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常闇の王 サイラス  作者: 礎衣 織姫
第二章 闇の因子
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エピソード III

 馬を走らせ続け、一カ月の距離を三週間で駆け抜けたファズールは、

「相手は大隊を率いておりますので、到着までにはもう二週間はかかるかと」

 と、疲れ切った顔で告げた。突然押しかけたため、村の入口で足止めをくらっていたが、聞きつけたアレイスが出て来たところで片膝ついて状況を説明した。そんなファズールを迎えた村人も騎士団も唖然としつつ、アレイスの反応を待った。

 アレイスは腕組みをしてファズールを見やった。

「つまりザインは来ない、ということだな」

「は、はい」

「ならば別の手を打つ」

 アレイスは言い、ファズールに立つよう促した。

「よく知らせてくれた。宿を案内させる。とりあえず休め」

「は、はあ、ですが、あの」

「約束を果たせなかったことを気にしているのか?」

「……はい」

「気にするな。ザインをそう簡単に動かせるとは思っていない。お前は充分に役立った」

 アレイスはファズールの背を軽く叩いて、村人の一人に顔を向けた。

「悪いが、宿を貸してやってくれ」

 村人は訝しげにファズールを見た。

「アレイス様がそうおっしゃるなら。しかし、本当に大丈夫なんですか?」

「私が責任を取る」

「……分かりました。ご案内します。どうぞこちらへ」


 その後、酒場へ移動した騎士団は、アレイスを囲んで説明を求めた。

「一体全体、どういうことですか?」

「どうもこうも、こっちは一個小隊しか連れていない。本軍の中隊と戦うのは不利だ。あの男も相当強い。だから取引をした」

「取引とは」

「まあ、ほとんど脅しだが、私の役に立つなら取り立ててやる、と」

 団員たちは互いの顔を見やり、となりに腰かけていたカイルは手の平で自分の額を打った。

「それで乗ったって言うんですか? 敵の本軍中隊の隊長が?」

「私の神々しい姿に恐れをなしたのだ」

「冗談はその太々しい態度だけにしてください」

「なんということを。しかしまあ真面目な話、あの男は現状に満足していない。そこへ付け入ってみたのだが、案外簡単に落とせた。あちらでよほど気に喰わないことがあるのだろう」

「――ああ」

 カイルはゲンナリとして頭を抱えた。

「で、どうするつもりなんですか、あの男」

「味方にできるなら心強い。あれほどの剣士はそういない。こちら側に誠意を見せる必要はあるが、問題がなければ相応に扱って支障はないだろう」

「何かあったら責任取ってくださいね」

「無論。騎士団長としてすべきことはする」

 カイルは思わずアレイスを見た。アレイスは皮肉な笑みを浮かべている。カイルは耳を赤くして大きく舌打ちした。

「まったく貴方って人は。どんな時でも嫌味は忘れませんね」

 アレイスはクックックと笑って、目の前に置かれたグラスの酒を飲みほした。


 半月後。ロドリオ・クレイオスを将とする本軍の大隊が村を訪れた。その大軍にみな震え上がったが、アレイスは相変わらず余裕のある笑みをたたえ、堂々と進み出た。

「このような場所まで、これだけの兵を引き連れて、ご苦労なことだ」

 ロドリオは片眉を上げ、馬上からアレイスを見下ろした。腰元の剣で例の騎士だとすぐに判る。それがなくとも只者ならぬ容姿だ。輝くような美しさは、昔フェンネルの都で見た聖女を彷彿とさせる。一時はあの聖女に憧れて騎士になろうと思ったこともある、とロドリオはふと過去を振り返ったが、到底敵わなかったことも思い出した。光を追えば追うほど闇が広がった。常闇の王がもたらす世界を夢見る心に抗えなかった自分が、そこにはいた。

「聖剣騎士を侮ってはいない。だがいかに聖剣騎士といえども、この数を相手に無謀なことは出来まい。そこで交渉したい」

「ほお? どのような」

「大人しく我々の捕虜になれ。できなければ、この村を滅ぼす」

 団員と村人の顔はこわばった。大隊の到着を待つ間、念のため援軍要請を済ませ、隣村に待機させているが、敵は予想以上の規模だ。ざっと見ただけで倍はある。黙って要求を呑むか戦うかとなれば前者を選びたいところであるが、アレイスの性格上、捕虜になるなどありえない。これはさすがに死を覚悟せねばならないかと皆が思った時、アレイスは言った。

「いいだろう。ただし、こちらにも条件がある」

 ロドリオはその返答を当然と思ってうなずいた。

「言ってみろ」

「ここシェルストンは無論、ローフォール一帯への侵攻を断念しろ。呑み込めないなら貴様はここで終わりだ。また吞んでおきながら、のちに反故にした場合も同じだ。私は地の果てまでも貴様を追いかけて、必ず地獄を味わわせる」

 臆することなく言ってのける様はさすが聖剣騎士だと思いつつ、ロドリオは妙な違和感を覚えた。聖人の割に口が悪いという点に尽きると思うが、それだけではない何かを感じるのだ。が、今はザインに言われた通りに事を進めるしかない。ロドリオは奇異な感情を振り払って言うべきことを言った。

「……了承した。聖剣を置いてこちらへ来い」

 アレイスは腰元の聖剣を鞘に納めたまま外し、地面に突き刺した。

「この剣と鞘はローフォールの地を護る。侵す者あれば聖なる光によって滅するだろう」

 その言葉を聞いて、デルスター兵の一人が聖剣を抜き捨てようとしたが、聖剣はビクともしなかった。ロドリオは愚かな部下をたしなめた。

「聖剣は選ばれた者にしか動かせない。聖剣騎士の手を離れた今、それは未来永劫そのままだ」

 そしてロドリオは、アレイスを馬に乗せて後ろ手に縛るよう他の部下に命じ、馬首を巡らせ、振り返ることなく村を去った。

 残された団員と村人は言葉なく立ち尽くしていた。殊にカイルを中心とする団員は、あまりにも意想外な出来事に思考さえ回らなかった。そうこうしていると、村人がむせび泣き出した。

「アレイス様……我々のために、こんな」

 カイルは拳を握った。アレイスを黙って見送ってしまったことを後悔した。父が犯した過ちと何ら変わらぬ間違いを犯してしまったと、己の不甲斐なさを嘆いた。故に、カイルは団員と村人の前に立ち、宣言した。

「助けに行こう」

 ヘレノスが顔を上げた。

「副団長、お気持ちは分かりますが、すぐには無理です」

「軍も騎士団も全て動かせばいい。聖剣騎士を失ったら、ローフォールは無事でも他は……」

「分かっています。一度聖都へ戻り、そのあたりも含めて神皇帝に相談しましょう。神託を得なければ、救出は困難です」

 カイルは言葉を詰まらせてうつむいた。

「……分かった。任せる」

 そこへ、なりを潜めていたファズールが協力を申し出た。

「私が先回りしてデルスターの出方を監視しよう。奪還の機を見計らえるかも知れん」

「大丈夫なのか」

「私がここへ来たことは、まだ知れていない。それに」

「ん?」

「それに――光明の王となる身なら、そうそう奴らの思い通りにはなるまい」

 伏せ目がちに言うファズールには、まだ他に思う所がありそうではあったが、カイルは言葉が持つ希望にすがった。

「ああ、そうだな」


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