第9話 呼び出し
ベアトリクス様に会いにいくため王宮へ向かう。
前回言われた通りにライナスを連れている。
「ふあ」
思わずあくびが出る。
昨日は遅くまで起きていたため少し眠い。
2日前にあったダンジョンの実習は無事に終えた。
クラスメイトのパーティーがダンジョンの核を破壊したことでダンジョンは崩壊した。昨日は卒業資格を手に入れたパーティーを祝うため、夜遅くまで騒いでいた。
「アイク様、ベアトリクス様の前であくびなどなさらないでくださいよ」
「分かっている。というかベアトリクス様の前であくびができるほど俺は肝が座っていない」
パーティーメンバーとして慣れてしまったクロエの前でならまだしも、会うのが二度目のベアトリクス様前で緊張しないのは無理だ。
ベアトリクス様の前であくびができるのなら、小心者をすでに卒業している。
「ベアトリクス様に会いにいく前にあくびをしているだけで十分肝が座っていると思います」
「そうか?」
「そうです」
言われてみるとそんな気もする。
クロエで慣れたか?
ライナスと喋りながらも錬金術の師匠が運転する車は王宮へと近づいていく。
王宮の入り口の前で車が止まる。
「師匠、時間がどれほどかかるかわかりません」
「ああ、分かっている。気にするな」
車から降りると、王宮内を歩いてベアトリクス様の部屋へ向かう。
王宮の内装は緋色に黒、時々黄金。行き交う人はやたら体格が良く、角やら人でない形の耳が生えている。
相変わらず王宮は御伽話の魔王城のようだ。
王宮を歩いてベアトリクス様の部屋にたどり着く。
ドアをノックして入室の許可を取る。
「ベアトリクス様、アイザックです」
「入ってかまわない」
声がする前に鈍い音が部屋の中から響いた。
俺とライナスは顔を見合わせるが、お互い答えを知っているわけもないので扉を開ける。
ベアトリクス様はバーベルの置かれたパワーラックの前にいた。
バーベルにはテラパワーが販売する1枚100キロのプレートが10枚取り付けられている。バーの重さも合わせると1トンを超えている。
「よくきた。最後の1セットを終わらせてしまう。少し待ってほしい」
「はい」
ベアトリクス様はベンチに横になるとバーベルを手に取る。
1トンの重量を支えるバーは重さに負けてたわんでいる。
ベアトリクス様がゆっくりと大胸筋に効かせるように1トンのバーベルを胸に近づける。反動を使わないきれいなフォームは1トンでベンチプレスができるのだと証明している。
地球だとベンチプレスは一般男性だと100キロを超えられればすごい。大体であるが体重の三倍以上を持ち上げられれば大半の世界記録に達する。
俺は体重の三倍程度を持ち上げて世界記録と喜んでいたのだがな……。
セリアンスフィアの獣人は地球の人よりも力があるが、ベアトリクス様のように鍛え上げると1トンものバーベルを持ち上げられるのか……。
驚きを超えて感動すら覚える。
ベアトリクス様は6回目でバーベルをパワーラックに戻した。
1トンの重量を支えるパワーラックから大きな音が響く。
部屋の中らから響いていたのはバーベルを置いた音だったようだ。
息を整えたベアトリクス様は腹圧を調整するパワーベルトと手首を保護するリストラップを外す。全てのトレーニングギアを外すと、バーベルから100キロのプレートを順番に外してバーベルを片付けていく。
「またせたな」
部屋の片隅にあった執務机へと移動する。
「いえ、1トンでベンチプレスができるとは、すごいとしか言えません」
「テラパワーにアダマンタイト製の器具を特注したおかげで1トンを上げられるようになった。以前はバーが耐えられなかったからな」
「時折アダマンタイト製の器具が注文されているのは知っていましたが、実用品だったのですか」
「手で握れるような太さの鉄だと曲がって戻らなくなってしまうのでな」
ダンジョンの装備に使われるアダマンタイトは鉄以上に硬く柔軟性がある。
錬金術で作るアダマンタイトはそこまで希少ではないが、鉄よりも高価である。なんでバーベルのバーとして注文が入るのか不思議に思っていたが、まさか実用品として使用されていたとは……。
「当社の製品を愛用していただきありがとうございます」
「これからも使わせてもらう。しかし、本当にテラパワーはアイザックの会社だったのだな」
「はい。ライナスを連れて参りました」
俺の後ろに控えていたライナスが一歩前に出て頭を下げる。
「ベアトリクス様、テラパワーの創設者が私だけであると偽りを述べておりました。申し訳ありません」
「よい。貴族の表に出せない趣味だと理解している。本来なら隠し通していたであろう」
俺はベアトリクス様の配慮に感謝を伝えながら頭を下げる。
頭を上げると俺はベアトリクス様に話しかける。
「急ではありますが自分とライナスはテラパワーの共同代表となりました」
「隠すのをやめたか。理由は?」
「自分はデレクに自らの評判を落とすと約束しております。錬金術師として活動して評判を落とそうと思っております」
「律儀に守る必要はあるまい?」
「はい、おっしゃるとおりです。他にも個人的な事情があります……」
少し前まで俺は従者に養われていたのです、とは言い難い……。
「事情とは?」
「実家からの支援がなくなり……その、お金がないのです。正確にはテラパワーには蓄えたお金があるのですが、テラパワーと自分は一切関係がない立場であると表向きにはなっており、会社のお金をライナス経由で手に入れている状態でした」
回りくどくベアトリクス様に説明する。
「ああ、学園は給与が出ないからな」
「はい。ダンジョン攻略で多少は稼げますが、学園の生徒として生きるには厳しく……」
ダンジョンに行った後は当然武具の整備が必要になる。錬金術師であるためある程度自分でできるが、全て自分でやっていたら時間が足りない。整備に出せば当然お金がかかる。
それに従者や使用人に給与を払う必要が当然ある。
「必要であれば妾が支援してもよいぞ?」
「いえ、共同代表となりましたので暮らすための資金は余裕ができました」
「そうか。共同代表となった理由は理解した」
家の醜態は王族に知られてしまっている。
この際、個人的な評判など気にもならない。
「アイザック、学園からそなたの成績は聞いた」
「並程度には成績があるとよいのですが……」
「むしろ優秀と評価がされている。守りの硬さと的確な指示が秀でていると聞いている。さすがアックスオッターの生まれ」
「そのように評価されていたとは知りませんでした」
パーシーとクロエのおまけ程度の評価かと思っていた。
「学園からも王立竜騎士学院へ推薦にするに値する成績だと聞いている。妾がアイザックを学院へ推薦する」
「身に余る光栄です」
これでまたデレクから襲われる可能性は低くなった。
ダンジョンでの危険は増えたため、どちらがいいかは微妙なところだが。
「アックスオッター伯爵については現在調査中となっている。また何かわかれば教えよう」
「お心遣い誠に痛み入ります」
毒殺の調査が一週間程度で終わるとは思っていない。
「妾からの話は以上だ。しかし、テラパワーについて調べていた者たちが、本当の創設者がアイザックだと聞いて驚いていたぞ」
「驚くですか?」
貴族の趣味で作った会社は調べれば意外にすぐわかる。
知られているものだと思っていた。
「まさか10歳未満で会社を起こして大きくするとは思っていなかったようだ」
「当初の予定とは違い随分と規模が大きくなってしまいましたが、元々は趣味で作った錬金術の道具を売るために小さな会社を立ち上げただけです」
しばらく、ベアトリクス様と雑談を交わす。
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