第26話 獣化
普通に叫んだつもりがとんでもない声量が出て驚く。
というか、グラァァアアアアってなんだ!? 喉が自然に鳴って、怪獣のような鳴き声が出た。
自分で自分の声に驚き、固まる。
「アイク」
俺を呼ぶ声の方を見ると、クロエが駆け寄ってくる。
「クロエ、無事だったか」
「アイクが庇ってくれたから怪我はしていないわ」
「良かった」
バンパイアのレイピアに狙われたのはクロエ。バンパイア相手では盾の有無は関係なかったが、レイピアに刺されていたのが俺ではなくクロエになるところだった。
「アイクは獣化したのね」
「獣化?」
「ええ」
……獣化?
視線を下げる。
防具の壊れた手を見ると、肌の色が真っ黒になっている。手を上げて顔に近づけると、黒曜石のような黒く艶やかな鱗が手の甲に生えている。
「嘘、鱗!?」
「気づいてなかったの?」
「死んでたまるかと必死で気づかなかった……」
「尻尾も生えてるわよ」
尻尾。
背中側に手を伸ばす。腰の辺りから体が盛り上がっているのを手のひらに感じる。体を捻って後ろを向くと、手と同じような黒い鱗がついた長い尻尾が見える。
「尻尾だぁ……」
動くのか気になり尻尾に力を入れる。
尻尾の先がムチのようにしなり、大きな音を立てて地面を叩く。尻尾が当たった地面は土が抉られている。思った以上の威力に戸惑う。
何度か尻尾を動かしてみると、尻尾は完全に思い通りに動いてはいないが、自分の意思で動くようだ。
今までなかった尻尾は面白い。
「アイク、治っていると思うけれど傷口を見せなさい」
「はい」
クロエの指示通りに甲冑を取ろうとして、そもそも甲冑がないのに気づく。
腕だけではなく、体を覆う甲冑はほとんどなくなっている。
甲冑がずれて傷を負わないように着ている服を上げる。
腹にも細やかな鱗が生えていて、全身に鱗が生えているのだと気づく。
「予想はしていたけれど傷口がないわね」
「鱗でわからないが、全力で身体強化をしたから治って消えたんだろうな」
「傷跡も残っていないと思うわ」
刺された左の脇腹をさするが、硬い鱗の質感を感じるだけで痛みはない。
そういえばレイピアを握った右手もなんともない。
脇腹と手に傷がないのを見て、生き残ったのをひしひしと感じる。
「死んだかと思った」
「アイクの背中から剣先が飛び出た時は焦ったわ」
「レイピアは背中まで突き抜けていたのか……。俺も盾と甲冑を貫いて脇腹にレイピアが刺さっていて焦ったよ」
ああ……生きている。
血がなくなり全身の感覚がなくなっていく状態は、死に最も近づいていると前世の死がなければ気づかなかった。気づかなければ前世のように死の恐怖を感じず、生きるのを諦めていただろう。
臨死体験ではなく、本当の死が役に立つとは思いもしない。
「アイク、クロエ。モンスターが来るよ!」
生きているのを実感して地に足がつかない感覚でいると、パーシーの叫びで現実に戻される。
「嘘だろ?」
クロエが大量のモンスターを倒し、俺がバンパイアを倒したばかりなんだが?
というか防具がない。
「ちょっと、私は予備の大剣を使ってしまったから、さらに予備は持ってないわよ!?」
クロエも先ほどの魔法で大剣が傷んでしまったようだ。
ふと、無茶な使い方をしたバトルアックスを見る。バトルアックスは刃が潰れて、鈍器のようになってしまっている。身体強化に耐えきれなかったようだ。
バトルアックスだけでなく、盾もバンパイアとの戦いで捨ててしまった。今どこにあるかわからない。
防具もなければ武器もない。
顔が引き攣る。
「クロエ、俺は武器も防具もない」
魔力は……あるか。
「アイク、クロエ、増援部隊を呼んだ。しばらく耐えれば交代できる」
「今すぐ交代したいんだが」
「無理。さあ、動いて」
ユニークモンスターを倒した余韻浸る暇もない。ひどすぎる。
「アイク様、バンパイアの死体は回収しました」
いつの間にかライナスが隣にいる。
「ライナス、武器と防具の予備ないよね?」
「ありません。獣化を解かなければ多少の攻撃は耐えられます。多分」
「多分っておい……」
獣化した肉体は通常より筋力があり硬いとは聞いているが、どの程度変わるのか知らない。というか獣化しても普通は防具をつける。
戦えるか不安でしかない。
「皆、来たよ!」
モンスターは待ってくれない。
「ああ、もう! くそおおお!」
鈍器となったバトルアックスを振り上げる。
ゴブリンを力ずくで切り飛ばし、近寄ってくるグレイトウルフを尻尾で吹き飛ばす。尻尾はまだ細かく動かせないが、大雑把に全力で振るだけなら問題ない。
風切り音を立てる尻尾はモンスターにめり込み、骨が粉砕する感覚を伝える。
意外にどうにかなるもので、増援部隊が来るまでモンスターを倒し続けている。
獣化した肉体の身体能力はすごい。
自分でも分かるほど筋力が上がっており、身体強化と合わせるととんでもない力が出る。
鱗の防御は甲冑ほどではないが、身体強化で治せるため問題はない。
そもそも力に物を言わせてモンスターをあまり近づけていない。
「増援はまだか」
バンパイアと戦うため魔力を多く使った皆が疲弊している。
モンスターが増えてくるとパーシーが魔法を放ち、なんとか前線を維持して耐える。
「増援部隊だ!」
後方から大声が聞こえる。
「やっとか!」
増援の声にパーシーの魔力が大きく動く。
「魔法を使うよ! サンダーストーム!」
バチバチと音を立てる電撃が前方に走り、モンスターを焦がしていく。
モンスターと距離ができたのを確認して増援部隊と入れ替わる。
「ああ、助かった」
林から外に出ると、地面に倒れ込む。
息は上がり、汗とモンスターの血で濡れた体が鬱陶しい。
息を大きく吸うと、生きているのだと実感させてくれる。
上がっていた息が整ってくると、ヘルムを脱いだパーシーが手を差し伸べてくる。
「拠点に戻るよ」
「ああ」
パーシーの手を掴んで立ち上がる。
周囲を見回すと同じように倒れ込んだ人々が起きあがろうとしている。倒れ込んでいたのは俺だけではなかったようだ。
装甲車が来ており、俺を含めた重傷を負った人が乗せられて拠点へ向かう。
装甲車を持ってきて良かった……。
拠点に戻ると体を洗って、医者の元に連れて行かれる。
巻いた角にもふもふの髪をしている医者から色々と質問される。
「アイザックさん。獣化を解いてはいけないよ」
真剣な表情の医者に言われて、獣化の解き方がわからないのに気づいた。
「獣化の解き方を知らないのですが……」
服が服というよりボロ布といった状態で、戻ったら裸になってしまうため戻ろうとすら先ほどまで思わなかった。
「今元の戻ったら死ぬから知らなくていい」
…………死ぬ?
「死ぬうううう!?」
俺が叫んでも、医者は冷静に頷く。
「獣化しても血は増えないから、出血多量で死ぬね。獣化しているから生きているだけで、よく生きているなと不思議に思うほどだ。死にたくなかれば絶対獣化を解いてはいけない」
「絶対解きません!」
生き残ったというのに死んでたまるか!
「肉をひたすら食べて身体強化を繰り返すんだ。肉を食べて消化すれば血が増える」
「それだけでいいんですか?」
「うん。念の為に血が増えても、1日は獣化を解かないように。アイザックさんは元気に動いているけど今も死にかけだよ」
「はい……」
「さ、肉を食べに行って。ここにいても良くならないよ」
医者にお礼を言って移動する。
食べるための肉は大量にある。モンスターは狩られ続けているため、どれだけ食べても問題ない。
食堂で焼いてもらった肉を黙々と食べ、身体強化をして消化する。
生き残ったのに死んでたまるかああああ!
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