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第77話 訊いても良いかな?


 咲茉の部屋から呼び出された悠也が一階に降りると、あらかじめ決めていた通り、すでに身支度を済ませていた紗智が玄関で待っていた。


「じゃあ悠也。私が買い物から帰ってくるまで咲茉のこと頼んだわよ」

「わかってる。外、危ないから気をつけて」

「車で行くから大丈夫よ」


 心配する悠也に、紗智が人差し指でくるくると車のキーを回して見せる。


「それに30超えたアラフォーのおばさんを襲うほど女に飢えてるなら、もう襲われてるわ」


 その一際整った容姿で言える台詞ではないだろう。


 娘の咲茉と似ている紗智が美人でないはずがない。加えて20代にしか見えない外見と、細身の身体で出てるところはしっかりと出ている彼女を30代と思う人間がいるとは思えない。


「それ……美人が言うと嫌味にしか聞こえないぞ?」


 そう思うと、自然と悠也の頬が引き攣っていた。


「あら? この私を口説くなんて10年早いわよ?」

「親を口説く子供がいるかよ。咲茉の母親なんだから美人に決まってるだろ。もう良いから余計なこと言わないで気をつけて行って来い、まったく」


 昔から悠奈と同じで、紗智も茶化してくることが多い。きっと似たもの同士なのだろう。


 悠也がムッと眉を寄せると、クスクスと紗智が笑っていた。


「そんな怒らないの、冗談よ。心配してくれてありがとう。嬉しかったわ」

「最初からそう言えよ……」

「これも可愛い息子とのコミュニケーションよ。良い感じに悠也の敬語も抜けてきたし、私の息子らしくなってきたわよ」

「…………」


 そう言われると、悠也も咄嗟に返す言葉に困ってしまった。


 紗智に敬語を使わなくなったことにも慣れてきて、今では彼女と普通に話せている。


 それを息子らしいと言われてしまえば、どこか気恥ずかしくなってしまう。


 そんな悠也に紗智が微笑むと、おもむろに玄関のドアを開けていた。


「とにかく急いで行って来るわ」

「……いってらっしゃい」


 不貞腐れながらも悠也が手を振ると、紗智が嬉しそうに手を振り返す。


 そして颯爽と出て行った彼女を見送ると、その場で悠也が安心したと胸を撫で下ろしていた。


 とりあえずは予定通り、紗智が出かけたことに安堵してしまう。これから起きることを考えれば、彼女がいると面倒なことになる。


 それを考慮して、あらかじめ今朝の時間で悠也は紗智と決めていたことがあった。


 咲茉を家で1人にしないこと。必ず彼女の傍に誰かがいるようすることだった。


 不安で家から出れなくなった咲茉を1人にしてしまうと、どうなるか分からない。時間が経てば多少は改善するかもしれないが、しばらくは誰かが一緒にいる方が彼女も安心するだろう。


 その取り決めを紗智が守ってくれれば、これから起きる騒ぎも気付かれることはない。悠也が学校から帰って来たら買い物に行くと、話していたのも知っていた。


 1時間もあれば、全て終わるだろう。


「さて、と……」


 ポツリと呟いた悠也が咲茉の部屋に向かう。


 事前に乃亜達にも、紗智が外に出る話は済ませている。おそらく悠也が戻って知らせれば、彼女達も察するだろう。


 それが咲茉に話を聞く合図だと。


「――戻ったぞ」

「あ! ゆーや! お母さんの用事は大丈夫だった?」

「あぁ、ただ買い物に行くって話だったよ」

「そっか! じゃあ早くこっち来て!」


 悠也が部屋に戻ると、待っていたと咲茉が手招きしてきた。


 その姿に苦笑しつつ、悠也が彼女の傍に寄ると、咲茉に袖を掴まれて座らされてしまう。


「足広げてー」

「はいはい」


 そして言われるがまま座った悠也が足を広げると、当然のように咲茉が彼を背もたれにして座っていた。


「それで、これで良しっと」


 更に咲茉が悠也の両腕を掴んで、自分の腰に回す。


 そうすれば悠也が後ろから咲茉に抱きついている構図になっていた。


 以前にも、彼女の要望で似たようなことをした覚えがある。どうやら余程気に入っていたらしい。


 先程も同じ態勢になっていたので、悠也も嫌がる気もなかった。むしろ悠也としては役得だった。


「ふふっ、しあわせ」


 悠也の背中に身体を預ける咲茉が嬉しそうに微笑む。


 その姿に自然と悠也が頬を緩めるが、テーブルを挟んで座る乃亜達は、2人揃って引き攣った笑みを浮かべていた。


「……砂糖吐きそう」

「本当にお熱いですね……ちょっとだけ羨ましいかも。咲茉ちゃん、私も座ってみても良いです?」

「だめ! ゆーやは私の!」

「……残念です」


 咲茉に拒否されて、雪菜が悲しそうに肩を落とす。


 その姿に乃亜が怪訝に眉を顰めると、苦笑混じりに訊いていた。


「雪菜っち、彼氏とか欲しいタイプだったっけ?」

「いえ、特には……でも興味がないわけではないですよ。実際のところ、どういう気持ちになるのかなって気になります」


 少し恥ずかしそうに、頬を赤らめた雪菜が答える。


 そんな雪菜に乃亜が苦笑していると、咲茉が満面な笑顔で彼女に告げていた。


「こうしてるとね、胸の奥がすっごくあったかくなるの。落ち着いて、不安な気持ちもなくなってね。幸せな気持ちになるんだよ」

「なるほど、勉強になります」

「……彼氏作る気もないのによく言うよ」


 呆れたと乃亜が苦笑すると、雪菜が恥ずかしそうに俯いてしまう。


 その反応が可愛いと乃亜と咲茉が揃ってクスクスと笑うと、更に雪菜の頬が真っ赤に染まっていた。


「でも咲茉っちも大胆になったね〜」


 そして笑いが収まると、おもむろに乃亜が咲茉に話し掛けていた。


「ん? そうかな?」

「そうだよ〜。だって一度も見たことなかったもん。そんな風に甘えてるところなんて」


 怪訝に訊き返してきた咲茉に、乃亜が苦笑いしてしまう。


 しかし乃亜から指摘されても、咲茉は気にする素振りにも見せず、不思議そうに首を傾げるばかりだった。


 そんな彼女の様子を眺めながら、乃亜の目が僅かに細くなった。


「やっぱり咲茉っちが安心できる場所って悠也なんだね〜」

「うん。ゆーやと一緒にいると安心できるの」


 何気ない質問だと受け取ったのか、咲茉が当然のように答える。


 しかし彼女と違い、悠也と雪菜は察してしまった。


 悠也が部屋に戻ってきた時点で、もう準備は終わっている。


 あとはタイミングを見計らって、乃亜が話をするだけだ。


 そのキッカケ作りを、もう乃亜が始めていると。


「先週は怖いことあったもんね。咲茉っちの怪我、本当に大丈夫?」

「……うん。もう痛くないよ」


 乃亜の話で思い出したのか、悠也の手を握ると、少しだけ咲茉の身体が震えていた。


 身体に貼られた湿布と巻かれた包帯が、先日起きた怪我の酷さを物語っている。


 僅かに震え出した咲茉に、乃亜の表情が少し強張ってしまうが……それでも話を止めることはなかった。


「あの人達、怖い人だったね」

「……うん。すごく怖かった」


 また少し、咲茉の身体の震えが大きくなったような気がした。


 そっと悠也が抱きしめると、咲茉の強張った表情が和らいでいく。


「あんな怖い目に遭って、怪我もしたら怖いって思うよ。でも、なんで咲茉っち達が襲われたんだろうね?」

「……分かんない。どうしてだろ」


 そう答える咲茉だったが、そわそわと落ち着きのない様子を見せてしまう。


 それは明らかに動揺していると言っているようなものだった。


「あの銀髪の人、咲茉っちのこと知ってるみたいだったけど……もしかして知り合い?」


 そして続けて乃亜が質問した瞬間、



「――知らないよ」



 恐ろしいほど早く、咲茉が即答していた。


 まるで感情が抜けたような、淡々とした声。


 その声に悠也を始め、乃亜達が驚いていると――


「知らないよ。あんな人、私は知らない。本当に知らないの。あんな怖い人と私が知り合いなわけないよ。知らないし、知らなくもないのに、あの人が勝手に私のこと知ってたの。意味分からないよね、なんで私のこと知ってたんだろ。不思議だよね」


 まだ詳しく訊いてもいないのに、真顔の咲茉が捲し立てていた。


「……咲茉っち?」

「本当に知らないよ。だから訊かれても答えられることがないんだよ。私は知らないの。私は知らないよ。私は知らない。知らない。知らない。知らない」


 頑なに知らないと告げる咲茉の様子は、異様としか言えなかった。


 その異様な反応に、乃亜が絶句してしまう。


 しかし乃亜が僅かに目を伏せると、意を決して次の質問を口にしていた。


「ねぇ、咲茉っち。また訊いても良いかな?」

「なに? 知らないことは知らないよ?」


 首を傾げる咲茉が、怪訝に眉を寄せる。


 そんな彼女に、乃亜は淡々とした口調で訊いていた。



「なんで咲茉はさ……10年前に転校したの?」



 おそらく、理解できなかったのだろう。


 その質問を聞いた途端、咲茉の表情が無くなっていた。

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