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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第二章 闇の因子
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エピソード V

 ロドリオの隊一行は休憩を挟むことなく、アレイスを連れ、ザインの前に整列した。大隊を収容するため謁見の間ではなく、城門塔と主城門の間にある前庭である。帰還の報告を半時前に受けていたザインは、大隊をそれほど待たせることもなく現れ、ロドリオと隊員は一斉に片膝ついた。

「仰せの通り、聖剣騎士アレイス・テュダメイアを捕虜として連れてまいりました」

 ザインは険しい顔をした。十中八九アレイスとおぼしき男が、拘束されるでもなく平然と目の前に立っているからだ。

「捕虜の割に態度がでかいな。見たところ拘束もされていないようだ」

 ロドリオは頭を下げた。

「……取引に応じ、逃げる様子もありませんでしたので」

 苦しい言い訳である。が、ザインはあえて追及しなかった。腰元に聖剣はなく、敵城にあって、背後には大隊が控えている。おまけに村を人質に取られているとなれば、拘束されているのも同然だ。過度に指摘することでもない。

「よく応じた。懸命な判断だったと誉めてやろう」

 ザインがアレイスに対して言うと、アレイスは口の端を軽く上げた。

「お前は判断を誤ったようだな。おかげで予定がずれて仕事が増えた」

「なに?」

 ザインは眉をひそめた。アレイスは不敵な笑みを浮かべ、辺りを眺めながら言った。

「デルスターと言えば闇の三大組織の中でも最強を誇る。その大将ともなれば、よほどの実力者だろう。正直、各国の軍や我が騎士団が束になったところで、勝てるかどうか分からない。とりあえず敵情視察というやつだ」

「ほお? ずいぶん買ってくれているようだ。それでよく戦おうと思ったな」

「そちらが襲ってくるのだ。仕方ないだろう。だがキリがない。こちらとしては兵を消耗しないうちに大将を引っ張り出し、決着をつけたかった」

「勝てる気もしないのにか」

「勝てそうにないからといって、派生組織と果てのない攻防を繰り返すわけにも、これ以上村人を傷つけられるわけにもいかない。まずは騎士団を呼んで派生組織を退け、村を守ることを優先した。同時に聖剣の存在を知らしめれば、遠からず大将が出て来るだろうと踏んで様子を見ていた」

「それで?」

「戦って無理そうなら勝利を譲り、話し合いに持っていくつもりだった。早期終結を目指すならそれしかない。村には何よりも平穏が必要だ」

 ザインは片眉を上げ、鼻で笑った。

「話し合いだと? 何を悠長な。そんなものに俺が乗ると思っているのか。大体、わざわざ大将を待たずとも負けを認めれば同じだろう」

 するとアレイスは皮肉げに笑った。

「同じではないから待ったのだ。大将でなければならない理由がある。私の事情はそう簡単ではない。何にしても、シェルストンの平原で騎士団と戦い勝敗を決すれば、話は早かったのだ。村人も合意していた。騎士団が勝てば幸いだが、そうならなくても覚悟の上だと。機が熟さないうちなら被害も最小だ。だがお前は来なかった。勝てる試合を棒に振ったのだ。しかしまあ、これも神の采配だろう。かえって面白いかもしれない」

 ザインは笑みを消してアレイスを見据えた。どうも話が見えないからだ。騎士団長を務める聖剣騎士でありながら、まるで負けても良かったような口ぶりである。

 ザインは慎重に言葉を発した。

「一体、何の話をしている」

「言わなかったか? 敵情視察だ」

「感想は」

「実際に見て、その強大さは知れた」

「そうか。それでどうする。降伏でもするか」

「冗談だろう。強大ではあるが、所詮は子供のお遊びだ」

「……なんだと?」

 ザインは低く唸った。ロドリオや隊員は肩をすくめたが、主君に代わって無礼をたしなめることはできなかった。道中の事件が脳裏を掠めるからだ。だが主君を馬鹿にされて声ひとつ上げないのはさすがに不自然である。ザインはこれまでにない状況を不審に思い、眉をひそめた。

「俺の空耳だといいのだが、今何と言った」

 アレイスの発言を聞き咎めるというよりは、配下にいる者たちの反応を見るための質問だ。アレイスはそれを察しつつ、何食わぬ顔で答えた。

「子供のお遊びだと言ったのだ。ちょっと深淵の闇を覗いたくらいでいい気になるなよ、小僧」

「貴様!」

 ザインは腰元の剣の柄に手をかけた。が、アレイスはそれをひと睨みで制した。銀色の瞳の奥に潜む強烈な闇が、夜空を駆ける稲妻のような鋭さで、ザインの意識を貫く。その瞬間、ザインは「うっ!」と呻いて息を詰まらせた。

 氷の矢に射抜かれたような痛みが胸を通り過ぎると、視界が暗くなった。灰色の城壁はより灰色に、黒い鉄柵はより黒く、青い空は混沌の色へ。長年闇と共にあったザインでも経験したことのない現象である。周囲は騒然とし、ザインは金縛りにあったように固まって動けなくなった。

 アレイスはゆっくりとザインの側に寄り、囁いた。

「淵をうろついていないで、飛び込んでみたらどうだ。ああ、そんな勇気はないか。さすがに身を滅ぼしかねないからな」

 誘惑と嘲笑を含んだ声は、奈落をたゆたう瘴気ようだ。意思に反して柄を握る手が震え、鞘の中で刃が小さく音を立てている。ザインは全身に汗をかき、呼吸困難になりながら、足を踏ん張った。

「……なんだ? なんだ貴様は」

「お前が一番よく知っていると思ったが。いや、何も知らないか。誰も私の心など、知る由もない」

 アレイスは言って一歩下がり、後ろ手を組み、ザインを見据えた。

「光明の王になると宣言したことは聞き及んでいるだろう。その言葉に偽りはない。しかし運命は分からない。不遇にも歴史をなぞらえ、私が再びそれになったとして、ザインよ、その有様では滅びの力に耐えられはしない。死にたくないなら復活させようなどと考えないことだ。私も無駄に殺生したくない」

 言い終えるとアレイスは左腕を上げ、かざした掌に闇を収束させ、消滅させた。景色は元に戻り、何事もなかったようにそこにある。

 ザインは柄から手を離し、アレイスを凝視したまま、両膝を地につけた。ロドリオは愕然として口を開けたままアレイスの背を見上げ、隊員は道中の怪事件の真相を悟り、恐怖のあまり失神した。

「……常闇の、王だというのか、聖剣騎士――貴様が」

 ザインが問い、アレイスは煙たそうにして答えた。

「かつては、とだけ言っておこう」

 アレイスは振り返り、隊員の中で辛うじて意識を保っているロドリオを見下ろした。

「捕虜はどこへ行けばいいんだ?」

 ロドリオはハッと我に返り、アレイス越しにザインを見た。ザインは憔悴した顔でロドリオに視線を送り、「王室へ」とだけ告げた。


「俺は認めん」

 ザインはきっぱりと、だが動揺を隠しきれないように言った。

「何の挙動もなかった。それなのに城中の闇を完全に掌握していた。あれで常闇の王ではないだと? かつてそうだったと言うのなら、今もそうだろう」

 謁見の間を右へ左へ歩き回りながらぼやくザインを見つつ、ロドリオは深くため息ついた。ザインには同意であるが、聖剣騎士というのも事実ではあるし、光を喰らうなら光明の王でもあるのだろう。どれもが真実である場合、自分が望む形だけ認めて他を否定することはできない。

「落ち着いてください、ザイン様。とりあえず城へ迎え入れることは叶ったのです」

 ザインは足を止め、ロドリオを見やった。

「確かにそうだ」

 そして改めて常闇の王が現れたという現実に興奮した。

「同じ時代に遭遇する確率など知れている。これを運命と言わず何と言う。数百年は待つ覚悟で若さを保ってきたが、まさかこれほど早くお目にかかれるとは……ああ、しかし、そうならそうと言ってくだされば」

「明言できない事情があったか、貴方を試されたか、あるいは両方でしょう」

 ロドリオが言うと、ザインは己の失敗を心底悔いた。実際「判断を誤った」と直々に言われた。さっさとシェルストンへ赴いて騎士団に勝利していれば、アレイスにはおそらく、常闇の王としてザインと会談する用意があったのだろう。

「いや、しかし、今回は期待にそえなかったが、城にとどまったということは、まだ見込みがあるのかもしれない」

 前向きで結構なことだと呆れつつ、ロドリオは真面目な顔でうなずいた。

「私もそのように思います。これからしばらくは、何か要求があれば聞き入れる方向でよろしいかと」

「どのような要求があると思う」

「さて、相手はあの常闇の王です。想像もつきません。ただ先ほどの発言から、光明の王になると言いつつも、常闇の王となる可能性をお感じになっているのは確かかと」

 ロドリオが見解を述べると、ザインはあからさまに喜び、野心溢れる笑みを満面にたたえた。性根はともかく、自身の欲望に忠実なザインが嫌いではないロドリオは、その椅子を狙いつつも、助言は惜しむまいと思った。一見、矛盾した行動ではあるが、今はザインを導くことで自分を向上させることが大切な時期と思えばこそだ。

 ザインの機嫌が良くなったところで、ロドリオは道中に起きた事件について説明した。ザインは「常闇の王に不敬を働いたのなら仕方ない」と、損失については不問とした。


 謁見の間を退室したロドリオは、その足で王室へ寄った。

「何かご入用の物はございませんか」

 出窓に座って外を見ていたアレイスは、ロドリオを見て「ふん」と笑った。

「何を今更かしこまっている」

 ロドリオは頭を下げた。

「仕方ありません。それと分かってこれまで通りに接することは不可能です」

「面倒だな、お前たちは。どこで道を間違えれば、世を破壊する王を崇拝するに至るのだ。……ああ、お前はあれか、物心ついた時から闇が思考の一部だったか」

 ロドリオは目を見開いた。

「どうしてそれを」

「闇を通して見える。理屈など知らん」

「やはり、良くはないのでしょうね。こういう思考は」

「さあ。必要でないなら元より存在しないだろう。あるからには、何かあるのだ。お前の言動や思考が否定されるなら、私という存在は明らかに許されない。だが神は遣わされた。この答えはひとつだ」

「それは?」

「必要なものは現れる。ただそれだけだ」

 アレイスは言って口を閉ざし、再び窓の外を眺めた。その姿をロドリオは深い眠りから目覚めたような気分で見つめた。すると、それまで雲に隠されていた太陽が現れ、窓から光が差し込んだ。ロドリオは床に落ちたアレイスの影を踏まぬよう一歩下がり、一礼してから部屋を出た。


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