第4話 分水嶺
騎士団に所属すると結局ダンジョンに行かねばならないのは変わらない。竜騎士ほど高頻度ではないが中層以降に行く可能性もある。だったら王立竜騎士学院に行っても変わらないのか……。
王立竜騎士学院に行くか悩んでいるとドアが勢いよく開いた。
「アイク、パーシーもう来ていたのね」
とても元気の良い可憐な声が部屋に響く。
現れたのは雪のように白い大きな2本の角。冬の澄み切った空のように薄い青色の髪を肩より少し下で切り揃えている。
黙っていれば可憐な少女にしか見えない。
「クロエ」
クロエ・オブ・セレストドラゴン、セレストドラゴン王国第二王女。
セレストドラゴン王国は俺が住むスカーレットドラゴン王国の重要な友好国。
クロエは現在スカーレットドラゴン王国へ留学している最中。
パーシーと同い年の13歳の少女で、俺が間違えてパーティーに誘った少女でもある。
クロエが笑顔で俺に話しかける。
「アイク、随分と王都に戻ってくるのが早かったわね?」
「あー……」
先ほどパーシーに話したばかりだが、クロエにもう一度話す。
クロエが来てから説明すればよかったのだが、俺は誰かに話を聞いてもらいたかった。
パーシーなら的確な助言をくれそうというのも理由の一つではあるが。
俺がアックスオッターで起きた出来事を説明すると、クロエの表情はパーシー同様に引いたり驚いたりと様々に変わった。
セレストドラゴン王国とスカーレットドラゴン王国は友好国なだけあって、常識がほとんど変わらない。そのためクロエが引いたり驚いたりするのはパーシーと同じ。
「——という訳でデレクに殺されそうになったけど王都に逃げられた」
俺の話が終わってもクロエが「うーん」と腕を組みながら唸っている。
俺はクロエが家督を取り返しに行くと腕を振り上げないかと警戒する。
王族であるクロエの助力があれば家督を取り返すのはできると思う。しかし、家督を取り返した後に領地を治めるのがどう考えても大変なのが……。元々継ぐ気持ちが薄かったこともあり、領地の治め方がよくわからない。
しばらく唸っていたクロエが手を叩いた。
「思い出した。お父様たちが言っていた、分水嶺ね」
アックスオッターの家督についてではなかったようだ。
しかし、分水嶺ってなんだ?
「分水嶺?」
「ええと、セリアンスフィアの文明は定期的に破滅しそうになるの。破滅を防げるかどうかの岐路という意味で分水嶺」
文明が定期的に破滅しそうになる?
学園で教わった記憶がないが……。
「分水嶺の意味は分かったけど、破滅するとは?」
「技術の発展によりダンジョンを軽視する人が増えて、ダンジョンの氾濫を招く」
ダンジョンを軽視して氾濫を招くか……。
ダンジョンの氾濫は一番警戒すべき事態。
セリアンスフィアには国同士の戦争というものを聞いたことがない。なぜならダンジョンと常に戦争しているような状況で、人と戦争などしていられる状況ではないからだ。
「個人的にはダンジョンを軽視する人が増えていると感じたことがないが……」
「まだ決定的ではないんじゃない? ダンジョン軽視の前兆として家督争いや経済重視の効率化が代表的な例として挙げられるわね」
家督争いに経済重視の思考、心当たりがとてもある。
「デレクが家督争いをしたのもそうだけど、デレクの祖父は大きな会社を経営している。会社を経営する上で経済を重要視する考えになっていてもおかしくはない」
デレクは家に来る前は祖父とともに生活していた。
祖父の考えに染まっていても違和感はない。
「やはり国民の一部はダンジョン軽視に意識が変わり始めている可能性があるのね」
良い方向か悪い方向かは別として、考えが変わるのは誰にだってある。
しかし、ダンジョンの軽視はとてもまずい。
ダンジョンは世界の侵略者であり、軽視して良い存在ではない。
「ダンジョンの軽視がまずいのは理解した。それで今回の毒殺は国にとってまずいことなのか?」
「憂慮すべき事態ね。アイクは王宮に毒殺について伝えたの?」
「父が死んだのは伝えたが、毒殺については伝えていない。毒殺したという証拠もないからな」
遺体はすでに火葬されてない。
俺が盛られた毒も解毒してしまったため、証言という形でしか話せない。
そもそも前世の警察ほど証拠の鑑定技術が高くないため、証拠が残っていたとしても毒殺したかどうかの鑑定ができるかは微妙ではある。
それにデレクと揉めると、また命を狙われるという危機感がある。
「それじゃ、まず相談しに行きましょう」
「相談? 誰に?」
俺が相談できる相手が少ない。
「んー……すぐに会ってくれそうなのはトリスかしら?」
「トリス?」
俺にトリスという名前の知り合いはいない。
クロエの知り合いか?
「とりあえず行ってみるわよ!」
「え? うん」
クロエは椅子から立ち上がってすでに部屋から出て行こうとしている。
俺とパーシーはクロエの後を追う。
クロエが何か決めると即行動するのはいつものことである。
クロエの用意した車に乗って移動する。
学園内で済む用事かと思っていたのだが違ったようだ。
車が止まった場所は王宮の前。
クロエの知り合いであろうトリスと呼んだ人に会うのが怖くなってきた……。普段は王女だと感じさせることないクロエだが、セレストドラゴン王国の第二王女。王女が知り合いと呼ぶ人の地位が低いわけがない。
嫌な予感を感じながらクロエについていく。
王宮は城ではなく、フランスのルーブル美術館のような複数の建物が回廊で繋がった建築物。建物の飾りにはスカーレットドラゴン王国の色である緋色と黒が多く使われていて、荘厳だが邪悪さも感じられる。
クロエが進むのは騎士団の部署があるという建物。
王宮は王の住居でもあるが、国の中枢であるため多くの役人が働いている。騎士団は王都の外に本部があるが、王宮にも多くの部屋を持っている。
クロエは竜騎士が集まる部屋の辺りまで進んでいく。
「トリス、いる?」
クロエが立派なドアをノックする。
どうやらトリスと呼んだ人の部屋のようだ。
普通は約束を取り付けて会うんじゃ……。クロエに尋ねようにもドアを叩いてしまっている。
「その声はクロエか。入って構わない」
「分かったわ」
クロエは自らドアを開けると部屋の中に入っていく。
俺とパーシーは顔を見合わせる。
王女であるクロエはともかく、俺とパーシーは学園を卒業すらしていない騎士未満。勝手に部屋へ入れば首が飛びかねない。
「あれ? アイク、パーシー?」
「友達か?」
「学園でパーティーを組んでいるの」
「ほう」
部屋の中からクロエが呼ぶ声とトリスと思われる女性の声が聞こえる。
「お二人もどうぞ」
クロエの侍女である双子のルイーザとルイーズが部屋に入るように言う。侍女の二人が何も言わないということは、クロエはいつも約束を取り付けることなく会いにいく相手なのだろう。
部屋の中にいる人物が誰かわからないため怖いが、覚悟を決めてドアへと進む。
想像以上に広い部屋には大量のトレーニング器具が置かれていた。
部屋の片隅に執務用の机らしきものはあるが、部屋の九割以上がトレーニング器具で埋め尽くされている。
「何していたの?」
部屋の主を見つける前にクロエに話しかけられる。
「知らない人の部屋に勝手に入るわけにはいかない」
「トリスなら大丈夫よ。でしょう?」
クロエ後ろを振り返る。
部屋の主は部屋の奥にいると思っていたが、ドアの横にいたようだ。
「クロエの友達にしてはまともだな」
「まともってどういう意味?」
女性の声がクロエをからかっている。
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