第79話 焚き付けた者たち
ルーファス国王陛下がタッカー卿の肩を叩く。
時間をかけてタッカー卿が立ち上がる。
「タッカー卿は戦いに出る前に気絶させられたか」
「はい……元老院の中でも若い私は生きるようにと伝言が残されていました。元老院の一員として責務を果たすため、この場に参りました」
タッカー卿は俺より年上だが、30から40歳といったところだろうか。
騎士にも劣らない体つきで、戦おうとしたのもわかる。しかし、頬はこけて、目の下に濃い隈ができている。
「タートルジェイドに来た船はタッカー卿の船だけだったな」
「はい」
他に逃げ出した船は他の場所へ向かったのか。
バンブータイガー共和国には都市がいくつかある。ダンジョンの核を与えている国境付近の街に来る理由はないか。
タッカー卿が頭を下げる。
「ルーファス陛下、先ほどの言動、大変失礼いたしました。国境付近のダンジョンの方が先にモンスターが溢れているのは知っているというのに、街の様子を見て逃げ出す際の首都を思い出し取り乱してしまいました」
「理由は理解した。しかし、ダンジョンからモンスターが溢れたのは国境付近にあったダンジョンが先か」
「はい。首都で動き出した時には、ダンジョンからモンスターが溢れていました」
ほぼ同時といって良さそうな日数でダンジョンからモンスターが溢れているのか。
人を守りながらモンスターの討伐は難しい。それが普通よりも強いモンスターとなれば、不可能と言っていいだろう。
「国境付近に住むバンブータイガー共和国の民は無事でしょうか」
「ダンジョンのモンスターが溢れる前、バンブータイガー共和国の民にも避難を推奨していはした。しかし、実際に避難をしたのはわずか」
自国の民であれば強制もできるが、他国の民は注意を促す程度しかできない。
それにスカーレットドラゴン王国でも自国を守るので精一杯だった。
「やはり相当の被害が出たのでしょうか」
「被害は出ている。しかし、今回の作戦が想像以上にうまく行ったため、街までたどり着いたモンスターは少数。分かっている限りになるが、死者は百人以下。大半はスカーレットドラゴン王国で保護している」
「モンスターが街まで来て被害が百人以下」
タッカー卿が目を見開いている。
砲撃を抜け出したモンスターはそう多くはなかったか。
「ルーファス陛下、バンブータイガー共和国の元老議員として御礼を申し上げます」
タッカー卿が深々と頭を下げる。
「余裕があったため手を差し伸べたまで、民が上の決定で死ぬのはいたたまれない。もっとも、結果的に街は壊してしまったがな」
確かに街は川沿いにごっそりなくなってしまったな……。
「失礼ですが、街はなぜ壊されたのでしょうか?」
「ダンジョンに水を注いだ」
「水を……しかし、街が消えるほどの被害が?」
「余も深層ダンジョンよりも深いダンジョンに水を注ぐのは初めてであるが、恐ろしいほどの水を飲み込んでいた。ダンジョンから放出される水の勢いは恐ろしかった」
ルーファス国王陛下も水の勢いに恐れていたのか。
今後、名前付きのダンジョンに水を注ぐ場合、事前に水の流れる位置を計算した方がよさそうだ。
ルーファス国王陛下とタッカー卿が話していると、部屋の中に人が増えていく。
普通はルーファス国王陛下が最後に入室する気がするが、緊急の会談であるため先にいたのだろうか。いや、以前も俺が入室した時にはルーファス国王陛下は部屋にいたな。入室の順番を気にしないだけかもしれない。
「揃ったか?」
ルーファス国王陛下の隣に控えている騎士が首を横にふる。
「いえ。空を飛んでおり、連絡が届かぬものもいると思われます」
「空か。被害状況の確認を優先すべき、会談の内容は後で伝えればいい」
「了解いたしました」
ルーファス国王陛下が部屋全体を見るように顔を振る。
「先ほどいなかったものもいるため伝える。バンブータイガー共和国の首都近くにあったダンジョンからモンスターが溢れ、首都は壊滅したようだ」
部屋が重苦しい雰囲気になる。
ルーファス国王陛下の顔がタッカー卿の方を見る。
「タッカー卿、こちらから尋ねても?」
「私がわかる範囲であればお答えいたします」
「ダンジョンに核をなぜ与えた?」
ルーファス国王陛下が今回の騒動が起きた核心を尋ねた。
「魔石とモンスターの素材を簡単に手に入れられると話を持ちかけてきた者たちがいたのです。元老院も最初は慎重だったのですが、多数派である経済を重視する派閥が魔石とモンスターの素材が手にれられれば国が発展すると提案に乗ってしまいました」
「バンブータイガー共和国が始めたのではないのか?」
「はい。私たちは教わったに過ぎません」
バンブータイガー共和国が主導していたわけではないのか。可能性としては考慮していたが、実際にそうだとわかると衝撃。
部屋の中がざわめき始める。
ルーファス国王陛下の側近がざわめきを止めた。
「技術を教えた者たちはどこに行った?」
「一定期間、ダンジョンを管理していましたが、報酬を受け取るとバンブータイガーを去りました。最初に教わった拠点は空になっており、今の居場所はわかりません」
タッカー卿は拳を握り込み、体全体が震えている。
教えた者たちに怒っているのだろうか、それともダンジョンに核を与えるのに賛同した自分達に怒っているのだろうか。タッカー卿の怒りがどこに向いているのかは俺にはわからない。
「技術を教えた者たちの名は?」
「研究者の集まりで、自らをエリクサー・ラボラトリーと名乗っていました」
「エリクサー・ラボラトリー。初めて聞く」
ルーファス国王陛下が側近を見るが首を横にふる。
部屋の中にいる全員が首を横に振った。
「スカーレットドラゴン王国にも情報はありませんか……」
「急ぎ調べさせる。エリクサー・ラボラトリーという集団が、次のダンジョンに核を与えている可能性がある」
バンブータイガー共和国とディランの関係が知りたい。
口を挟むべきか一瞬迷ったが、会話が途切れている今なら声をかけても問題はなさそう。
「ルーファス国王陛下」
「アイザック、どうした?」
「ディラン・リスターについてお尋ねしてもよろしいでしょうか」
ルーファス国王陛下が頷く。
「タッカー卿、自分はアイザック・オブ・アックスオッター。ディラン・リスターという人物を知っているだろうか? 年をとった男性で白髪。スリーピースのスーツを着て、ステッキを手に持っている。ブラックウィングという貿易会社を経営していた」
ディランが変装した上で偽名を使っている可能性もある。
「年をとった男性で白髪……スリーピースのスーツを着てステッキを持ったディラン……。ブラックウィングは知りませんが、エリクサー・ラボラトリーに似た人物がいました」
「エリクサー・ラボラトリーにディランが?」
「同一人物かはわかりませんが、ディランと呼ばれていた人物と会っています」
貿易会社のブラックウィングではなく、謎の組織であるエリクサー・ラボラトリーにディランが所属している……?
エリクサー・ラボラトリーの所在はわからないが、ディランを探すためのきっかけを手に入れられた。
「ディランはバンブータイガー共和国でダンジョンに核を与え、アックスオッターでも核を与えたわけか」
ルーファス国王陛下が呟く。
「ルーファス国王陛下、ディランの過去を追えばエリクサー・ラボラトリーにたどり着けるかもしれません」
「ディランについて調べる人を増やそう」
ディランについてだけではなく、エリクサー・ラボラトリーの所在が掴めない間は、核を与えたダンジョンがないか調べる必要がありそうだ。
話す内容が多く、会談は長引く。
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