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第99話 背中は任せます


 男と女とでは、明らかな差がある。


 体格は勿論のこと、筋力も男女では明確な差がある。


 それは誰もが理解している常識だった。


 両者の身体の構造上、体格の大きい男と小柄な女が力比べをしても、その勝敗は分かりきっている。


 どう足掻いたとしても、女が力で男に勝てるはずがない。


 その為、女は男と喧嘩をしても絶対に勝てない。だからこそ、今日まで彼等は女を力で捩じ伏せてきた。


 欲望のまま己の性欲を解消するために、抵抗する女をしいたげ続けてきた。


 それはこれからも変わらない絶対であると、少年達は信じて疑わなかった。


 突然現れた2人の女に大勢の男が一斉に襲い掛かれば、その結果も目に見えている。


 仲間の1人を痛めつけた報いは、しっかりと受けてもらわなからばならない。生意気な彼女達を痛めつけた付けた後は、思う存分可愛がってやろう。


 目の前にいる2人の美女に、そんな邪な考えが少年達の脳裏を過った時だった。



「――邪魔です」



 その声が聞こえた途端、前触れなく1人の少年が吹き飛んだ。


「……は?」


 その光景を見せつけられた少年達から、唖然とした声が漏れる。


 彼等が驚くのも、当然だった。


 はたして、人間が蹴り飛ばしたボールのように飛んでいくことはあるのだろうか?


 そんな疑問を抱いてしまう光景だった。


 周りの人間を巻き込んで、唐突に1人の人間が吹き飛んだ。そして地面に倒れて、小刻みに痙攣して倒れている人間を見れば、嫌でも困惑してしまう。


「……な、なにが起きたんだ?」


 動揺している彼等がゆっくりと視線を動かすと、雪菜が右足を突き出した体勢のまま、その場で静止していた。


「……は?」


 その姿を見れば、少年達も何が起きたか察するのは容易だった。


 しかし問題は、そこではなかった。


 彼等が抱く疑問は、ひとつだった。


 一体、あの女はいつ動いていたのか?


 先程まで構えていたはずなのに、いつの間にか雪菜が前蹴りを放っている。


 その動作すら全く見えなかったことに彼等が困惑している隙を、雪菜が見逃すはずがなかった。


「まずひとつ」


 またいつの間にか移動していた雪菜が近くの少年の前に立つと、その顔面に素早く拳を叩き込んだ。


 的確に相手を痛めつけるために、まず初手の一撃は鼻に打ち込んで骨を折る。


 そして鼻血を出して身悶える彼の顎に拳を放って脳を揺らす。


 顎を的確に殴れば、脳震盪が起きる。それを熟知していた雪菜は、少年が体勢を崩したところで更に追撃していた。


 確実に動けなくさせる。雪菜の右足が彼の両足の甲を渾身の力で踏み、また骨を砕く。


 そして呻き声もあげる暇もなく少年が倒れる寸前で、雪菜は躊躇うことなく彼の身体を地面に叩きつけた。


「あががっ――!」


 背中から地面に叩きつけられた少年から痛みに悶える呻き声が漏れるが、それもすぐに止まっていた。


 壮絶な痛みに耐えられなかったのだろう。鼻血を流し、涙を流しながら、いつの間にか少年は気絶していた。


 その間、僅か10秒にも満たない。


 その早業に少年達が理解すらできず放心している間に、また雪菜は動いていた。


「――ふたつ」


 同じ要領で、2人目を気絶させる。


「――みっつ」


 また近くにいる3人目の少年も気絶させる。


「――よっつ」


 そして4人目を気絶させたところで、やっと少年達も状況を理解した。


「なにしてんだよッ! テメェッ⁉︎」

「なにって、ゴミ掃除ですよ?」


 怒りを露わにして叫ぶ少年に、雪菜が不思議そうに小首を傾げる。


 本来なら、少年達も一斉に襲い掛かっていた。仲間が痛めつけられて倒されたとなれば、黙っているわけにはいかない。


 しかし、彼等は動き出せなかった。


 たとえ喧嘩慣れしてる彼等でも、動けなかった。


 むしろ、喧嘩に慣れているからこそ動けなかった。


 目の前にいる雪菜の恐ろしさを、彼等は理解してしまった。


 この女は、人間を殴ることに一切の躊躇いがない。それがどれだけ異常なことか、彼等は知っていた。


 躊躇いがないということは、それに至るまでの経験を積んできたと言っても過言ではない。


 この女は、間違いなく人間を殴ることに慣れている。喧嘩慣れしている人間でも必ずどこかに躊躇いが出るはずなのに、この女にはそれがない。


 挑めば、この女は迷いなく反撃してくる。それも急所を的確に殴り、相手を痛めつける方法も熟知している。


 そんな相手に気軽に挑めるほど、彼等も愚かではなかった。


 泣きながら鼻血を流して倒れている仲間を見てしまえば、彼等の足が動かなくなるのも無理もなかった。


「お前さ……中学の頃、私と喧嘩してた時、やっぱり手加減してただろ?」


 呆然と立ちすくむ少年達を他所に、先程の雪菜の動きを見ていた凛子が怪訝に眉を顰める。


 その疑問に、雪菜はわざとらしく肩を竦めながら苦笑していた。


「……さぁ? どうでしょう?」

「腹立つなぁ……もう勝てないって分かってるから良いけどよ。なんかムカつくわ」

「その話は今度ゆっくり話しましょう。色々と終わってから」


 そう告げて微笑む雪菜に、凛子が不満そうに睨む。


 そして渋々と頷くと、凛子は深い溜息を吐いていた。


「……ざっと数えて、30人くらいか?」

「多分そうですね。まだ建物の中にいると考えていた方が良いかもしれませんが……とりあえず私が9割相手をしますので、凛子ちゃんは1割お願いします」


 凛子が雑に数えた少年達の人数を改めて確認した雪菜が、彼女に指示を出す。


 その指示を聞いた途端、凛子の表情が怒りに歪んでいた。


「あんまり私のこと馬鹿にすんな。3割くらいはやれる」

「もし半分って言ったらお仕置きするところでした。自分の実力を理解しているのは素晴らしいと思います」

「……うっせ」


 微笑む雪菜に、我慢できないと凛子が舌打ちを鳴らす。


 彼女も、この人数の男達を1人で相手にするのは無理だと理解していた。


 それでもある程度なら戦える自信があることには変わりなかった。


「なるべく私から離れないように立ち回ってください。教えることは大体教えてます。私の背中は任せましたよ」

「……ならお前も私の背中、ちゃんと守れよ?」

「ふふっ、当然です」


 その言葉通り、雪菜の見せる余裕が必ず守ると物語っていた。


 彼女がそう言うのなら、守ってくれるのだろう。


 ならば凛子も、もう躊躇うことはなかった。


 雪菜ばかりに戦わせては、今日まで積み重ねてきた鍛錬の意味がなくなる。


 今まで培ってきた力は、全て咲茉の為に。この日の為に、使うと決めていたのだから。


「ありがとよッ――!」


 そう思った凛子は、思うまま駆け出していた。


 まだ少年達が雪菜を恐れて、警戒している。彼等の意識が彼女に向いていれば、凛子も動きやすかった。


 身を屈めたまま走っていた凛子が手近の少年に近づくと、素早く前蹴りを放った。


 腹ではなく、股間に。


「――――ッ!」


 そして蹴られた少年が前屈みになりながら声にならない叫びをあげていると、その間に凛子が素早く右足を振り抜いた。


 前屈みになっている少年の首に向けて、ハイキックを放つ。


「あぎゃ――!」


 そして彼女のハイキックを守ることもできずに喰らった少年は、そのまま地面に叩きつけられた。


 痛みに悶えて倒れたまま少年が疼くまる。


「これで終わりだと思ってんじゃねぇよッ‼︎」


 そこに更に凛子が足で少年の身体を何度も踏みつけると、彼は痛みに悶えながら動けなくなっていた。


「次ッ――!」


 1人目を倒した凛子が、即座に2人目に向かう。


 しかしこれまで放心していた彼等も凛子が動き出したことで、ようやく動き出した。


「このクソアマッ――!」


 凛子が迫る2人目の少年が、反撃するべく身構える。


 しかし次の瞬間、彼は苦悶していた。


 彼の左足に、信じられないほどの激痛が身体を駆け抜けた。


 咄嗟に視線を向けると、凛子の足が素早く彼の足の甲を踏みつけていた。


「ほらよっ!」


 続けて頬に一発、凛子の右拳が放たれる。


 しかし彼の思っていたよりも、彼女の拳は軽かった。


「舐めたパンチしてんじゃねぇッ‼︎」


 脊髄反射で痛みを堪えた少年が拳を打ち出して反撃する。


 あの雪菜という女と違って、この女は弱い。


 そう判断した時だった。


「はい、残念」

「へっ……?」


 パンチを撃ったと思った途端、なぜか少年の身体が地面に叩きつけられていた。


 彼が知る由もない。たった今、凛子が行ったことも理解する間もなかった。


 相手の力を利用して反撃する合気道。それを彼女が習得しているとは夢にも思わなかっただろう。


 いつの間にか、腕を固定されて地面に組み伏せられている。


「また動かれるとダルいから、覚悟しとけ」


 その状態でそう告げた凛子が力を込めると、そのまま少年の右肩の骨を外していた。


「あぁぁぁぁッ!」


 肩から走る激痛、そして右肩から先が動かなくなる感覚に少年が叫ぶ。


 しかしそんな彼に興味すらないと凛子が立ち上がると、すぐ3人目に向かっていた。


「おらおらっ! 女だからって舐めてんじゃねぇぞっ!」

「はぁ……大振りはやめるように何度も言ってたのに、まったく凛子ちゃんは」


 そう叫んで少年達に突っ込んでいく凛子に、呆れたと雪菜が肩を落とす。


 しかしそれも自分がカバーすれば良いと判断すると、雪菜は彼女に視線を向けつつ、少年達に迫っていた。


「この――!」

「あなたはさっき咲茉ちゃんのことを話していた人ですね?」


 雪菜が適当な少年に接近すると、その顔を見るなり、目を吊り上げた。


 つい先程、この少年は咲茉のことを犯すのが楽しみだと言っていた。


 そんな戯言を、雪菜が許すはずもなかった。


「私にとって、咲茉ちゃんは大切な方なんです」


 そう呟いて、雪菜の足が少年の足の甲を砕く。


「色んな不良達に絡まれて、みんなに怖がられて遊ぶ友達も居なかった私に……咲茉ちゃんは居場所をくれたんです」


 少年の顔面を殴りながら、雪菜が淡々と呟く。


 咲茉と出会った時のことを思い返しながら。


 中学一年生の頃、突然言い寄ってきた不良を撃退した所為で、数々の不良達が喧嘩を売ってくるようになった。


 それを退治しているうちに、周りで悪い噂が立ち、友達もできずに落ち込んでいる時、話しかけてきた女の子がいた。


『あ! すっごい綺麗な髪! ねぇねぇ! どうやって整えてるの!』


 まるで自分のことを知りもしないと、明るい笑顔で咲茉が話しかけてくれた。


 その日から、自然と彼女と過ごすようになった。


 綺麗だと言われた髪も、ずっと今も綺麗に整えている。


 そのことも、もう咲茉は覚えていないかもしれない。それでも雪菜にとって、大切な出会いのキッカケを汚したくなかった。


 こんな自分と、今も親友のように仲良くしてくれている。


 この関係も、これからずっと続く関係だと信じて疑ってすらいない。


「それをあなた達が壊したなんて……許せるわけがないでしょう?」

「な、なひいっへ?」


 雪菜が話していることが理解できず、頬骨が砕けた少年が声を漏らす。


 そんな少年の顎を雪菜が殴って揺らすと、あっという間に彼の身体を地面に叩きつけていた。


 何も理解できないまま、少年が意識を手放す。


 そして倒れている少年に雪菜が冷たい視線を送ると、その目は次の目標へと向いていた。


「きっとこれは八つ当たりなのかもしれません。時間の違う話をしても、あなた達には関係ないのでしょう。それでも――」


 その場で、ゆっくりと雪菜が構える。


「私の八つ当たりに、付き合ってもらいます」


 そして凛子と同じく、雪菜もまた駆け出していた。


 2人の女に、大勢の男達が倒されていく。


 それは彼等からすれば、理解できない出来事だっだ。

読了、お疲れ様です。


戦闘描写って難しいですね。

読みにくかったら申し訳ないです。


もし良ければブックマーク登録、

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