第83話 居場所を常に
「一回だけってどういうことだよ?」
「これも可能性の話だよ」
悠也の問いに、乃亜が苦笑交じりに答える。
そして持っていたタブレット端末を人差し指で突きながら、彼女は話を続けていた。
「これは少し前に悠也達から聞いた話だけど、この世間を騒がせてる女性だけを狙った暴行事件って悠也達がタイムリープする前は起きてなかったんだよね?」
「あぁ、起きてなかったはずだ」
乃亜から訊かれた確認に、悠也が頷く。
その話は悠也と咲茉がタイムリープしていることが明らかになって、すぐに乃亜が確認したことだった。
悠也達がタイムリープした後とタイムリープする前の違いはあったかどうか。
その疑問に悠也が第一に答えたことが、今も世間で起きている暴行事件だった。
「その話が本当なら……この時間で起きるはずがなかった変化が起こっている。その変化が起きた原因ってなんだと思う?」
「そんなの……俺達がタイムリープする前に居なかった犯人が現れたってことじゃないか?」
自然に思いついたことを悠也が答える。
変化が起きた原因を考えるなら、そう考えるしかない。
本来なら起きるはずがなかった変化を起こした人間がいると。
彼の話に咲茉が小さく頷くと、乃亜も同じように頷いていた。
「普通に考えればそうなるね。蝶が羽ばたけば竜巻が起こる~みたいなバタフライエフェクトなんて考えだしたらキリがないから……単純な予想をするなら、この事件を起こした犯人は悠也達と同じ側の人間だって考えるのが自然だよ」
悠也と咲茉の二人と同じ人間、それはつまり犯人もタイムリープしている人間だと考えるのが当然だろう。
それができる人間がいるとすれば――
「……アイツが犯人?」
頭に思い浮かんだ銀髪の顔に、思わず悠也は顔を顰めていた。
彼と同じ考えに至った咲茉も、身震いしながら乃亜を抱きしめる。
その反応を横目に、乃亜は頷くと、顎に指を添えて考え込む仕草を見せた。
「あのデパートで起きた時の話を考えれば、そうなる。あの銀髪が話してたことも、あの男の話に同調してた仲間達も、まるで女をオモチャみたいにしか思ってなかった。それに凛子と咲茉を平然と連れ去ろうとしてた話を聞けば……その可能性を考えておくのが無難だよ」
他に可能性があると考えても、確かにそう考えるのが自然だった。
些細な変化で大きな変化が起こるとされるバタフライエフェクトを考え出せば、その原因を考え出せばキリがない。
タイムリープ前と後の行動を全て同じにすることはできない。悠也達にとって10年前のことを全て思い出すことなど、無理な話だ。
ならば事件を起こした特別な人間がいると考える。それが悠也と同じくタイムリープしている拓真と呼ばれた男だと考えてしまう。
女を性欲のはけ口としか思っていない。平然と犯罪を犯している拓真が世間を騒がせている暴行事件の犯人と言われても、納得できる。
「その暴行事件の犯人が銀髪だってのは確かに考えれば分かる。でも、それが俺達のタイムリープの回数と関係あるか?」
だが、暴行事件の主犯が拓真だと分かったとしても、乃亜が悠也達のタイムリープの回数を気にしているのが理解できなかった。
怪訝に問う悠也に、苦笑しながら肩を竦めた乃亜がしかめっ面を浮かべていた。
「……あまりにも馬鹿過ぎるんだよ」
「どういうこと?」
乃亜の呟きに、咲茉が訊き返す。
そして首を傾げている咲茉に、乃亜はタブレット端末を操作しながら答えていた。
「ここまで派手に事件を起こせば、当然だけど話題になる。それなのにまだ捕まってないのっておかしくない?」
「……確かに」
乃亜が見せてきたタブレット端末を眺めながら、悠也が頷く。
彼女のタブレット端末には、ここ最近で起きた暴行事件の記事が表示されている。
軽く見て数十件にも及ぶ犯行に及んでも、いまだに犯人が捕まってない。
「デパートの時も、あれだけの騒ぎになったのに犯人とか分からないっておかしくない? 商業施設だから監視カメラもあるんだよ? それにたくさんの人に見られてるのにも関わらず、まだ捕まってないんだよ?」
以前に起きたデパートの事件でも、拓真は多くの人間に見られていた。
当然、商業施設に備えられている監視カメラにも映っていただろう。
なのに警察が一向に捕まえられないというのは、常識に考えれば不可解だった。
「普通ならすぐ捕まるよ。隠す気もなく馬鹿みたいに好き勝手に事件起こしてれば、捕まらない方がおかしい」
「……だから乃亜ちゃん、タイムリープの回数を気にしたんだね」
乃亜の話に、なにかに気づいた咲茉が表情を歪めながら呟く。
「どういうことだよ?」
咲茉の反応に、悠也は怪訝に眉を寄せてしまった。
「もう何回も繰り返してるんじゃないかってことだよ」
「……何回も?」
返ってきた咲茉の返事に、悠也が首を傾げる。
その姿に、乃亜は困惑した表情を浮かべていた。
「え? 悠也ってタイムリープ系の作品見てないの?」
「あのね、乃亜ちゃん……悠也、大人の時に働き過ぎて色々と忘れっぽくなってたんだよ」
「あぁ……よりにもよってブラック企業に。ご愁傷様」
「うるせぇ、余計なことは良いから教えろって」
早く話せと急かす悠也に、乃亜が失笑しながら肩を竦める。
そして今更なことだと言いたげに、渋々と話し始めていた。
「ここまでして捕まらないって普通に考えればあり得ない。今の状況ってあっちにとって都合が良すぎるんだよ。なにしても捕まらないなら、当然だけど好き勝手にする。それこそ、あの銀髪が自分のこと馬鹿みたいに主人公だって言ってたことが本当みたいに」
それは何度も乃亜が話していたことだ。
暴行事件。そしてタイムリープ前に咲茉が働いていた喫茶店を襲う事件を起こしても、いまだに拓真は捕まっていない。
そして自分を主人公だと誇らしげに語っていた拓真の発言は、どう見ても異常だった。
「だから捕まらないルートを何度も死んでタイムリープして見つけてるのかって考えちゃうんだけど……」
「けど?」
言い淀む乃亜に、咲茉が怪訝に訊き返す。
その疑問に、乃亜は引き攣った笑みを浮かべながら口を開いた。
「2人はさ、次もタイムリープできるって保証がない状態でまた死ねる?」
唐突に訊かれた乃亜の話に、悠也と咲茉が揃って首を横に振っていた。
むしろそのことすら考えることもなく、2人は今の時間をやり直そうとしていたくらいだ。
またもう一度、タイムリープしたいなど思ったこともなかった。
「そう。普通は2回目があるかもって考えてもできないんだよ。次死んだら、本当に死ぬかもって可能性が少しでもあれば普通は死ねるわけがない」
「もし繰り返してるなら、アイツは死んだってことじゃないのか?」
普通なら死ねない選択でも、拓真は死んだと考えるのも当然の考えだった。
そう思う悠也に、乃亜は首を横に振っていた。
「なら一直線に咲茉のところに行くでしょ? 余計な事件も起こさないで、咲茉を連れ去ろうとしない?」
そう言われてしまえば、その疑問も頷けるものがあった。
もし事件を起こしても捕まらないように立ち回れる方法を何度も拓真かタイムリープして見つけているのなら、はじめから咲茉を見つけて襲うべきだろう。
わざわざ余計な事件を起こして、偶然咲茉を見つけたように装う必要もない。
「でも、それじゃあおかしいだろ。それだと何回もタイムリープして捕まらないようにしてるって話が通らなくなる」
悠也がそう思うのも、当然だった。
もし拓真がタイムリープを何度も繰り返していないのなら、いまだに彼が捕まってないことの説明ができなくなる。
「だから不思議なんだよ。何回もタイムリープしてないのに逃げ続けられるなんて……あり得ないけど、ご都合主義の主人公補正でも付いてないと無理」
「主人公補正?」
「あぁ、それも知らないのか」
呆ける悠也に、乃亜が深い溜息を漏らしてしまう。
どうしてか咲茉も苦笑していることに悠也が困惑していると、乃亜が気怠そうに続けていた。
「簡単に言うと、物事の全てが銀髪の良いように進むってこと」
そう言われれば、悠也も理解できた。
この一連の騒動が、原因は分からないが全て拓真にとって都合が良いように進んでしまう。
もし本当にそうなら、行き着く結果は――
「……ならこのままだと」
「多分だけど、確実に咲茉が攫われる」
「……っ」
話を聞いていた咲茉が、強張った表情で乃亜を強く抱き締めていた。
「だ、だから……その可能性を、考慮しながら……考えないといけない、んだよ」
咲茉に強く抱き締められて苦しそうに悶える乃亜が、途切れ途切れに話を続ける。
その様子に苦笑する悠也だったが、あえて触れずに話を進めた。
「どうするんだよ?」
「一応、考えてる……とりあえずは、悠也には咲茉の居場所を、常に分かるように……しておいた方が良いと思う」
「……居場所を常に?」
「こ、これ……」
訊き返す悠也に、乃亜がタブレット端末を手渡す。
そして悠也が受け取った端末を見ると、なるほどと納得した表情を浮かべていた。
「ぐ、ぐるしい……」
「あっ! 乃亜ちゃん! 大丈夫っ⁉︎」
ハッと我に返った咲茉が、ぐったりとした乃亜に慌てて声を掛ける。
その様子を他所に、悠也はタブレット端末を見つめながら何度も頷いていた。
はたして、これを咲茉が許してくれるかどうか。
その疑問が解消されれば、悠也も少しは安心できるところだった。
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