第5話 ベアトリクス
クロエの視線の先にはトレーニング用のベンチに女性が座っているのが見える。
女性は黒い大きな角に、艶やかな緋色の長髪。
黒色に緋色。二色の髪と角を持つのはスカーレットドラゴン王国の王族。
顔が引き攣っていき、慌ててひざまずく。
「アイザック・オブ・アックスオッターと申します」
「パーシヴァル・オブ・ウォールナットスクワローと申します。
頼むから会いにいく相手が王族だと言ってから連れてきてくれ。
心臓が痛いほど早く鼓動している。
「妾はベアトリクス・オブ・スカーレットドラゴン。第二騎士団の副団長に任命されている」
間違いなく王族。しかも副団長。
顔が引き攣るを超えて血の気が引いてくる。
「約束なき面会、大変失礼いたしました」
「妾は気にしていない。面をあげて楽にするが良い」
恐る恐る顔を上げて立ち上がる。
改めてベアトリクス様を見ると、爽やかに笑っておられる。アンバランスに見えるほどの筋肉を持っているが、不思議と美しい。
「無礼を許していただき感謝いたします」
「其方たちが気にする必要はない。スカーレットドラゴン王国でクロエの担当は妾ゆえ、何かあれば対応するのが妾の仕事なのでな」
セレストドラゴン王国からスカーレットドラゴン王国に留学しているクロエには王宮に担当者がいるとは聞いていた。しかし、担当が王族だとは思うまい。
「アイクにパーシー、トリスなら普通に接しても許してくれるわよ」
「うむ。妾は王族であるため副団長に命ぜられたが、普段は騎士としてダンジョンを攻略しておる。妾に対してかしこまる必要はない」
普通に接しても問題ないと言われて、わかりましたと頷くわけには行かない。
無難に頭を下げて同意したように見せておく。
そんな俺を見たベアトリクス様は苦笑して頷いた。
「それでクロエ、妾に友人を紹介したくてきたわけではないであろう?」
「あ、そうなの。アイクの話を聞いてくれない? 私だけでは判断できなくて」
「アイクとは、アイザック・オブ・アックスオッターの……アックスオッター!?」
ベアトリクス様が目を見開いて俺を見る。
な、なんだ!? 何かしでかしたか!?
「常識さえあれば理想の騎士とされるアックスオッターの子供がまとも!?」
常識がないとけなされているようで、実は騎士として褒められている気もする。
しかし、常識がないのは父だけの特徴だと思っていたが、ベアトリクス様の言い方からすると、アックスオッターの一族は昔から常識がないようだ。
俺が普通のアックスオッターと違うのは前世の記憶があるからだろう。体を動かすの嫌いではないため、転生者でなければ父や兄と同じように育っていた気がする。
「家の中で変わり者の自覚はあります」
転生者であるとは言わない。
というか今まで転生者だと伝えて理解してくれたのは、従者のライナスと錬金術の師匠くらい。一応、父にも伝えたのだが理解していたか怪しい。パーシーやクロエには学園を卒業後どうなるかわからないのもあって伝えていない。
「変わり者というよりはむしろ正常と言うべきだと思うが……なんにしろ礼を欠いていた。失礼した」
ベアトリクス様が頭を下げてきた。
王族に頭を下げられて焦る。
「お気になさらないでください。当家が変わっている自覚はあります」
学園に入学してから父が変わり者なのはよく理解している。
さらにデレクが父と兄を毒殺したのも含めると、アックスオッター家が随分と変わっているのは事実。
「それでアイザックは何の相談をしに妾の元へ?」
俺が相談したかったわけではないのだが、誰が相談したかったかなどは関係がないか。
「ベアトリクス様はアックスオッター家の訃報についてはご存知でしょうか?」
「アックスオッター伯爵と後嗣が亡くなったという一報は聞いている。本当に亡くなっていたのか?」
貴族は通常ダンジョンに行く場合、血族は別々にパーティーを組む。
一度ダンジョンに行けば最低でも一週間は休暇を取るため、ダンジョンに行く日が被らないようにする。当主か後継者のどちらかが家に残り、血を引いたものがいなくなるのを避けるためだ。
そのため、父と兄が同時に亡くなったのはかなり珍しい分類に入る。
「はい。伯爵である自分の父と、後嗣である長男は死亡したようです」
「本当だったとは……。優秀な騎士がダンジョンで散るのは残念で仕方がない」
ベアトリクス様は父と兄がダンジョンで死んだと勘違いをしている。
もし父と兄がダンジョンで死んでいるのならそのまま伯爵になっていただけだろう。伯爵として何をすべきか教わる人がいないという問題はあったであろうが、ベアトリクス様に相談することもなかっただろう。
「それがダンジョンで死んだわけではないようでして……」
「何があった?」
ベアトリクス様が前のめりになる。
「証拠はありませんが、毒殺されたのだと思います」
「毒殺?」
異母兄弟のデレクについて話した上で、俺がアックスオッターに帰った時に起きたことを最初から話す。
俺の話を聞いたベアトリクス様は腕を組んで眉をひそめる。
「パーティーメンバーのクロエに当家の話をしたところ、クロエから文明が破滅する分岐点だと教わりました。ベアトリクス様に相談するため今日は参りました」
ベアトリクス様が頷く。
「アイザックの言葉を信じるのであれば憂慮すべき問題……」
「証拠になるものは何一つ残っておりません。デレクに聞いていただいても構いませんが、正直に話すかどうかは……」
「今聞いた育ちからして、話すとは思えない」
「その通りだと思われます」
家督が欲しいだけで父と兄を殺したデレク。
デレクは元々貴族として育っているわけではないため、王家への忠誠心などもないだろう。王家からデレクに毒殺したかと問うたところで正直にいうわけがない。
「アイザックに伝えたところで意味はないが、腕の立つ騎士を家督などとどうでもよいことで失うのは我慢ならない」
「父と兄も家督が欲しいと伝えれば、騎士として身を立てた後で譲っていたかと」
騎士は国と領地を守るのが最優先であり、地位にそこまで興味はない。
「デレクを呼び出す必要があるか。ちなみにアイザックは家督を取り戻す気は?」
「ベアトリクス様にはお伝えしにくいのですが、自分は元々貴族であることをやめたいと思っておりました」
「アックスオッターの子供が貴族を辞めたい?」
「自分は死ぬのが怖いのです。ダンジョンも怖ければデレクに命を狙われるのも怖い小心者です」
前世で死んだ時は通り魔から刺されて死んだため、怖さよりも困惑が強かった。しかし、生まれ変わってから冷静になると、死んだ時の理不尽さと死にゆく感覚の怖さが押し寄せてきた。
次に死ぬときは暴力以外で死にたい。
後ろ向きな考えではあるが、血が流れて感覚のなくなっていく体を感じるのはもう嫌なのだ。
「小心者。命知らずの騎士は短命に終わる。己を知るアイザックは良い騎士になるな」
「学園を辞めて錬金術師として生きようとした自分には過分なお言葉です」
「クロエとパーティーを組んでいるほどの者が錬金術師?」
ベアトリクス様から怒られるか睨みつけられるかと思っていたが、そんなことはなかった。しかし、不思議そうな声音がないわけではない。
「はい。錬金術の道具が好きなのです。もっとも、先ほど友より今更学園を辞めるのは無理であろうと止められましたが……」
「クロエのパーティーは卒業に足る優秀な成績を残していたか。優秀な成績で学園を辞めさせるわけにはいかない」
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