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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第四章 心の在り処
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エピソードⅠ

 マローネ共和国は、サウル、レナス、ブロイストの三国からなる国であり、互いの力に差はない。各国とも農業、漁業、商業は並みであり、これといった名産もなく、工業においても必要最小限だ。つまり国民が通常の生活を送ることに不自由はないが、他国へ売って儲けられるほどの生産力はない。国力の基盤がそうであるから、軍事力も推して知るべしだ。

 本来であればこのような弱小国はとうに他国へ侵略され、滅ぼされていただろう。しかしいかに弱小とはいえ、三国合わせればそれなりにはなる。フェンネルやハスローンから自国を護るため、あるいは国力の底上げを図るために共和国を設立した結果、どうにか今日まで存続してきた。

 しかしここ数年で、衰退の兆しが見え始めた。常闇の王の崇拝組織スカルノスの勢力拡大と、彼らの実験の影響により、ぎりぎり保っていた需要と供給の均衡が壊されたからだ。

 スカルノスの根城周辺は、農業地帯である。農作物は育つが肥沃とは言い難い土地で、収穫において少し足りないことはあっても余剰が出ることはまずない。マローネ共和国は三国ともすべての土地においてこのような状態であるため、ひとつでも打撃を受ければ、途端に食糧不足に見舞われる。その大切な農地が今まさに、瘴気によって蝕まれ、不毛の地となり果てた。またそれだけにとどまらず、労働者までも病に侵され、生産性は落ちる一方で、食糧難と労働力不足が負の連鎖をもたらし、死者を増やして国力そのものを衰えさせているのである。

 国がそうであるから、マローネの貴族階級は他国に土地や資産を所有している。商才がある者は事業も展開しており、いざ国が倒れることになっても共倒れしないよう立ち回っている。が、国王と庶民はそうはいかない。国が倒れれば国王は責任を負わねばならず、庶民は難民となる。フェンネル帝国とハスローン王国がどの程度の援助をしてくれるか分からないが、三国すべての難民を受け入れるのは不可能だ。となれば、いっそ侵略された方が助かるが、マローネの土地を奪っても厄介事が増えるだけであるから、そんなことは万に一つもない。

 この頭の痛い問題を解決するため、三国の王は貴族階級の者に相談を持ち掛けたが、みな適当な言い訳をして逃げるばかりだ。軍を動かしてスカルノスを討伐することも視野に入れたが、とにかく根城一帯が瘴気に侵されているため近づくことも出来ない。それ以前に予算も物資もない。いかに国を護るための軍とはいえ、このふたつが揃わなければ動かしようがない。

 よって国王らは、期待ができなくても他国で私腹を肥やしている貴族に打診するほか手立てがなく、これを繰り返していた。

 本日も何の当てもない三国の王は膝を突き合わせ、対策はないかと知恵を絞り出そうとしていた。その時、家臣の一人が扉を叩いて会議室へ入って来た。

「お伝えします。クラバール伯爵ロドリオ・クレイオス様がお見えになられています。いかがなさいますか」

 頭を抱えている王の一人、レナス国王ウィアール・アメーソンは顔を上げた。白髪がちらほらある黒髪の口髭を生やした細身の男で、年は五十二歳。頬骨が高く下がり眉で頼りなげに見えるが、馬術と弓はまあまあの腕前だ。

「……クラバール伯爵か。伯爵家の中でもとりわけ才と財力がある。再三協力を申し出ていたが、正式に断りにでも来たのか――まあいい。通せ」

 すっかり後ろ向きになっているウィアールは一応「よろしいか」と他の王に許可を取り、ロドリオを部屋へ通した。入って来たロドリオは軽く頭を下げ、座している三人の王に向かって笑顔を見せた。

「しばらく国を離れていたもので、この度の要請に応じることができず、誠に申し訳ございません」

「いやいい。それで、どうかね」

「勿論、協力は惜しみません。祖国が傾くことを望む者がおりましょうか」

「そうか、やはり無理だろうな。少々テコ入れしたところでこの問題は……」

 断られることしか想定していなかったウィアールはそう受け答えかけて固まり、次の瞬間、鼻息を荒くして立ち上がった。

「きょ、協力してくれるのか!」

「当然です。近隣住民を避難させ、医師を派遣し、食糧を調達、かつスカルノスを討伐して瘴気の根源を叩きます」

 ロドリオのこの発言には、他二国の王も立ち上がって身を乗り出した。

「本当か! そんなことが出来るのか!」

「はい。ただし、条件があります」

「じょ、条件……?」

「国の立て直しに協力しない者の爵位を剥奪すること、所有権を含むセルツイード砂漠の全権をフェンネルの聖剣騎士へ譲渡すること。以上です」

 ウィアールは茫然として、こめかみに汗を一筋伝わせた。サウル国王ヴァノン・マスラッドも、ブロイスト国王ディオン・ベリアーノも、提示された条件を脳で処理するのに時間がかかっている様子で、額に汗を滲ませた。

 ヴァノンは金髪で背の低い小太りの中年だが、人の良さそうな柔和な顔をしている。一方ディオンは背が高く、それなりに鍛えた体つきで、灰色の短髪に口髭をたくわえた厳格そうな男である。

「……爵位を剥奪しろと言うのか」

 とはディオンが尋ねた。ロドリオはうなずいた。

「当然です。王がこれほど心を痛めているというのに、国のため、民のために何の施しもしないとは、貴族の風上にも置けません。権威に相応しき行動をとれない者は、権威に見放されても仕方のないことではありませんか」

「――なるほど。では、セルツイード砂漠の権限を聖剣騎士に与えろというのは」

「マローネが置かれている状況を知り、私なりに憂慮して、外部の協力が望めないかと方々回っておりました。現在、最も深刻なのは瘴気です。そして瘴気を払い、民を避難させるために必要な人物は隣国におります。数千年の時、フェンネル帝国の聖都を護り続けた聖剣を授かりし者――交渉の結果、セルツイード砂漠を譲渡するなら、という条件で受けていただけました。後は貴方がたの同意だけです。締結すれば、マローネの問題は数日の内にすべて解決するでしょう」

 三人の国王は視線を交わし合った。

「……確かに、これだけ我らが協力を求めているというのに、逃げ回って保身ばかり気にしている連中に、爵位を与え続ける義理はない」

「聖剣騎士の噂も聞いた。あのデルスターを説得だけで全面撤退させたとか」

「ううむ。なんにせよ、我らには手立てがない。愛国心のない者から爵位を剥奪し、何の価値もない砂漠を明け渡すだけで問題が解決するなら、断る理由もないとは思うが」

「何故あんな砂漠が欲しい。対価が合わんのではないか? 話がうますぎる」

 国王らは再びロドリオに顔を向けた。

「後で不利益になるようなことがあるのではないか」

 とヴァノンが尋ねる。ロドリオは肩をすくめて笑った。

「この件に関しては、隣国の神皇帝ならびに聖女様の耳にも届いております。マローネの現状を案じ、聖剣騎士をお貸しくださったのです。食糧も無償でご提供くださるとのこと。それがなくとも、今抱えている問題が解決するなら、条件を呑んでもお釣りがきます」

 国王らはまた視線を交わし合って、うなずいた。

「それはそうだ。ここでこの話を蹴っても他に救いはない。国の安寧のためには受け入れるのが正道だ」

 そして揃ってロドリオを見据えた。

「締結しよう。場所と日取りはそちらで決めてくれ」

 ロドリオは右手を胸に当て、丁寧に頭を下げた。

「お任せを」


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