第76話 ダンジョンより放出される水
再びシャベルを手に取り穴を掘る。
今度は河川に向けて水が流れるように水路を掘り進めている。
川から水を流すわけではないため、川の水位より低く掘り進める必要はない。時間がある限りひたすら水路を作っている。
全ての魔力を使うわけにはいかないが、急ぎであるため身体強化も使って掘り進める。騎士で獣化ができるものは獣化するよう指示がでている。
「水路を作り始めて一ヶ月以上がたったが、ハーバートは何かしでかしていないだろうか」
楽な作業であるため、手を動かしながらも思考がそれる。
「仕事頼んだって言ってなかった?」
一緒に水路を掘っているパーシーが反応する。
「そうなんだがな。ガトリングや大砲を作った前科が……」
「王都と違って設備が整っていないから変なものは作れないんじゃ?」
「そう思いたい」
ハーバートにはシャベルの量産と修理を命じた。
騎士団のほぼ全員が水路作りに従事するため、事前に用意していたシャベルの数では足りなかった。
錬金術で物を作っていればハーバートも急に実験を始めはしないと思いたい。
「でもダンジョンに水を入れ始めてもうすぐ二ヶ月、暇で何かしでかしそうと心配するのもわかるな」
「もうすぐ二ヶ月か」
ダンジョンを水没させるのに必要な時間は低層、中層、深層でかかる時間が違う。深層以上に深い名前付きのダンジョンは、一部屋が広いという構造の特殊性もあって相当に時間がかかるようだ。
二ヶ月もの間水を流し込んでいるため、一体どれだけの水がダンジョンから溢れ出すのだろうか。
「水路も長い短いはあるけど、5本掘り進めたんだっけ」
「一度に複数作業しているからよくわからないが、水路は5本らしいな。水路を掘るため掘削機も増やしたからな」
師匠に試作の掘削機を追加で作ってもらった。
水没地域を減らすには結構な範囲を掘り返す必要があり、騎士以外も穴掘りに参加しているが速度は早くない。掘削機の数があれば速度が上がる。
「ダンジョンの討伐、そろそろだとは思うんだけどな」
「拠点をダンジョン前から移動させ、テラパワーの社員も大半をタートルジェイドに戻したからな。ルーファス国王陛下もそろそろダンジョンが討伐されるとは思っていそうだ」
騎士団が大砲や無限駆動の扱いに慣れてきたのもあり、テラパワーの社員をダンジョン前から下げようとルーファス国王陛下から提案された。断る理由もなく、テラパワーの社員の大半をタートルジェイドに下がらせた。
残っているのは掘削機が壊れた際に直すための人員だけ。
数人であれば何か起きた際にも守るのは簡単。
「今掘っている水路が終わったら——」
パーシーが何か言いかけて大声が響き渡る。
「退避! 退避! ダンジョンより水が出た!」
手を止めて固まる。
「想定通りに行動する」
「うん」
ダンジョンから本格的に水が出るまで時間があるとは予想されているが、何が起きるかはわからない。大急ぎで掘り進めていた水路から出る。
騎士たちは自らの足で水路から退避場所まで走り出す。
身体強化を使って凄まじい速度で走る騎士を横目に、俺は掘削機の近くへと移動する。
掘削機の周りに獣化した翼を持つ騎士が集まってくる。
中にはクロエの姿もある。
「クロエ、テラパワーの社員を頼む」
「任せて」
クロエがテラパワーの社員を掴むと空に飛び上がる。
「水はまだ来ていない。掘削機の移動を開始する」
掘削機は装甲車を改造しているため、走行速度が早い。
水が来るまでに間に合わない場合は掘削機を置いていくが、退避するのが間に合う可能性が高い。
掘削機から凄まじい量の蒸気が上がる。
掘削機の無限軌道が土を撒き散らしながら走行を始める。
「追いかける」
掘削機は整備されていない土の地面を飛び跳ねながら爆走する。
俺は爆走する掘削機の近くを走る。
人が走る速度をこえ、車が走るような速度。
普段は早く走ろうなどとは思わないが、身体強化を使えば車さえ追い抜ける。無駄に魔力を消費するため、普段は車を使っている。
「ダンジョン前から土煙が上がっているね」
パーシーから声をかけられる。
走っていても会話する余裕がある。
「ポンプ車も間に合えば移動させるらしいが、どうだろうな」
ホースを捨てる形で切り離し、ポンプ車だけ移動させる予定。
人命優先であるため、間に合うかは微妙なところ。
「アイク、拠点が近づいてきた」
「人にぶつかりそうだ、速度を落とすか」
水路を建設していた場所から3キロほど離れた拠点に駆け込む。ダンジョン前から移動した新しい拠点で、他の場所よりも若干小高い丘になっている。
水路から走った時間は数分。
掘削機も途中で止まらずに走り切った。何度も飛び跳ねていたため、どこか壊れているかもしれないが直せばいい。
「間に合ったか」
「余裕があるとは言われていたけれど、実際に経験すると慌てるね」
「そうだな」
到着したのを第二騎士団に伝える。
逃げるのを優先されているため、集合などせずに逃げている。集合場所で全員がいるかの確認がされる。
「アイク」
「クロエ」
「テラパワーの社員は全員避難させたわ」
「ありがとう」
空を飛んで先に避難したのはみたが、実際に避難がうまくいくと安堵する。
少し落ち着き周囲を見回すと、拠点は騎士団の団員が動き回りざわめいている。
「後はどれだけ水路が役割を果たしてくれるか」
今のところダンジョンがある付近は変化が見られない。
ダンジョンは地面に埋まるようにして存在するため、どこにダンジョンがあるかすらよくわからない。
黙ってダンジョンがある方角を見ていると、水が流れるのが見え始める。
徐々に水量が増えていき、川のように水が流れていく。
当然、水は高い場所から低い場所へと流れる。
「思ったよりは勢いがないな?」
隣にいるパーシーに話しかける。
クロエはカール殿下の元に帰って行った。
「いや、まだこれからじゃない?」
「本格的に水が出ていない可能性があるのか」
再び黙ってダンジョンがある方向を見続ける。
時間が経過すると噴水のように水が噴き出てくる。
「ここからでも噴き出ているのが見えるな」
「このくらいなら想定内かな?」
ダンジョンの入り口が小さいからだろうか、そこまでの勢いはないように思える。このままであれば街は水没しないで済むかもしれない。
三度黙って見ていると、すぐに考えが甘かったのを理解させられた。
「………………」
噴水のように見えていた水の吹き出し方がかわり、今は水が弧を描いている。ダンジョンは斜めになっているため、水の勢いが増すと弧を描くのだろう……。
ダムから水が放出されるような勢いで、轟く音がダンジョン付近から音がする。
「これは……」
俺たちより高い位置まで水が噴き出している。
唖然と噴き出る水を見るしかない。
「……僕たちが掘った水路程度で被害減らせるのかな?」
「厳しいだろうな」
多少は減ると思いたいが、水の出る量が多すぎる。
周囲を見回すと、騎士団の団員は俺と同じように噴き出る水を見上げて固まっている。
「ねえ、アイク」
「なんだ?」
「ここまで水来ないよね?」
「海に向かって低くなっているから来ないと思う。多分……」
水の噴き出るあまりの勢いに俺も自信がない。
「もう少し距離を取るよう進言しない?」
「そうしよう」
ベアトリクス様を経由してルーファス国王陛下に伝えると、騎士団は動き始める。緊急であるため、テントや一部の車両は置いたまま移動する。
移動中も水量は落ちる様子を見せず、凄まじい音を立てている。
移動中も後ろを確認しながらでないと不安で仕方がない。
「ダンジョンボスより恐ろしいよ」
「楽な討伐だと思ったが最後の最後でとんでもない」
大量に噴き出る水の前では、魔力や筋肉は意味をなさない。
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