と慧十との関係などと学校のオリエンテーションのについて沢山話した。
「しっかし久しぶりだな。慧十、お前と会うのは二年の全中ぶりか?」
「そうだな。俺が水泳を辞めたのがその頃だからそうだろう」
「で、聖さんとは付き合ってるのか?」
「いや、向こうが慣れてくれるまでは付き合わないつもりさ」
「ほぅ。だがよ、今回は俺の相談を聞いてくれるんだよな?」
テレビゲームでシューティングをしながら、最初は慧十とアタシのことを話していたらしい。アタシ達はその頃は慧十からもらったダイヤの指輪について話していた。そして居間に四人で集まり次の週にまで近付いたオリエンテーションの話をし慧十の押しの不振感からアタシも気づいてしまった。どうやらこの二人は知らないだけで両思いらしい。知らないとは恐ろしいことだ。
「慧十は誰かと行く予定は有るのか?」
「俺は聖と行くつもりだったけど」
「ふぇっ!いいの?アタシなんかで!」
「…………和みますなぁ」
「うん、和むわねぇ」
「ちょっと二人とも!」
「そうだ忘れる所だった。泳はこのあと仕事の割り振りがあるからついでに笹瀬さんを連れて来な。今日はみんな私服だしあんまり目立たないはずだから」
「わかった。これから頼むよ」
「あぁ、一応家庭の理由ってことでシフトは普通のランクに入れておいた。学校の連中に気どられるなよ」
「わかってるよ」
慧十の案内で四人で店の裏手に行き従業員用の駐車場にバイクを置いて二人を案内した。今日のイベントは『一般庶民になってみよう』らしい。この店の客は大抵どこかのお嬢様や御曹司であまりそういった服装をしない人が多い。
「ホントにここ緋…ごめん。夜井君の店なの?」
「えぇ。その通りですよ」
アタシたちは広いホールの側面に連なる店の一角にある喫茶店で話している。アタシ達四人の服装はかなり派手でそれぞれが際立っている。慧十は黒を基体とした服装をしていてそれに対する用にアタシは白を基調にしたミニスカとパーカーだ。魚街は紺色のシャツに黒っぽいジーンズ、竹華は薄い緑のワンピースの上に白いジャケットを着ていてジャケットの下の方に緑の唐草が刺繍してある。
「皇太さん? 俺も言葉使いを変えないといけないんですか?」
「当たり前だ。それから笹瀬さんの誕生日を聞いておけよ」
「わかってます」
「二人で何をコソコソしてんだ? 慧十! アタシには秘密は無しだぞ! あっ! 聞かなかった事にする気だな!」
喫茶店で話した後に慧十はアタシを連れて他のエリアに行った。もちろん、竹華と泳は同行し他の所に行ったようだ。
「やっぱり気づいてたんだ。皇太もあの二人のことに」
「当たり前だ。俺はアイツにそのことで相談されてたんだ。それにバイトのことも絡んでたからな」
皇太がニヤニヤ笑いながらカタログを見ている。今、いる店は前回、慧十が指輪をオーダーしていた所だ。そこにタイミング良く泳からメールが届いた。確かに魚町の性格なら解りやすい気もする。うん……。確かにおおちゃくだ。
『七夕』
この一言が書かれたメールが届き慧十が呆れたような声を出して直ぐに受け付けに歩いて行った。アタシは何かはぐらかされてるようで気に入らないがそのままついて行った。
「ふぅ…………。全く横着なヤツめ。さぁてやるかぁ」
「何をするんだ?」
その頃の泳と竹華は……。
「ごめんね。俺、水泳しか出来ないし趣味がなくてこんなとこに連れて来ちゃったけど」
「いいの。気にしないで。私も懐かしいの……。昔ね、私も水泳やってたから」
彼らはショッピングモールでいろいろと買っていた。そして時間は過ぎ夜の0時を回り慧十とアタシは作業を終え取りあえず二人と合流し家に帰った。そして朝に……。
「聖……。ちょっと協力してくれ」
一言呟くとアタシの前にちょうど顔を重ねるような形で立っていた。つくづく思う……。この男は相当な策士だと。アタシまで使ってくるのだ。人の気持ちも知らないで……。
「…………」
「…………」
お互いを見て真っ赤になっている二人をよそに慧十はクスクス笑いながらアタシの目を見ている。あまり感心は出来ないけど……。でも、二人にはいい刺激になるだろう。アタシの事を考えてくれないのはどうかなと思うが……。
「さて。明日は学校だぜ? 両家の親にも許可取ったし真下の部屋に移る準備しときなよ。二人とも」
「どういうことだよ!」
「ごめんね。魚街君、私がお願いしたの。家は両親ともアメリカに単身赴任だしお兄ちゃんも結婚して家を離れちゃったから。寂しくて」
ここでも策士、慧十が一枚かんでいるようだ。竹華が少々演劇じみたことをしていたから魚街の方は完全に騙されて?いたが結果的には上手く行ったのでよしとしたいところだ。アタシは慧十に策略の一部として使われ少し腹立たしいが二人きりになるまでは我慢しよう。
「よし。二人とも頑張ってな。俺が協力出来るのはこれが最後だから」
「あぁ、ありがとな。今回もお前に世話になっちまったがこんど借りは返すからな」
「それから“これ”はオリエンテーションの後で渡しな、それが一番いいと思うし」
「何から何まで悪いな」
そう言って慧十は階段を上がりアタシ達の部屋に帰ってきた。少し不機嫌なアタシに気付いたらしく更にニヤニヤしながら横に座った。策士というがここまで来ると嫌がらせでしかないと思う。いろいろやられはするが……ここまで来ると……。
「どうしたの? まさか朝のことでそんなに怒ってるのかい?」
「ばっ馬鹿! そんなわけあるか!」
アタシは後から気付いた。完全に慧十のペースに乗せられていることに慧十が策士だということは重々承知してた。なのに……。またしてやられてしまったようだ。はぁ…………。
「じゃ、今する?」
「ふぇっ!?なっなななな何を!」
「キス……」
「そんなっ……へっ?顔近いよ……」
次の瞬間アタシは慧十にデコピンされ目が覚めた。そして憎らしい一言を最後に笑いながらその場を離れて行った。アタシはそのまま顔を赤くしたまましばらく固まっていた。
「可愛いね。聖は……」
憎らしいがその策略にはまってしまった敗者には何もいう権利は残されていなかった。アタシは少し落胆も覚えながら首に提げているダイヤの指輪に触れて一言、慧十に聞こえないようにせめてもの抵抗をした。
「馬鹿……」
そして、一日が円満に終わりついに新しい一週間が始まった。この週は“パートナー争奪戦”と呼ばれていて各自配られたネームプレートをパートナーと決めた相手に渡しに行くのだ。アタシはもちろん受け身状態で待っている。あの策士はすぐにアタシの所に来ると踏んでいたからだ。しかし、昼放課まで待っても来ないのだ少し不安になったが理由はすぐにわかった。策士も水攻め……いや、人の壁に合えば外に出られないようだ。
「相変わらず凄い人気だねぇ。緋皇君、あれは教室を出られないようにするバリケードにしか見えないね」
「うん…………。少しほっとしたかも」
「やっぱり聖ちゃんは緋皇君のことむがっおぉぉ! ひひりひゃん! やへへよ!」
その先の言葉を言わせないようにしながらアタシは竹華の口を覆った。そして、放課後にアタシのところにきた。少し疲れた様子の慧十にすることは一つ!昨日の仕返しだ。
「ねぇ……。慧十! アタシが怒ってる理由……わかるよねぇ?」
「プレートだろ?」
「そう……。じゃぁ何か償いをしてよ」
「いいよ」
アタシもからかうつもりで慧十の首に腕を回し背伸びをして顔を近付けた。その時に少し油断などしなければ……。うん、油断なんてしていなければ……。
「バレバレだよ。聖……!」
「いてっ!」
またもデコピンをくらいアタシが負けてしまった。しかもアタシの手の平にプレートを置いて反対の手を取ったと思ったら今度はその手にキスをしてきた。アタシの理性と精神がついて来ないのがとても悔しいが……。敗者にはいう資格はない。三回目だ……そろそろ正直になってもいいのではないかと思う。
「聖ちゃん!? ……お邪魔だった?」
「いや! 全然! これっぽっちも! 大丈夫だから!」
慧十はなんのフォローもせずにただニコニコしている。最近はこの四人で帰ることが多い。アタシ達と同じマンションに住んでいる二人だから交友も多いしよく遊びに行ったり来たりしている。今日はアタシが竹華の家に泊まり魚街がアタシ達の家に行くのだ。
「でも、緋皇君って大人しく見えたけどけっこう大胆だね」
「慧十は何も考えてないだけだよ。アタシなんてずっと慧十に乗せられてるしさ」
「確かに策士だよねぇ。でも、あんまり女心はわかってないよね……彼」
「確かに」
その頃の慧十達は……。
「ハックシュッ!」
「風邪か?」
「いや、下の階で噂されてんだろ」
「そうかもな」
そしてアタシ達。
「竹華はなんか進展あったの? 魚街とさ」
「うぅん。これと言って無いかも、彼が遠慮しちゃって私の部屋に来てくれないし」
「なんかさ……。いきなり話題とんだよね? 取りあえず告白したかされたか無いの?」
「?……。うん、私も受け身だし泳君も受け身だからあれから進まなくて」
もう一度慧十達に……。
「ハックシュィ!」
「これで確定だな俺達の噂してるな下の階では」
「違いないね。さぁ集中しないと死ぬぜ!」
「大丈夫だって泳……お前よりへたくそなヤツはあんまりいないから」
「………………」
更に日が進みオリエンテーション当日。内容が発表された。スタンプラリーなのは本当に当たっている。校内にあるチェックポイントでスタンプを集めゴールした順位を競う物だ。アタシはあまりこういう物が好きではない。慧十はかなり得意そうだがなにがお題かわからない以上不安なところがあるようだ。
「ねぇ、視線が痛い」
「そうか? 柔らかい視線ばかりではないが暖かい視線も多いと思うが?」
それもそうだ。三年生から一年生まで慧十の人気は高いらしい。竹華の情報では三年生の先輩の告白を断ったらしい。それ以外にもいろいろな情報を持っている竹華からかなり情報を手に入れた。今日のオリエンテーションの内容まで。
「聖ちゃ~~~ん! いたいた!」
「竹華! どうしたの?」
「オリエンテーションの内容を手に入れたよ!」
「はぁぁぁ!?」
内容はレジャーのようなものだったが必ず仕掛けがある。通るのは広大な学園の敷地内を駆け巡るのだチェックポイントは5つで順番は自由に回っていいらしい。
「なら。進路は決定だな。場所から考えて運動とかではないらしいな一番近いところから潰して行こう」
「じゃぁ、本校舎、武道館、課外塔、日の目灯台、正門かぁ。けっこう歩くね」
「しょうがないさ。だが近道は出来る」
号令と共にスポーツ選抜の体力のあるチームが走って行く。その頃アタシ達一向はあることを逆手にとり車庫に向かった。
「急がば回れってな。行くぞ!泳!」
「あぁ!後ろ二人は頑張って付いて来てくれよ!」
アタシ達は留意事項の中に乗り物のしよう禁止が書かれていないことを利用し道を皆が使う道をそれて走ったのだ。そして我等が天才慧十が問題を難なく解いてくれるから割合スムーズに一発目はクリアした。
「次は何なんだよ!」
「さぁな! だが二番目からは走りはしないが体育関係が含まれてる」
二番目は意外と難なくクリアした。二、三年野球部が固める守りをパートナーと一緒に崩すのだ。
「ほぉ~。これなら行けるな。泳! 準備はいいか? 女性陣がゆっくり走れるようにでかいの飛ばすぜ!」
「何でお前はそんなにキザなのかねぇ」
野球経験はないと言う慧十。しかし、綺麗な弧を描き五階建ての校舎の屋上に乗せてアタシを走るように促した。
「綺麗にいったねぇ~。全くアイツは何者なんだか」
「そうねぇ。彗星のように現れて消えて行った。伝説のスイマーか」
「ふぅ…。そうなんだよって……なんで知ってるの!?」
「私も二年前までやってたのよ。水泳を」
次は竹華と泳のペアが挑戦した。バッターは竹華が勤めランナーは泳だ。竹華は小柄で頼りないくらい幼い少女だ。見た目は……。
「いっくよぉ!」
「わかった!」
ギャップが恐ろしい。この竹華の運動能力はよくできる男子なみだ。慧十の弧の更に上を描き校舎を抜け反対側にあるプールまで飛んで行く。
「やっぱな。五区の女王はだてじゃないか」
「何それ!」
「あとから説明してやるから今は我慢しな」
次の課題は慧十がクリアしてくれた。校舎の屋上に構えた数個のエアガンの内一番狙撃には向いていないはずの拳銃をとった。しかも、何もゴーグルなどの補助具を何も着けず一番遠くにあった風船を撃ち破った。
「はぁ……。おかしいよな。あんなのは」
「確かにね。アタシもアイツの人間らしからぬところには驚かされてばっかよ」
竹華もなんとかクリアして第四チェックポイントにきた。どうやら順位は高めらしい。体育会系の連中が多いが調理室でかなり苦戦していた。アタシ達も見た瞬間に絶句したがこのオリエンテーションが一日かける意味がわかってきた……。普段授業では出来ないことを評価するのがこのオリエンテーションの目的だ調理室の各ブースは白い壁で仕切られ回りを確認出来ない。そこから推測し慧十が竹華に何か囁いている。そしてアタシに向き直り直ぐにブースに入った。
「やっぱりか。これは材料から料理を当てる競技、さぁてと俺が全部やるから」
「ありがとう……。こんどから練習しときます」
「取りあえず隣に合図しておいて」
隣も同じようにこちらに合図をしてきた。そして料理の完成もほぼ同時だったし審査も同時に終えそのまま通過した。入れ替えのように次々にこの難題をクリアしようと現れるペアを後ろに最後のチェックポイントの灯台に向かった。
「行けよ! 計画は完璧に遂行してこそだ! 失敗しては意味がないからな?」
「サンキュー! じゃぁ行くな!」
慧十が速度を緩め二着でゴールに入った。一位から順に自由行動だ。泳は慧十に指定された場所にいき慧十の指示を待っていた。
「ねぇ。竹華は中学の大会はどこまで行ったの?」
「名前……。うん、私は一年の時に全国に行って……その後に怪我しちゃって二年前に引退だよ」
「何位?」
「優勝だったよ。懐かしいねぇ。あの頃は話しかけようとしても恥ずかしくて何も言えなかったの」
「もしかして……。五区の女王って……」
「そう。今は違うけど私だよ。今更だけど私ね泳君のことが好きなの」
「え……………………。ごめん。思考回路が……」
「やっぱり……だめ?」
「そういうことじゃなくて! 嬉しくてなんか……。そうだ! 渡す物があった」
慧十とアタシは海岸の上にある一段高い崖の上から見ていた。思わず納得してしまったがこの甘い状況を見ているアタシは赤面せざるを得ない状況だ。その後は……。
「渡す?」
「そう。渡すものだよ。慧十の店にはしきたりがあってね。なんか慧十のお袋さんが始めて慧十の親父さんの店に行った時に親父さんがプロポーズをしたんだとさ。誕生石の指輪を渡すのがそれからのしきたりらしい。だから清名さんもダイヤを持ってたのさ。慧十の誕生日は四月四日だから。でも、交換するのはアイツが勝手にはじめたらしいが」
「でも、こんな高そうな指輪……」
「大丈夫だよ。アイツが給料くれたしその点に関してはね。オレ達も交換しない?」
「うん…………。嬉しい」
アタシが目をそらそうとすると慧十がアタシの頭の上に手を置いて話かけてきた。
「見てやれよ……。親友だろ?」
「~~~~~~っ! はぁ~……。わかったわよ」
こうやって自分が恋をする前に友達の恋を成就させるのも恋愛小説のようで悪くないな……と思ったアタシ。二人はその後は幸せそうな生活をしている。アタシは見ているだけで少し羨ましいが相手が居ない以上なにも進まない。アタシも早く見つけなければと思ってしまう常日頃だった。