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第87話 備えあれば憂いなし


「こうもなにもないと……逆に不安になって来るよな」


 今日も悠也達が集まって登校していると、ふと凛子がそんなことを呟いていた。


 少し先を歩いていた彼女の呟きが、なにを言いたいのか。


 それを察した咲茉が無意識に悠也の傍に擦り寄ると、その姿を見ていた雪菜が珍しく小さな溜息を漏らしていた。


「凛子ちゃん。そういうことは口にするものではありませんよ」

「そうそう、雪菜っちの言う通り。なにもないのは良いことじゃん」


 呆れる雪菜に頷いた乃亜がわざとらしく肩を竦める。


 その反応で凛子が自身の失言に気づくが、それでも納得がいかないと表情を歪めると、振り向きながら不満を口にしていた。


「そうは言ってもよ……私の言いたいことぐらい分かるだろ?」


 彼女の不満。というよりも不安と言った方が正しいかもしれない。


 デパートの事件。そして咲茉の一件があってから、もう6月も下旬に差し掛かり2週間近く経っている。


 あの拓真が血眼になって探していた咲茉が見つかった。ならば彼女を手に入れる為に彼等が何かしてくると考えるのは当然だろう。


 それなのに一向に何も起きていない、ということ自体に凛子が不安を抱くのも、無理もない話だった。


「単に俺達を見つけられてないだけだろ」


 凛子の不安に、ごく自然な考えを悠也が告げる。


 しかし凛子は不可解だと言いたげに、怪訝に眉を寄せていた。


「だとしてもよ。時間掛かり過ぎだろ」

「デカい街の中で、それも情報もなしに1人の人間を見つけるなんて頭が良い奴でも簡単じゃない。相手が馬鹿なら、その倍以上掛かるだろ」


 悠也達が住む場所は、市内の中でも中心部の街に当たる。


 住宅街に加えて都心部、更に地方も含めれば、かなりの人数が市内に住んでいる。


 その中で目的の人間を見つけ出すのは至難の業だろう。


 そう判断して語る悠也に、乃亜も小さく頷いていた。


「だね〜。私でもかなり時間掛かると思うよ〜」


 悠也の返事に乃亜も同調して、言い返す言葉もないのか凛子が唸ってしまう。


 確かに、この2人の言う通りだろう。もしかすれば考え過ぎただけかもしれない。


 そう自分を納得させる凛子だったが、それでも表情は納得できないと強張るばかりだった。


「ここ最近は暴行事件も減ったらしいし〜、意外と改心したのかもよ〜?」


 確かに、この2週間で女性を狙った暴行事件が起きなくなったと最近のニュースでも話していた。


 もし本当に、あの拓真達が犯人だとすれば、大人しくなったと考えるのも不思議ではない。


 だが、デパートの事件を経験していれば、彼等が改心すると思えるはずがなかった。


「馬鹿言うな」


 呑気なことを言い出した乃亜の頭に、悠也が手刀を優しく振り下ろす。


「あたっ!」

「思ってもないこと言うからだ」


 そして大袈裟に痛がる乃亜に淡々と悠也が告げると、彼女に振り下ろした手をそっと咲茉の頭を添えていた。


「大丈夫だ。そんなに不安にならなくても、みんないるから安心しろ」

「……うん」


 悠也に頭を撫でられて安心したのか、少し強張っていた咲茉の表情が緩んでいく。


「おーい、幼気な女の子の頭叩いて悪びれもしないのは大人としてどーなの?」


 その様子に悠也が安堵していると、不貞腐れた乃亜が歩く彼の靴を何度も蹴っていた。


 蹴った、と言っても小突く程度。痛くもなく邪魔にもならない彼女の蹴りに、悠也は気にする素振りもなく失笑していた。


しつけって知ってるか? 大人ってのは悪いことをした子供を正さないといけないんだぞ?」

「それは清く正しい大人だけができる権利ってことを忘れてないかな〜? はたして君は立派な大人だったのかなぁ?」


 タイムリープする前に歩んできた悠也の人生は、決して自慢できるようなものではなかった。


 咲茉が行方不明になったからというもの、流されるままに生きてしまっただけの何もなかった人生。


 それを少し前に悠也自身が語ったことで知っている乃亜だからこその皮肉だった。


 だが悠也にとって事実である以上、別に突かれたところで彼女の皮肉は微塵も痛くなかった。


 そもそも仲の良い友達の軽口に本気で怒る気もない。また彼女の意図を汲み取れば、怒る気も起きなかった。


「うるせ、たとえどんな人生でもお前より人生経験は俺の方が上だ」

「うわ、ゴリ押しのパワープレイ。これだから大人は」

「それが通せるのが大人の利点だ」


 ドン引きしている乃亜に、悠也がわざとらしく苦笑して見せる。


 その姿に更に乃亜が表情を強張らせていると、


「ふ、2人とも? そんな話したら誰かに聞かれちゃうよ?」


 心配した咲茉が、思わず注意していた。


 2人の会話で、もしかすれば誰かにタイムリープのことがバレるかもしれない。


 その心配で先程までの不安はどこかへ行ってしまったのだろう。


 慌てる咲茉の様子に悠也と乃亜が一瞬だけ目を合わせると、揃って苦笑していた。


「周りに誰もいないから大丈夫だって」

「私も流石に他に誰かいる場所で2人の秘密話すほど馬鹿じゃないよ〜」


 確かに、咲茉が周囲を見渡しても近くに他の生徒がいるわけではない。


「それでもだよ。私と悠也が時間遡ってるのがバレたら大変でしょ?」


 とは言えど、軽はずみな行動でタイムリープが知られる可能性だってある。


 そう指摘する咲茉に、乃亜はクスクスと笑っていた。


「別に聞かれても私達の頭がおかしいだけって思われるだけだよ」

「それか極度の中二病って思われるだけだな」


 高校生が真剣にタイムリープについて語って、それを知らない人間に聞かれたとしても、間違いなくそう思われるだけだろう。


 後々に黒歴史になることを誇らしく行うことも、子供らしいとしか思われない。


「……いや、それ死ぬほど嫌なんだけど」


 そんな彼等の話に、自然と凛子の頬が引き攣っていた。


「そういうのは、特に気にしなくても良いのでは?」

「……普通に恥ずかしいだろ?」

「いえ、恥じらうのは良くないと聞きますよ。それに若いうちは何事にも恥じらいを捨てて臨むべきだと私のお父さんも言ってました」

「それ、全然違う意味だっての」


 誇らしそうに胸を張って語る雪菜だったが、対する凛子は頭を抱えるしかなかった。


「あら? 私、変なこと言いました?」

「滅茶苦茶良いこと言ってるけど、それを中二病に当て嵌めるのは違うかな〜」


 流石の乃亜も、苦笑していた。


 それは当然、悠也も同じで。咲茉はというと――


「ふふっ……!」


 笑いのツボにハマったのか、口を抑えて笑っていた。


 全員に笑われて、怪訝に雪菜が首を傾げる。


 その反応が更に面白いと笑う咲茉に、もう不安な様子は消え去っていた。


 その姿に悠也が胸を撫で下ろしていると、


「そうだ。忘れないうちにコレ、咲茉っちに渡しとくよ」


 ずっとタイミングを見計らっていたのか、おもむろに乃亜が鞄から取り出した大きな紙袋を咲茉に渡していた。


「ん? なにこれ?」


 唐突に渡された紙袋を受け取った咲茉がキョトンと首を傾げる。


 そんな彼女に、乃亜は笑みを浮かべながら答えていた。


「それね、咲茉っちの装備〜。私からのプレゼントだよ〜」

「……どういうこと?」

「開けてみれば分かるよ〜」


 乃亜に言われるがままに、咲茉が紙袋を開く。


 そして中を見ると、怪訝に眉を寄せていた。


 そのまま彼女が紙袋からひとつ取り出すと、それは小さな紐が付いたキーホルダーだった。


「これって、アレだよね?」

「うん。防犯ブザーだよ〜」


 それは悠也も事前に乃亜から聞かされていた防犯ブザーだった。


 咲茉の持つ紙袋から5個の防犯ブザーが出てくる。


「こんなにたくさん?」

「備えあれば憂いなしってやつ〜。色んなところに付けてね〜」


 流石に5個は多いのではと思いたくなるが、あって困るものでもない。それに自分の為に用意してもらったものを無碍にする気も、咲茉にはなかった。


 乃亜に頷く咲茉だったが、ふと紙袋の中に別のキーホルダーが入っていることに気づく。


 それを取り出すと、彼女の手にはリップスティック型のキーホルダーが握られていた。


「これも防犯ブザー?」

「ううん、それスタンガン」

「……え?」


 自分の持っているモノがスタンガンだと信じられず、咲茉から呆けた声が漏れる。


 そんな彼女に、乃亜は平然と続けていた。


「使い方は後で教えるね。間違って使うとこうなるから」


 ほら、と言って乃亜が手を見せると、一部の皮膚が赤くなっていた。


 その皮膚に、咄嗟に咲茉が絶句してしまう。


「お前、間違って使ったのかよ?」


 同じく驚いた悠也が訊いてしまう。


 その問いに、乃亜は怪訝に首を傾げた。


「え、どれぐらいの威力か気になって――」

「馬鹿かお前はッ!」

「いったぁぁぁぁッ‼︎」


 彼女の答えに、思わず悠也が強めの拳骨を振り下ろしていた。


 そして全員から怒られて、珍しく乃亜が頭を下げるのも当然のことだった。

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