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第88話 子供の自由な時間は有限


 いつ襲われるか咲茉を守る為に悠也達が彼女といつも一緒にいるということは、それは逆を言えば、彼女に隠し事ができないと言っているようなモノだった。


 咲茉に聞かれたくない話をするにしても、彼女から目を離すわけにはいかない。常に家族や悠也達の誰かが傍に居ないと不安がる彼女を一人にするのも論外である。


 その不安も自宅なら平気なのだが、やはり襲われる可能性がある外では、それも大きく変わってしまう。


 特に悠也が少しでも離れると、その不安は絶大に大きくなる。たとえ雪菜や凛子が傍に居たとしても、彼が傍に居ないだけで周囲に怯えたような反応を見せてしまうくらいだ。


 以前に悠也が昼休みの屋上で啓介と密会した時間も、教室から屋上までの移動時間を含めて10分も掛かっていない。その僅かな時間でさえ咲茉は悠也と会うなり泣き出す寸前だった。


 そのことを踏まえると、やはり悠也が咲茉と離れるのは得策ではなかった。


 そのことについて悠也が不満を思うこともないが……とは言えど、時折、少し困ることもある。


 それはやはり、咲茉に聞かれたくない話をする時だった。


「乃亜。本当に金要らないのかよ」


 今日も放課後に雪菜の家で鍛錬に励んでいる悠也が、ふと乃亜に声を掛けた。


 お手洗いと言って席を外した咲茉が凛子と雪菜の2人と一緒に別館を出て行く背中を見届けて。


 おそらく彼女達が戻ってくるまで5分も掛からないだろう。


 そのタイミングを見計らって声を掛けた悠也に、相変わらずタブレット端末をいじっていた乃亜が気怠そうに答えていた。


「要らない。それは咲茉にも言ったでしょ?」

「でもアレ買うのに結構掛かっただろ。全部でいくら使ったんだよ」

「そういうの、どうでも良い」


 そう淡々と答える乃亜に、思わず悠也は深い溜息を吐き出してしまった。


 数日前に乃亜が咲茉に渡した防犯グッズ。


 5個の防犯ブザーと小型のスタンガン。


 おそらく、全部で一万円程度は確実に使っているだろう。


 それを用意した費用を咲茉と悠也が渡すと言っても、頑なに乃亜は受け取ろうとしなかった。


 あまりにも頑固に受け取ることを拒否して、もう咲茉は諦めてしまっているほどだ。


 しかしそれでも悠也はタイミングがあると、その話を何度も彼女にしていた。


 流石に子供の乃亜に防犯グッズの費用を全額出させるわけにはいかない。


「お前なぁ……」

「お金とか、別に渡されても困るし」


 そう思って何度も悠也が話しているのだが、やはり一向に乃亜は頷く素振りすら見せなかった。


 呆れてしまう悠也に、また乃亜も溜息を吐き出してしまう。


 再三に渡って何度も同じ話をされるのが鬱陶しくて仕方ない。


 そう言いたげな反応を見せる彼女が細目で悠也を見つめると、渋々と口を開いていた。


「お金とか私には問題じゃないの。私が咲茉に渡したくて渡してるだけだし。あと言い方が悪いとは思うけど、私って結構お金持ってるから今回使った金額も大した額じゃないよ」

「この――」


 ブルジョア金持ちが。


 そう出かけた言葉を、咄嗟に我慢しながら悠也は顔を歪めていた。


 乃亜の家が金持ちであることは、彼女が住む家を見るだけで彼も分かっていた。


 設備の充実した高層マンション。それに趣味全開だった彼女の自室を見ても、個人である程度好き勝手に使える金があるのだと考えるのが自然だろう。


「……それでもだ。子供の小遣い使わせるほど、俺も落ちぶれてねぇよ」

「ふーん? そういうのは気にするんだ?」

「そりゃ友達でも俺の方が中身は歳上だし、お前にだけ金の負担掛かるのは違うだろ」


 彼女にとって1万円など、大した額ではないのかもしれない。


 しかし乃亜は子供である。そんな彼女の小遣いを使わせているというのは、内面が大人の悠也からすれば素直に納得できないところだった。


 そう思う悠也に、乃亜も多少は理解できる部分はあったのだろう。


 呆れたと言いたげに溜息を吐くと、気怠そうに肩を落としていた。


「その気持ちだけ受け取っておくよ。だからお金は要らない」

「……だからそれだと」

「ならそのお金で咲茉とデートにでも行ってよ。たとえ悠也の中身が大人でも働いてない以上は使えるお金だって制限あるでしょ? お小遣いとか貯金は子供のままだし、私に渡すよりは有意義な使い方じゃない?」


 タイムリープしている悠也が大人の精神を持っていたところで、今の彼もまた子供であることには変わらない。


 社会人の収入もなく、アルバルトもしていない彼が持てる金銭も、毎月の小遣いと年末年始のお年玉を貯めた貯金が少しある程度。


 なので悠也が乃亜の使った費用を渡せば、確実に彼の財布に大打撃を与えてしまう。


「だから咲茉を楽しませてあげてよ。辛かったことなんて全部忘れちゃうくらい、たくさん楽しい思い出を悠也と作った方が私も嬉しいから」


 ならばその分の金で、咲茉を楽しませた方が良い。辛いことがとても多かった彼女が少しでも幸せを感じられるのなら、それも乃亜にとって喜ばしいことだ。


 だからこそ悠也の財布を心配した乃亜の苦笑に、不快だと彼の眉が寄った。


「別に子供なら金が無くてもどうにでもなる。それと俺だけが咲茉を楽しませられるみたいに言うな。お前達と一緒に居ても咲茉がつまんないなんて思ってるとでも思ってるのかよ」


 あの咲茉が大好きな友達と一緒に居る時間を退屈だと誰が思えるか。


 いつも楽しそうに乃亜達と過ごしている姿を見れば、彼女が乃亜達を心から慕っていることくらい嫌でも分かる。


 それを分かっているはずなのに、まるで自分は違うと語る乃亜に悠也が苛立つ。


 その感情が表情に出ていたのだろう。彼の顔を見るなり、つい乃亜は苦笑いを見せてしまった。


「……微塵も思ってないよ。あの子は昔から分かりやすい子だからね。好かれてることくらい私も分かってるよ」

「なら――」

「でも私達より、悠也と一緒に居る時の方が咲茉は良い顔するんだよ。悔しいなって思っちゃうくらい、綺麗な顔になるんだよ。思わず女の私が見惚れちゃうくらい」


 はたして、そんな顔をしていたのだろうか。


「だから私達と遊んだりしても、君と過ごす時間を大事にしてあげて。子供の自由な時間は有限なんだよ。お金が無くても良いって言うけど、あればできることも増えるし」


 確かに、彼女の言う通りだ。


 納得しそうになる悠也が怪訝に眉を寄せると、ふと湧き出た疑問を口にしていた。


「……お前って、そんな大人みたいな考えする奴だったか?」

「こう見えて、私も色々と考えて生きてるんだよ~? 頭だけが良い生意気な小娘だって思うと痛い目見るかもよ?」


 わざとらしく茶化したような態度を見せる乃亜に、悠也が表情を変えることなく黙ってしまう。


 タイムリープする前の時間でも、時折こうした真面目な一面を乃亜が見せることも多かったが、こんなに幼い頃から大人びた一面を持っていたのだろうか。


 そんな疑問を抱く悠也が過去を思い返しても、当時の彼女の内面など分かるはずもなかった。


「とにかく、お金は要らないから。私の言いたいことはそれだけ」


 そう考え込んでいた悠也に、苦笑する乃亜が話は終わりだと言い切る。


 やはり、どうしても金を受け取る気はないらしい。


 だがしかし、それでも悠也にも頷けない理由があった。


「そうはいかない。前に話してた件もあるし」

「あ、そうだった」


 悠也がそう言うと、ハッと何かを思い出した乃亜が近くに置いていたカバンを漁る。


「はい、これ」


 そして小さな紙袋を取り出すと、そのまま悠也に投げ渡していた。


 ゆっくりと放物線を描いて投げられた紙袋を悠也が受け取ると、それを見るなり、驚いたような表情を浮かべていた。


「……お前って本当に何でもできるのな」

「運動以外はね。それ、ちゃんと私達のスマホにも登録済ませてるから後は悠也が登録して咲茉に上手く渡してあげて。登録の仕方も袋の中に入ってるから」


 紙袋をジャージのポケットに仕舞った悠也に、乃亜が淡々と告げる。


 そして彼女が話し終えたところで、丁度良くトイレに行っていた咲茉達が戻って来ていた。


 楽しそうに話しながら戻ってきた彼女達に、乃亜が小さく手を振って見せる。


 その姿に咲茉が微笑むと、嬉しそうに彼女に駆け寄っていた。


 そうしてそのまま二人がじゃれ合う姿に悠也達が微笑むと、自然と悠也達はまた鍛錬を始めていた。

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