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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第三章 黒い風
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エピソード III

*閲覧注意(暴力)

 港にある大きな倉庫で、ロウザは上半身を縄で縛られ、片隅に座らされていた。倉庫には十八人の少年がいた。歳は十歳から十三歳――アレイスのことを恨んでいる少年たちである。

「私を人質にとって呼び出そうなんて、卑怯じゃない」

 ロウザは文句を言ったが、少年たちはチラリと視線をくれるだけで取り合わなかった。自分たちがやろうとしていることが何なのか、どこかで理解しているからだろう。緊張している。その緊張はロウザにも伝わってきた。

「やめなさいよ、後悔するわ。今ならまだ引き返せる」

 そう説得してみたが、少年たちは「もうここまで来たら引き返せない」という雰囲気で、互いを牽制していた。

「本当に来るのか?」

「こっそりロウザと会ってるとこ見たんだ。来るさ」

「来なかったら?」

「女を見捨てた最低野郎って言いふらしてやればいいだろ?」

「オレたちの言うことなんて、みんな信じないんじゃないか?」

 みな好き勝手言い合っていると、リーダー格の少年キアンが言った。

「さっきから、うるさいな。怖気づいて裏切るなよ」

 少年たちは固唾をのんで、倉庫の入口が開くのを待った。その間、ロウザはアレイスが来ないことを一生懸命に願った。

〝絶対来ちゃダメ、絶対来ちゃダメよ、アレイス〟

 しかし願いも虚しく、倉庫の扉が開けられ、そして閉められた。一人で入って来たアレイスは、隅にいるロウザを見て、悲しそうに笑った。

「ごめん、ロウザ。僕のせいで」

 アレイスがそう言い終わるか終わらないか。少年たちは素早くアレイスを取り囲み、ロウザと同じように縛り上げた。ロウザは顔を伏せ、目を閉じて泣いた。少年たちは無抵抗なアレイスに暴行を加え、不満をぶつけた。

「バレン様に引き取られたから何だって言うんだ! ただの孤児だろ!」

「女にチヤホヤされて嬉しいかよ! いい気になるな!」

「テメエさえいなけりゃ、こんなことにならなかったんだ!」

 いい気になんてなってない、アレイスのせいじゃない、とロウザは心の中で少年たちの言い分を否定した。

〝アレイスは好意を持つ人に好意を寄せるだけ。笑いかけてくれる人に笑いかけるだけ。善意の人に善を施すだけ。ずっと見てたから分かるわ。あなたたちは何を見てたの?〟

 そして「ああ、そうだ」と、ロウザは思った。ロウザはアレイスに恋をしていたのに、女の子に囲まれている姿を見ても、嫉妬心が湧かなかった。それはアレイスがどの子にも鏡のように応えていたからだ、と。

 彼は光を受けて反射する鏡と同じだ。だったら今この時、多くの悪意を受けたらどうなるのか。闇を映したらどうなってしまうのか――ロウザは心配になって、そっと瞼を上げた。少年たちの足の隙間から見えるアレイスは、痛めつけられてボロボロだった。綺麗だった顔も青アザが沢山できている。

「……なんて酷い」

 思わず口から漏れた時、黒い靄のようなものが地面を覆った。ロウザは反射的に身体を壁にくっつけた。

「何?」

 だが自分の方には来ないようだと、ロウザは再び顔を上げてアレイスを見た。横たわっていたアレイスはうっすらと目を開け、痛々しい様子の口の端を上げた。

 瞬間。

 一人の少年の身体から黒い棘が無数に飛び出し、血飛沫を上げて倒れた。一瞬何が起こったのか分からなかった少年らは目を見開いて固まった。が、二人目の少年が同じようにして倒れたのを見て、途端に混乱に陥った。

「ひっ――! なんだ? なんなんだよ、これ!」

 少年らが叫ぶ。すると、ロウザを拘束していた縄が不自然に切れた。その箇所を見ると、切れたというより部分的に消えたようだった。

 何はともあれ、ロウザは立ち上がり、アレイスのもとへ駆け寄った。

「アレイス! 大丈夫?」

 ロウザはアレイスの縄をほどき、抱き起した。意識はないようだった。身体は当然だが、顔に受けた傷は間近で見るといっそう酷く、集中して狙われたのが分かる。ロウザはこらえきれず、唇を震わせて涙を落とした。

 一方、仲間が二人死んで錯乱している少年たちは、倉庫から出ようと騒いでいた。しかし扉は固く閉ざされていて、逃れられる者はいなかった。

「なんだよ! 何なんだよ一体! なんで開かないんだよ!」

 顔に当たるロウザの涙で気が付いたアレイスは、ロウザの頬に手を伸ばし、優しく撫でて、涙を拭った。

「僕のために泣いてるんだね」

「……うん、だって」

「いいよ。言わなくても分かってる」

「ごめんなさい。私が捕まったせいで」

「君のせいじゃない。君もいつも言ってくれるだろう。僕のせいじゃないと」

「……うん」

 アレイスとロウザは笑顔で見つめ合った。そこへ少年たちが戻って来て、アレイスを問い詰めた。

「どうなってんだ! おまえ、扉を閉める時、何かしたな!」

「――僕は何もしていない」

「嘘だ! じゃあなんで開かないんだ! なんでテウスとイモンは死んだ!」

「……死んだ? どうして」

「こっちが聞いてんだ!」

 少年が怒鳴るその後ろで、また悲鳴が上がった。

「ランス!」

 と一人が名を叫ぶ。怒鳴っていた少年は振り返り、仲間がまた一人、同じようにして死んでいくのを目撃した。

「うっ、うっ、なんだよ……、どうなってんだよ」

 倉庫の中は少年たちの泣き叫ぶ声で溢れかえり、狂乱の渦になっていた。

 ロウザは、何がどうなっているか分からないが、次は自分かアレイスの番かもしれないと、無意識にアレイスの身体を抱きしめた。

 少年が一人、また一人と、謎の黒い棘の餌食になっていく。身体の中に潜んでいる何かが鋭く長い針となり、骨を砕き、肉を突き破っているようだった。

 ロウザの腕の中でその光景を見ていたアレイスは、恐ろしさに身体を震わせ、ロウザの腕にしがみついた。

「……あいつらだ。黒い靄が」

「――靄? 私にも見えるけど、あれ、何?」

「分からない。でも知ってる」

「……どういうこと?」

「悪意を持つ人間は、いつもあれを生んで育てる。そして最後に喰らうんだ。自分を生んで育てた人間を」

 それからどのくらい時間が経ったのか。少年たちは息絶えた。最後に残ったキアンは、仲間の血を浴び、正気を失った目をして、よろよろと、ロウザとアレイスのもとへ歩み寄った。

「……おまえだろう、アレイス。おまえがやったんだ」

「僕じゃない」

 アレイスは途切れそうな声で否定した。

「おまえだ! おまえがやったんだ!」

「僕じゃない! 僕じゃない!」

 アレイスが強く言い返すと、キアンの胸と肩を黒い棘が貫いた。

「ぐっ……!」

 キアンは血を吹き、その場に倒れた。身体はしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。同時に黒い靄も消え、辺りは静かになった。

 アレイスは全身を震わせながら、誰に問うでもなく問うた。

「……僕がやったのか?」

 自分に敵意を向ける者だけが亡くなったのを見て、やはりキアンが正しかったのかと、アレイスは罪悪感で呼吸を乱した。ロウザはとっさに、腕の中のアレイスを強く抱き寄せた。

「違う。みんな勝手に死んだの。アレイスは関係ない」

「僕が……やったんじゃないのか」

「違う。違うよ。アレイスは関係ない。みんな勝手に死んだのよ」

「――みんな、勝手に死んだ」

「そう、勝手に死んだの」

「僕は――関係ない」

「うん、関係ない」

「関係、ない」


 話の途中で、ロドリオは真っ青になりながら、紅茶を飲みほした。護送中、兵士がどのようにして死んだのか判明したうえ、あの言葉が何を意味するのか、うっすら理解したからだ。

 ロウザは言った。

「アレイスはかなり動揺してたから、私、とにかく落ち着かせなきゃと思って、そう言い聞かせたの。実際、あれはアレイスのせいじゃないって、今でも信じてる。けどたぶん――」

 ロウザは話疲れたように、テーブルの上に両肘を立て、拳でこめかみを抑えた。

「たぶんあの時アレイスは、自分のことに気が付き始めてたんだと思う。そしてもう、ちょっと壊れてたんだと思う……」

 カイルは唾を飲みこんで襟を少し緩め、汗を拭った。事情が事情とはいえ、たったの十二歳で十八人もの少年を殺めたとなると、心に受けた傷は相当だったろう、と。ただでさえ、いわれのない怨恨に悩み、傷ついていた。そこへ集団暴行という卑劣な手段で追い打ちをかけられたのだ。悲しみで感情が荒れてしまったのは想像できる。常闇の王という自覚もないままそんな精神状態になればどうなるか――その結末に少年たちは自ら身を投じてしまったのだ。

「それで、どうなったんですか?」

「とりあえず解決はした。バレン様がアレイスの部屋からキアンたちの脅迫状を見つけて、大人を集めて港の倉庫に向かったの。私は全部話した。アレイスは立ち上がることもできなかったし、当然、十八人の男の子相手に私が何かできるわけでもない。あそこで死んだ子たちは、アレイスを暴行したあと、気分を高揚させたまま集団で発狂して殺し合ったことになった」

「アレイスは?」

「一カ月くらい屋敷で療養してた。顔に傷が残ると思ってたんだけど、しばらくぶりに会った時は、綺麗に治ってた。まるで何もなかったみたいに。だから私、思ったの。アレイスはサイラスなんだろうって。でもまだ赤ん坊みたいな状態で、自分ではどうにもできないんだろうって」

「怖くなかったんですか?」

 カイルの質問に、ロウザは呆れたように笑った。

「怖い? どうして? 可哀そうだったわ。自分に酷いことをした人たちの死を悼んで心を壊してしまうくらい優しい彼を、どうして恐れるの?」

 ロウザは言って、涙ぐんだ。

「私は救いたかった。でも出来なかった。だから彼はシェルストンへ行ったの」


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