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第90話 言うなら覚悟しておけ


 7月になり、気温も随分と暑くなってきた。


 何事もなく時間だけが過ぎていき、今日も悠也達が集まって登校するのも変わらず続いている。


 いまだに咲茉が襲われるようなことが起きるわけでもなく、ただ平穏な日々が過ぎていくのが嬉しいと言えど、その分だけ悠也達の不安も大きくなっていた。


 絶対に咲茉の身に何か起きると分かっているのに、なにも起きない。


 その時間が長く経てば、当然だが悠也達の精神も擦り減りつつあった。


 咲茉が襲われるかもしれないと警戒し続けるのにも、精神の限界がある。常日頃から警戒心をむき出しにしていても、こうも平穏な時間が続いてると気が緩みそうになる時もある。


 単純に疲れてきた。日々の警戒に加えて、毎日の鍛錬も重なれば、嫌でも疲労は蓄積されていく。


 それは凛子は当然のこと、ようやく右手の怪我が完治した悠也も本格的な鍛錬に加わり、二人とも周囲の警戒と鍛錬の日々に疲れが溜まっていた。


 そんな日々を過ごしていれば、自然と僅かな期待を抱いてしまうのも無理もなかった。


「……マジで咲茉のこと諦めたんじゃねぇの?」


 昼休みの屋上に集まった悠也達が昼食を食べていると、おもむろに凛子がそんなことを呟いていた。


 そうは言っても、決して本心ではなかったのだろう。怪訝に表情を歪めながら渋々と告げる彼女に、悠也達が顔を見合わせていると、


「どうだろうね。私はあの男が諦めてるとは少しも思えないけど」


 コンビニで買ったパンを齧っていた乃亜が、淡々と答えていた。


「もう3週間以上経ってるんだぞ。こんなに時間が経ったら諦めたって少しは思いたくもなるだろ」


 肩を落として嘆く凛子の話は、悠也達も理解できた。


 先月のデパートの事件から約1ケ月が経とうとしている。それなのに何も起きていなければ、彼女がそう思ってしまうのも仕方のないことだろう。


 たとえあり得ないと思っていても、そう思いたくなる。


「それがあの男の作戦かもしれないよ」

「……どういうことだよ」


 淡々と答えた乃亜の返事に、思わず凛子が訊き返す。


 なにもしないことが作戦。


 それで何が変わるのかと凛子が眉を寄せると、乃亜の考えを察した悠也が小さく頷いていた。


「……そんな手、アイツ等が考えられるのか?」

「実際そうじゃない? なにも起きてないってことはそう言うことだと思うよ?」

「だから、どういうことか話せって」


 悠也と乃亜だけにか分からない会話に、凛子が舌打ちを鳴らす。


 そんな彼女に、乃亜は苦笑交じりに答えていた。


「私達が疲れるのを待っているんだよ」

「……は?」


 意味が分からないと凛子が目を吊り上げていると、そのまま乃亜は話を続けていた。


「これも予想でしかないけど、単純な話だよ。咲茉が襲われるかもしれないって私達が思えば、当然警戒する。その時間が長くなると、当たり前だけど私達のメンタルが擦り減って疲れる。いつも気を張っていれば当然だね。それに凛子達だって毎日鍛錬してれば身体だって疲れるでしょ?」


 よって時間が経てば経つほど、乃亜達の状況は不利になる。


「なるほど。確かに今の私達の状況だと時間が経てば、その分だけ相手にとって有利になるということですね」


 その話に、納得したと雪菜がゆっくりと頷く。


「かなり意地の悪い手だよ。私達に準備させる時間を与えるってデメリットもあるけど、大人だった咲茉や悠也ならともかく子供の私達には良い手だね。凛子っちが痺れを切らしてるのがその証拠」

「……悪かったよ」

「単純に諦めたって可能性もゼロじゃないけどね〜」


 呆れたと苦笑していた乃亜に、そう答えた凛子の表情が強張る。


 だが、それも無理もない話だった。


 気を張っている時間が長いと、いずれどこかで緩む時がある。


 それが我慢強さのない子供ならば、余計に緩んでしまうのも仕方のないことだろう。


「……ごめんね、凛子ちゃん。私の所為で」

「違うって、そういう意味で言ったんじゃない」

「でも……」

「悪いのは咲茉じゃない。あの男が悪いだけだ」


 謝るしかなかった咲茉に、慌てて凛子が首を振るう。


「正直に言うと、こんなことをあの馬鹿がしてくるとは私も思わなかったよ」


 その様子に、乃亜は苦笑しながらそう告げていた。


「ずっと静かだったから妙だとは思ってたよ。あの暴行事件も減ってきて平和な感じだったから、今の平和な感じに気が緩むのも無理はないよ」


 なにも起きない平和な毎日に馴染んでしまえば、誰でもそうなる。


 それに加えて、少し前まで世間を騒がせていた暴行事件も減っているとなれば、少し前まで騒がしかったニュースも落ち着いてきているほどだ。


 犯人が捕まってなくても、事件が起きなくなれば忘れてしまう。


「でも、ここ数日でまた増えましたよね? ニュースでも、ホームルームでも先生が話してましたよ?」

「……それも妙だよねぇ、なんでまた急にって思うよ」

「はい。私も思います」


 乃亜に頷く雪菜の話は、また最近起きた事件に関する話だった。


 6月中は全く起きてなかった女性を狙った暴行事件が、また起きていた。


 それは新聞やニュースでも話題になり、また学校でも先生達が注意喚起をするようになってしまった。


 夜の外出は控え、登下校時は親同伴か集団で行動するようにと言われているくらいだ。


「確か前は年齢が幅広かったけど。今度は特に若い女の子が狙われてるらしいね」


 ふとスマホを操作し始めた乃亜が画面を悠也達に見せると、そこには最近のニュースの記事が表示されていた。


「前までは10から2、30代くらいまでの女性が被害者だったけど、今は10代が主な被害者だって」

「10代……私達の年代ですね」

「妙だよね~、なんで10代だけ狙ってるのかって」


 自分達と同じ年代の女子が狙われている。その事実に他人事ではないと思えて、同じ女子である雪菜達の背中に冷たいものが通り抜けていく気がした。


「普通に若い女が好みになったんじゃねぇの?」

「それだけなら良いんだけどね……どうにも嫌な予感がするよ」


 単純に凛子の予想通りなら、必要以上に不安になることもない。


 しかし乃亜の表情は、どこか不安そうに暗くなっていた。


「……もし私が襲われたら、他の人が被害に遭わなかったのかな」

「いや、関係ない」


 ふと呟いた咲茉に、悠也は首を振っていた。


 そして俯く彼女の頭に手を添えると、穏やかな声色で悠也は告げていた。


「アイツは咲茉が居ても居なくても、同じことをしてる。他の被害に遭った人達を助けることも俺達にはできないよ」


 実際、悠也もそう話すしかできなかった。


 事件を起こしている犯人が分かったとしても、それを警察に言える証拠があるわけではない。


 そして相手の規模も分からず、事件がどこで起きているのかも分からなければ、何もできるはずがなかった。


 また下手に関われば、咲茉を危険に晒すかもしれないと考えれば、率先して悠也達が事件解決に動けるはずもなかった。


「……そうだね」

「だから下手に気を落とさなくて良い。お前は自分のことを心配してれば良いんだから」


 俯く咲茉に悠也が告げると、乃亜達も頷いていた。


「今は辛抱強く我慢してるしかない。なにが起きても大丈夫なように身構えてるしかない」


 そして悠也がそう締めくくった時だった。


「あ、やっと見つけたよ。咲茉」


 突然、屋上に咲茉を呼ぶ声が聞こえた。


 その場に居た咲茉を含む全員が声の方に振り向くと、同じクラスではない生徒が手を振っていた。


「……誰だ、あいつ」


 同じクラスメイトではない。思い出そうとしても思い出せない悠也が思わず呟く。


「あの子……確か山内さんだよ。私達と同じ中学だった子で、私達と同じクラスじゃなかったけど咲茉とたまに遊んでた覚えがあるよ。高校も同じだったの忘れてたよ」


 思い出せなかった悠也に、そっと乃亜が説明する。


「咲茉、覚えてるか?」

「……あんまり覚えてないかも」


 そして悠也と同じく、咲茉も覚えていなかったらしい。


 そんな話をしていると、山内と呼ばれた女子が咲茉達のところまで駆け寄って来ていた。


「……山内さん? どうしたの?」

「もう他人行儀なのやめてよ~、中学の時は理沙って呼んでくれたじゃん?」


 思わず苗字呼びした咲茉に、山内理沙が不満そうに口を尖らす。


 しかし今の咲茉からすれば、全く覚えのない友人にどう接すれば良いのか分からなかった。


「ご、ごめんね。理沙ちゃん、それで急にどうしたの?」

「そうそう! 咲茉さ、沙苗のこと覚えてる?」

「……さ、さなえ?」


 理沙の話に、咲茉が首を傾げる。


 それは悠也も同じで、怪訝に眉を寄せていると、


「……多分、同じ中学の子だよ。昔だけど、咲茉から聞いたことある名前だった気がする」


 耳打ちで、また乃亜が悠也に説明していた。


「そう、その沙苗なんだけど、今さっき電話しててね。久しぶりに咲茉と話したいって言ってたんだよね~」

「そ、そうなんだ」

「だからさ、今も繋いでるから少し話してあげてよ」

「え? 電話なら私のスマホにすれば良いんじゃ?」

「なんか前にスマホ落として連絡先全部消えたんだってさ。私はたまに会ってるから問題なかったんだけど、咲茉の連絡先も消えたらしいよ」


 なるほど、ならば理沙の話も頷けた。


「じゃあ私の連絡先、教えても良いけど……?」

「別に後で教えるつもりだったけど、ちょうど咲茉の話してたし少しくらい電話に出るくらい良いじゃん?」


 共通の友達の話に盛り上がって、その友達と話したいと思うのも理解できる。


 時間を空けても良いが、話せるならすぐに話したという子供の気持ちも理解できなくもない。


 そう察した咲茉が悠也達に視線を向けると、彼等も止める理由もなかった。


 小さく頷く悠也達を横目に、咲茉は渋々と頷いていた。


「わ、わかったよ」

「良かった。じゃあ電話繋いでるから、よろしく~」


 理沙からスマホを受け取った咲茉が、渋々とソレを耳に添える。


「……もしもし?」


 そして恐る恐ると、顔も覚えていない友人に咲茉が声を発した時だった。



『よぉ? 久しぶりじゃねぇか、咲茉?』



 その声を、咲茉が訊き間違えるわけがなかった。


 それは間違いなく――あの拓真の声だった。


「…………え?」

『あぁ、先に言っておくけどよ。周りにいる奴等に俺と話してるってバラしたらお前の目の前にいる理沙って女の妹犯すからな? 言うなら覚悟しておけよ?』


 一方的にそう言われて、恐る恐ると咲茉が理沙に視線を向けると――


「…………」


 笑顔のはずなのに、全く目が笑っていない理沙が咲茉をじっと見つめていた。

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[気になる点] さすがに厳戒態勢敷いているのに、この不自然な接触に無警戒で対応するのは不自然に思えました 乃亜くらいは何かを察してスピーカーモードで出るくらいの知恵は働きそうですが
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