第95話 成り立っていない
『別にやりたくないって言うならやらなくても良いぞ?』
悠也達が困惑していると、スマホから拓真の溜息交じりの声が響いた。
『だがお前がやらないってことは、それは咲茉も要らないってことになるよな? それならそれで俺が咲茉を好きにしても良いってことになるぞ? 本当に良いのかぁ~?』
そして続けて聞こえた小馬鹿にした拓真の声に、思わず悠也の表情が強張った。
参加の可否を問われているが、この二択で悠也の選べる選択は――どう考えてもひとつしかなかった。
この誘いに乗らなければ、咲茉が危ない。
しかし誘いに乗ったところで、彼が約束を守る保証もなかった。
先程の一件。誘拐した山内理沙の妹を解放する約束を破ろうとした時点で、もう彼の言葉など信用できない。
ゲームに参加しても参加しなくとも、彼の気分次第で捕まっている咲茉を好きにできる。今も彼の気分が変われば、すぐにでも。
どちらにしても、咲茉が危ないことは変わらない。ならば彼の気分を変えず、少しでも時間を稼ぐことを優先するのが最善だろう。
「……わかった。お前のゲーム、やってやるよ」
『はぁ……選ぶのがおせぇ。まぁいいや、せいぜい頑張ってみろよ? 必死になってお前が苦しんでくれないと俺も楽しくないからな?』
そう言って失笑する拓真の声から感じられる自信に、自然と悠也の眉間に皺が寄った。
絶対に負けることはないと、その声が物語っている。
やはり今から始まるゲームは、間違いなく真っ当なゲームではない。おそらくゲームの内容も確実に拓真側が有利なものになっているのだろう。
「御託は良いからゲームの内容を言え」
そう予想した悠也が淡々と告げると、拓真が舌打ちを鳴らしていた。
『随分と生意気な態度だな? 俺にそんな態度とって良いと思ってんのか?』
「誘ってきたのはお前だろ。お前の言う通り、必死になって苦しんでやるから早くしろ」
従うと言っても、悠也も下手に出るつもりはなかった。
拓真の望みは、好き勝手に殴られた仕返しがしたいだけだ。
苦しむ姿が見たいのなら、下手に出ている人間よりもある程度の威勢を見せた方が良い。威勢の良い人間が劣勢になり、これから苦しんでいくと思わせた方が彼に面白いと思わせられる。
そう判断した悠也の選択は、間違っていなかった。
『その虚勢がいつまで続くか見物だな。あとで泣いて許してくれって言ってくるのが楽しみになってくるわ』
「好きにしろ。良いから早く話せ」
楽しそうに笑っている拓真に、悠也が催促する。
そうすると、気怠そうに拓真が答えていた。
『ゲームの内容は簡単だ。俺のところにいる咲茉を見つけたらお前の勝ちにしてやるよ』
「……は?」
想像していた内容よりも遥かに簡単だった内容に、思わず悠也から困惑した声が漏れた。
無理難題や複雑な内容ではなく、ただ咲茉を見つけること。
たったそれだけの勝負と言われてしまえば、困惑せざるを得なかった。
「……咲茉を見つけるだけ?」
『簡単だろ? だがそれだけじゃつまんねぇよな? だから制限時間つけてやるから安心して良いからな?』
わざわざゲームと言うのだから、他の条件もあるに決まっていた。
それが制限時間というのも、実にありきたりな条件な条件だった。
『って言っても、ただ時間を決めるだけじゃ俺が面白くない。もっとお前が必死になる条件にした方が面白くなる』
「……その条件は?」
どうにも嫌な予感がする。
そう感じた悠也が訊き返すと、返ってきた拓真の返事は、耳を疑う内容だった。
『これから20分毎に1枚ずつ咲茉の服を脱がした写真をお前に送る。タイムリミットは咲茉が裸になるまでだ』
「なっ――!」
考えてもいなかった条件に、悠也を含めた乃亜達全員が息を呑んだ。
『あぁ、それと言い忘れたが時間制限までに咲茉を見つけられなかったら、最後は咲茉を犯してる動画送ってやるから楽しみにしておけよ?』
そして続けて告げられた内容に、悠也達は絶句してしまった。
これから20分毎に咲茉の服が1枚ずつ脱がされる。その最後に彼女が受ける仕打ちに、悠也達の目が鋭くなる。
「お前っ……!」
全身の血が沸騰するような怒りで悠也が叫ぶ。
しかし彼が怒りを露わにしても、拓真は楽しそうに笑うばかりだった。
『言っておくがヒントなんてないからな? 当然、場所の制限もないし俺達が移動しないなんてこともねぇから必死こいて探してみろよ? って言っても、どこに行ったかも分からない俺達を見つけられるとは思えないけどなぁ〜?』
そして更に告げられた内容に、ようやく悠也は拓真の自信の理由を察せた。
どこに彼等がいるのか。その情報も一切なく、行動範囲の制限もない。更に彼等が移動する可能性もある。
この条件に短い時間制限も加われば、悠也達が勝てる見込みは限りなく低い。
悠也達の住む街で、一人の人間を探し出す。その難しさを理解すれば、あまりにも無理な勝負だった。
「ゲームとして成り立ってない……コイツ、最初から私達に勝たせる気がない」
ポツリと、乃亜が小声で呟いていた。
彼女の言う通りだった。どう見ても拓真の提示したゲームは、はじめから悠也達に勝たせる気などなかった。
ゲームというのは、公平でなければならない。守るルールがあり、互いがどちらも勝てる内容で戦わなければならない。
その公平性が微塵もない時点で、これはゲームではなかった。
ここでようやく、悠也は拓真の意図に気づいた。
拓真が望んでいるのは、悠也を苦しませること。
このゲームを普通に受ければ、悠也は死に物狂いで咲茉を探さなくてはならない。
その間、20分毎に咲茉の服が脱がされた写真を送られてしまえば、焦りが生まれる。
そして見つからなければ、咲茉の犯された動画が送られてしまう。その不安の中で最後まで見つからなければ、間違いなく悠也は懇願するだろう。
咲茉を助けてくれと。
そんな悠也に動画を送りつければ、確実に心が折れる。絶望のあまり、死にたいとすら思うかもしれない。
それを見るために、ここまで卑劣な手を拓真が使うとは夢にも思わなかった。
「この野郎っ……⁉︎」
怒りのあまり悠也の頭に血が昇ってしまったが、悠也達にも手があることを忘れてはいけなかった。
拓真が悠也達に位置を特定されないと思っているが、咲茉のスマホから現在地を追える。
一見して悠也達が負けると思われる勝負でも、咲茉の位置を確認できれば、どちらが勝つかは明白だった。
まだ勝てる見込みがある。そう悠也が思った時だった。
『おっと、手が滑った』
拓真の声が聞こえた途端、悠也のスマホから激しい物音が響き渡った。
何かが激しくぶつかる音と、転がる音が響く。
そして数秒も経たずに無音になると、いつの間にか通話が切れていた。
「は……?」
突然の出来事に、悠也が困惑する。
咄嗟に電話を掛け直しても、なぜか繋がらなかった。
電源が入っていないか、電波の届かないところにあるとスマホからアナウンスが聞こえる。
その声に悠也が呆然としていると、
「悠也、咲茉の現在地確認して」
おもむろに乃亜がそう言っていた。
動揺しながらも、悠也がスマホを操作して咲茉の現在地を確信する。
そしてスマホに映し出された画面を見ると、悠也は目を大きくしていた。
「現在地が……見れなくなってる」
なぜか先程まで見れていた咲茉の現在地が表示されなくなっていた。
「あぁ、やっぱりバレたか。勘づくとは思わなかったなぁ」
悠也の反応で状況を察した乃亜が深い溜息を漏らす。
その溜息に、悠也も遅れて今の状況を理解してしまった。
咲茉のスマホから現在地が悠也達に見られていることが、拓真にバレていたと。
「おい……どうするんだよ」
「咲茉ちゃんのスマホがないと探しようが……」
凛子と雪菜が、揃って不安そうに表情を歪める。
そんな二人に、乃亜はわざとらしく肩を竦めていた。
「まだスマホのGPSがバレただけなら良いんだけど……次の保険がバレてたらマズイかも」
「……次の保険?」
乃亜の返事に、怪訝に凛子が首を傾げる、
「ほら、咲茉が連れ去られる時に使ってたでしょ? ちゃんと起動してれば良いんだけど……あのシリコンバンド」
そんな彼女に、乃亜は苦笑しながら答えていた。
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