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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第一章 怒れる者たち
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エピソード V

 農村より東北に約一マイルの、緩やかな丘陵を越えたあたりにある平原に、騎士団は陣形を整えた。敵陣はおよそ五四六ヤード付近に展開している。互いに存在を意識し合いつつも、出撃の気を計る。その緊張の中、アレイスは聖剣を抜いた。

 陽光に反射する煌めきは一帯の邪を払うように光線を放つ。闇に向かって射られた光の矢のような鋭さに、遠目に展開する魔物は怯み、魔物を操る術師たちは後ずさった。

 常闇の王の崇拝組織デルスターの一派、その一小隊を任されているモルスは唸った。白髪交じりの中年男性で、やや小柄ではあるが骨太の筋肉質な体をしている。デルスターの幹部に収まることを目標としていたが夢は叶わず、派生組織の一小隊隊長の地位に甘んじている。だが不満はない。派生組織だからと軽んじられてはいないからだ。

 モルスの小隊を管理しているのはデルスター本軍の中隊長である。中隊長は幹部の一人であり、長年ザインに仕えている実力者だ。モルスはその実力者から直々に地方の制圧を任されている。常闇の王を崇拝する身としては、それだけで感涙ものの誉れだ。モルスは何としても任務を全うし、ザインの野望の礎とならねばならなかった。ところが、である。

 戦の最中、神聖な鞘を授かった青年が、聖都ラマスに数千年祀られていた聖剣を持ち帰ってきたらしいと先刻耳にした。これがどうも事実のようで、それがいかに不利なことかは説明するまでもない。

「すぐに援軍を呼べ」

 モルスは近くの部下に伝令を言い渡し、正面を向いた。距離があってもその輝きを感じることができる。数週間前までナマクラの剣で戦いを挑んできていた男が、今は聖剣を手にこちらを睨んでいるのだ。モルスは男の銀色にきらめく鋭い眼差しを思い起こし、全身に汗をかいた。男の戦いぶりはもう何度も見ている。容赦のない太刀筋で術師を蹴散らし魔物を滅する姿は、見る者が見れば英雄だろうが、モルス側からすれば悪夢だ。しかも、おそらくナマクラでもモルスを斬ることができただろうに、毎回すんでの所でかわし、もてあそぶかのように生かしておく。

 何か意図があるのだ。

 ということぐらいはモルスも分かっている。だが何が目的なのか探ることはできなかった。しかし、いよいよ騎士団を引き連れ、聖剣をもって陣を構えたところをみると、今度こそである。今度こそ首を取りに来るに違いないと、モルスは死を覚悟した。

 援軍も今からでは間に合うまい。

 モルスは唾を飲み込み、剣を抜いた。

 アレイスは頭上に大きく円を描くように剣を振って、剣先を前方へ向けた。出撃の合図である。騎士団は雄叫びを上げて一気に前進した。

 モルスも負けじと術師や兵士に指示を出し、応戦した。

「限界まで召喚しろ! 出し惜しむな!」

 とにかく騎士団の体力を削ろうという策である。大量の魔物を投入してきたデルスター一派を目前に、アレイスは口の端を上げた。

「やはりそうきたか」

 聖剣を振りかぶり、力強く振り下ろす。すると白い閃光が刃から放たれ、先頭にいた百余りの魔物が消し飛んだ。驚くべき威力に騎士団も啞然とする中、アレイスは次の閃光を放った。平行に払われたその閃光は、垂直に打たれた時より多くの魔物を滅し、騎士団の道を切り開く。

 アレイスは「なるほど」と呟いた。聖剣を授かったはいいが、まともに振るうのはこれが初めてだ。まずは小手調べということで適当に振ってみて、効果や範囲を確認したといったところである。

「思ったより使える」

 そんなアレイスの言葉を聞いたカイルは思わず声を荒げた。

「ちょっと! なんで本番で確認してるんですか! 使えなかったらどうするつもりだったんですか!」

「その時はその時だ。技術で乗り切るしかあるまい。騎士のくせに情けない声を出すな」

「はあ? こっちは初陣なんですよ!」

「訓練の延長だろう! 甘ったれたことをぬかすな!」

 アレイスは怒鳴りつつ飛び掛かってくる魔物を薙ぎ倒し、カイルも文句を言いつつ襲い来る魔物を斬り払った。

「魔物を狩ってもキリがない! 術者を狙え! 道は私が切り開く!」

 アレイスは宣言どおり、聖剣の威力でもって魔物を払い、術師への突破口を開いた。術師は迅速に後退し魔物を繰り出すが、聖剣が放つ閃光を前に、徐々に追いつかなくなった。

「モルス様!」

 術師の一人が叫ぶと、モルスは前線に出て言った。

「援軍が来るまで持ちこたえろ!」

 その言葉を聞き逃さず、アレイスは嬉々とした顔でモルスに斬りかかった。

「ほう? 援軍が来るのか」

 モルスは全身の力を込めてアレイスの一撃を受け止めた。激しい金属音が戦場に響き渡り、互いの将同士がぶつかり合ったことを知らせると、みな戦いが佳境に入ったことを悟り、怒涛の攻防が始まった。

 最中、鍔迫り合いをしつつ、モルスはアレイスを睨みつけた。

「そうとも。援軍が来れば、このような騎士団ごとき、すべて地に沈めてくれるわ」

「大きく出たな。では私は貴様の援軍を聖剣の肥やしとしてくれよう」

 二人は同時に力を込め互いの剣を弾くと、手綱を引いて距離を置いた。モルスは呼吸を整え、隙を作らぬよう剣を構えた。

「ふん、聖剣を取ったからといって、無敵にでもなったつもりか。それがいかに神聖であろうと、ザイン様の力の前にひれ伏すだけよ」

 アレイスはピクリと片眉を動かした。

「奴は来るのか」

「さて。戦況が困難とみればいらっしゃるだろう。その時が貴様らの最後よ」

「……では、困難にするしかないな」

「は? 何をほざいて……」

 と言いかけて、モルスは声を喉に詰まらせた。アレイスはおもむろに聖剣の刃を舐め、不敵な笑みを浮かべている。その銀色に輝く瞳が一層光を増したように思えた。

 モルスは震えた。聖剣から漏れる光を食べているように見えたからだ。わずかに開けられた口に、光が吸いこまれるように入っていく。そんな様子を、モルスは瞬きもせず凝視した。脳裏をよぎるのは「光明の王」である。

 まだ一度もこの世に現れたことはないが、もし現れたなら、闇を喰らう常闇の王同様、光を喰らうのではないか、とモルスは考えていた。常闇の王の恐ろしさは、喰らった闇の力を増幅して放てることにある。常闇の王によって放たれた闇は大陸を枯らし、破壊しつくすと言われている。もし光明の王が真逆の存在でありながら同じ性質を持つならば――

 そこまで考えて、モルスは打ち消すように首を振った。

「ええい、貴様ごとき、ザイン様の手を煩わせるまでもない!」

 勢いよく払う剣を、アレイスは受けて弾き、間合いを詰めた。

「お前が敬愛する大将は、さぞ強大な闇を従えているんだろうな」

「当然だ! ゆくゆくは常闇の王サイラス様の右腕となられるお方! 貴様など足元にも及ばぬわ!」

 モルスは言って、もう一太刀浴びせる。アレイスは華麗によけて更に間合いを詰め、聖剣を突き出しながら、モルスの耳元にだけ届く声量で言葉を紡いだ。

「そうか、そんなに強いのか。ならばいかほどか、試しに喰ってみたいところだな。奴の闇も、きっと美味いに違いない」

 アレイスが言い終わるのが先か、モルスの首に熱く鋭い痛みが走るのが先か。モルスは目をむき、自分の首に聖剣を突き立てて笑うアレイスの顔を見た。「まさか……」という言葉の代わりに血があふれ出る。アレイスが剣を抜くと同時にモルスは馬から滑り落ち、地に伏した。

 将が討ち取られたことで敵は一斉に退却を始めた。戦況の変化に騎士団も士気を高め追い打ちをかけようとする中、カイルがアレイスの元へ駆けつけた。

「やりましたね!」

 アレイスは馬上で剣についた血を払いつつ、地に横たわるモルスを冷めた目で見下ろした。

「馬鹿な連中だ」

 どういう気持ちでアレイスが言ったのか分からずに、カイルは眉をひそめた。アレイスはそんなカイルに構わず、団員に指示を出した。

「深追いするな! 一度退け!」


 指示通り、一度退いて態勢を整えるため平原に陣営を置くことにした騎士団は、村からの差し入れに舌鼓を打った。負傷者が一人もいないのは、まさに神の加護の賜物である。

「凄いですね、加護って」

 カイルが呑気に話すのを、アレイスは呆れ顔で笑った。

「まったく、無自覚というのは恐ろしいな」

「そうは言っても、何も実感ないですから」

「人は誰でも神の庇護下にある。生き死にを左右しない程度にな。だが左右するほど受ける者もある。それは神が地上に必要と定めているからだ」

「……あの、僕、そんな必要ですかね」

「必要だから護られているんだろう。もっと自信を持ったらどうだ」

「そう言われても」

 うつむくカイルの横顔を見て、アレイスは軽くため息ついた。

「まあ、おいおい付けていくといい」

「はあ……。ところで、あの」

「ん?」

「敵将は、来ると思いますか」

「ザインか」

「はい」

「一個小隊を潰した程度では来ないだろう。とはいえ、逃がした術者がどう報告するかで決まることもある。いずれにせよ、モルスは一派小隊の将にすぎん。その援軍となると、直属の中隊か大隊。本軍を動かすには、まだまだだな」

「それで策を講じてもなお、動かなかったらどうします? 派生組織なんて、状況が悪ければ切り捨てるんじゃありませんか?」

 カイルの素朴な質問に、アレイスは「ふん」と笑った。

「情に厚い男だと聞いている。部下の信頼を勝ち取るためだろうが、そうして築いた組織なら、期待は裏切れまい。末端を残らず叩き潰せば否が応でも出て来るだろう。根城さえ分かればそんな面倒なこともいらないが……まあ直接乗り込むよりは、引きずり出すほうが分はいいからな。その時になってどんな顔をして出て来るか、楽しみだ」

 カイルは目を丸めた。あくどい笑みを浮かべつつそんな台詞を吐くアレイスは、とても聖人君子などではないと思った。カイルはわずかに口を開閉させたあと、ゆっくりと言った。

「やっぱり、光明の王なんて無理じゃないですか? 黙っていれば知らない人は騙せるかもしれませんけど」

 するとアレイスは少し驚いてから、おかしそうに笑った。

「なるほど、では騙したい奴の前では黙っていよう」

「え、いや、そういうことではなくて」

「分かっている」

 アレイスは尚も笑って、カイルの肩を叩いた。

「さあ、次の戦いに備えてしっかり食べておけ」


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