旅立ち
「どこへ行こうかしら。」
とりあえず、この国から出ていきたい。
私の生きる世界は魔法が全て。家が全て。地位が全て。権力が全て。人の上にたてるか否かで全てが決まる世界。私の生まれた家は代々、強い火魔法を輩出してきた家。王の役に立って莫大な地位と権力を手に入れ続けてきた家で私は唯一火魔法が使えない。
「誰も魔法が使えない、なんて言ってないのに。」
私は火魔法は使えない。けど、魔力はかなり強いし、魔法に適正だってある。
「火魔法の家で他の魔法を使ったらどうなっていたのかしらね。」
ましてや、『水魔法』なんて。親の敵のようなものだから、殺されていたかもしれない。昔から水魔法の使い手を敵視していた家だったから、魔力は完璧に隠蔽したし、無能を演じた。私はきっとあの家では不良品だった。
「きっと火魔法でないとダメなのよね。」
愛されたかった。家族として認めてもらいたかった。そんなことを口にするつもりはない。もう、終わったことなのだから。
「とりあえず、隣国にでも行ってみようかしら。」
家を出るときお金はもらえなかったけど、こっそり貯めていたし、こうなることは分かっていたからひっそりと生活できるだけの分は持っている。
「すみません。イーオンに行くにはどうしたらいいのですか?」
「ラッキーだね、お嬢ちゃん。俺もイーオンに行くところなんだ。一緒に行くかい?」
(敵意は感じられないわね。強い魔力を持っているわけではなさそう。)
「迷惑でなければぜひ。」
「よし!決まりだ。」
いくら隣国とはいえ、イーオンまで行くのは遠い。早めに移動手段ができて良かった。
「さ、乗りな。」
「お願いします。」
(かなり大きな馬車。お金持ちかしら。)
「この馬車はあなたのですか?」
「あぁ、そうだ。俺はカエルム。お嬢ちゃんは?」
「私はルーナです。」
「そうか。イーオンにはなにをしに行くんだ?」
まだ、よく知らない人に話すことではない。別の事情を考えないといけないかもしれない。
「私は、旅をしていて。」
「嘘だな。」
(やっぱりバレてしまうわね。)
「言えない事情があるのかもしれないが、俺に嘘は通用しない。話せる範囲でいいから話してくれると助かるな。」
やっぱりこの人はかなり賢い。本当にお金持ちなのかもしれない。
「私、家を追い出されたんです。行く宛もないですし、とりあえずこの国から出たくて。」
「お嬢ちゃん、かなりいい家の者だろ。なんでまた、そんなことになったんだ。」
話すべきなのか、話さないべきなのか。弱みになるようなことはなるべく言いたくない。けど、馬車にのせてもらっているわけだし、言わなくては行けないのかもしれない。
「確かに私は『いい家』の人間ですが、『お嬢様』ではありません。」
「そんなに上等な服を着てか?」
「…まともな服はこれぐらいしかありません。外に出るならそれなりの装いをしなくてはと思いましたから。」
『いい服』は全てあの子に燃やされた。魔法の練習だとか、家のために力をうまく使えるようになりたいからとか、訳の分からない理由で全て燃やされた。この服は一番のお気に入りだし、万が一のために隠しておいたから無事だったけれど、確かにこんなにいい服を着ていたらおかしいかもしれない。
「いい家だからって楽じゃないんだな。」
「そうですね……私にもっと才能があったら変わっていたかもしれませんが。」
なんで、この人にこんなに話をしているんだろう。赤の他人、それも今あったばかりの人に、自分の話をするなんて馬鹿みたい。
「まぁ、みんな色々あるわな。生きてたら結構しんどいことだって何回も経験する。だけど、それが人生なんだ。お嬢ちゃんも好きなように生きたらいい。」
「ふふ、ありがとうございます。」
カエルムさんのいう通りかもしれない。私はこれから楽しくいきるんだから、過去のことなんて忘れてしまおう。
「着いたぞ。」
しばらく馬車に揺られているうちに眠ってしまった。どれくらい時間が掛かったのか分からないけど、もう外は薄暗い。
「すみません、眠ってしまったみたいで。」
「気にするな。」
泊まるところを探せるかどうか分からないけど、あの国から出てくることができて良かった。
「お嬢ちゃんはこれからどうすんだ?」
「まずは宿を探さないといけませんね。」
「なんだ、やっぱりか。」
泊まるところがないことはバレていたみたいだ。
「お嬢ちゃん、俺の知り合いにこの国で宿屋をやってるやつがいる。そいつを訪ねるといい。俺からも連絡しておく。場所は──」
「いらっしゃい。」
カエルムさんの知り合いの宿屋は割りとすぐに見つかった。中に入ると、優しそうな女性が声をかけてくれた。
「あんたがカエルムの言ってた子かい。部屋はもう整ってるから今日はゆっくり休みな。」
「ありがとうございます。」
「あたしは、ビオラ。ここの管理者みたいなもんだから、困ったことがあったら何でもいいなさい。」
「ルーナです。お気遣いありがとうございます。」
部屋の鍵をもらってまっすぐ部屋に向かった。とてもきれいに整えられた、過ごしやすそうな部屋だった。
「今日はもう寝ようかしら。」
家を出てから、なにも連絡はないし、本当に捨てられたのだとようやく実感がわいてきた。
(暗いことばかり考えても仕方ないわね。)
私は暗い考えを振り払い、目を閉じて眠った。