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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第四章 心の在り処
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エピソード VI

 ザインが闇の三大組織でも最強と言われるデルスターの頂点へ上り詰めることができたのは、創立者だからというだけではない。強大にして純粋な闇を使役し、完全に使いこなせるからである。中でも得意としているのは、闇に喰わせたいと思うものを寸分の狂いなく分別して喰わせることだ。この技があったからこそ、ファズールがいた反省室と子供たちを無傷のまま残し、孤児院と大人を消滅せしめたのである。

 ザインは瘴気の発生源となっている研究室の扉を、封も錠も関係なしに闇に喰わせて消滅させた。そして結晶化した闇をことごとく破壊し、魔術師を薙ぎ倒して拘束した。

「まずは目的達成か」

 破壊した衝撃で霧散し自由になった闇が、己の配下につくのを感じつつ、ザインは呟いた。

 闇の結晶すべてが瘴気を発していたのではない。中には上質なものもあり、それらは瘴気を生むことなく安定している。おそらく、あと一歩で完成していたに違いない。しかし瘴気を発する結晶の数が遥かに上回っていて、収拾がつかない事態になっていたのも明らかだ。どこかで進軍をためらっていたが、これで良かったのかもしれないとザインは思った。

 それから、拘束した魔術師の一人の襟首をつかみ、アントニウスとブランシエの所在を吐かせた。が、必要なかったようだ。アントニウスとブランシエは自ら研究室に現れた。

「この惨状はどうだ、なあ、ザイン」

 アントニウスは、引っ掻き回され、研究の成果も何も失せてしまった部屋を眺めて言った。

「よくも俺たちの努力を」

「……お前の気持ちは分かる。だが瘴気を発生させたのは失敗だ」

「アンタに何が分かるんだい」

 と声を上げたのはブランシエだ。細く美しい眉を吊り上げ、黒い瞳に怒りを滾らせている。根城を踏みにじられた恨みは、踏みにじった者を抹殺する以外に晴らしようがないといった眼差しだ。

「組織は違っても、仲間だと思ってたのに」

 ザインはブランシエを正面から見据えた。

「むろん仲間だ。だから助けたい」

「カッ、ふざけんじゃないよ! アタイたちの組織はアンタのに比べれば組織と言えないくらいのもんだって、知ってんだろう? それなのに本軍で攻めて来て、何もかも滅茶苦茶にして、何が仲間だ! 何が助けたいだ!」

「恨み言なら後でいくらでも聞く。今回は大人しく降伏してくれ。こんなところで死にたくないだろう」

「降伏だと?」

 アントニウスが目をギラつかせた。

「貴様の配下にでもなれと言うのか」

 ザインはアントニウスに目をやった。昔、組織に誘ったが、ブランシエと共に自分の道を歩くと言った。ザインはそれもいいだろうと思っていた。しかしこうなってしまっては、あの時、無理やりにでも引き込めば良かったと思うのだ。

「俺は聖剣騎士について語る権利を持っていない。余計なことを言えば、お前たちは見極めすらしてもらえなくなるだろう。今は何も聞かず、言う通りにしてくれ」

「はっ! すっかり骨抜きにされちまったねぇ! ザイン、アンタともあろう男が!」

「俺は何を言われても構わない。だがお前たちを護りたいという気持ちは本当だ。俺を信じて、聖剣騎士に忠誠を誓ってくれ」

「――冗談だろう。お前の言葉とは思えんな。何があったか知らないが、俺たちは常闇の王以外に忠誠を誓う気はない。この意志を曲げるくらいなら、戦って死ぬ」

 アントニウスは抜刀した。ザインは反射的に間合いを取って、剣を構えた。

「聖剣騎士に忠誠を誓っても、お前たちの意志は曲がらない」

「何を訳の分からないことを言っている!」

 アントニウスはザインに斬りかかった。ザインは地を蹴って躱し、剣を振った。剣先はアントニウスの胸元を掠めた。アントニウスが間一髪で躱したのではない。ザインがそのように努めたのだ。察したアントニウスはすかさず折り返して斬りつけた。

「情けをかけたつもりか!」

 ザインは容赦のないアントニウスの剣を弾き、一気に懐へ飛び込むと、渾身の力を込めてアントニウスの腹を殴った。

「ぐっ!」

 そしてアントニウスがよろめいた隙を狙って剣を払い飛ばした。アントニウスの剣は宙を高く舞い、壁に突き刺さる。勝負はこの一瞬で決まった。

「降参しろ」

 首筋に剣の刃が光る。アントニウスは無念に思いながら目を閉じ、膝を屈した。口で何と言おうと、ザインの強さは知っている。はじめから勝てるはずのない勝負だと覚悟していた。それも常闇の王を神と崇めていた頃のザインなら構わなかったが、今は違う。矜持を捨てて聖剣騎士に魂を売った裏切り者に負けることは、恥辱であった。

「殺せ。聖剣騎士に忠誠を誓うくらいなら、死んだ方がマシだ。俺は貴様のようにはならん」

 その時、研究室に高い声が響いた。

「引きなよ! ザイン」

 ブランシエである。ザインはアントニウスの首筋に刃を当てたまま、やや斜め後ろを見やった。そこには震える両手で剣を構える彼女の姿があった。

「やめろ、ブランシエ! お前では歯が立たない」

 アントニウスは言ったが、ブランシエはやめなかった。

「分かってるよ! でも他にどうしようもない。ザイン、お願いだから、剣をしまって。アントニウスを傷つけないで。アタイたちをほっといて」

「……そうしたいが、アレイス様の指示には逆らえん」

「なんでだよ!」

「言いたいが言えない。だが信じてくれ。お前たちが最悪の結果を迎えないよう努力する」

「はっ、こんなことされて、どう信じろって言うんだい!」

「会えば分かる。素直に降伏して、許しを請え」

「許しだって? アタイたちは何も悪い事なんて」

「ここを攻めたのは他の目的のためだが、アレイス様がその捨て駒に選んだのは、お前たちの行いが愚かだと思っているからだ。お前たちは目指すものから遠ざかっている」

 忠告すると同時に、部下たちが駆けつけて来た。ザインは「ここまでか」とため息をつき、部下に命じてアントニウスとブランシエを拘束した。

「アレイス様は」

「はっ、まもなくいらっしゃるかと」

「そうか。大将と副将と術者を並べておけ。膝はちゃんとつかせろ」

「はい! 了解致しました」



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