第91話 使いやすくて良い
『ほら、早く適当に相槌打てよ? それとも俺と話してるのがバレて知り合いの妹が滅茶苦茶に犯された方が良いのかぁ?』
呆然と理紗を見つめていた咲茉の耳に、拓真の声が響く。
それに続いて何か大きな物音が聞こえると、同時に幼い女の子の呻き声が聞こえたような気がした。
嫌な予感がする。
そう思った咲茉が耳を澄ますと――スマホから微かに聞こえた女の子の啜り泣く声に、ゾッとした寒気が彼女の背中を駆け抜けた。
「……そこに、いるの?」
まさかと思った咲茉が脊髄反射で訊くと、返ってきたのは拓真の失笑だった。
『おいおい、不自然なこと言って周りの奴等にバレても良いのか? 言い忘れたが、ちゃんとお前が不自然なことしてないか見張ってるからな?』
耳を疑うようなことを告げられて咲茉が咄嗟に周囲を確認しようとしたが、どうにか堪えた。
今も、どこかで見られている。その方向も場所すら見当もつかない咲茉が絶句していると、拓真が深い溜息を吐いていた。
『別にお前が良いなら俺の目の前にいるガキ犯しても良いんだぞ? 身体の貧相なガキは好みじゃねぇが、たくさん可愛がっても良いのか?』
その声が聞こえた途端、咲茉の持つスマホから幼い女の子の泣き叫ぶ声が響く。
しかしそれも大きな物音と男の怒声が聞こえると、すぐに聞こえなくなった。
その音と声だけで、もう咲茉は確信するしかなかった。
間違いなく、理紗の妹は拓真のところにいると。
「……」
『ほらほら、早くしないと勘付かれるぞ? 誤魔化さなくても良いのかぁ?』
呆然としていた咲茉に、拓真が気怠そうに催促する。
その全く罪の意識すら感じさせない彼の声に、咲茉は声すらも出せないほど震えてしまった。
この男は、自分が何をしているのか本当に理解しているのだろうか?
先程まで聞こえていた声を聞く限り、間違いなく彼等は理紗の妹を強引に連れ去ったのだろう。
妹を人質にされてしまえば、姉の理紗も従うしかない。
誘拐と脅迫。こんなことを平然とする拓真に今従わなければ、理紗の妹がどうなるかなど分かりきっていた。
今も、ただじっと理紗に見つめられている。その表情も笑顔のはずなのに、やはりその目は全く笑っていなかった。
きっと彼女も分かっているのだろう。彼等に従わなければ、妹がどうなるか。
その心中を察すれば、咲茉の選ぶ選択など決まっていた。
たとえ覚えていない友達でも、その本人を目の前にして妹を見捨てることなどできるわけがない。
絶対に、今だけは悠也達に知られてはいけない。
今も怪訝そうに首を傾げている彼等に、咲茉は必死に笑みを浮かべて見せた。
「ひ、久しぶりだね……元気にしてた?」
そして今も震える喉奥から咲茉が声を絞り出す。
その声に、拓真は呆れたような声を漏らしていた。
『もっと上手くやれ。あとさっきは見逃してやったが、次また妙なこと言ったら妹犯すからな? 変な動きをしても犯すから気をつけろよ? 分かったなら頷きながら適当に話せ、分かったか?』
「……元気にしてたよ。うん、そっちも元気そうで良かったよ」
拓真の指示通り、その場で頷いた咲茉が咄嗟に思い浮かんだことを話していく。
『分かったなら良い。そこまでお前が頭の悪い女じゃなくて安心したわ』
「……そう言えば早苗ちゃんってどこの学校に入学したんだっけ?」
全く会話の成り立たないやり取りに違和感を持つ咲茉だったが、そんなことを拓真は全く気にする様子もなかった。
『じゃあ早速だけどお前に要件伝えるわ。今日の放課後、迎えに行くからついて来い。分かったなら頷いて、嫌なら首振れ』
「あぁ、早苗ちゃんはそっちの学校に行ってたんだね」
そんなことだろうとは、思っていた。
こうして悠也達に分からないように連絡して来ている時点で、その予想は咲茉もしていた。
そして彼のところに行けば、自分がどうなるかも。
今も頭から離れることのない、あの日の出来事が咲茉の脳裏に過ぎる。
その光景を想像しただけで、吐き気がしてくる。
それだけは頷きたくなかった。
『早く選べよ? 遅いと妹がどうなっても良いのか? お前が俺のところに来るなら妹を返してやっても良いんだけどなぁ?』
「……」
急かしてくる拓真に、言葉を詰まらせた咲茉の表情が強張った。
その二択を選べと言われて、選べられるはずがなかった。
他人を見捨てて自分を守るか、自分を差し出して他人を助けるか。
どちらを選んでも、後悔しかできない。
自分を守れば、目の前の理紗に恨まれる。素直に拓真に従っている時点で、彼女が妹を大事にしていることなど簡単に察せる。
その妹が酷い目に遭ったとなれば、理紗が何をするか考えたくもない。
更に言うなら、それで拓真が諦めるとは到底思えなかった。また更に何かしてくる可能性だってあり得る。
だからと言って、自分を差し出せるほどの自己犠牲を咲茉は持ち合わせていなかった。
もう経験してしまった。思い出したくもない。また群がる男達に身体を好き勝手に弄ばれたいと誰が思うか。
だが自身を差し出しても、本当に彼等が理紗の妹を解放してくれる保証もなかった。
だからこそ、咲茉はどちらも選べなかった。
仮にどちらを選んだとしても、不幸な選択にしかならないのだから。
『うぜぇなぁ、早く選べって』
「……選べないよ。そんなの」
また催促してくる拓真に、思わず咲茉はそう答えてしまった。
震えた声で、スマホを持つ手すら震えている咲茉に、悠也達が眉を寄せる。
『だからバレる反応するなって何回言えば分かるんだよ……お前も馬鹿な女だな』
彼等の反応を見ていたのか、溜息混じりに拓真が呆れる。
そして舌打ちを鳴らすと、面倒そうに拓真は話を続けていた。
『ならお前が選びやすいようにしてやるよ』
一体、なにを言うつもりなのか?
咲茉が怪訝に眉を寄せていると、
『お前が頷かなかったら、そこにいる凛子って女も犯してやるよ』
意味の分からないことを拓真が告げていた。
「……え?」
『一緒にいる雪菜ってゴリラ女も、チビの乃亜ってガキも犯してやるよ。あぁ、安心しろよ。ちゃんと犯してるところ、お前に見せてやるからな』
理解できない。微塵も、彼の言っていることが咲茉には分からなかった。
『あぁ、あとそう言えばお前の母親って紗奈って言うんだよな? 歳食ってる割に結構エロい身体してるから驚いたぞ?』
「……なんで」
お前が母親の名前を知っている?
その疑問が咲茉の頭を駆け抜けた途端、スマホから拓真の笑い声が響いた。
『今まで俺が何もしないで怪我治してるとでも思ってたのかよ? 時間と馬鹿な奴等も数が多ければ調べることくらいできるだろ?』
この1ヶ月で、調べられていた。
友達の名前も、親のことも。
『お前が乃亜ってガキに色々渡されてるのは知ってるんだよ。防犯グッズなんて持っても無駄過ぎて笑えるわ』
その事実に咲茉が目を大きくしていると、拓真の楽しそうな声がスマホから聞こえていた。
『お前達が色々と準備してたのと同じで、こっちも色々と準備してたんだよ。お前の周りで使えような女が居ない探すのは苦労したぞ。誰かは言わないでおくが、周りにはお前を見張ってる女が何人もいるからな。ガキって犯して脅せば簡単に言うこと聞くから使いやすくて良いったらありゃしねぇ』
スマホの先で、声すら出せない話をしている拓真に、咲茉は何も言えなかった。
もう身近な女子が、自分と同じ目に遭っている。
そんなことを何度もしている彼が、とても同じ人間とは思えなくて。
『頷かないと、お前の周りにいる奴等が酷い目に遭うかもなぁ〜』
悪びれもせず、自分が犯している犯罪の重みすらも理解していない。
『お前が頷いたら、何もしないんだけどなぁ』
わざとらしく告げている彼の声を聞いているだけで、寒気と吐き気がしてくる。
『それで? お前、どうすんの?』
きっと化け物というのは、こういう生き物なのだろう。
そう思いながら、泣きたくなる気持ちを抑えて――咲茉は選ぶしかなかった。
この場で、選べる選択肢などひとつしかない。
『じゃあ放課後、迎えに行くからよろしく〜』
頷いた咲茉に、拓真が嬉しそうに答える。
『言っておくけど、電話切れても周りの誰かが見張ってること忘れるなよ。スマホ使ったら、どうなるか分かるよな?』
もう逃げ道すらない。
この状況でどうすれば良いのか、全く分からない。
「咲茉? 大丈夫か?」
「……うん。大丈夫」
心配する悠也に、咲茉が微笑んで答える。
通話の切れたスマホを見つめながら、そう答えるしかできなかった。
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