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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第一章 怒れる者たち
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エピソード II

 聖女によって騎士団へ迎え入れられたアレイスだったが、団員からの反感は凄まじいものだった。彼らとて、聖剣という存在の重要性は理解している。しかしだからといってやり口が強引すぎる、というわけだ。ミハイルを退役させる必要はないし、聖剣に選ばれたからといって何の功績もない若者を団長に据えるなど、非常識である。そのような彼らの不満や疑問を携えて直談判に訪れたのがカイルだったことは、アレイスにとっても至極当たり前の流れではあった。

「いかに聖剣に選ばれたと言っても、横暴じゃないか」

 執務室に乗り込んで来たカイルを尻目に、アレイスは先任が残した資料を手にして、強奪した騎士団長の椅子に腰かけた。

「お前の言い分はもっともだ。しかし私はお前の父親の命を救ってやったのだ。そのように文句を言われる筋合いはない」

 アレイスは言いながら、机の引き出しを開けては閉め、近くの棚を眺めては、また別の引き出しを開けた。カイルはその様子を見ながら片眉を上げた。

「救ったとはどういう意味だ」

「このように、神皇帝や聖女や聖剣の威光によって守られている都市で、ぬるま湯につかりきった生活を送っていては、外の状況など何も掴めてはいまい」

 思わぬことに、カイルは眉をひそめた。

「……と言うと?」

「西にスカルノス、南にアンダルド、北にデルスター。今もなお、常闇の王を崇拝し、復活を目論む組織がある。これまでは息をひそめていたが、近年活動が活発になりつつある。連中は魔物を配備し、辺境の地にある町や村を襲い、少しずつ陣地を広げている。今のうちに手を打たねば、取り返しのつかないことになるだろう。それこそ各国の都市に爪を立てられた後では遅い。西と南はマローネとハスローンの兵が戦うことになるだろうが、デルスターはフェンネルが出て行かねばなるまい。フェンネルが主に相対することになるデルスターは、闇の三大組織の中でも最強だ。ミハイルなどその刃の前にひとたまりもなかろう」

 カイルは口を開閉したあと、自分を指さした。

「僕はいいのか」

 アレイスは迷いなくうなずいた。

「お前は神の加護を強く受けている。簡単には死なん。そもそも私が団長になったからには、誰も死なせん。安心して戦え」

 カイルは髪をくしゃくしゃとかき分けた。

「そう言われても」

「なんだ貴様は。戦う意志もないのに騎士団に入ったのか」

「いや、意志はあるけど」

「では戦え。近日中に敵勢力の詳細を渡す。団員だけでなく、軍にも民にも広く知らせ、我こそはと思うものは剣を取って戦うように促せ」

「え、一般市民にも?」

「当然だ。今は辺境だけの話だが、いつ矛先が都市に向くか分からない。戦力は一人でも多いほうが良いし、大多数の民を限りある軍や騎士団だけで護るというのは非現実的だ。むろん極力護りはするが、基本は自衛が望ましい」

「父上を辞めさせておいてよく言う」

「あのように矜持を持つ者は引き際を見誤る。ましてや騎士団長ともなれば先頭に立って戦うことになるだろう。自殺するようなものだ」

「父上の力を見くびってはいないか」

 アレイスは何か探しているふうな手を止めて、不敵な笑みを浮かべつつ、カイルを見据えた。

「相手は普通の人間ではない。敵将はザインという男で、奴が従える闇の力は絶大だ。おそらく聖剣の力と同等だろう。そんなものと、いかに騎士団長とはいえ普通の人間が、どう戦おうと言うのだ。お前は父親が目の前で、瞬きする間もなく塵と化すのを見たいのか」

 カイルはぞっとして息をのんだ。

「まさか……、そんな」

 顔を青くするカイルから、目を伏せるようにしてそらせたアレイスは、なおも話を続けた。

「私はこの都市より遠い、辺境にある村で暮らしていた。とてつもなく退屈で穏やかな毎日だった。奴らが攻めて来るまではな」

「襲われたのか」

「まあな。当時の私はナマクラしか持たぬ一介の剣士だったが、村の用心棒として務めていたため、仕方ないので戦った」

「ここにいる、ということは勝ったんだな」

「当然だ。私が負けるか。しかし、どんなに強くてもこの身はひとつ。隣村や山ひとつ越えた場所にある町までは救えん。そこで、どうにか軍や騎士団の力が借りられないかと再三にわたり手紙を出した」

「えっ……」

 アレイスは静かに視線を戻してカイルを睨んだ。

「半年送り続けてなしのつぶてだ。はじめは小さな農村に住む者など人間だと思っていないのかと疑った。しかしさすがにそこまで腐っているとも考えにくい。憶測で物事を判断するのも好まん。そこで一カ月ほど前、聖都を訪れて真相を探っていたわけだが――」

 アレイスは机の脇にある箱の蓋を開け、数秒凝視したあと、蹴とばして中身を床にバラまいた。フチが赤い線で囲まれている封書、それは討伐や救援を依頼するためのものだ。カイルは、そのようなものがほとんど未開封で騎士団長の執務室に置かれたままという意味が分からない男ではない。ゆえに、目を見開いて固まった。

 アレイスは椅子を離れ、カイルの正面に立った。カイルは唾を飲み込んだ。秀麗な目鼻立ちの青年が身も凍るような冷たい眼差しで、自分に何を言おうとしているのか、もう察しがついている。相応の覚悟が必要だった。

「救いを求める人々の声を無視した償いはしてもらうぞ。息子のお前にな」

 カイルは深い失意に打ちのめされた。武力を必要とする救援依頼は父たるミハイルを通さねば、神皇帝や聖女の元に届くことはない。アレイスが送ったという手紙が誰によってことごとく跳ねのけられていたのか、物証もある状況で、弁明の余地はなかった。

「……それで父を解雇したのか」

「分かってもらえたか?」

 カイルはその場で深く頭を下げた。

「誠に、申し訳ない。償えるならどんなことでもしよう」

「では早々に、団員ならびに神皇帝や聖女に告げよ。お前の口から、父親の所業をな」

 カイルは奥歯を噛みしめ、握った拳を震わせた。

「……はい」

 苦汁とはこうやってなめるのだということを、カイルは騎士になった初日に味わったのだった。


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