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第97話 人間の形をした化け物

詰め込み過ぎて、少し長くなりました。

申し訳ないです。


 いつの間にか、どうやら眠っていたらしい。


 おぼろげな意識のまま咲茉が目を覚ますと、素直に困惑していた。


 自分がいつから眠っていたのか、その記憶が全くない。むしろ、なぜ眠っていたのかすら咲茉は理解できなかった。


 あの男の仲間達に無理矢理車に連れ込まれそうになって暴れていたのは覚えている。そして車に乗せられて布で口を塞がれたと思えば、そこからの記憶がなくなっている。


 そこまで思い出せば、咲茉も察してしまった。


 自分は眠っていたのではなく、眠らされていたのだと。


 そう思った咲茉の意識がゆっくりたハッキリしていく。そして無意識に起き上がろうとした途端、妙な違和感に気づいた。


 なぜか頭の上に置かれている両手が全く動かなかった。


「え……?」


 不可解だと思った咲茉が視線を向けると、驚くことに両手の手首が縛られていた。更に動かせないように、縛られた手首から伸びている紐が別の場所に括り付けられている。


 それを確認した咲茉が困惑していると、遅れて彼女は自分がベッドの上にいることに気づいた。


 決して寝心地が良いとは言えない、中途半端な柔らかいマットレス。よく見ると洗ってないのかと思える小汚さに、自然と表情が強張ってしまう。


 その時だった。


「……待って、ここ」


 ふと、咲茉が小さな声で呟いていた。


 このベッドに、どこか見覚えがある。


 そして鼻から感じる男臭さと、何かよく分からない不快な匂いと汗の匂いが混ざったむせ返る匂い。


 この匂いも、なぜか嗅いだ覚えがある。


 しかしそれでも思い出せない咲茉が自然と周囲を見渡すと、その瞬間――彼女は思い出してしまった。


 散乱した壊れた家具。壁紙も剥がれた穴だらけのコンクリートの壁。そして今も彼女が横たわっている、小汚いベッド。そしてむせ返るような不快な匂い。


 この全てを、咲茉は知っていた。



「――ぁ」



 口から声が出ていることすら、咲茉は気付かなかった。


 忘れたくても、忘れられない10年前の記憶。


 泣き叫ぶ自分と、愉しそうに笑う男達の声。


 そして自分の身体を弄んで、汗だくになっていた裸の男達。


「ぁ、ぁぁ……!」


 思い出したくもないあの時の光景が、咲茉の脳内を駆け抜けた。


 忘れるはずがない。忘れられるはずがない。


 ここは、この場所は――


 咲茉が10年前に犯された場所と、全く同じ場所だった。



「――いやぁぁぁぁぁぁッ⁉︎」



 脊髄反射で絶叫する咲茉の声が、部屋中に響き渡った。


 脳内で再生される10年前の記憶に、勝手に彼女の身体が暴れ出す。


 しかし手首を縛られている状態で暴れても、身動きができなかった。身体を揺さぶって、両足を激しく動かすだけで、起き上がることすらできない。



「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだやだやだやだッ!」



 何度もそう呟きながら、咲茉が必死に手首の縄を解こうとする。


 周りには、まだ誰もいない。今ならまだ逃げられる。


「……解けない。お願いだから解けて」


 そう思って必死に解こうとするが、頑丈に縛られている所為で全く解ける気配すらなかった。


 このままでは、きっとまた自分は――



「嫌だ……嫌だ、それだけはもうっ……!」



 その考えが脳裏を過った咲茉の目に、僅かに涙が浮かぶ。


 そして必死に手首の縄を咲茉が解こうとしている時だった。



「うるせぇなぁ、もう起きたのかよ。ったく、めんどくせえなぁ」

「ひっ……!」



 いつの間にか部屋の入口に立っていた拓真に、咲茉が声にならない叫びをあげていた。


 もしかすれば、このままこのベッドの上であの男に何かされるかもしれない。


 その予感が恐怖を生み、咲茉の身体が怯えて震え出す。


 そんな彼女を拓真が眺めていると、特に気にする素振りもなく、気怠そうに部屋に足を踏み入れていた。


「お前も覚えてるのか? ここ懐かしいだろ? お前とたっくさん愛し合った場所だぞ?」


 しかし咲茉に近付いていくと、自然と拓真の足が軽快に動いていた。


 楽しくて仕方ないと言いたげに、今にもスキップすらしそうな気軽な足取りで拓真が咲茉のいるベッドに腰掛ける。


「またお前のこと可愛がってやれるって思うと興奮してくるわ。俺がどれだけ興奮してるか、触って確かめてみるか?」


 拓真が自身の下半身に視線を向けた後、咲茉に笑顔を見せる。


 その姿に、無意識で咲茉が首を激しく振っていた。


 明らかに拒絶されている。その反応を見れば分かるはずなのに、拓真は彼女の反応を見るなり、なぜか愉しそうにわらっていた。


「良いねぇ、やっぱり嫌がる女を屈服させるのもゾクゾクするわ。そう言えばあの時のお前も、お前のハジメテ貰うまでそんな感じだったな」


 昔のことを思い返しているのか、目を閉じた拓真が恍惚の表情を浮かべる。


「またお前のハジメテ貰えるとか……すっげぇ嬉しい。堪んねぇな」


 そしてこれから起こることを想像したのか、悦のある笑顔を拓真が見せる。


「っ……!」


 その笑顔に、ゾッとした寒気が咲茉の背中を駆け抜けた。


 しかしそれでも、咲茉は意を決して目を吊り上げると、ベッドに腰掛けている拓真を睨みつけていた。


「わ、私の身体はアンタのじゃない……!」


 普段は決して使うことのない乱暴な声を咲茉が叫ぶ。


 しかし叫ぶと言っても、喉が震えて上手く声が出ていなかった。


「私は悠也のモノ、他の誰のモノでもない……悠也だけのモノなの!」

「なんか殺した時もそんなこと言ってたなぁ」


 小さな声で叫ぶ咲茉に、不快だと拓真が眉を寄せる。


 そして腰掛けていた状態から少しだけ拓真が咲茉に近づくと、それだけで彼女の表情が強張る。


 その反応に、拓真は失笑していた。


「ビビってる癖に口だけは達者だな。あの時も俺に歯向かってきた時のこと、忘れてねぇからな」


 あの時。それはタイムリープする前の時間で、拓真に反抗した時のことだろう。


「だからなに……私はアンタのモノじゃない。私の身体はずっと好きだった悠也に捧げるって決めてるの」

「あんなオッサンにお前を渡すわけねぇだろうが。馬鹿が」

「オッサンじゃない! あんなになるまで一生懸命働いてた悠也を馬鹿にしないで!」


 タイムリープする前の悠也を馬鹿にした拓真を、咲茉が睨みつける。


 しかし彼女から睨まれても、拓真は失笑するだけだった。


「あんな奴より、俺の方がお前のこと幸せにしてやれるのになぁ。お前のこと何度も気持ち良くしてやった時のこと忘れたのかよ?」

「気持ち良く……? 馬鹿なこと言わないで、あんなの痛かっただけで、微塵も気持ち良くなってなかったっ……!」

「なら今試してみるか?」

「ひっ……!」


 更にまた少しだけ近付いてきた拓真に、咲茉が唯一動かせた足で抵抗する。


 しかし足で蹴ろうとしても、離れている拓真に届かなかった。


「ははっ、嫌がるお前を可愛がってやれるのが本当に楽しみだわ。もう今でも遊んでやりたいが、それはもう少し経ってからのお楽しみだ」


 暴れる咲茉に、くつくつと拓真が笑う。


 その妙な言い草に、怪訝に咲茉が表情を歪めた。


「……一体、なにするつもり?」

「あ? あぁ、言ってなかったか。今な、お前の大好きな悠也君とゲームしてるんだよ」

「……ゲーム?」

「俺が攫った咲茉を見つけられるかゲームだ。ちゃんとルールもある。20分経つ度に、お前の服を一枚脱がせた写真を送ってる最中なんだよ」


 怪訝に訊き返していた咲茉に、拓真が楽しげに答える。


 その話を聞いた途端、ハッと咲茉が自身の身体に視線を向けると――


「私の服っ……!」

「今気づいたのかよ、やっぱり女って馬鹿だな」


 いつの間にか上の服が全て脱がされて、下着だけになっていた。


 まだスカートは無事だった。しかし靴下も脱がされていて、もう服よりも素肌の方が出てしまっている。


「っ……!」


 胸元が見える恥ずかしさに隠そうとするが、両手が縛られている状態では隠しようがない。


 羞恥心で頬を赤らめる咲茉に、拓真が嬉しそうに微笑んだ。


「良いねぇ、お前が恥ずかしがってる姿もゾクゾクする。もう少し色気のある下着だったら良かったのによぉ」


 それだけが不満だと、咲茉の下着を見た拓真が溜息を吐く。


 無地のブラトップを付けている咲茉が派手な下着を着けていれば、もっと興奮できたのに。


 そう言いたげに肩を落とす拓真に、咲茉は目を吊り上げていた。


「そんな下着、アンタに見せるつもりない。悠也にしか見せない」

「その悠也が頑張れば頑張るほど、俺も興奮できるから良いんだよ」

「……なに言ってるの?」


 奇妙なことを告げる拓真に、思わず咲茉が訊き返す。


 その疑問に、拓真は饒舌に答えていた。


「これから20分毎に咲茉の服脱がして、最後は犯した動画送るって言ってるんだが……それだけだったら俺があのクソガキが悔しがってるところ見れないだろ。だから最後にヒントをやって、ここに1人で来るようにしてからがお楽しみだ」


 最後に犯すと言う点に咲茉がゾッとするが、彼の考えている意図が理解できずに表情を歪める。


 そんな彼女の変化にも気づかず、拓真は楽しそうに語っていた。


「あのガキがここに来たら、俺達でボコボコにする。その後はあのガキの前で、お前を犯し尽くしてやるんだ。それで惚れた女が他の男に寝取られる光景を見せてやるんだよ」


 この男は、なにを言っているのだろうか?


 彼の話を聞いても、全く咲茉の頭に入ってこなかった。


 理解できない。どんな考え方で生きていれば、そんなことを考えられるのか?


「それで最後にお前を殺す。そうすればあのガキの心は折れるだろうさ。ボコボコにされて、女も取られて、それぐらいして泣かせて絶望させないと俺を殴った報いにならないからな。それで俺も死ねば、また次の世界でも俺はお前のハジメテを貰えるってわけだ」

「は……?」


 また意味の分からないことを言い出した。


 唖然とした声を咲茉が漏らすと、突然、その場で拓真がわざとらしく両手を広げていた。


「俺は主人公なんだ! 神様にタイムリープを許された選ばれた人間だ! 間違えて殺した女と愛し合う為に時間を遡る力が俺にはあるんだよ!」


 その自信は一体どこから来ているものなのか。


「……アンタ、まさか何回もタイムリープして」


 自身を主人公だと疑ってすらいない拓真に、自然と咲茉から震えた声が漏れた。


「まだ一回しかしてねぇよ」

「は……?」


 そして返ってきた彼の返答に、更に咲茉は困惑してしまった。


「まだ一回しかしてないのに……なんで次もできるって思ってるの?」


 死んで時間を遡った経験をした咲茉だからこそ、その疑問は当然だった。


 一度タイムリープしても、また次もタイムリープできるか分からない。


 確かめようとするには、また死ぬ必要がある。


 それを気軽にできるわけがない。その確信がないからこそ、2度目の人生を大切に生きるべきだと普通は考える。


 それなのに、どうして目の前の男は2度目があると思っているのか?


「そんなの俺が主人公だからに決まってるだろ! なにせ俺の望むままに物事が進むんだからな! なにをしても警察に捕まらない! 好きなことして生きていける俺が主人公以外のなんだって言うんだよ!」


 どうして、そんな考えができるのか。


 確かに、今も拓真が捕まっていないのは疑問だった。それは以前に乃亜も似たようなことを話していた。


 なぜか犯罪を犯しても捕まらない。まるで彼に都合の良いように物事が進む主人公のようだと。


 はたして、本当に彼が主人公と言えるのだろうか。


 こんな汚い笑みを浮かべる男が、物語の主人公となり得るはずがない。


 咲茉も知っている。漫画でもアニメでも、主人公は彼のような人間ではない。それだけはハッキリと断言できた。


「冗談じゃない……嫌。次死んだら、本当に死ぬかもしれないのに」

「俺が信じられないのかぁ! この主人公の俺をよぉ!」


 信じられないと咲茉が首を横に振る。


 その姿に、拓真は呆れたと深い溜息を吐き出した。


「俺と何度も一緒にタイムリープすれば、何度も俺と会えるんだぞ! 俺は何回もお前のハジメテを貰える! お前も気持ち良い思いができるんだからな! お前の身体が壊れたらやり直せば良い! 何度も何度もやり直せば良いんだ! 飽きたら妊娠させてみるのも良いかもな! 妊婦で遊んだこともねぇからお前で試すのも捨てがたい!」


 そしてまた饒舌に語る拓真の話は、とてもではないが咲茉の脳では許容できなかった。


 理解しようとすら思えない。あの男は、女を何だと思っているのだろうか。


「私は……アンタのおもちゃじゃない。もし2回目のタイムリープをしても、逃げるに決まってるでしょ……」

「本当にそれで良いのか? 俺はお前の家も家族も知ってるんだぞ? 友達も、あの悠也ってガキも知ってるんだぞ? お前が逃げたら、代わりが必要だよなぁ?」


 逃げれば、他の人間に手を出す。


 そう告げて下品な笑みを見せる拓真に、咲茉は絶句するしかなかった。


 もし本当に殺されてタイムリープしてしまえば、恐ろしい未来が待っている。


「また私がタイムリープするなら悠也もタイムリープできるに決まって――」

「主人公の俺がそんなこと許すわけないだろ? アイツは次死んだら終わりに決まってるだろ? だって俺がそう望んでるんだからなぁ!」


 ここまでの自信を見せられると、咲茉も半信半疑になりつつあった。


 まさか本当に、彼の思い通りになるのではないかと。


 そんなことがあり得ないと分かっていても、その可能性も限りなくゼロに近いがあり得る。


 もしそうなれば、自分が逃げる術がない。頼れる人間が居なくなれば、自分ではなにもできない。


 タイムリープをした悠也が居なければ、安心できる場所がない。


 タイムリープを乃亜達に明かしても、信じてもらえる確証がない。家族に話したところで、頭がおかしくなったと思われる。


 むしろ今の境遇が、奇跡と言えるくらいのだ。


 乃亜達にタイムリープが知られ、タイムリープしている悠也がいる。こんな奇跡が次も起きると思えるはずがなかった。


「だからまた一緒にやり直そうな? 何度も何度も何度もよ? 今まで俺も色んな女犯してきたが、お前以上の女は居なかったんだからな? これから永遠に俺が愛してやるから、思う存分幸せにしてやるからな?」


 そう告げる拓真の声は、本当におぞましかった。


 愛している。その言葉を悠也以外から言われたところで、気持ち悪いだけだった。


 幸せにしてやる。これも悠也から聞かなければ、微塵も嬉しくもない。


 そう思うと、自然と咲茉の口が開いていた。


「私のことを幸せにしてくれるのは、悠也だけ。私を愛してくれるのも、悠也だけ。私が幸せにして愛したいのも、悠也だけ……それは絶対にアンタじゃない、もうアンタは人間じゃない……人間の形をした化け物よ」

「……あ?」


 震えながら淡々と咲茉がそう告げると、拓真の目が吊り上がった。


 苛立っているのか、鋭く咲茉を睨む彼が舌打ちを鳴らす。


「あんまり調子乗ってるんじゃねぇぞ? やっぱ少し痛い目見ないと分かんねぇか?」


 ゆっくりと拓真が咲茉に近付いてく。


「ッ……来ないでっ!」

「暴れても無駄なんだよッ!」


 反射的に咲茉が足で抵抗するが、強引に拓真に足首を掴まれると一瞬で身動きができなくなった。


「力もない女なんて簡単に従わせられるってこと、教えてやらないとな?」


 そしておもむろに拓真が拳を振り上げた時だった。


 咲茉達のいる建物の外から、ドゴンッと大きな物音が響いた。


「……なんだ?」


 その不可解な音に、拓真が怪訝に眉を顰める。


 そして何が起きたのかと、暴れる咲茉を放置して窓の外を拓真が見ると、見えた光景に彼の目が大きくなっていた。


「……は? なんであのゴリラ女がいるんだ?」


 なぜか建物の入口前に、雪菜と凛子が立っていた。


 雪菜の近くで、車の窓に仲間の1人が頭を突っ込んでいる。


 おそらく、先程の音はアレが原因だろう。


 そう思っていた拓真が唖然としていると、建物内にある仲間達が騒がしくなっていた。


 慌ただしく建物から出ていく拓真の仲間達が、入口前にいる雪菜と凛子を囲う。


 その光景に、ホッと拓真が安堵した時だった。



「――好きに暴れろと言われましたので、ゴミ共の皆さん。覚悟してください」



 ふと彼の耳に、そんな声が聞こえたような気がした。

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