第92話 身構えておこうね
昼休み以降、明らかに咲茉の様子がおかしくなった。
それは悠也達から見ても、一目瞭然だった。
顔を真っ青にして、周囲にいる人間全員が敵だと言わんばかりに怯え始めた。
それもまるで、今も誰かに見られていると言いたげに。
誰かの視線を感じれば、たとえそれが気のせいでもビクッと身体が震えるほどの反応を見せる始末だった。
明らかにおかしい。そう思った悠也達が心配して声を掛けても、大丈夫だと頑なに答えるだけ。
しかし彼女の様子を見てしまえば、その言葉を簡単に信じられるほど悠也達も無関心でいられるはずもなかった。
今も授業中にも関わらず、咲茉が俯いて震えている。
その姿を見れば、やはり彼女の身に何かあったと考えるのが自然だった。
『まずいことになったかもしれない』
授業中、ふと震えたスマホを悠也が見ると、そんなメッセージが画面に表示されていた。
そのメッセージの送り主は、乃亜だった。
先生が話すのに夢中になっているのを横目に、悠也が隠れてスマホを開くと、すぐに返信していた。
『お前もそう思うか?』
『当然。だって今の咲茉、どう見てもおかしいでしょ?』
その返事に、悠也が返事を返そうとした時、立て続けにメッセージが送られてきた。
『はい。私もそう思います』
『私もそう思うわ』
雪菜と凛子から送られてきたメッセージを見て、悠也が遅れて今のやり取りが個人間ではなくグループ内で行われているものだと察する。
おそらく乃亜がグループを作ったのだろう。グループ内に参加しているメンバーを見れば、咲茉以外の4人が参加している状態だった。
『私達の知らないところで咲茉になにかあったんだよ』
『私達がずっと咲茉と一緒に居たんだぞ? 誰かに何か言われたら分かるだろ?』
乃亜のメッセージに、凛子の返事が送られてくる。
確かに凛子の言う通り、基本的に咲茉が一人になることはない。学校でも外でも、必ず悠也達の誰かが傍にいる状況を作っている。
その状況の中で、誰かが咲茉と接触しても悠也達が把握していないはずがない。
それにも関わらず、咲茉が誰かの接触を受けた場面があるとすれば――
『あの電話だろうな』
『だろうね。間違いなく』
悠也がメッセージを送ると、即座に乃亜が返事をしてきた。
『電話? あの山内って女の時か?』
『そうですね……常に私達が一緒に居る状況で私達の知らない話を咲茉ちゃんがしてたのは、私もそこしかないと思います』
『そう言われれば、あの時から様子が変だったな』
凛子と雪菜のやり取りを見ていると、乃亜のメッセージが送られてきた。
『あの電話の相手、間違いなく山内さんの話してた沙苗って子じゃない。今の咲茉の様子を見る限り、多分だけどあの銀髪の差し金か、それか本人かもしれないね』
『冗談だろ? なんで山内が?』
凛子の疑問も当然だろう。
あの山内理沙という女子が拓真の関係者だったという可能性も考えられるが、昼休みの出来事を悠也が思い出してみると、妙な違和感があった。
あの時、咲茉が電話をしていた時の山内理沙は、ずっと微笑んでいた。
その笑顔を見た時、奇妙な違和感があった。
あの山内の笑顔は、笑っているはずなのに……不思議と目が全く笑っていなかった。
あの目は、何か強い意志を感じるものだった。なにか伝えているのかと思えて、どこか睨んでいるとすら感じられる目つきだった気がする。
『流石に私も同級生からの接触だったからそこまで警戒してなかった。おそらく、あの山内さんも脅されたのかもね』
『脅されて?』
『手段を選ばなければ方法なんていくらでもあるよ。彼女も昔の咲茉と同じようにあの男の被害にあって脅されてるって可能性もあるし、それこそ家族を人質にすることだってできる。前者も普通にヤバいけど、後者はもっとえげつない犯罪だよ』
『……嘘だろ?』
ふと悠也が凛子の席に視線を向けると、彼女の表情が歪んでいた。
目を吊り上げて、まるで汚いものを見ているような目で、彼女の視線がスマホを見つめている。
『どちらにしてもゼロじゃないとは思ってたけど、ここまで卑劣なことをしてくるとは私も考えたくなかったよ。それにしてもあの男がどうやって咲茉の人間関係を探ったのかも気になるけど、それも最低な方法かもね』
乃亜からのメッセージに、自然と悠也も目を吊り上げてしまった。
たった一人の女を手に入れるために、平然と卑劣な犯罪を犯して他人を巻き込んでいく拓真達が同じ人間だとは思えない。
『あの時、先に気づいて咲茉の電話をスピーカーとかにできれば良かったのかもな』
『たらればだね。だけどどの道、無理だったと思うよ。そうなったら山内さんもなにかしらの理由付けてスピーカーにさせなかったと思う。それと仮にあの場を逃げれても、ここまで卑怯なことしてくるくらいだ。きっともっと姑息な方法で咲茉に接触したかもね。これもたらればの話だけど』
そうかもしれない。どちらにしても、なにかしらの方法で誰にも知られない方法で拓真が咲茉に接触してた可能性はある。
『では、もう咲茉ちゃんはあの男から何か指示を受けている可能性が高いですね』
『だね。それも私達に教えることができないようにされてる。きっと山内さんみたいに強要されて私達の周りで咲茉を監視してる子がいるんだよ。不自然なことしたらマズイことになるって咲茉も脅されてる可能性が高い』
『なら私達も監視されてると思った方が良さそうですね』
『できるなら山内さんを問い詰めたいところだけど、それもできない。私達が彼女に接触した時点で終わりだね。確実にバレる』
雪菜の言う通り、咲茉が監視されてるということは、悠也達も下手な行動ができないことになる。
今の咲茉が悠也達に話さないということは、話してはいけない理由があることに他ならない。更に知らせるような行動もできないということは、バレた時の代償が大きいと言っているようなものだ。
『でも、それだと咲茉が』
『一体なにで咲茉が脅されてるか分からないけど、従ってるってことは自分の身を守る為に犠牲にできないモノが人質になってるってことだろうね。かなりヤバい』
咲茉が拓真に従わなかった時に起きる代償がどんなものか。それを考えても、いずれにしても卑劣なものということしか考えられない。
『悠也。咲茉に渡したアレの使い方、ちゃんと話してる?』
そう悠也が思っていると、脈絡もなく乃亜からメッセージが送られてきた。
彼女の指しているモノに見当のついた悠也は、すぐに返事を送った。
『話してる。ちゃんと使い方も教えてる』
悠也がそっと咲茉に視線を向けると、今も彼女の右腕に花柄のシリコンバンドが付いていることを確認する。
『なら良かった。本当は使いたくなかったけど、今日の最後の授業が体育なのも運が良かったよ。私もいざという時に用意してたモノあるから上手く咲茉に渡しておくよ』
『用意してたもの、ですか?』
『なんだよ、それ』
乃亜のメッセージに、雪菜と凛子が反応する。
しかしそれを無視して、乃亜は悠也に向けたメッセージを送っていた。
『あとで鍵は悠也にこっそり渡しておくから、絶対に分からないように隠して。分かった?』
送られてきたメッセージで、悠也は乃亜の話しているモノを察した。
それは以前、何度も彼女と今後の対策を話し合っている時に出てきた案のひとつだった。
『それは問題ないけど、渡したらバレないか?』
『結構前に二人で探した時あったでしょ? スパッツタイプの覚えてるでしょ? 常に付けさせるのも酷だったから、私のカバンの中にずっと入れてたの』
『そういうことか、分かった。それ以上はもう言わなくて良い』
その返信で、悠也は納得したと頷いた。
『あの、どういうことですか?』
『ごめん、これは私と悠也だけの秘密にさせて。秘密は知ってる人間が少ない方が都合が良いんだよ。ふとしたことでバレる可能性もあるからね。詳しくは言わないけど、今の話してるのは咲茉の最後の防衛策ってこと』
『少し納得できませんが、そうことでしたら納得するようにします』
悠也が見ると、渋々と頷く雪菜と不満そうにしている凛子が、それぞれの反応を見せる。
『きっと近いうち、それか今日にでもあの男達が何かしてくる。みんな、なにが起きても良いように身構えておこうね』
そして乃亜から送られてきたメッセージがスマホに表示されると、送った本人はスマホをカバンの中にしまっていた。
もう伝えることはない。そう態度で示すと、悠也達も彼女のメッセージを見るなり、各々がスマホをしまい、今も続く授業に向き合う。
今は咲茉になにもできない。
そのもどかしさを感じながら、悠也達は今も俯いている咲茉を心配そうに見つめていた。
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