第212話 スペンサーの訓練
早朝、北門へ向かう。
甲冑を身に付けて走れば、街中では当然邪魔になる。
スカーレットドラゴン王国と違い、自由に走り回れる場所がないため、街の外に出て訓練する必要があるわけだ。
城門を抜けると、跳ね橋を歩いて渡る。
橋の下は堀になっており、水が蓄えられている。
堀は泳げないモンスターに対する対策。
跳ね橋から出てすぐに脇に逸れる。
堀の周りは補修のためか道ができている。
「街の外周を走ります」
「大きな石がないから走りやすそうだ」
堀の周りにできた道は舗装されていないが、小石が落ちている程度。
山のように石が大量にあるわけではない。
「武器を振ったり、走れる場所を探したところ街の外がいいとスペンサーから聞きました」
「本格的に鍛えるなら街の外だったか」
今まで街の調査を中心にしていたため、トレーニングはほどほどだった。
トレーニングをほどほどにしていた理由は別にもあり、騎士団の訓練場のような場所がないため、鍛えられる場所が限られていたという問題もあった。
「フラワーオウルの周辺は鍛えるにはいい場所です。甲冑を身に付けて走り切れるようになった後は山を走ればいい訓練になりそうです」
「障害物のある山はいい訓練になりそうだが、それまでフラワーオウルにいるかな?」
「無理でしょうね。訓練方法を伝えておくつもりです」
学園ではおよそ一年かけて体力作りを終わらせる。
すでに戦い慣れているスペンサーであれば期間を短くできるとは思うが、一年を一ヶ月に短縮は無理。
「おはよう」
大量の岩が転がる山肌を見ていると、スペンサーがやってきた。
甲冑を身に付けている俺とヴァネッサ母さんとは違い、スペンサーは動きやすそうな服装。
「おはよう。今日は俺も一緒に走ろうと思う」
「アイクもか。ヴァネッサ師匠と同じくらい走れるのか?」
聞き慣れない呼び方が聞こえた。
「……師匠?」
「教わっているからな。師匠と呼ぶようにした」
ヴァネッサ母さんを見ると苦笑している。
どうやら強要して呼ばせているわけではないようだ。
「アイクは余裕で走りますよ。それより始めましょう」
「はい!」
まずは走る。
すぐに話さないのは様子を見たいというのもあるが、まだ話すか迷っているというのもある。
「では行きます」
ヴァネッサ母さんが走り出す。
俺とスペンサーも追いかけるように走る。
フラワーオウルに来てから走り込みは久しぶり。
トレーニング器具は持ち込んでおり、体が鈍らない程度には鍛えていたが走る場所はなかった。
久しぶりの走り込みは、スペンサーの速度に合わせてのんびり。
……走るだけは暇だな。
面白かったのは一瞬で、1時間も走ると飽きてきた。
最初は良かったが、暇になって周囲を見回す。
「当然だけど、ずっと堀が続いているんだな」
首都を囲むように堀があるのは理解しているが、実際に堀の隣を走っていると、堀が途切れずに続いているのだと理解できる。
「そうですね。しかも整備もされています」
「戦力のあるフラワーオウルであれば堀はなくても良さそうなのにな」
堀はフラワーオウルに来た直後は珍しいと思う程度であった
しかし、フラワーオウル王国の首都が保有する戦力であれば、街の近くにダンジョンが発生した場合でもすぐに討伐されそうなものだ。
モンスター対策として堀が機能する可能性は低い。
「私もそう思います。気になって聞いてみたのですが、誰に聞いても堀の目的がわかっていないようでした」
「手入れにも金がかかるだろうに」
石を積んで作られた堀はそう簡単には壊れないだろうが、壊れないわけではない。巨大な街全体を囲む堀であるため、結構な頻度で壊れそうだ。
維持しようと思えば相当金が必要になるはず。
あえて残しておく理由はなんなのだろうか。
「ヴァネッサ師匠が余裕なのはわかるが、アイクも甲冑を身に付けて余裕そうだな……」
「鍛えているからな」
実際余裕である。
スペンサーもまだ1時間であるため、走りながらでも喋るのは問題ないようだ。スペンサーの体力は想定していたよりずっと多い。
「フラワーオウルのギルド員は鍛え方が足りないのか……」
「スカーレットドラゴン王国でも鍛え方は人によります。フラワーオウルでも兵士は走り込んでいるようですしね」
「なる……ほど……」
喋っているとスペンサーの息が荒くなってきたため、再び無言で走る。
太陽が頭上にきたところで午前の走り込みは終了。
途中で折り返して北門へ戻ってきた。
スペンサーは息が完全に切れ、地面に倒れ込んでいる。
「昼食を食べて休憩しましょう」
「はぃ」
掠れた声ではあるが、スペンサーはなんとか返事した。
聞いてはいたが、思ったより余裕がありそうだ。
「今日は家で食べていけ」
「ぉぅ」
スペンサーが頷く。
ふらつくスペンサーを連れて自宅へ戻る。
スペンサーが風呂で水を浴びている間に昼食を準備する。
用意するのは大量の肉に米。パンであれば学園の食事と同じ料理。
ひたすら肉を焼いて皿に積み重ねていく。
同じ味ばかりでは飽きるため、いくつかの味付けで漬け込んでおいた。
「簡単なもので悪いが、食べられるだけ食べて寝てくれ」
風呂から出てきたスペンサーに料理を進める。
「十分だ」
スペンサーは大量の肉を口に詰め込んでいく。
走り終わった直後よりは随分と落ち着いたようだ。
同じように肉を食べる。
「食事が終わった後は客間を使ってくれて構わない」
「ありがとう」
食事をしながら運動後は食べるようにと栄養について雑談。
激しく動くギルド員が食べないはずがないのだが、知識として知っておくと食べる重要性が理解できるようになる。
「肉、穀物、油の三大栄養素と野菜か。アイクは詳しいな」
「知っておくと効率のいいトレーニングができる。辛いトレーニングを無意味にはしたくないだろ?」
「確かに。疲れているが、食べるよう努力する」
山盛り用意した肉はきれいに無くなる。
俺、ヴァネッサ母さん、スペンサーの3人で食べれば大量の肉も消費できる。
「スペンサー、客間で寝てきていいぞ」
スペンサーが頭をふらつかせている。
疲れた上に腹一杯食べたせいかスペンサーは眠くなったようだ。
「おぅ」
「案内する」
スペンサーを客間に案内すると、そのままベッドに倒れ込んだ。
すぐに寝息が聞こえてくる。
陽の光が入るカーテンを閉めてからリビングへ戻る。
「寝ましたか?」
「熟睡している」
学園の生徒だった頃は、走った後は熟睡していたのが懐かしい。
今は走った程度では熟睡するほど疲れない。
成長したのだと実感。
「アイクはスペンサーをどう思いました?」
「話しても構わないなじゃないかと思っている」
「個人的に心配なのが、私たちを手伝うとスペンサーの将来が潰れないかを心配しています」
「スペンサーの能力と性格であれば、兵士にならないかと声がかかっても不思議ではないか……」
スカーレットドラゴン王国であれば兵士に誘われるだけの基準は余裕で越えている。
「今の状態でも兵士になっていないのが不思議なくらいです」
「フラワーオウルに関しては、兵士になれる基準がよくわからない」
「首都の外周を走っていた兵士を見るに、スカーレットドラゴン王国の兵士とさほど差は感じませんでした」
「となると声がかかっても不思議ではない」
まだ声がかかっていないだけなのか、強さと性格以外にも基準があるのかもしれない。
「私たちを手伝うと経歴に傷がつくかもしれません」
フラワーオウル王国の許可をもらって潜入しているとはいえ、フラワーオウルは他国との交流を避けている。
他国と協力したとなれば、どのような判断を下されるかわからない。
しかし、全ては可能性。
「……スペンサーが手伝ってくれるかもわかりません。まずは話した上で、直接聞いてみましょう」
「そうしますか」




