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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第四章 心の在り処
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エピソード IV

 平らで丸く艶のある、銅貨ほどの大きさの黒い石を手に取って、ブランシエはランプにかざした。明かりが色の薄い部分を透かして目に届くと、彼女は眉をしかめて、皿に放った。

「あん、これも駄目だね」

 皿には似たような石がいくつも投げ捨てられていて、こぼれ落ちそうである。

 暗い地下室だ。そもそもスカルノスの城は地上にない。すべて地下に建設され、入口は森と魔術によって隠されている。軍による討伐、あるいは同じ崇拝組織からの吸収合併を目的とした襲撃を避けるためだ。勢力を増したといっても一個大隊五百名を抱えているだけの組織である。闇の三大組織の中では最弱だ。マローネ軍を退ける程度の兵力はあるが、避けられる戦なら避けた方が良い。

 アントニウスはブランシエが放った石を拾い、角度を変えながらランプにかざした。

「形状は申し分ない。あとは濃度だ。もっと質のいい闇を収束できればいいんだが」

「これ以上どうやって質を上げるのさ。手は尽くしただろ? 問題はムラなく仕上げる技術だよ」

「だがブランシエ、あのいびつな物からここまで美しくなった。完成は近い」

 アントニウスの言う〝いびつな物〟とは、二人が子供の頃に遊びで造った闇の結晶のことである。細長くてデコボコで色も薄い、河原の石のほうがまだマシというような代物だ。それが今では宝石のような艶と輝きを持たせ、かつ形を均一に整えることができる。長い時間をかけて共に切磋琢磨し、優秀な魔術師を集め、研究に研究を重ねて精製技術を向上させてきた結果だ。

 ブランシエは苦笑いした。

「そりゃあ、あんなのと比べればね。だけどまだ足りない。これじゃサイラス様はアタイらのとこに来てくれないよ」

「ブランシエ……」

 アントニウスはブランシエを背中から抱いた。幼い頃から一緒だった二人には、闇を収束し、物質化するという能力の共通点があった。他人に出来ないことが出来る。それは誇りだった。しかし周囲は二人を邪悪な者として忌み嫌い、迫害した。誰かに危害を加えたことなど一度もないのに、ただ闇を収束し形にできるというだけで、いつも体のどこかに怪我を負わされ、腹を空かせていなければならなかった。

 アントニウスは「ふっ」と思い出し笑いをした。

「あの頃は大変だったな。サイラス様が闇を喰らっていたと聞いて、俺たちも食べることができるんじゃないかと、物質化した闇を口に入れてみたことがあった」

 すると腕の中でブランシエも笑った。

「ああ、すぐに吐いちまったね。とても食べられたもんじゃなかったよ。そのあと三日くらい気分が悪くて、秘密基地で寝込んでた」

 秘密基地とは、迫害から逃れるため森の中に二人で作った隠れ家だ。森の中にいるほうが、町にいるよりよっぽど食べていけたし、怪我もしなかった。

「実はあれ以来、何度か挑戦してみてはいるんだが」

「ええ? いつの間にそんなこと……大丈夫かい?」

「駄目だな。舐めただけでも気分が悪くなる」

「ぷっ、バカだねえ」

「ああ、バカだ。でも改めて、サイラス様は特別なんだと思った」

「……そうだね」

 闇の力を感じ、手の平に収束させると石のようになる。それを遊びのようにしていた幼い日々。しかし闇の力の根底に大いなる存在を感じるようになり、やがて常闇の王のことを知った。

 手の平のこの闇を支配する者がいる。邪を払い、悪を退け、魔を使役する、神のような存在。二人にとって邪とは、石を投げつけて来る子供たちだった。悪とは、邪を煽る慈悲もない大人たちだった。魔とは、邪と悪を心に持ち育てながら、それに気付かない人間たちだった。

 故にアントニウスとブランシエは、自分たちを救ってくれるのは常闇の王だと直感した。常闇の王が世を治めれば、この力は正義となる――そう信じた。

「アタイたちに酷いことをしたアイツらに、思い知らせてやるんだ。どっちが悪かってことをね」

 アントニウスはブランシエの髪に頬をうずめた。

「ああ、絶対に」


 スカルノスの拠点は正確に示すと、レナスの西である。ブロイストとの国境沿いにある森の中だ。森というと自然豊かな印象を抱くが、そんな大層なものではない。過酷な地に適応した針葉樹がまばらに生息しているだけで、ほとんど枯れ木が賑わせているだけの、雑木林のような森だ。

 十年か二十年前はまだ広葉樹もあった。それこそ幼いアントニウスとブランシエの腹を満たす程度に実がなる果樹も見つけられた。しかし年々森は枯れ、瘴気が地表へ溢れるようになってからは、一気に荒廃した。近くには集落もあったが、森の衰退と共に人々が去り、今は廃村である。

 この廃村の北隣に位置するスノウエルズ村に、フェンネル騎士団とデルスター軍、マローネ軍は拠点を置いた。フェンネル騎士団は一個小隊八十名、デルスターは本軍の二個中隊四百名、マローネ軍は二個小隊七十名(内、医療班十名)である。

 マローネ軍が医療班を含む二個小隊を派遣できたのは、クラバール伯爵の支援もさることながら、「本作戦において協力を惜しむ者は爵位を剥奪する」という旨を公布したからである。爵位は社会における信頼の証だ。国外で財を増やすにしても、商売するにしても、これがあるとないとでは雲泥の差だ。爵位も大事な資産のひとつなのである。

 そのようなわけで、逃げ回っていた貴族たちは慌てて寄付を申し出た。これによりマローネはひとまず面目を保った。すべてフェンネルやデルスターに任せてマローネは一小隊も出さないなどということは、いくらなんでも許されない。それを回避できた功績は大きいと言えよう。

 片や、フェンネルの騎士団員は、デルスターの中隊と共闘すると聞き、何とも言えない妙な気分でこの度の作戦に臨んでいた。

 赴いている小隊は、シェルストンの地でデルスターと戦った面々である。騎士団の各小隊は力が均等になるよう分けられているが、一小隊だけ精鋭を集めた機動班というのがあり、敵が大きいと分かっている場合には先発隊として必ず選ばれ、団長と副団長が直接指揮を務める。そうした都合上、何かと鉢合わせるのは仕方ないのだが、前回は敵、今回は仲間と言われても、そうそう簡単に感情の整理はつかないものだ。

 デルスター軍も、同じ理由で同じ違和感を抱いている。ただこちらはアレイスの事情を把握しているので、納得はしている。本軍とはいえ中隊を率いるのにわざわざザインが陣頭指揮を執るのも、これが組織の本懐だからだ。

 マローネ軍においては、フェンネル騎士団の支援を頼もしく思い、デルスター軍の規模に圧倒されている、といったところだ。しかし王たちから説明を受けているので、とりあえず懸念はない。神のもとでなされた契約がある限り、デルスターが裏切ることは万に一つもないからだ。

 そのように様々な思いを巡らせながら、各々テントを張り、陣営を整えている最中、馬に乗って瘴気に飲まれた目標の村を見定めているアレイスへ、カイルが歩み寄った。

「聞いてもいいですか?」

「なんだ」

「聖剣がどうして貴方を選んだのか。実は秘策があるとか」

「短い付き合いだったな、カイル」

「すみません。質問を変えます。村の人、生きていると思いますか?」

 瘴気には膜がある。結界の一種だ。あらかじめ決められた範囲に張られるのではなく、徐々に拡大していく形態のもので、発生直後なら逃げることもできるが、機を逃すと取り込まれ、脱出は困難となる。そして大抵は気付くのに遅れて囚われの身となる。目標の村もその災禍に見舞われた。

「生きていてもいなくても、瘴気は払わねばならん。まあ幸い、生存者の気配はする。やりがいは幾分かある」

「分かるんですか」

「闇だろうと瘴気だろうと、手中に収めてしまえば目として使える」

「もう収めたんですか?」

「ここへ来てすぐ、向こうから収まった。負の力は長いものに巻かれる性質がある」

「でも、払っちゃうんですよね」

「それを承知で巻かれに来たのだ。あわよくば配下に置いてもらえると思っているのだろう」

「置くんですか?」

「多少はな」

 カイルは落胆のため息をついた。光明の王になると言うが、今のところ常闇の王でしかないアレイスを、どう導いたら良いものかと。せめて聖剣から選ばれた理由でも分かれば糸口がつかめると思ったのだが、本人が知りつつも答える気がないのか、資格があるから当然と思っているのか――日頃の態度から後者の可能性は高いが、それが決定的な理由でないことは誰の目にも明らかだ。ここで示されている資格が、「聖者」という立場だからだ。しかしその理屈だと神皇帝でも聖女でもいいことになる。したがって、聖剣がアレイスを選んだ理由はそれではない。

 加えて、常闇の王にして光明の王ならば、本来どのような問題が起きようと、聖剣の力など借りずとも解決できたはずだ。シェルストンの村でも、常闇の王の力を使わないなら光明の王の力を使えば良かったのだ。が、アレイスは解決法として聖剣を求めた。そこには選択の余地がない何かがあったからだ。そして手に入れる確証もあった。

 つまり考えれば考えるほど「アレイスは自分が聖剣に選ばれる理由を知っている」という結論に至る。

 そもそも、聖剣の鞘はどうやって授かったのだろうか。

 とカイルは腕組みして首をかしげた。

 そうやって悩んでいる間に陣営は整い、作戦開始となった。馬上で聖剣を抜き放つアレイスを皆が固唾をのんで見守る中、カイルは輝く刀身を見つめた。

 太陽で鍛え上げられたような強く美しい光。数千年の時、聖都を護り続けた聖なる(つるぎ)。繁栄と平穏をもたらせたこの聖剣に、人々は畏敬の念を捧げ、感謝してもしつくせないほどの想いを手向けてきた。台座を離れた今も、瘴気を払い、人々の救済に役立っている。神の愛のなせる業であることを疑う余地もない尊い神器だ。

 どうして彼を選んだ――と、カイルは心の中で聖剣に問いかけた。相応しい者は、本当にその男以外にいなかったのか、と。

 アレイスが聖剣で空気を薙ぐと、村を覆っていた瘴気が消えた。マローネ軍はそれを見計らい、村人の救出に向かった。瘴気がないのは一時的なので、早急に村の外へ運ぶ。患者の容態を見て、軽度の者はスノウエルズ村のテントまで連れて行き、重度の者はその場で応急処置をしてからスノウエルズ村へ移動させる。

 これを繰り返して、救出できた生存者は十九名だった。

 後は進軍である。拠点は騎士団とマローネ軍が護り、デルスター軍が攻撃を仕掛ける。騎士団に神や光の加護があるように、デルスターの兵には闇の加護がある。彼らは躊躇なく、瘴気の中へ身を投じた。



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