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魔王様は、存在を消された令嬢と結婚がしたい。

作者: 百度ここ愛


 目の前にいる男は、小さい羽でパタパタと宙に浮きながら私にプロポーズした。


 ……は?


「だから、お前を迎えにきた!」


 キラキラとした笑顔で白い歯を見せながら、手を差し出す。手を取るにはあまりにも、この人のことを知らなさすぎる。だって、初対面だし、それに、私は存在を消された人間だ。家族が来てしまったら困るのに、大きな声で笑うから慌ててしぃーっと人差し指を唇に当てた。


「お父様が気づいてしまいます!」

「眠らせておいた、安心しておけ」

「でも」

「でもも、なにもない。こんな何もない塔の中で一人腐り落ちたいのか」


 そんなわけない。塔の窓から見えた、外の世界を走り回る義妹が羨ましかった。おいしいものを食べて、笑い合って、私も家族のように過ごしたい。何度、思ったことだろうか。


「でも、出てはいけないって」

「あぁ、わかったわかった」


 お父様からの言いつけを思い出す。新しいお義母様と義妹を連れて来た時に、「一緒に暮らすのは辛いだろうから」とこの塔を用意してくれた。出たら辛いのは私だと、私のことを思って。お父様は、本心から私のために塔を用意してくれたのだろう。


 メイドたちが言うには、私が邪魔だからとの話だったけど。それだったら、どこかに嫁に出してしまうでも、家から追い出すでも、なんでもあったはず。他人の言うことと、お父様の言うこと、どちらを信じるかと言われればお父様だ。


 でも……この狭い塔に閉じ込められて、居ない者として扱われるのは寂しかった。居ない者と世間的になってしまってることも、ひしひしと感じてしまった。あれほど文通していた友人たちからの手紙は届かなくなったし、心配して会いに来てくれていたおばあさまやおじいさまも来ない。


 おばあさまとおじいさまが来た時だけは唯一、温かいごはんが食べられた。家族らしい会話もしてもらったし、ふかふかの布団で眠れる。私の中での休息の時間だった。


 みんなの中で、私がどんどん死んでいってるんだと思った。


 小さい羽の人は納得したように頷いた。諦めていなくなったのかと思えば、ズイッと腕が伸びてきて、窓に嵌められた鉄格子が歪む。


「何をしてるの!?」

「攫う」

「へ?」

「言いつけで出られないんだろう? 攫うのであれば問題ないだろ」


 詭弁だ。初対面にしてプロポーズに、誘拐。この人の目的がわからない。


 考えてるうちに、鉄格子はパキンっと割れて地上に落ちていく。それほどの高さは無いものの、頑丈な作りのために重たかったらしく、窓から下を覗き込めば地面にめり込んでいる。


「邪魔なものは取っ払った! 行くぞ!」


 窓から身を乗り出していた私の手を引っ張る。そんな小さい羽で私を持って飛べるわけ! 落ちるのを覚悟して、目をぎゅっと瞑る。いつまでも、衝撃は来ない。それにパタパタという羽音もいつのまにか聞こえなくなってる。


 薄らと目を開ければ、星空が目の前に広がっていて、前の男は羽をパタパタとも羽ばたかせていない。


「どうだ、キレイだろ?」

「キレイ、ですね」

「星空はもう好きじゃなかったか」

「え……」


 もう? 小さい頃はよく、星空をお母様と見上げて、あの星はシロクマ座、あの星はソフトクリーム座。など、勝手に命名していたものだ。


「私のことをご存知なのですか」

「あぁ、まぁな。そんなことはどうでもいい。星空が好きではないのなら、すぐ我が家へ向かおう。しっかり掴まれよ」


 私の手をぐいっと引っ張り、私自身を肩に担ぐ形に変えて何か呪文を唱える。ぐるぐるとした渦に飲み込まれて、体の中心がふわりっと浮いた感覚がした。


 かと思えば、豪華な謁見の間のような場所に出る。三半規管がぐるぐると回って、少し悪心がしたけど、無理矢理抑える。


「な、なに?」

「魔王様!」

「今帰った」


 床に優しく下されて、ヘタリ込めば、魔王様と呼んだガイコツ……? よく周りを見渡せば、ガイコツだけじゃなく、二足歩行の猫やガシャンガシャンと鳴らしてる騎士。世間に疎い私でも、普通の人間じゃないことがわかる。


「大バカ魔王!」


 私が困惑してるうちに、足元が木になってる女の人が魔王様に近づいて……ビンタした。パチンっと結構な音が鳴り響いたけど、魔王様は微動だにせず、ギロリと睨んだ。


「こんな状態の女の子をここに連れてくるバカがあるかー!」

「アル!」


 周りが慌てて止めようとしていたけど、アルと呼ばれたその女の人は私に近づいてきて、木の根を広げて座ってる私に目線を合わせてくれた。そっと差し伸べられた手は私を掴んでいた魔王様の手と同じくらい優しい。


「まずはお風呂に入って、着替えましょう。ベタベタで気持ち悪いわよね」


 ちらりと魔王様の様子を窺おうとすれば、先ほどと同じようにギロリと睨みつけたまま固まってる。でも、アルと呼ばれた人はそこから動いてるし……え、本当の意味で固まってる?


「魔王様! 魔王様ー? 起きてくださいませ!」


 ガイコツや二足歩行の猫がパタパタと目の前で手を振っても微動だにしない。


「放っておいていいですから。行きますよ」


 軽々しくアルさんに抱え上げられて、部屋を出る。連れてこられた場所は、大きなお風呂。ライオンがお湯を吹き出してるし、薬湯のようないい匂いが漂っている。


 ずっと着替えていない服を破り捨てさられて、洗われてから、ポーンっとお風呂場に投げ込まれる。


 冷たい岩の上で寝起きしていたせいで、体についたアザが時間が経ったものも、シュワワッと溶けて消えていく。


「まずはゆっくり浸かってくださいね」

「アル、さん」

「はい、アルですよ」

「私、何されるの? あっ……!」


 お風呂に入って、おいしく調理されて、最後には食べられる童話を思い出した。人の言葉を喋る魔物には近づくなっていう、注意喚起の童話だった気がする。


 プロポーズとして、私はあの言葉を受け取ったけどもしかして、魔物からすると食べるという意味なのかもしれない。胃の中で血肉になってくれ、的な意味だったのかもしれない。


 お母様が死んでからずっと居ない者として扱われてきた私の最後……。でも、最後に存在を見つけてもらえて、食べものとして、存在意義を与えてもらえるならいいかもしれない。


「さぁ、塩でもなんでも塗りこんでくださいませ!」

「塩は、今のラリネ様の体には悪いですわ」

「でも味付けは……?」

「味付け……?」


 困惑した顔のアルさんが、首を傾げる。味付けなしが主流なのかもしれない。


「茹でるのも焼くのも、なんでも構いません! できれば、痛くない方法がいいですけど……」

「茹でも焼きも、しませんよ?」

「生でそのままガブリですか」

「さすがにそんなことさせませんわ」

「じゃあどうやって食べられるんですか!」

「食べられるのは健康になってからにさせますから、安心してくださいませ」


 まるまると太らせてから食べるという意味だろう。死ぬまでにおいしいものを食べられるのも悪くない。お母様の分もおいしい思い出を蓄えてから、そちらへ行きますわ。


 目を瞑って、お母様に祈る。


 それにしても、こんなお肉も付いてない私を育てて食べるなんて、やっぱり食文化も異なるのね。童話で読んだ魔界というものが存在するとすれば、ここのことだろう。お風呂だって、謁見の間だって、人間界のものと大差ないくらい豪奢で美しいけど。


 お風呂から上がれば、ふわふわなピンク色のドレスが用意されていた。まるで義妹がいつも着ているようなもの……食べ物にもオシャレをさせるのが、この国の文化なのだろうか。


 アルさんがドレスを着せてくれて、鏡で姿を見せてくれる。くるりっと回れば、裾がふわりと宙を描いた。


 こんなに綺麗なものを着たのは、いつぶりだろう……。


「さぁ、こちらです!」


 次に案内された部屋は、先ほどの謁見の間とは代わり、落ち着いた雰囲気の部屋だった。天蓋のついたベッド、どっしりとした茶色のソファー。家具一つ一つが、品のあるものだとわかる。


 まるで、お客様用の部屋みたいだ。


 どうしていいのか扉の前で戸惑いながら、アルさんの様子を窺えば、どうぞと部屋の中を差し示された。一歩踏み出せば、バラや百合など花が宙にポンポンと浮く。


 一輪、手に取ればいい香りが漂う。くるくると部屋の中心で渦が巻いて、現れたのは魔王様。


「先ほどはすまなかった」


 しゅんっと頭を下げる姿に、慌てて止めれば、またアルさんがズカズカと近づいていって手を振り上げる。


「女性の部屋に、勝手に侵入しないでくだ」


 言いかけたアルさんの手を握りしめる。


「私は大丈夫ですから。それに、女性といっても、食べ物なんでしょう? 丁寧すぎるほどの扱いです」


 微笑めば、アルさんがパチパチと瞬きをしてからぎゅっと私のことを強く抱きしめた。


「魔王様なんて言って連れてきたんですか! 大バカ魔王!」

「俺はそんな、変なことを言ったか……?」

「えっと……一生、共に過ごしてくれ、と言われましたね」

「普通だろ? 変ではないだろ? 人間の世界のプロポーズの言葉をしっかり調べていったぞ?」

「えっと、それは変ではないですね……あの、ラリネ様」

「はい?」

「どうして食べられると思われてるんですか? あ、いえ、確かに魔族の中には人を食べるタイプもいるんですが」


 食べ、られない?


 私、食べ物として連れてこられたわけではない、ってこと?


「じゃあなんで、私なんかを……」


 不意にお母様が生きていた頃の婚約者を思い出した。彼は、いつのまにか義妹の婚約者に代わっていたけれど……婚約者が変わっていた時には「どうして?」と口に出していた。返ってきた言葉はただ「優しく大切にしてくれていたのは、義務だから」だと、冷たい言葉。現実を急に突きつけられたようで、胸は痛んだけどそれもそうかと思ってしまった。


 彼が優しかったのは両親の前でだけだったし、両親を抜きにして二人でデートなども特にしなかった。文通のやりとりだって、数えられるほど。


「私たちは、ラリネ様を魔王様の婚約者として迎え入れるために、人間の文化も学んだのですが、間違っておりますか?」


 アルさんも魔王様も不安そうな顔で、私を見つめる。間違ってない、と思う。私だって、人間の文化に疎い。私の中の常識は、お母様が亡くなった時に止まってしまっている。本来であれば学校などに通い、知識を身につけているのかもしれない。


「ラリネ様……帰りたいですか?」

「帰る?」

「ご実家に。私たちは、というか、魔王様が有無を言わさずラリネ様を誘拐してきのですから、ラリネ様はどう思っておりますか?」


 どう思う?


 そう問われても、すぐに答えは浮かばない。こんなに暖かい部屋に居られるのは、お母様と過ごしていた日々を思い出すくらいには幸せだ。でも、本当の私の居場所は、あの、冷え切った塔の中だと思うし、お父様も出てはならないと言っていた。


 戻るべき、だとも思う。それでも、あそこはあまりにも寒かった。毎日食事を届けにきていたメイドが数日置きになり、お父様にもどれほど会っていないかすらわからない。


 どれほどの日が経ったのか、私には確認する術すらなかった。


「とりあえず今日はゆっくり寝てくれ。帰りたいのなら、いつだって帰そう」


 重々しく魔王様が口を開いたかと思えば、優しい私を気遣う言葉。私にどうしてそこまで優しくしてくれるのかはわからないけど、ただ受け止めて頷く。シュルルルと魔王様の周りに風が舞い、ふわりと消えていった。


「魔王様なりに気を遣ってるんですね、私がビンタなんかしたから」

「魔王様と、アルさんは、どういう関係なの?」

「人間界でいうと幼馴染でしょうか? 主従関係にもありますが」


 幼馴染。私の婚約者もいわゆる、幼馴染だったなと思う。魔王様とアルさんのような関係性ではなかったけれど。


「さ、ラリネ様もゆっくり休んでいただいて」

「このお部屋で?」

「はい、ラリネ様のために用意した部屋ですから。何か、お気に召しませんでしたか?」

「ううん、でも、広すぎて……」

「寝るまで手を繋いであげましょう! 人間の世界ではそうするんですよね?」

「それはさすがに」


 小さい子供にすることだよ、と言いかけて、やめた。私はまだ小さい子供に見えてるのかもしれない。それよりも、久しぶりの人のぬくもりに、幸せな気持ちを感じてしまったから。断れなかった。


 種族が違っても、ぬくもりは何一つ変わらないんだ。


 アルさんの手はひんやりとしているのに、こんなに心があたたくなる。


 *  *  *


「アル!」


 ごはんはこちらですと、案内されたかと思えば部屋に入ったアルさんを騒がしくパタパタと飛び回ってる魔王様が呼びつけて何かを囁いている。私が来たことにも気づいてないみたい。ちくんっと一度痛んだ胸が、塔での出来事を思い出させる。


 誰にも存在を見つけてもらえなかった、あの時。


 アルさんが何かを言ったかと思えば、地面に降り立って魔王様がパタリと動きを止める。バッチーンとかちあった視線に、入りづらくなってしまった。


 扉の前で立ち止まる私に魔王様は、またパタパタと羽を羽ばたかせる。


「ランネ!」


 嬉しそうな顔で、私の名前をまっすぐ呼ぶ。痛いんだ胸の存在はいつのまにか、消え去っていたのに、うまく声が出ない。名前を呼ばれただけで、胸が熱くなるだなんて。


「どうだ、朝ごはんを用意したぞ!」


 私の手を掴んだかと思えば、パタパタとまた飛び回っていく。この距離も歩かないの? そういえば、昨日も歩いてるところ、あんまり見ていない気がする。


「魔王様は」

「カナスフレンだ」

「魔王様?」

「カナスでも、フレンでも、カナフでもいい」


 魔王様と呼ぶなと言うことだろう。それもそうか、私は、人間だし。


「カナス様」

「おう、なんだ?」

「歩かないんですか?」

「歩く……歩く?」


 私をそっと床に下ろして、自分も降り立つ。よろよろと子鹿のように足を震わせて歩こうとする姿に、驚いてしまった。歩くこともできないの、かしら、この人。


 塔に幽閉されていた私でも、歩くことはやめなかった。でも、人間の文化で当てはめてもしょうがない。なんて言ったってここは、人間の国じゃない。


「歩かないんですね」

「ランネが共に歩みたいというなら、練習するぞ!」


 キラキラっの目をして、私を見つめるから、くすりと笑ってしまった。


「魔王様が」

「カナス」

「カナス様が楽な方で大丈夫です」

「では、我が、ランネを運ぼう」


 また私を抱き抱えて、パタパタと宙をゆっくりと進む。ずっとこんな生活をしてたら、私までいつか歩けなくなりそう。


 イスに降ろされて座れば、メニューがたくさん出てくる。机の上いっぱいに並べられたご飯は、あまり見たことのないものばかり。目玉が煮込まれたシチューらしきものや、真っ赤なジュース。


 一瞬、血を想像して、血の気が引いた。さすがに血は飲めない……


「どれでも好きなだけ食べろ! ランネのために用意したんだ」

「ランネ様、人間界の料理を勉強はしたのですが……何せ食べたことがあるものが、魔王様しかおらず」

「魔王様はあるんですか?」

「あぁ! あるぞ! ランネがくれた!」

「私が……?」


 ほめろと言わんばかりの顔で、隣のイスに座って私に差し出したのは、丸いナッツ入りのクッキー。懐かしいクッキーの形と香りに、つい、涙が出てきてしまった。


「また、何か変なことをしたか?」

「ちが、違うんです」

「ではなぜ、泣く。何が悲しいんだ」

「嬉しい時も、涙は出るんですよ」


 言葉にしてから、嬉しかったことに気づいた。お母様が元気な時はよく作ってくださったナッツ入りクッキー。貴族がキッチンに入るだなんて、とお父様は嫌がっている振りをしていたけど。嬉しそうに大切に大切に食べていたのを知ってる。


「ごはんでは、ないですけどね」

「そ、そうなのか?」

「私があげたって言いました?」

「ランネが我にくれたのだ!」

「魔王様と私……」

「カナス」

「カナス様と私会ったことあるんですか?」


 カナス様ほどの美しい人と出会ってたら忘れない気がするんだけど。それに、お母様のクッキーをあげているということは、私が幽閉される前の出来事だと思う。


 記憶を辿っても、思い出せない。


「あぁ、ランネはわかってなかったのだな。少し待っていてくれ」


 ふわりと風を起こして、カナス様が目の前から消えていく。アルさんに目配せすれば、食べて待っててくれと言うことだろうか、食卓のお皿を指差した。


 なんとか、私でも食べれそうなのは、野菜らしきものを煮込んだスープと、パンっぽいものを手に取る。


 パンはしっかりパンの味がしたし、野菜を煮込んだスープは、変な苦味もなく美味しいものだった。


 目玉と赤いジュースはちょっと、怖いから遠慮しておこう。あと、生クリームが塗りつけられた魚も。


「他に食べれそうなものは、ないのですね」

「ごめんなさい」

「いえ、人間用の料理がわからず、こちらこそ申し訳ございません。ランネ様さえ良ければ、今度教えていただけませんか?」

「えっ」

「ランネ様もご料理をされるとお聞きしたんですが。クッキーは、ランネ様が作られたものだったと」


 私が作ったクッキーで思い出したのは、婚約者に受け取ってもらえなかった初めて作ったクッキーだった。お母様に教えてもらいながら作ったクッキーを差し出したら、「貴族令嬢のすることじゃないだろ」と冷めた目で告げられた。


 あの時から、あの人は私のことなんて一ミリも好きじゃなかったのね。今更なことに気づいて、胸がまたちくんちくんと痛む。


「これだ!」


 風を起こしながら戻ってきたカナス様の手元には、小さいまるっぽいぬいぐるみ。可愛らしい小さい羽を持つそのぬいぐるみには、記憶があった。


 受け取ってもらえなかったクッキーをあげた相手だ。庭に迷い込んだその子は、羽が一ヶ所折れてしまっていた。たまたま、我が家を訪れていたおばあさまにこっそり見せて、教えてもらいながら手当てをしたんだ。


「あの時の、子が、カナス様……?」

「この姿にはなれないが、今もほら、羽があるだろう」


 パタパタと羽を羽ばたかせたカナス様に、あの時の人懐っこくすりすりしてきたあの子が被る。つい手を伸ばして頭を撫でれば、ぐりぐりと頭を押し付けてきて、まるでもっとと言ってるようだった。


 そっと触れればしっとりとした手触りの髪の毛。あの子を撫でた時の感触が、そのまま蘇る。


「そんなことって……」

「あの時、我はあんな見た目だから他の人間には石を投げられたり、見たことないモンスターだと思われて討伐されそうになってな」

「そうだったんですね」


 だから、羽が折れてしまっていたのか。こっそり庭に匿って数日経ったら消えてしまっていた。名前を知ることもできない、私の秘密の友だちだった。


 嬉しさと困惑でどういう表情をしていいのか、わからない。


「だから、我の嫁になれ!」


 接続詞がおかしいと思いながらも、素直な目にうなずきそうになる。それでも脳裏に過ぎるのはお父様や、お義母様たちのことだった。攫われてしまったけど、私はあそこから出てはいけないと言われていたのに。


 お父様の言いつけを破ったのは、初めてだった。


「家族が心配か?」


 私の脳内を読み取ったように、カナス様は私の頭を優しく撫でる。お母様の手を思い出して、会いたくなってしまった。もう二度と会えないのはわかっていたのに。


「お父様の言いつけを破ってしまいましたわ……」


 カナス様が切なそうな顔をして、うーんと唸っている。私を返すかどうか悩んでるのだろうか。アルさんが近づいて来て、初めて会った時と同じように木の根を広げて私と目線を合わせてくれる。


「ラリネ様、薄々気づいていらっしゃるのでは?」

「なにを?」


 とぼけたふりをしても、アルさんが言いたいことはわかってる。私は、家族に求められていない。居なくなったところで痛くも痒くもないだろう。言いつけを破った私をお父様はきっと探しましていない。


 塔で、一人の時間の中で気づいていた。温かいごはんは出てこなかったし、お父様も誰も会いに来てくれなかった。


「そうだな、人間界は保護者の了承がいるんだもんな……」

「それは、まぁ今更ですけど」

「わかった、いくぞ」

「行くって、私の家にですか?」

「いいや」


 首を横に振って、行く場所を答えずに私を抱き上げる。くるくると風に包まれ始めて、アルさんの方を見ればため息混じりにカナス様に声をあげていた。


「魔王様のばか! 準備が……」


 までで、聞き取れたのは最後だった。風の渦が解けたかと思えば、見覚えのある家の前。柵の外から見える庭ではおばあさまが、花の手入れをしている。風に気づいたのか、顔を上げたおばあさまがまるでオバケを見たかのように口を開けた。


「ラリネ……なの?」

「おばあさま……」


 久しぶりに見たおばあさまの顔は前よりもやつれてる気がする。私が声を返せば慌てて柵に駆け寄った。門番に開けるよう指示をして、私を強く強く抱きしめる。


「ラリネ、あぁラリネなのね。ラリネ……良かったわ」


 おばあさまもおじいさまもお父様にとっくの昔に家督を譲り、地方の別荘に隠居していた。だから、元々そんなに頻繁に会っていたわけではない。それでも、私のことを愛しそうに名前を呼んでくれる。


「おばあさま、私……」

「いいのよ、あなたが生きていたならなんだっていいの。よかった、本当によかったわ」

「ご婦人、失礼する」


 私とおばあさまの再会を眺めていたカナス様が、こほんっと咳き込んでから話しかける。


「こちらの方は?」


 なんと言えばいいのだろうか。魔王です、とは言えない。空想上の生き物とされてるとは言え、魔王は人類の敵として描かれている。


 カナス様はといえば、何も考えていないらしくスラスラとプロポーズの言葉を口にする。


「ラリネ嬢との結婚を認めていただきたい」

「あら、えっと、どちら様なの?」

「失礼。我はカナスフレンだ。一国の主をしている」


 魔王とは言わなかった事に驚いて顔を上げれば、パチーンとウィンクされた。アルさんの入れ知恵な気がする。


「結婚、結婚ですか……」


 おばあさまも何度も口にしてから、はっと顔をあげて招き入れてくれる。


「立ち話もなんですから、お茶を淹れてもらいますわ」


 久しぶりの別荘は、私が何度か来た時から変わらず暖かく優しい香りで充満してる。そういえば、幸せの匂いはこんな匂いだった。



 おばあさまがおじいさまに事情を説明したらしく、お茶の席におじいさまも同席していた。


「ラリネ、本当にラリネなんだな……」

「えぇおじいさま、お久しぶりです」


 おじいさまは眉間に皺を寄せて、私を確かめるようにじっくりと足元から頭まで確認する。答えれば、おばあさまと同じくらいの強さで抱きしめられた。


「生きていて良かった……」

「生きてますわ」

「死んだと、ルピナスから聞いていたから」

「死んだ、とお父様が言ったんですか?」


 こくんっと静かに頷くおじいさまに、何も言えなかった。初耳の言葉に、ズキンと胸が痛んだ。お父様は、いなくなった私のことを探さないとは思っていた。それでも、次の日には亡くなったことにするとは……さお父様は、私のこともきちんと思ってくれていると思っていた。


「義母や、義妹とうまく行かなくて、家出てもしていたのか? それだったら、ここに来たら良かったのに」

「家出ではないですわ。昨日から、こちらのカナス様のところへお邪魔しておりまして」

「昨日から……?」


 おじいさまもおばあさまもお互い顔を見せ合わせて首を傾げる。魔王様の国に行っていたとは、言えないし、攫われただなんて言葉にしたらカナス様が困ってしまう。なんと説明していいのか分からずに、少し変な説明になってしまった。


「昨日までは家にいたのか?」


 おじいさまが珍しく大きな声で問いかけるから、びくりと肩が揺れた。おばあさまは「そんな……」と口にしてハンカチで目を抑える。


「家におりましたわ……?」

「何度会いに行っても、何度連絡しても、会いたくないと言ったのは、ラリネではないんだな?」

「おじいさまとおばあさまにですか?」

「いや、いい、わかった」


 会いたくないだなんて、一度も思ったことはない。カナス様が私の置かれていた状況を話始める。おじいさまもおばあさまも、目に涙を溜めて最後には怒りだした。


「ルピナスのところへ行くぞ!」

「あなた、待ってくださいな」

「あいつには、爵位を返上させる! いや、そうだなラリネに継がせよう。大丈夫だ、慣れるまでは私が補佐すればいい、そうだ」

「あなた……」


 おじいさまとおばあさまの話について行けない。二人とも、私に何度も会いに来てくれていたの? 連絡もくれていたの?


 怒ったおじいさまとおばあさまに、カナス様も私も置いてけぼりにされてしまう。なんと言えばいいか、考えている私の手をカナス様が、優しく握りしめてくれた。


 爵位を継ぐだなんて考えてもいなかった。女性の爵位持ちがいないわけではないし、私が長子だから継ぐ権利はあるけれど。死んだことにされている私がそもそも継げるんだろうか。


「あなた、ラリネはこちらのカナスフラン様との結婚の報告に来たのよ」

「そ、そうだ、この方はどちらの方なんだ」

「とある国の王様だそうよ」

「王様、お、は?」


 おばあさまはやけに落ち着いてるし、私を安心させようと微笑んでくれている。おじいさまは、固まってしまって、は? は? と繰り返している。カナス様は、固まったおじいさまと目を合わせて、歪な笑顔を作った。


「ラリネ嬢と結婚させていただきにきた! 我が幸せにする」

「待て、待て、とある国ってどこだ? いや、どこなんですか?」


 魔族の国ですとは言えない。それに、国名を告げたところで、おじいさまもおばあさまも知らない。


「あんな家に置いておくより、いいじゃありませんか。こんなに大切に思ってくれているんですから」


 おばあさまがカナス様に好意的なのは疑問だけど、おじいさまはテンパってしまっている。


「いやでも、どこの……本当に王族かも……」

「他言無用でお願いしたいんたが、お二人には国も、我の力も証明する」

「力……?」


 バサっと大きい黒々とした羽が背中から広がる姿は、まるで天使様のようだった。小さい羽でパタパタ飛んでいるから、あれが普通サイズだと思っていたのに。


「人の世界では、魔王と呼ばれるものだ。魔族たち、モンスターたちを従え、人間と同じように国を作って生活している」


 おばあさまは「あらあらまぁまぁ」と口では言ってるが、やけに落ち着いているし。おじいさまは、あんぐりと開けた口のまま、声も出せずに固まっている。

 

「人と敵対するつもりは一切ない。ラリネを傷つけるものは別だが」

「大丈夫よ、ラリネが幸せなら私たちは止めないわ」

「おばあさま……」

「そうか……そういうことか……そうか……ラリネを頼む」


 おじいさまもやっと話したかと思えば、先ほどの困った表情から打って変わって微笑んでいる。うんうんと頷きながら。


「カナス様……?」

「大丈夫だ、ラリネ。この二人は」

「どういうことですか……?」

「ラリネはまだ知らないのかもしれないわね」


 おばあさまがそこから語ったのは、私が世間から消え去っている間の話だった。カナス様率いる魔族たちは、人間と和平を結ぶために困りごとを何個も解決してくれたらしい。


 モンスターの襲撃から守ってくれたり、食糧難の際に無償で食料を提供してくれたり。だから、料理の方法が変なだけで、人間の食べ物が出て来たんだ。


「ラリネを我の嫁に貰うために、準備していたんだ。そのせいで、あんな思いを……すまない」

「そういうことだったんですね」


 そんなに前から計画されていたことに驚きと共に、嬉しさが胸に広がった。私のために、そこまでしてくれる……本気で、心から私を必要としてくれているんだ。


「ラリネ、ルピナスのしたことは許されない。あいつの父として、ラリネの祖父として、あいつを私は叱って、罪に問わなければいけない」


 おじいさまの真剣な目に頷く。私は、やっぱりお父様に愛されていなかった事実が胸に重くのし掛かる。今更、涙がこぼれそうになってしまう。カナス様がそっと私に寄り添って抱きしめてくださった。


 包まれた羽はあの子のまま、しっとりとしていて優しい手触りだ。


「我が連れて行こう」

「お願いします」

「い、今からですか?」

「子供を虐待することは、重罪だ」

「虐待ではありませんわ、放っておかれていた、だけで」

「それが、虐待だ! 気づけなくて、悪かった」


 おじいさまの謝る姿に慌てて駆け寄る。おじいさまもおばあさまも何一つ悪くない。私が手紙を書いて出そうとしていれば、気づいてもらえたかもしれない。


 薄々、お父様に捨てられた事実に気づいていたのに、気づかないふりをし続けていたのは私なのだから。


「おじいさまもおばあさまも悪くありませんわ」

「ラリネが辛いことに気づけなかったことを謝りたいのよ。あなたのことを大切に思っていたのに」


 そっと握られた手の熱に、ますます涙がこぼれ落ちてくる。まだ私の名前を呼んでくれる人が、私のことを思ってくれる人がいた。私の存在を見てくれる人が。


 涙をぐすっと飲み込めば、カナス様がおじいさまとおばあさまの手を取って、私を羽で抱き上げた。


「ラリネ、すぐ終わらせる。だから、安心しろ」


 赤ん坊のようにゆらゆらと羽で揺らされて、お父様に抱き上げられた日々を思い出す。お父様も、私のことをあの頃は愛してくださっていたのに。


 風の渦が、見慣れた我が家へと運ぶ。我が家は私がいなくなっても何も変わらずに回っているし、義妹は優雅に庭でお茶を飲んでいた。


「あれぇ、お義姉様生きてらっしゃったの? おばあさまとおじいさまにご迷惑をお掛けしていたんですか? だめですよ、お父様もお母様も困らせて、お二人にまで迷惑を掛けるだなんて」


 パタパタとメイドが走って家の中に入っていくのが見えた。カナス様は義妹と私の間に立ち、私を羽で抱きしめるようにして隠した。


「そちらの方にもご迷惑をお掛けしたんですか? まったく、お義姉様ったら」


 相変わらずの冷めた視線に、ついっと目を逸らせば、カナス様の羽が背中を撫でるように優しく動く。


「ルピナスはどこだ」

「お祖父様どうされたんですか、急に、お義姉様がまた嘘でもおっしゃったんですか?」


 私がまるで嘘つきかのように義妹は続ける。私が塔から無理矢理にでも出て、話しかけたりしていればこの関係は変わっていたのだろうか。わからないけど、多分変わらなかったと思う。


 慌てて走ってきて、義妹を背中に隠してまるで敵が前に立ちはだかってるかのように動くお父様を見てわかってしまった。


「お父様、お母様、急に先触れもなく……」

「ルピナス、お前のしていたことはわかってる」

「何のお話でしょうか?」

「シラを切るつもりか……?」

「それに、そのような羽を持った人など見たことがない……お父様もお母様も、どうかされてしまったのですか?」


 まるでカナス様が危険人物かのような物言いに、体の震えが止まる。もうこの人は、私を愛してくれていたお父様ではない。わかってしまった。それでも、胸は痛い。ずっと前から、きっとそうだったのに。


「ルピナス!」


 カナス様の羽の中から出て、怒鳴りかけたおじいさまをそっと止める。私が引導を渡す。それがせめて、お父様に出来る娘としての最後のことだと思った。

  

「お父様、私、この方、カナス様に嫁ぐことにしましたの」

「何をバカなことを言ってるんだ、お前は」

「お前じゃなく、ラリネですわ。お母様とお父様が付けてくださった名前」

「お義姉さま頭がおかしくなってしまわれたのかしら……急にそんな危ない人を連れてきて」

「義妹のあなたには関係ないことだわ」

「は?」


 言い返せば、義妹はキイっと目を釣り上げて私に近づこうとする。お父様がそれを止めたけど。


 こう着状態の私たちのところへ、ゆったりと「なによ、もー」と文句を言いながらお義母様が現れた。


「あら、おじいさまとおばあさま。そちらの方々は?」


 お義母様は、私を見ても誰かわからなかったらしい。お義母様の中では、本当に居ないものだったんだな、私って。


「それが答えだな、ルピナス」

「違います、ラリネは新しく来た」

「その言い訳は嘘だと、ラリネ自身から聞いた」

「ラリネは、ずっと塔に篭っていたので妄想がちにでもなったんでしょう!」

「お父様、言い訳はもういいんです。私分かりましたから……」

「お前は余計なことを言うな!」


 血のつながっている、たった一人の家族だったのに。義妹だって、お父様とは血が繋がっていない。だって、お義母様の連れ子だもの。それでも、血の繋がりよりもお父様は、お義母様の方が大切なのね。


「お父様、私、ごはんもまともにいただけておりませんでした」

「嘘をつくな! メイドに運ばせていただろう」

「一週間に一度ですね」

「それは」

「思い当たる節があるんですね。あれもお父様の指示だったと……」

「それは」

「ルピナス、子供は国の宝だ。それを虐待することは、重罪だとわかっているな?」

「虐待なんてしておりません! お父様、おかしなことをおっしゃる」


 虐待が重罪なことは私は知らなかったけど、おじいさまの家を出る時、おばあさまがこっそり教えてくれた。カナス様が魔物たちを退けたり、他の国との諍いを収めたりしてくれたおかげで、そういう法の整備などをする余裕がやっとできた、と。


 これから先の未来を作っていく子供達を育てよう、というのが今の国王陛下の方針だと言うことも。


「塔に監禁して放置して、愛情もまともな食事も与えないのが、虐待ではないのですか」

「何を言ってるんだ、お前は。愛情があるから、義妹たちとはやりづらいだろうからと新しい部屋を与え、食事はその、週に一度だなんて知らなかった。だから、虐待なんかではない!」

「それは……国王陛下に陳情してくださいませ」

「はぁ?」


 話についていけてないお義母様と義妹は、見つめあって首を傾げている。私が塔に閉じ込められていることを、知らなかったのか。それとも、家で見かけないけど興味がなかったのか。おじいさまの家に預けられてるとでも思っていたのか。わからない。


 そういえば、義妹は「お父様とお母様に迷惑をかけて」と言っていた。私が勝手に家出でもしていたと思っているんだろう。

 

「ルピナス、何もなしでここまで来て、お前と顔を突き合わせると思うか?」

「お父様、違います。こいつの勘違いなんです」

「そうか、それで?」

「だから、私は虐待なんて、帰ってきたらきちんと迎え入れるつもりでしたよ」

「あの、暗くて寒い塔に、ですか?」

「お前には言ってない!」

「いい加減にしてくださいませ! お父様は何がしたくて私にあんな仕打ちばかり。お母様が亡くなって、私の顔を見るのもお辛いのかと思って、ずっと我慢しておりました」


 声を張り上げた瞬間、喉がぴきんっと痛む。こんなに大きな声を出したのは、いつ以来だろうか。


「でも、違ったんですね……」

「何を言ってるんだ、お前が」

「ラリネです。お父様にとっては名前すらどうでもいいんですね」

「そういう表情もあの女にそっくりだな、お前」


 お父様はお母様も、愛していなかったのね。仲のいい夫婦だと思っていたけれど、私の婚約者と同じ。家のため、国のため、貴族としての立場のためにただ結婚して優しく甘いふりをしていただけ。


「お父様にはわからないでしょうね」

「偉そうな、お前はただ黙って……」

 

 ヒュンッという音がして、お父様の髪の毛が少しだけ切り落とされた。音が飛んできた元、カナス様を見れば、右手に風の渦を浮かせている。


「か、カナス様?」

「あぁ、すまない。あまりにも腹立たしいので、力でとりあえずねじ伏せようかと」

「カナス様、落ち着いてくださいませ」

「人間は言い争いで何事も収めようとしすぎだ。話の通じない相手には、こうやって」


 両手に風の渦を巻き、構えたカナス様の手を掴む。傷つけて欲しいとまでは思っていない。悲しかったし、罪なのであれば償っては欲しいけど。


 こんなんでも、血のつながったお父様だ。


「ラリネ! 手が傷ついてしまったではないか、何をやってるんだ!」


 無防備に手を突っ込んだせいで、擦り傷から血がつーっと伝っている。慌てて、押さえながらカナス様はどうしようとキョロキョロと周りを見渡した。

 

「カナス様、伝わらなくても、傷つける方法はダメなんです」

「でも、ほら、あいつら黙ったぞ?」


 シュンっと落ち込んだ顔で、お父様の顔を指さす。間違ってはないけど、間違ってる。

 

「そうですけど……」

「ラリネ、手の治療をしなければ、そこのお前、話はおラリネのおじいさまからじっくり聞け。ラリネに何かしてくるようであれば、次は……体に命中させる」

「ひっ」

「あ、逃げようなどと思うなよ? 我には何でもわかるんだからな」


 私を抱き上げたカナス様の周りを風の渦が包んでいって、おじいさまたちも遠くなっていく。


「おじいさま、おばあさま、ご迷惑をかけて申し訳ありません!」

「いつか会いにいくよ、ラリネ。ルピナスのことは任せろ」

「おじいさ……」


 風の渦が完全に私たちを包んだかと思えば、目の前にはアルさんが現れる。


「アル! 手当!」

「単語で偉そうに呼ばないでください! ラリネ様、お手を……」


 アルさんの手にはアロエに似た植物が。手の上にぬるっとした感触がしたかと思えば、傷がみるみる消えていく。


「ラリネ、傷つけてしまって、悪かった……」


 シュンっと落ち込んだ顔で、上目遣い気味に私を見上げる。カナス様は、いつだって私の名前を呼んでくれる。


 この気持ちが何か、まだわからないけど。人間と違う価値観で行動するカナス様に、驚くと同時に、可愛く見えてきた。


「もう治りましたわ!」

「ところで魔王様、結婚はどうなったんですか」

「あ、あぁ、おじいさまから許可をいただいてきた。それに、ラリネの父親も何とかしてきたから問題はないはずだ」

「ラリネ様のお気持ちは……?」


 私をパッと床に下ろして、カナス様は慌てて跪く。ポケットから取り出したのは、カナス様の瞳の色をしたリングだった。


「忘れてたのかよ」


 ぼそっと呟いたアルさんに笑ってしまう。ここは、暖かくて、優しい気持ちでいっぱいになれる。私の居場所になったら、嬉しいとも思ってる。


「ラリネ、我と結婚してくれないか」

「はい」

「はい、はい? はいだぞ、アル! ほら!」

「はいはいよかったですね、ラリネ様ももう少し考えられた方がいいのでは、こんなんですよ」

「アルさんもいる、ここが好きなので……」


 アルさんはため息混じりに魔王様をツンツンっと木の根で指していたけど、私の言葉を聞いた瞬間、ドトトドと走って私を絡め上げた。


「私のことがお好きなんですね!」

「アルさんのことも、カナス様のことも……」

「魔王様! 今夜は宴を開きましょう! 婚約披露パーティーというものを人間界ではするそうですよ」

「そうだな、その前にラリネを返せ、バカアル!」


 アルさんの木の根に絡まっていた私を横から掻っ攫って、カナス様が薬指に指輪をはめてくれる。


「我はいつだってラリネの武器となろう。愛となろう。家族となろう。大切にする」

「カナス様、私も大切にします。でも、人に向かって風を放つのはやめてくださいね」

「ラリネが嫌ならしない!」


 ぶんぶんと首を縦に振るカナス様に、くすくすと笑えば、羽で包み込まれた。くすっぐたい感覚と暖かさに、目を瞑る。ここに、私が存在してると主張するように、カナス様は私を高々と抱き上げた。


<了>

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