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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第二章 闇の因子
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エピソード IV

 ロドリオ率いる大隊がシェルストンを離れて三日目の晩。その日は新月の曇り空で、深い夜の闇が地上を覆っていた。いくら闇に慣れているとはいえ、歩を進めるのは危険である。一行は平原にテントを張って、夜を越すことにした。

 兵の四分の一が見回りをしている。二時間ごとの交代だ。そして捕虜を寝かせるテントの前にも見張りの兵士が二人立っているが、そのうちの一人が言った。

「一カ月あまり移動してきたっていうのに、また同じ距離を移動とはな。さすがに飽き飽きしてくる」

 するともう一人の兵士が、にやつきながら答えた。

「けど行きと違ってお綺麗な捕虜がいる。掃き溜めに鶴とはこのことだな」

「……ああ、男じゃなけりゃあな」

「このさい関係あるか。どこを見たって、むさくるしい野郎ばかりだ。美人ってだけで価値がある」

「おいおい、変な気起こすなよ。バレたらお咎めじゃあ済まないぞ」

「お前が黙ってりゃバレやしねえよ」

 兵士は言ってテントの中へ入った。相手は聖剣騎士だが、今や聖剣を持たず、後ろ手に縛られ、身動きの取れないただの捕虜である。蹴ろうが殴ろうが性的搾取をしようが思うままだろうと、兵士はアレイスに手を伸ばした。

 その時、横になっていたアレイスがふと目を開けた。

「何の用だ」

 驚いて反射的に手を引いた兵士は、「へっへ」と笑って唾を飲んだ。

「お宅も退屈だろう。オレと楽しまないか」

 アレイスは身を起こし、怪訝そうな顔をした。

「たまに現れるな。貴様のような不快な輩は」

「あ?」

「粗悪な闇だ。匂いからして不味そうだ」

「なんだって? 何を言ってやがる」

 眉をひそめて首をかしげる兵士を、アレイスは冷めた目で見やった。

「失せろ」

 言葉が発せられた瞬間、短剣ほどの長さの黒い棘が兵士の首を内側から貫いた。

「ぐっ……あ!」

 自分に何が起こったか分からないまま、兵士は血を吐いて倒れた。焼けるような喉の痛みにもだえ苦しみ、手足をばたつかせて暴れる。その間アレイスは静かに、じっとしたまま兵士を眺めていた。兵士はそんなアレイスの足を掴もうと必死に手を伸ばしたが、何故か届かなかった。やがて闇に引きずり込まれるように次第に視界が暗くなった。最後に力を振り絞って身をよじり仰ぎ見たアレイスは少し笑っていて、兵士は言いようのない恐怖を感じながら息絶えた。

 外で物音を聞いていた見張りの兵士は、急に静かになったのを不審に思い、いかがわしい事も想定しながら、そっとテントの入口を開けた。すると、簡易ベッドに腰かけているアレイスと、その足元に転がっている仲間の兵士が視界に飛び込んで来た。

「どうした!」

 見張りの兵士は慌てて仲間の兵士を抱き起した。喉には何で穿たれたか分からない傷があり、血が溢れていて、すでに絶命している。見張りの兵士は、後ろ手に縛られながらも悠然としているアレイスを、強張った表情で見つめた。

「何をした」

 アレイスは少し顎を上げ、面倒そうに答えた。

「何をしただと? そいつこそ何をするつもりだったんだ。とっととそのゴミを片付けろ」

「なっ……!」

 あまりのことに見張りの兵士は絶句して固まった。聖剣騎士という肩書と、輝かんばかりの美しさとは裏腹な態度と言葉である。そうこうしていると、異変に気付いた別の兵士がやって来て、中を覗いて悲鳴を上げ、ロドリオを呼ぶ事態となった。

 中を見たロドリオは唖然とし、アレイスに問うた。

「何があった」

 アレイスはロドリオを見据えたあと、薄く笑った。

「そいつが勝手に死んだのだ。私には関係ない」

 ロドリオの全身に悪寒が走った。そして最初に感じた妙な違和感が、明確なものへと変わった。

 聖剣に選ばれた男だ。このいわゆる「聖人」を闇に生きる者が恐れるのは当然なのかもしれない。だがアレイスに限っては、単純にそうとは言えない。与えられた栄誉とはちぐはぐな本性――冷徹で残忍な心を、聖者の仮面で欺いているように見える。瞳は銀色に輝いているというのに、深淵の闇のように暗い。

 冷たいものが心臓に張り付く感覚を覚えて、ロドリオは震える声を押し殺すように部下に命令した。

「遺体を片付けろ。このテントもだ」

「……捕虜はどうします?」

 ロドリオはこめかみに汗を伝わせた。アレイスの視線が刺さっている。おそらくどのように行動を決めるのか窺っているのだろうが、その程度だと思っても、顔を向けることができなかった。

「私のテントに移動させろ」

「よろしいのですか」

「目の届くところへ置いておいたほうが、余計な面倒も起きないだろう」


 ロドリオが直接監視する体制となってからは、静かな移動が続いた。事件の話を聞いてアレイスを警戒する者もちらほらいるが、事件直後の目撃者ですら実際に何が起きたかまでは分からないうえ、その話になると硬い表情で口を結んでしまうので、どうにもならないといった感じだ。

 二週間経つ頃には皆「早く城に着いてくれ」と、切に願うまでになっていた。というのも、不可解な事件を解明しようという余計な好奇心を持った者たちが、アレイスを詰問するという馬鹿なことをしたからだ。

 ロドリオが直接監視するといっても、隙はできる。四六時中は見張れない。移動を始めてから二つ目の関所で手続きをしている間に、彼らは実行に移した。そしてロドリオが帰って来た時には、見るも無残な死に様を晒していた。全身、何かで串刺しにされたような穴が開き、血まみれの肉塊となっている。その中心で椅子に縛り付けられていたアレイスは、返り血を浴びることもなく、涼しい顔で死体を眺めていた。

 ロドリオは恐れる心を抑えつつ、近づいて声をかけた。

「また勝手に死んだのか?」

 アレイスはロドリオを見上げ、冷めた目で笑った。

「ああ」

 ロドリオは何故か物悲しい気分に襲われ、アレイスを椅子から解放し、後ろ手に縛っていた縄をほどいた。

「いいのか?」

「意味がないと分かった」

「そうか」


 今回の死者は詰問した十三名の兵士と、様子を見ていた二十四名の兵士、合わせて三十七名である。最初の兵士を入れると計三十八名の死者を出した。ただ捕虜を護送するだけの任務で出す損害ではない。しかも当事者だけでなく目撃者まで残らず抹殺されてしまったので、結局どのように死に至ったのか分からずじまいだ。

 ザインにどう報告したものかとロドリオは頭を悩ませ続けた。が、答えの出ぬまま最後の関門を抜け、とうとう城門を見上げるところまで来てしまった。アレイスは逃げることもせず、貸し与えた馬に堂々と乗っている。その様子からして、始めからここへ来ることが目的だったのではないかと、ロドリオは思い及んだ。

「どのような思惑があろうと、城の中へ入れば最後、二度と日は拝めんかもしれんぞ」

 ロドリオが警告すると、アレイスは馬の首を撫でながら、穏やかに笑った。

「城の趣味が悪い。人の心配をする前に主君の感性の心配をしろ」

 ロドリオは眉をしかめた。

「そんな顔で言う台詞がそれか」

「……どんな顔だ?」

「馬を慈しんでいる聖人の顔だ」

「なるほど、少しは板についてきたか」

 ロドリオは沈痛な面持ちで目を伏せ、右手を上げて開門を促した。そして手綱を振り、馬をゆっくり歩ませつつ吐き捨てた。

「――自覚があったとは驚きだ」

「何か言ったか」

「別に」


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