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第84話 束縛されたい


 朝から行われた凛子達の鍛錬が一休みとなった昼頃、昼食も済ませた後のひと時に、おもむろに乃亜から提案された話に咲茉が首を傾げた。


「……位置情報の共有アプリ?」

「うん。さっきも軽く話したことだけど、咲茉っちの居場所が常に分かるように位置情報の共有ができるアプリを使った方が良いと思うんだよ」


 朝から相変わらずと咲茉に抱きつかれたまま乃亜がそう答える。


 雪菜の家から別館に戻り、全員が輪になって座るなかで咲茉は自身の疑問を口にしていた。


「そんなことできるの?」

「現代文明を舐めたらダメだよ〜。そういうことはスマホで簡単にできちゃうんだから」


 まるで自分のことのように誇らしげに胸を張る乃亜に、思わず悠也が苦笑してしまう。


 彼の反応にムッと口を尖らせる乃亜だったが、不満気に鼻を鳴らすと、そのまま話を続けていた。


「咲茉っちのスマホにアプリ入れて、悠也のスマホで現在地が分かるようにするの。当然、共有アプリだから咲茉も悠也の居場所が分かるよ」

「ほぇ……すごいね」


 その手のアプリの知識が皆無だった咲茉から自然と感心の声が漏れる。


 まるで電子機器に弱い老人のような反応に、乃亜は苦笑混じりに注意点を伝えることにした。


「スマホのGPSを辿ってるだけだから当の本人がスマホ持ってないと意味ないけどね」


 乃亜の提案している位置情報の共有アプリは、スマホに専用のアプリをダウンロードすることで使うことができる。


 主にスマホを持つ小さな子供の身を心配する親が使うことがほとんどだが……その使い道は良くも悪くも様々存在している。


「そういうアプリって良い話聞かねぇよな」

「凛子ちゃんは詳しいんですか? お恥ずかしいですが、私は機械にはとても弱くて」


 胡座をかきながら頬杖を突く凛子に、正座している雪菜が恥ずかしそうに頬を掻く。


「別に大した話じゃない。大体は面倒な恋人を持った奴の文句だよ」

「……?」


 よく分からないと不思議そうに雪菜が首を傾げる。


 そんな彼女に、凛子は失笑しながら答えていた。


「恋人が何してるか分かんなくて不安だから、位置情報を常に監視したいって奴もいるんだよ」

「……別に何しても本人の自由では?」

「不安なんだってさ。浮気とか、そういうの」

「あぁ、なるほど。そういうことですか」


 怪訝に思う雪菜も凛子の話を聞いて、納得していた。


「……でも、恋人同士なら信じるものでは?」


 しかしまた不思議そうに首を傾げると、雪菜は思ったことを口にしていた。


「それができない奴がいるんだって。もしかしたら私の居ないところで彼氏が知らない女と浮気してるかも〜とか」


 付け加えるなら、相手の予定を全て把握しようとし、こまめに連絡を取る人間もいる。


 更に相手の個人的な予定にまで一緒に行こうとする人間も、ごく稀に存在している。


 その話を凛子が気怠そうにすると、雪菜は感心したと何度も頷いていた、


「……なるほど、それが俗に言う束縛の強い人ですね。テレビとかで見たことあります」

「私はマジでウザいからそういうの無理。好きにさせろって思うわ」

「別に共有されても問題ないと思いますが?」

「信用されてないって言われてるようなもんだろ、それって」


 見方によっては、そう見えてしまう。


 常に監視していないと何をするか分からない。自分じゃない他の異性と良からぬことをしているかもしれない。


 つまりそれは、相手を信用していないと言っているようなものだ。


「好きで恋人になってるんだから、浮気とかするわけねーだろ。そんなことしたいって言われたら無理、普通に別れるわ」

「男と一度も付き合ったこともない凛子っちが言える台詞じゃないね〜」

「……うっせ」


 唐突に失笑する乃亜に指摘されて、凛子の頬がほんのりと赤くなる。


 赤裸々に語った恋愛観だが、凛子も恋愛経験は皆無だった。


 別に自分がどう思っても勝手だろう。そう言いだけに凛子は不快だと鼻を鳴らしていた。


「別に私のことはどうでも良いだろ。ともかく、余計な話したのは悪かったよ。この話も、咲茉と悠也には関係ないだろーし」

「ふふっ、そうですね」


 そっぽ向く凛子に、雪菜がクスクスと笑う。


 同じく乃亜も笑っていると、不思議そうに咲茉が首を傾げていた。


「……どういうこと?」

「咲茉っちは浮気とかしなさそーって話」

「え、うん。私、悠也以外の人と付き合うつもりないよ?」


 それが当然のことだと即答した咲茉に、悠也を除いた全員が呆けてしまう。


「大人だった時もね、ずっと思ってたの。辛いことが色々あった私が悠也と恋人同士になれるなんて思ってもなかったけど……もし付き合うなら悠也だけだって思ってたよ。10年間、辛かった時期の私を支えてくれた悠也以外の人と付き合うつもりなんてないよ。絶対にあり得ないけど、この先、もし悠也と別れたら誰とも付き合うつもりなんてないよ」


 そして真顔で語る咲茉の話に、咄嗟に悠也は口を押さえながら俯いていた。


「待って、咲茉……それ以上は言わなくて良いから」

「え? 私、なにか変なこと言ったかな?」

「違う、そうじゃない……それ以上聞いたら泣くからやめてくれ」

「……そう?」


 本心から告げた想いだったのか、恥ずかしさもなく語る咲茉の姿は、悠也の感情を揺さぶるのに十分だった。


 それだけ咲茉に想われている。その確信を更に得た悠也の涙腺が緩むのも、同じく彼女と想っている彼ならではの反応だった。


 絶対に大切にして、彼女を守ろう。


 そう新たに決意している悠也に、乃亜達が引き攣った笑みを浮かべていた。


「ある意味、咲茉っちの愛も重いね〜」

「マジで腹立つわ。悠也の右手治ったらマジで組み手でぶん殴ってやる」


 苦笑する乃亜と怒りを露わにする凛子に、雪菜が楽しそうに笑みを浮かべる。


 そんな中で、咲茉は乃亜の発言に落ち込んだ素振りを見せていた。


「私って……重いの?」

「それは相手次第かな〜」


 乃亜が悠也に視線を向けると、先程と変わらず感極まったと俯いているままだった。


「悠也っちの様子を見る限り、大丈夫だから気にしなくて良いよ」

「そ、そう?」

「大丈夫。めっちゃ愛されてるよ」

「……えへへ、そうかな」


 満更でもないと嬉しそうに頬を緩める咲茉に、乃亜も自然と頬が緩んでしまう。


 そして満面な笑顔の咲茉に、乃亜はそれとなく提案していた。


「それで共有アプリの件だけど……咲茉っち的には賛成?」

「うん。良いよ」


 予想通りの答えだった。


 当然、乃亜も彼女がそう答えると思っていたのだろう。


 すでに乃亜も、はじめから使うアプリは厳選していた。


「じゃあ咲茉っち、スマホ貸して?」

「あ、やってくれるの?」

「もち、ほら悠也も貸して」


 咲茉と悠也からスマホを受け取った乃亜が手早く操作して作業を進めていく。


 そして数分も経たずに、乃亜は作業を終わらせていた。


「はい。じゃあこれで互いに現在地見れるようになったよ。使い方は後で教えるね」

「乃亜ちゃん、ありがと」

「別にわさわざ乃亜がしなくても良かったのに……でも助かった。ありがとう」

「こんなこと朝飯前〜」


 2人からの感謝を受けて、誇らしそうに乃亜が胸を張る。


 その時、ふと凛子が羨ましそうに咲茉のスマホを見つめていた。


「……ところで、それって私達も共有できるのか?」

「できるけど、流石にプライベートな情報は親友の私達でも共有はね〜」


 たとえ親友同士でも、超えてはいけないラインがある。


「くっ……!」


 そのことを遠回しに乃亜が伝えると、凛子も察したのか悔しそうに顔を歪めていた。


「まぁまぁそんなに悔しがらなくても、これもひとつの手だから」

「まだ何かあるんですか?」


 苦笑する乃亜に、怪訝に雪菜が問う。


 その疑問に、乃亜も考えがあるのか頷いていた。


「あくまで2人の位置共有は日常用だよ。緊急用は後で用意しておくから、その時になったら話すよ」

「……なるほど?」


 いまいち理解できないと雪菜が首を傾ける。


 そんな話をしていると、先程からずっとスマホを見つめていた咲茉が乃亜に声を掛けていた。


「ねぇねぇ、乃亜ちゃん。これで悠也からは離れても私の現在地が見れるんだよね?」

「うん? そうだけど?」


 先程も説明したことを確認してくるとは想わなかった乃亜が、キョトンと頷く。


 彼女の答えに満足したのか、どこか嬉しそうに咲茉は肩を揺らしていた。


「これで離れても悠也にずっと私を見てもらえちゃうのかぁ〜」

「あ、これ……違う意味でダメなタイプだ」


 知りもしなかった親友の新たな一面を垣間見た乃亜が、思わず頬を引き攣らせる。


 それは凛子も同じだった。たが恋人の悠也と察しの悪い雪菜は察せなかったのか、呆けた表情を見せるだけで。


 思いのほか、咲茉は束縛されたいタイプだった。


 その事実に密かに震えながら、乃亜と凛子は堪らず苦笑するしかなかった。

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