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第76話 可愛いって話


「ゆーやぁ! おかえり〜!」


 悠也が玄関のドアを開けた途端、彼の胸に咲茉が飛び込んだ。


 親の帰りをずっと待っていた子供のように。嬉しさを微塵も隠すこともない笑顔で、咲茉が悠也に抱きつく。


 ここが自分の居場所だと示すように。そして誰にも渡さないと言いたげに。彼の胸に何度も顔を擦りつける。


 その姿に悠也が優しい笑みを浮かべると、そっと咲茉の頭を撫でていた。


「ただいま、咲茉」

「えへへ〜、ゆーやぁ」


 撫でられて嬉しいと、咲茉が幸せそうに頬を緩める。


 そして上目遣いで咲茉が悠也と目を合わせれば、気恥ずかしそうに彼の胸に顔を押し付ける。


 そんな咲茉が愛おしくて堪らないと思う悠也だったが、そっと彼女の肩に手を添えると、優しい声色で声を掛けていた。


「ほら、咲茉。乃亜達が見舞いに来てくれたぞ」

「うん。わかってるけど……もうちょっとだけ」


 まだ離れたくないのか、咲茉の腕が更に悠也を抱きしめる。


 しかし悠也が軽く肩を叩いて催促すれば、渋々と離れていた。


 だが、それでも名残惜しい気持ちを抑えきれなかったらしい。咲茉が上目遣いで悠也を見つめると、もじもじとしながら小さな声を漏らしていた。


「また、あとでぎゅーってしても良い?」

「俺が駄目って言うわけないだろ」

「やった!」


 喜んでいる咲茉に悠也が微笑んだ途端、更に彼女の表情が満面な笑顔に包まれる。


 そして咲茉が悠也の背後に視線を向けると、呆然としていた乃亜と雪菜に微笑んでいた。


「2人とも来てくれてありがとう。2人に会えてすっごく嬉しい」


 そう嬉しそうに話す咲茉だったが、それもすぐに悲しそうな表情に変わっていた。


「でも、ごめんね。わざわざお見舞いなんて……2人に心配掛けちゃって、ごめんなさい」

「いえ……咲茉ちゃんが謝ることではないですよ。私達が来たかったんです。咲茉ちゃんに会いに」


 振り返った悠也が見た雪菜の顔は、どこか取り繕った笑顔のような気がした。


「……私も咲茉っちに会いたかったから〜。気にしなくて良いのだよ〜」


 続けて乃亜も、呆然とした表情から一変して笑顔を見せる。


 それも悠也から見れば、咄嗟に取り繕った笑顔にしか見えなかった。


 しかし、それを咲茉は見破れなかったらしい。2人の話に目を伏せると、そのまま申し訳なさそうに俯いていた。


「うん。別に身体の調子が悪いとかじゃないから、心配掛けてごめんね。すぐに学校にも行けるようになると思うから」

「慌てなくても、ゆっくりで良いんですよ。こうして会うこともできますから。私達も待ってますので」

「慌てなくても良きだよ〜」


 雪菜と乃亜の返事に安心したのか、咲茉が胸を撫で下ろす。


 そして気を取り直すように笑みを浮かべると、


「とりあえず2人ともあがってよ? 折角来てくれたし、みんなでお話しよ?」


 そう言って、乃亜達を促していた。


「もしかして……もう帰るつもりだった?」

「全然大丈夫ですよ。私も咲茉ちゃんとお話したいです」

「私も〜」

「ほんと? えへへ、やった!」


 乃亜と雪菜の返事に、嬉しそうに咲茉が微笑む。


 そして2人が靴を脱ぎ始めたところで、咲茉が悠也に声を掛けていた。


「じゃあ悠也、2人を私の部屋に案内してあげて。私はお茶とか用意してくるから」

「……それくらい俺がやるぞ?」

「私がやりたいの。お母さんも今はキッチンにいるから困っても大丈夫。だから2人のことお願いね?」


 悠也の返事も聞かずに、小走りで咲茉がキッチンに向かって行く。


 後ろ姿を見送りながら、悠也は小さく肩を落としていた。


 きっと数日振りに乃亜達に会えて、はしゃいでいるのかもしれない。


 本人がしたがっているのなら、止める必要もない。


 そう思った悠也が靴を脱いでいる時だった。


「ねぇ、悠也……さっきのなに?」


 ふと乃亜が、悠也に声を掛けていた。


「さっきの、って?」

「いや、言わなくても分かるでしょ?」


 咲茉の向かったキッチンを見つめている乃亜が、怪訝に眉を寄せる。


 その反応に悠也が苦笑すると、わざとらしく肩を竦めていた。


「別に変なことなかっただろ?」

「……嘘でしょ? あんな子供みたいな咲茉、初めて見たんだけど……てか悠也と咲茉って普段からあんなことやってるの?」


 そう指摘した乃亜の頬は、心なしか引き気味に引き攣っていた。


「私も……あんなにお熱い姿を見せられるとは思いませんでした。それに先程の咲茉ちゃんも、心なしか幼くなった感じでしたね」


 彼女の言葉に、雪菜も苦笑してしまう。


 実際、先程見せられた悠也と咲茉のやり取りは、見ているだけで胸焼けがしそうだった。


 今にもキスすらしてしまいそうだった雰囲気は、恋愛経験の浅い雪菜達には少しばかり刺激が強過ぎた。


 だがそう思いつつも、2人が気になった点は他にあった。


 それは咲茉の、悠也に対する態度だった。


 先程の咲茉の言動は、それこそ幼い子供のようだった。


 乃亜達も中身が大人の咲茉との付き合いが長いとは言えないが、はたして今日まで彼女がここまで甘えている姿を見せたことはあっただろうか?


 そう思ってしまうほど、咲茉の態度に違和感を感じてしまう。


「……やっぱり、そう思うよな」


 2人から指摘されて、悠也が苦笑する。


 やはり誤魔化せなかったらしい。


 そう判断した悠也が肩を落とすと、2人を2階に行くように促しながら渋々と説明することにした。


「一昨日、咲茉と話してから……あんな風になったんだよ」

「その話って……もしかして咲茉ちゃんの秘密について、ですか?」


 雪菜の問いに、悠也が素直に頷く。


「あぁ、その話をしてから……ずっとあんな感じだ」


 一昨日の夜に悠也が咲茉の秘密を聞いてから、今まで以上に咲茉が甘えてくるようになった。


 それも2人きりの時だけでなく、親の前ですら甘えてくるほどに。


 もう人目すら気にしなくなった咲茉の遠慮のなさに内心で呆れてしまう悠也だったが、その理由も考えればすぐに分かることだった。


 包み隠さず秘密を悠也に吐き出したことで、咲茉も遠慮する必要がなくなったのだろう。


 自分の過去を知っても愛していると告げた悠也に向ける彼女の信頼は、今まで以上に深いものとなった。


 あの態度も、おそらく無意識かもしれない。もう自分を曝け出しても良いと思うようになった結果、自然と甘えるようになってしまったのだろう。


 そう考えるのが、悠也も一番納得できた。


 別段、咲茉から甘えられる分には文句など出るわけもない。たとえ親達から温かい視線を受けても、咲茉が気にしないなら悠也も気にするわけにもいかなかった。


「なんとなく予測はできるけど……そうなるとアレが咲茉の素になるよ?」

「実際、そうなんだろうさ。割と甘えん坊なところもあっただろ?」

「まぁ、確かにそうたけど」


 咲茉の性格を悠也が言えば、乃亜も頷く他なかった。


 しっかりとしている面が目立つが、ふとした時に彼女の甘えん坊なところが出る時がある。


 それを知っていれば、咲茉の態度にも納得できてしまう。


「凛子が見たら発狂しそうだよ」

「確かに、笑えねぇわ」


 もし凛子が先程の咲茉を見たらどうなるか。想像するだけで悠也の頬が引き攣る。


 そんな彼に、自然と乃亜が小さな笑みを浮かべていた。


「もし私達も秘密を知ったら、咲茉も甘えてくれるかな?」

「さぁ、どうだろうな。念の為、言っておくけど、今のアイツって滅茶苦茶甘えん坊だからな?」

「そんなの見れば分かるよ。私達いるのにイチャイチャしてたくらいなんだから、甘ったるくて砂糖吐きそうになったよ」

「うるせぇ、可愛いんだから文句ないだろ」


 胸を抑えて舌を出す乃亜に、鼻を鳴らした悠也が失笑する。


 その反応に、乃亜と雪菜が揃って笑っていた時だった。


「あ! まだ部屋に行ってない! もう悠也! ちゃんと2人を部屋に連れてってよ!」


 いつの間にか、お盆を待った咲茉が悠也達に追いついていた。


「良いんですよ。咲茉ちゃん、ちょっと立ち話をしてしまっただけですから」

「む! どんな話してたの?」

「咲茉ちゃんが可愛いって話です」

「……ん? どういうこと?」


 意味が分からないと咲茉が首を傾げる。


 しかしそれを悠也達が話せるわけもなく、3人は顔を見合わせると、揃って苦笑していた。


「……絶対、私のこと馬鹿にしてたんでしょ」

「そんなことじゃないから安心して良いよ〜」

「じゃあ教えてよ」

「それは部屋に行ったら話すから〜」

「なら良いけど……」


 そして納得いかないと不貞腐れる咲茉を宥めながら、悠也達は足早に彼女の部屋に入って行った。

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