第55話 獣化
クロエとパーシーが俺を見捨てないと言ってくれるのは嬉しい。
しかし、俺の覚悟にクロエとパーシーを巻き込みたくはない。
セリアンスフィアの貴族は死を恐れないが、死は本来とても恐ろしいもの。一度死んで転生した俺ほど死の恐ろしさを知っているものはいない。
俺が黙っていると、クロエとパーシーがヘルムを脱いで俺を射抜くようにみる。
二人の表情から怒っているのがわかる。表情を見ていると二人の見た目が変わり始めているのに気づく。
「アイクが止まらないのなら、私がダンジョンを討伐するわ」
クロエの首元から髪の色と同じ、薄い青色の鱗が生えてくる。冬の澄み切った空のように透き通った青い鱗は細かく、磨かれた宝石のように光沢があり光を反射する。
輝く鱗はクロエを艶やかに彩る。
クロエの甲冑が軋みだし、背中側の装甲が吹き飛び翼が広がる。
翼はクロエの身長ほどもある。
翼の一部には青い鱗が生え、翼の先には白い鉤爪。
生死を分ける戦いの中であるのに、クロエがきれいだと感じる。
「僕がダンジョンを討伐する」
パーシーの茶色い角が水晶のように透き通っていく。
ツノの周りから燃えるような緋色の鱗が生えていき、顔の形が恐竜のようなドラゴンの顔へと変わっていく。
鈍く光る硬そうな鱗に顔が完全に覆われる。
パーシーは年相応の幼なげな風貌から、迫力ある風貌に変わった。
生命力あふれるパーシーは頼もしい。
「二人が獣化した……」
クロエとパーシーが視線を俺から外して、お互いの顔を見合わせる。
「パーシー、獣化しているわ!」
「クロエ、獣化しているよ!」
予想外の獣化に気が抜けた。
しかし、獣化したのに二人は気づいていなかったのか。
俺も言われて気づいたが、獣化しても気づかないものなのだろうか。
「翼が生えているわ」
クロエが体を捻り、翼を動かす。
残っていた甲冑が完全に破損して落ちてしまう。
「僕は尻尾も翼もないな」
パーシーが背中を見て残念そうな声を上げる。
「パーシーは顔が変わっているわよ」
「顔?」
「顔よ」
パーシーが手で顔を触り始める。
手が口元から牙へと移っていく。
ドラゴンの顔だというのに訝しげな表情だとわかるのは何故だろうか。
「顔、変わっているね」
「角も水晶のように透明になっているわね」
「角は今見られないよ」
顔と角は鏡がないと見られないだろう。
獣化して姿が変わったクロエとパーシーを見比べて、魔力量が以前よりも多くなっているのを感じる。
「二人とも魔力が増えているが、パーシーの増え方が多すぎないか?」
見違えるほどにパーシーの魔力が増えている。パーシーはクロエほど魔力が多くはなかったが、今はクロエを超えている。
魔力が増える量は個人差があるとは思うが、パーシーの増え方は個人差の範囲でおさまるようには見えない。
「水晶のように透明な角は魔力が増えると言われているわ」
こんな時であるのにパーシーが羨ましく思う。
俺も透明な角が良かった。
「アイクの力が強くなったように、僕は魔力が増えたのか」
「ええ」
クロエとパーシーは戦意が高揚したように笑う。
「ダンジョンボスのヘカトンケイルを討伐しよう」
「そうね。ダンジョンを討伐しましょう」
クロエが翼を動かすとふわりと浮き上がり、上下左右に滑るように飛ぶ。
初めて飛ぶと言うのに違和感がない。
「思ったより簡単ね。思い通りに飛べるわ」
クロエが大剣を抜くと下段に構える。
雪の結晶が成長するようにクロエの魔力が大剣へと注がれる。
「我、セレストドラゴンの子なり。凍てつくドラゴンの息吹は全ての敵を凍らせ、盟友を守護する盾となる」
詠唱しながらクロエが翼を大きく羽ばたかせる。
「薄氷」
大剣から氷の刃が生える。
クロエは魔法が完成すると、凄まじい勢いで飛び出す。
あまりに早く、剣から伸びる魔法の残像が尾を引く。クロエの髪のような薄い青の尾を引きながらダンジョンボスの巨大なヘカトンケイルに近づいていく。
クロエに気づいたヘカトンケイルが目からビームを打つが、クロエは曲芸飛行のように直角に降下上昇を繰り返してビームを避ける。クロエがさらに近づくとヘカトンケイルが手に持った剣を振るう。クロエは剣を避けながら接近を試みる。
クロエは頭部に近づこうとするが、ヘカトンケイルも接近を許さない。
俺には飛んでいるクロエを支援する術がない。クロエとヘカトンケイルの攻防を見ているしかできない。
ヘカトンケイルの足元から翼を持った騎士が飛び立ち、クロエを補助するようにヘカトンケイルへと攻撃を始める。するとヘカトンケイルがクロエ以外の騎士に気が逸れたのがわかる。
クロエは一瞬の隙をついて、ヘカトンケイルの頭部に肉薄する。
青い線を引いて剣が振られる。
剣が振り抜かれた次の瞬間、ヘカトンケイルの頭部が落ちる。
クロエがヘカトンケイルを倒すとパーシーの魔力が雷雲のようにうねる。
「我、スカーレットドラゴンの子なり。ウォールナットスクワローに轟く雷鳴は大地を揺らし、稲妻の雨を降らせる」
パーシーも詠唱を始めた。
体の外に放出された魔力が帯電するように音を立てながら光り輝く。
「サンダーボルト」
魔力が魔法へと変わり、パーシーの指差す方向に巨大な落雷が落ちる。
ダンジョンボスの巨大なヘカトンケイルに落雷が直撃する。ヘカトンケイルは体から煙を上げ、幾つもある目が全て白目を剥いている。崩れ落ちるように膝をついてうつ伏せに倒れる。
倒れたヘカトンケイルに騎士たちが群がっていく。
騎士たちが武器を振り、頭部が切り離される。
「アイクだけが全てを背負う必要はない。騎士団は強いよ」
パーシーが俺を見る。
二人の活躍で落ち着いて周囲を見回せるようになる。
通常のヘカトンケイルは次々に討伐され、ダンジョンボスのヘカトンケイルもまた騎士たちによって倒されている。
足を切られ倒されるヘカトンケイル、魔法で燃やされたヘカトンケイル。
気づかないうちにヘカトンケイルが減っている。
戦っているのは俺たちだけではないと気付かされる。
「焦って空回りしていたのか」
「ダンジョンボスが通常より多いといっても騎士団の数よりは少ない。焦る必要はないよ」
アックスオッターのダンジョンを討伐するために集まった騎士は、スカーレットドラゴン王国の中でも選りすぐりの騎士たち。学園を卒業して騎士になったばかりの俺よりも強いものが大勢いる。
俺は獣化して少し強くなった程度。圧倒的に経験が不足している。
「ああ……気負いすぎていたか」
「貴族が守るのは領地だけでない。貴族は国を守るんだ。アックスオッターを守ろうという気持ちは皆同じだ」
誰もが引こうとせず、ヘカトンケイルに立ち向かっていく。
俺もそこに加わりたい。
「パーシー、やはり下がるわけにはいかない。無茶はしないから行かせてくれ」
「仕方ないな。いいよ」
「いいのか?」
止められると思っていた。
思わず聞き返してしまう。
「さっきまでヘカトンケイルに突っ込んで死にそうだったけど、今はそこまでの焦りは見えない」
先程まで周りを見られていなかった。
ヘカトンケイルに突っ込んで死にそうという、パーシーの言葉を否定できない。
「確かにさっきよりは落ち着いた」
パーシーが頷く。
「なぜかクロエが次のヘカトンケイルを倒しに行ってしまったから、援護に回ろうか」
確かにクロエが戻ってきていない。
パーシーと話しているうちにクロエが次のヘカトンケイルを攻撃していた。
ヘカトンケイルがビームを打ったり、武器を振り回してクロエを追い払おうとしている。
俺を止めるはずだったクロエが暴走している。
「クロエが怪我しないうちに助けよう」
「そうだね」
ブックマーク、評価がありましたらお願いします。




