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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第一章 怒れる者たち
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エピソード IV

 その夜。

 アレイスはカイルを宿の裏に呼んだ。街灯の薄明りに照らされるアレイスは、闇夜に浮かぶ光の華のような印象がある。それでもカイルは怪訝そうに目元をしかめた。

「なんです? こんな時間に」

「明日、お前に頼みたいことがある」

「はあ? それなら明日言ってくださいよ」

「頼んですぐ出来ることならな。少し練習が必要だ」

「練習……ですか?」

「そうだ。人に神の加護を分けたことなどないだろう」

 内容を聞いて、カイルは瞬きした。

「そりゃ、ありませんけど。というか、僕、そんなに言うほどですか?」

 アレイスは腰に手を当て、ため息をついた。

「無自覚が罪だということも、学ぶ必要があるな」

 カイルは眉間を寄せて目をそらせた。

「……それはどうも、すみませんねえ」

「申し訳なく思うなら、さっさとコツをつかんでくれよ。何しろこれは、団員の命にかかわることだ。おろそかにするな」

 カイルは途端に表情をこわばらせて、背筋をのばした。

「僕に、出来ますか?」

「お前に出来なければ、前途多難だ」

「何故です? 僕に教えるということは、団長も出来るんでしょう?」

「私に出来たなら、村人の被害は最小限に抑えられただろう」

「え、出来ないんですか?」

「私は加護を受けなければならないほど軟弱ではない。分け与える以前の問題だ。またそうでなければ、お前の利用価値などない」

「そんな言い草ありますか」

「とにかく、団員八十名に分け与えてもお前自身は強固に護られる。それだけの加護を受けているのだから、自信を持って臨んでくれ」

 そう言われてもと思いつつ、カイルはチラリとアレイスを見た。

「もし……」

「ん?」

「もし僕に加護がなかったら、父と一緒に解雇なり追放なりしていたんですか?」

 アレイスは一瞬呆れた顔をした後、鼻で笑った。

「いや、連れて来た」

「え?」

「副長に任命しないまでも、騎士として連れて来た。それがお前の父親にとっては、最大の苦痛だろうからな」

 意想外な言葉に、カイルは目をじわりと見開いた。

「……は?」

「お前は何故、ミハイルが討伐依頼を無視し続けたと思っている」

「え……と、何故、でしょう」

「長らく平和が続いていた。国交も順調で、大した事件もない。騎士というのは平和でありさえすれば、訓練するだけで飯が食え、地位もある、いい職だ。親なら継ぐことを勧めるだろう。お前もそうした。ところが正式に騎士になろうかという時になって、このような時世になった。平穏でなければ、明日をも知れぬ仕事。ミハイルは恐れたのだ。息子が戦地に赴き、その命を賭すことを」

「なっ……」

 カイルは唖然とし、少し震えた。

「そんなバカな。父は騎士であることに誇りを持っていた。そんなことで」

「そんなこと? お前は親の心を軽んじている。確かに誇りはあっただろう。だが厄介なことに、親には自分の子だけは無事であってほしいと思う欲もある。ミハイルは戦場に立つことを恐れはしないだろう。しかし息子となると話は別だ。ミハイルは息子を愛するあまり、己の誇りも騎士道も曲げざるを得なかったのだ」

「……そんな。今食い止めなければ、僕が騎士であろうとなかろうと、結局」

「そうだ。結局戦わざるを得なくなる。ミハイルは目の前の問題を先送りしただけだ。その間にどれだけの犠牲が払われても、最善策を思い付くまで無視し続けるつもりだったのだ。まあ、聖都は特別な場所だから、簡単には侵略されないと踏んでもいただろうが」

 カイルは「はっ」と息を吸って止めた。自分一人を護るために父が犯した罪をどう受け止めればいいのか戸惑っていた。アレイスが主に護っていた村でさえ被害者がいる。そうでない場所は、と思うといたたまれなかった。

 しばらくして、カイルは胸に手を当て、拳を握った。その目にはある種の決意が芽生えていた。

「……僕に、出来ることならなんでもします。教えてください。加護の分け方を」


 翌朝。

 カイルは大あくびをしながら馬にまたがった。それをたまたま見た団員の一人が声をかけた。赤毛で茶色い目のヘレノスという青年で、カイルより三つ年上である。

「大丈夫ですか? 寝不足のようですけど」

「え? ああ、大丈夫だ。悪い」

「いえ、いいんですけど……」

 答えておいてヘレノスは、正規団員となってまだ日の浅い副団長の顔を改めて眺めた。瞼がやや下がり、目の下に薄く隈が出来ている。その様子はどう見ても万全ではなかった。

「あの、あまりご無理はなさらないほうが」

「は? あ、ああいや、本当に大丈夫だ」

「でも、随分お疲れのようです」

「ああ、これはその、今日に備えて訓練したからで……」

「訓練?」

 ヘレノスが首をかしげた時、アレイスの号令がかかった。

「これより、集落の西に展開しているデルスターの一派を一掃する。魔物は神の加護の力をもってすれば一撃で滅することができる。よって各自、副団長カイル・ロイス・イーグルから神の加護を分け賜り、出撃の用意を」

 ヘレノスは一旦アレイスに向けた目をカイルに戻した。カイルは大きく深呼吸した。顔には緊張が見て取れる。つまり訓練とはそういうことかと、ヘレノスは納得したが――

「団長!」

 ヘレノスが挙手すると、アレイスが顔を向けた。

「なんだ?」

「副団長は大丈夫なんでしょうか」

「あれだけ加護があれば問題ないだろう」

「ですが……」

「心配するな。いざとなれば私が護る。お前もさっさと列に並べ」

 アレイスは面倒そうに言って馬首を巡らせた。ヘレノスは言われた通り、加護を賜るため列に並んだ。その時に思い出したのは、神皇帝ヴァローアから加護を賜った時のことである。数年前、まだヴァローアが帝位継承していなかった頃――田舎の祖父が倒れたというので休暇をもらい、旅立つ朝のことだった。

「田舎は確か、アーサルーンの尾根を越えた所だったね」

「はい」

 当時ヘレノスは従騎士の傍ら、ヴァローアの侍従をしていた。また、同じ家庭教師のもとで学んでいた間柄でもあるため、付き合いもそれなりである。母方の祖父が暮らしている田舎についても話す機会があり、その地域のことはヴァローアも自然と詳しくなっていた。

「あの尾根を越えるのはとても危険だと聞いている。だから君に神の加護を分け与えることを許してくれ」

 ヴァローアの言葉を聞いて、ヘレノスは胸に右手を当て、片膝ついた。

「お気遣い、感謝いたします。是非」

 ヴァローアはにっこり笑い、右手をヘレノスの額にかざした。正直、それまではただのおまじないだと思っていた。だがヘレノスはヴァローアの右手に神の存在を感じた。美しく清らかな愛が光となって身体を包む感覚を味わったのだ。そんなわけで、「またあの感動を体験できるのか」と思う一方、「魔物退治という目的でなければなあ」とため息をつく。

 やがてヘレノスの番が来た。カイルは眉間にしわ寄せて意識を集中し、両手をヘレノスの頭にかざした。まだ慣れていない様子が見て取れたが、効果は素晴らしかった。

 加護を賜ったヘレノスは、目をしばたたかせてカイルを見直した。

「さすが、副団長に選ばれるだけのことはあります。ヴァローア様にも引け劣りません」

「あ? そうなの?」

 戦う前から疲れた表情で目線を上げたカイルは、ヘレノスで最後という確認をして、馬のたてがみの上に突っ伏した。

「結構しんどいじゃないか……」

 不平をたれていると、アレイスが馬を横につけ、カイルの背に手をかざした。

「よくやった。初めてにしては上出来だ」

 カイルは驚いたように目を開け、勢いよく背筋を伸ばした。

「なっ……! 何をしたんです?」

「活力を与えただけだ。戦う前からその調子では困るからな」

「活力って、そんな加護みたいに与えられるものなんですか」

「まあな」

「聖女様が使う治癒能力みたいなものですか?」

「いや、それとはまた違うが」

「違うんですか。まあとにかく――ありがとうございます」

 カイルが軽く頭を下げると、礼などいらんというふうに、アレイスは顎で出発を促した。カイルはこの時「もしかして」と思った。もしかしてアレイスは、怒ってさえいなければ、とてつもなく聖人君子なのでは、と。


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