第75話 本当に良いんだな?
この件に、本当に乃亜達を関わらせて良かったのだろうか?
乃亜達との一件から一日経っても、その自問が悠也の頭を埋め尽くしていた。
彼女達が咲茉を心配する気持ちは、当然だが悠也も理解していた。
なにがあろうとも、咲茉という人間が咲茉であることは決して変わらない。
それが、たとえタイムリープしている人間だとしても、自分達の知らない時間を生きてきた人間であろうとも、彼女達にとって涼風咲茉という人間は一人しかない。
大好きな友達。それこそ親友と断言できる友達が苦しんでいると知れば、乃亜達が咲茉の抱えてる問題に関わろうとするのも当然のことだろう。もし悠也も彼女達と同じ立場だったなら、間違いなく同じことをすると断言できる。
だが、それを理解していても――自身の選択の正否について考えてしまうのだ。
乃亜達が関わろうとしている問題は、この時間の話ではない。もう過ぎてしまった、悠也と咲茉にとっての過去の問題である。それは今の彼女達が関わる必要もないことではないかと考えてしまうのだ。
タイムリープによって持ち込んでしまった自分達の件に、この時間を生きている彼女達を巻き込むわけにはいかないと。
それを些細なことだと思う乃亜達の考えも、嫌というほど分かる。しかし分かるからこそ、関わらせなくなかった。
咲茉の件に関わるということは、いずれは乃亜達も彼女の秘密を知らなければならなくなる。
なぜ咲茉が狙われているのか?
どうして拓真という男が咲茉に執着しているのか?
そもそも、この2人に何があったのか?
その疑問の全てが、咲茉の秘密に繋がる。
それを知らなければ、咲茉の身に起きている一連の件に関わることはできないだろう。
その秘密を、咲茉本人から直接聞くこと。それが乃亜達の第一に突破しなければならない関門なのだ。
悠也自身も、先日の事件がなければ知ることもできなかったこと。彼女から絶対の信頼を得ている悠也にすら話すことを躊躇っていた秘密を、乃亜達に話す確信がない。
悠也と咲茉のタイムリープを知っても、咲茉が辛い思いをしていると分かっても、その秘密を知らなければ関わることすらできない。
もしそうなれば、間違いなく乃亜達の心が折れる。
その可能性を危惧すれば、初めから彼女達を関わらせるべきではないと思うしかないだろう。
しかし、それを伝えても乃亜達は諦めなかった。
ただ大好きな咲茉の助けになりたい。
その一心で、あの2人は想いを吐き出していた。
あれほどまで感情をむき出しにした乃亜を、悠也は一度も見たことがなかった。そうなってしまうほど、彼女は咲茉のことが好きだったのだろう。
泣きながら頭を下げていた雪菜が抑え込んでいた怒りも、あの時の彼女の手を見れば嫌でも分かってしまう。膝の上で震えていた拳が、咲茉を助けたいと物語っていた。
結局、その気持ちに負けてしまった。
彼女達の気持ちが理解できるからこそ、自分の気持ちを曲げてしまった。
咲茉が話してくれる保証もないのに。もしかすれば、傷つくだけかもしれないのに。
それを言っても、それでも乃亜達は良いと言った。もしそうなれば素直に諦めると。
はたして、それでこの2人が素直に諦めるか疑問ではあったが……悠也もひとつの可能性を信じていた。
きっと今の乃亜達なら、咲茉の心を救ってくれるかもしれない。
悠也だけでは救いきれなかった、たくさんの後悔を積み重ねてきた咲茉の心を救えるかもしれない。
他人を、大好きな人達を信じることができなかった後悔から解き放ってくれるかもしれない。
その後悔だけは、悠也だけでは救えない。それは親友の乃亜達に話すことで、はじめて咲茉は自分を許すことができる。
それが彼女にとって、どれだけの救いになるか。長年抱えてきた後悔から解き放たれた時、きっと彼女は立ち直れるかもしれない。
その可能性に、ただ賭けたいと思ってしまった。
それによって起こり得る問題を考えれば、決して彼女達を関わらせるべきではないとしても――
「……今なら、まだ引き返せるぞ」
放課後の帰り道で、おもむろに悠也がそう告げると、先を歩いていた2人が振り返った。
乃亜と雪菜が、無言で悠也を見つめる。
そして2人が顔を見合わせると、揃って首を横に振っていた。
「昨日言ったでしょ。もう決めたから、曲げるつもりなんてないよ」
乃亜がそう言って歩き出すと、同じように雪菜も頷いて歩いていく。
咲茉の家に向かう2人の背中の追いながら、悠也は言葉を続けていた。
「今更言うことじゃないが……この先は危ない目に遭うかもしれないんだぞ?」
「わかってます。だからこそ、私は助けたいんです」
「戦闘力おばけの雪菜と違って私は弁えてるよ。私は荒事に関しては戦力にならないし、私のできることはココを使うことだけ」
振り向くことなく答えた雪菜に続いて、乃亜が自分の頭を人差し指で叩いて答える。
「本当に、分かってるのか?」
変わらない2人の決意を聞いて、悠也は今更ながらの後悔を感じていた。
もしこれから乃亜達が協力することになれば、必然的に2人は危ない思いをすることになる。
あの拓真を含めた男達を知ってしまえば、それは嫌でも分かってしまう。
まるで女をモノとしか思ってないような言動の数々と、平然と暴力を振るう彼等の行動は、あまりにも異常だった。
彼等から咲茉を守るということは、いずれ荒事に巻き込まれることになる。
「もしアイツらに捕まったら、何されるか分かんないんだぞ?」
また2人が女である以上、もし捕まれば酷い目に遭う可能性だってある。女を性欲はけ口としか思ってない彼等がなにをするか考えるだけで吐き気がしてしまう。
その可能性を悠也が問うと、乃亜が歩きながら答えていた。
「それは咲茉も同じでしょ? あの子が捕まったら、そうなるんでしょ?」
「……それは」
頷くしかない乃亜の質問に、悠也が言い淀む。
そんな彼の声に、乃亜は溜息混じりに続けていた。
「なら私達も咲茉と同じ立場になるだけだよ。あの子だけに辛い思いはさせない。だから、そうならないように立ち回るだけだよ。もし捕まったら、私も咲茉と同じ思いするだけだから」
最悪の事態になっても、咲茉と一緒なら良い。最初から最後まで一緒だと告げる乃亜に、悠也の目が吊り上がった。
「……滅多なこと言うんじゃねぇよ」
「私だって分かってるよ。言葉にするだけなら簡単だけど……実際、本当にそうなったら泣き喚くかもしれないよ。だからそうならないように私達が守るんだよ。咲茉と自分達を」
そう言って乃亜が振り返ると、後ろ歩きしながら雪菜を指差していた。
「大体の喧嘩は雪菜がなんとかしてくれるし、右手怪我してるけど悠也だって多少は戦えるでしょ。それはここに居ない凛子だって」
「雪菜だけならともかく、俺と凛子は大した戦力にならないだろ」
「そうならないように考えるのが私と悠也の仕事だから」
呑気なことを告げる乃亜だったが、その表情は真剣なものだった。
「大人らしい視点の意見を期待してるよ」
「絶対にそうならない保証はないだろ」
「だから考えるんだよ。情報をかき集めて、脳の細胞が働き過ぎて死ぬくらい思考を回して、考え抜くんだよ。戦えない私が戦える方法は、それしかないんだから」
絶対にそうならないようにする。そんな決意が感じられるような彼女の顔つきに、悠也は頭を抱えたくなった。
「私も1人では限界があるので戦える方が多ければ助かりますが……」
ふと、雪菜がそう呟くと、彼女の冷たい視線が悠也を貫いていた。
「言い方が悪いかもしれませんが、悠也さんはもっと鍛錬が必要です。私と同じまでは言わずとも、複数人を相手にできるようにならないと駄目です。感情のままに拳を使って壊しかける心では、あなたは強くなれません」
痛いところを突かれて、悠也の表情が強張った。
昨日の学校で雪菜から右手の怪我について責め立てられたことを思い出してしまうと、言葉が返せなかった。
「その怪我がある程度治ったら、また鍛え直しますので覚悟してください。もう次からは優しくしませんので」
「……ちょっと待て? 今まで練習、優しかったのか?」
耳を疑うような雪菜の発言に、思わず悠也が反応してしまった。
「当然です。ある程度は優しくしないと心が折れますから。でも事情を知った以上、もう加減する必要もありません。全力で叩き込みますので」
あの辛かった練習が優しかった。その事実に悠也が震えても、雪菜は関係ないと言いたげに淡々としていた。
「これは咲茉ちゃんから話をしてもらわなくても変わりませんで、覚悟を決めてください」
たとえ自分が関わらなくても、悠也を鍛えることだけは変わらない。
そう告げる雪菜に、悠也は静かに頷くことしかできなかった。
「2人とも、そろそろ着くよ」
そんな話をしていると、いつの間にか少し先まで歩いていた乃亜が2人に告げる。
悠也も見知った道を歩いていたので、分かっていた。
もう咲茉の家まで数分も経たずに到着すると。
「……2人とも、本当に良いんだな?」
「何度も訊かないで。何回訊いても答えは分からないから」
「私も変わりません。行きましょう」
変わることのない2人の返答に、悠也も静かに覚悟を決めるしかなかった。
これから見舞いという名目で行われる乃亜達の訪問が、どんな結果になるのか。
その不安を抱きながら、悠也は乃亜達と一緒に咲茉の家へと向かった。
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