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第73話 お願いだから


「普通ならタイムリープなんてSFみたいなこと、聞いても信じない。あの事件で君と咲茉、それとあの馬鹿な人の会話を聞いても……その発想すらしないよ。でもね、それも初めから咲茉と同じように君も疑っていれば、それも簡単だったよ」

「……え?」


 そして続けられた乃亜の言葉に、悠也は耳を疑ってしまった。 


 咲茉を疑うだけでなく、自身のことすら疑われていた。


 その疑惑があったからこそ、乃亜は確信を持てたのだと。


「君も咲茉と同じ、どう見ても変だった。私の知ってる君はね、良い意味で馬鹿な子供だったよ」


 それが決して悪口ではないことは、悠也も分かってしまった。


 乃亜が告げた“馬鹿な子供”という言葉が、なにを意味しているか。


 それを察してしまえば、彼にも心当たりしかなかった。


「悠也もね、変わり過ぎだよ。急に学校が始まった途端、別人みたいに大人びてるんだもん。目上の人に対する話し方も、何気ない仕草も、周りを見てる時の呆れた顔も、咲茉を見る表情だって全然子供っぽくなかった」


 乃亜から見て、普段の態度がそう見えていたのだろう。


「……そんなに俺のこと見てたのかよ」

「別に見たくて見たわけじゃないよ。一緒に居るだけで嫌でも見えたよ」


 たとえ悠也が意識して子供であろうとしても、無意識のうちに出てしまったのかもしれない。


 子供しかいない環境に呆れてしまうこともあった。馬鹿げた話に笑うことすらできないこともあった。


 話し方も、仕草も、長い時間を掛けて染みついたものは簡単に抜けない。子供であり続けることができなかった、大人になる為に必要だったモノは今も悠也の中に根付いている。


「始めはようやく咲茉と付き合ったから君も変わろうとしたのかなって思ってたけど……それだけじゃ納得できないくらい、君は変わってたよ」


 その全てが、乃亜に違和感を与えてしまったのだろう。


「でも、やっぱり私が一番疑問だったのは中間テストの時だった」


 そして、その違和感が更に大きくなったキッカケを、乃亜は告げていた。


「これも私が一度話したことだけど、短期間で学力を上げるのは至難の業だよ。勉強っていうのはね、長い時間を掛けて脳に知識を詰め込む作業だ。だけど単に時間を捧げれば良いってわけじゃない。どんなに勉強しても覚えられない人も多いからね。だから知識を詰め込む方法と本人のやる気次第で効率っていうのはすごく変わる」


 その疑いを掛けられた時のことは、悠也も覚えていた。


 それは乃亜達と集まってテスト対策の勉強会をした時のことだ。


 乃亜の作ったテストで高得点を出した悠也に、乃亜がカンニングの疑いを掛けてきた時、そんな話をしていた。


「それがね、君は上手過ぎたんだ。今まで学年で下から数えた方が早かった悠也が、たとえ出題範囲の決められたテストだとしても、短期間で私と張り合えるまで学力を伸ばす方法はないよ。どれだけ熱意があっても、時間の問題だけは簡単に解決できない」


 勉強によって積み重ね知識は、注いだ時間に比例する。そのことを誰よりも理解している乃亜だからこそ、その疑問があったのだろう。


 上手く誤魔化せていると思っていたが、それが更に彼女の違和感を大きくしてしまったのかもしれない。


「それも君がタイムリープしていれば納得できたよ。すでにある程度の知識を持っていて、知識を得ることの意義も理解して、効率の良い勉強方法を理解していれば君の学力が急に上がったことにも納得できる」


 本当ならあり得ないことでも悠也がタイムリープをしていると仮定すれば、その疑問にも説明ができてしまう。


 本来持ち得るはずのない知識をタイムリープで持ち越し、勉強の意義を知り、どうすれば知識を頭に詰め込めるかを経験していれば、出題範囲の限られたテストなら高得点も容易だった。


「これは私の予想だけど、あれだけ熱心に勉強してたってことは……タイムリープする前の君は、あんまり頭が良くなかったんでしょ?」


 そこまで言い当てられるとは思わず、悠也の表情が僅かに歪む。


 その僅かな変化を、乃亜の目は見逃さなかった。


 自身の中に更なる確信を得て、彼女は話し続けた。


「だから君はタイムリープしてから勉強してきた。今まで疎かにしてきた勉強をするべきだと思ったから……これも今だから言えることだけど、君とゲームとかアニメの話するのは好きだったよ。でも君が勉強し始めてから、その手の会話も全然しなくなったけどね」


 確かに今思えば、昔は悠也も乃亜とそんな話をしていたような気がした。


 新作のゲームやアニメ、漫画の話などしていた。


 だがそれも咲茉と一緒に居る時以外の時間を自己研鑽に捧げてしまえば、ゲームをする時間もなかった。


 それすらも疑問に思われていたとは、悠也も思わなかった。


「そこまで君が勉強を頑張るのも、きっと先を見据えての就職絡みかな? 多分、就職で苦労したんでしょ? 学歴って大事だからね。お金ってあれば困ることもないし、それも全部咲茉を幸せにするため……そんなところかな?」


 こればかりは分からないと顰めた表情を浮かべる乃亜だったが、紛れもなくそれは正解だった。


 ブラック企業に就職し、多くもない給料で働いてきた悠也にとって、就職活動の重要さは身に染みて理解している。


 その考えと咲茉を幸せにするために、勤務体制が整われた会社で高給を得る。その目標を悠也は掲げて勉強に取り組んでいた。


 これすらも熱心に勉強をしていた、というだけで乃亜に言い当てられるとは思わなかった。


「それは――」


 次々と彼女に行動原理を言い当てられて、悠也が言葉を詰まらせる。


 どう言葉を返せば、彼女の話を否定できるか。そう考えても、ここまで言い当てられてしまった動揺で、思考が上手く回らない。


 そんな彼に、乃亜は苦笑交じりに告げていた。


「意外と何気ないことでも、ここまで分かるんだよ。私を含めて、人間って誰しも行動の理由ってあるんだから。悠也の場合、それもタイムリープしているって過程があるからこそ分かったことだけどね」


 悠也の反応が思った通りだと、乃亜が笑みを浮かべる。


「だからね。君はもっと咲茉と一緒に演じるべきだったんだよ。15歳の子供らしく、子供であることを。それがちゃんとできていれば、こんな生意気な私にバレることもなかったよ」


 そして彼女が大きく肩を落とすと、渋々と言葉を続けていた。


「あの事件がなければ、私の疑問も疑問のまま終わってた。ここで君が得るべき教訓は、軽はずみな言動は控えるべきってことだね。たとえ咲茉を歪ませた元凶が目の前にいても、バレたくなかったら自分の感情を抑え込むべきだった……って言っても、咲茉が受けた仕打ちを考えれば無理な話って分からなくもないけどね」


 本当にバレたくなければ、感情を抑えるべきだった。


 それは悠也も分かっていた。だが、それは無理だった。


 あの拓真から聞かされた咲茉の話を聞いて、冷静で居られるはずもなかった。湧き上がる怒りのままに口から言葉が出てしまった。


 それがこの状況を作り出した原因だと言われてしまえば、悠也も返す言葉もなかった。


「あの銀髪が咲茉に酷いことした人間なんでしょ? あの男が咲茉を殺した、それを君が知ってるってことは……これは勝手な想像だけど、おそらく君も殺されたのかな? 咲茉も悠也が死んだこと知ってたみたいだし、あの銀髪の話を聞く限り、つまりそういうことでしょ?」


 それもまた悠也を含めた3人の言動によってバレてしまった。


 もう誤魔化せない。初めから誤魔化せるとは思っていなかったが、ここまで乃亜に知られていると分かれば……隠すことなど無意味だった。


「その辺りについては私も分からないけど、これだけはハッキリと分かるよ。あの逃げた男が、まだ咲茉のことを諦めてないって」


 それは悠也も分かっていた。


 あの男が咲茉に向ける執念は、明らかに異常だった。


 この先、きっとあの男が咲茉の前に現れる時が来るだろう。


 その時に怯えて、咲茉は家から出れなくなってしまったのだから。


「だからこそ……私は怒ってるんだよ」

「……怒ってる?」

「もう私達は何も知らない側じゃない。私も、雪菜も、もう二人のことを知った側なんだ。だからもう――我慢なんてしない」


 今までの気怠そうな表情と打って変わって、乃亜の表情が歪んでいく。


 吊り上がった彼女の鋭い視線を受けて、思わず悠也は眉を寄せてしまった。


「……なにが言いたいんだよ」

「私達にも咲茉を守らせろって言ってんの。それぐらい大人なら察しなよ」


 はたして、ここまで彼女が言葉を荒くしたことはあっただろうか?


 今まで聞いたこともない彼女の冷たい声に、素直に悠也は驚いていた。


「あんまり私達が子供だからって舐めるのも大概にしろよ。私が勝手に確信しても、悠也がタイムリープを認めないと私達は何もできないって分かんないの? こんな遠回しな手間掛けて、お前に認めさせないといけなかったことくらい、なんで分からないの?」


 それが本当に言いたかったことだと、乃亜が声を荒げる。


 今までの話の全てが、悠也を手伝いたいという一言を話す為だけに行われていたと。


「わざわざこんなことしなくても――」


 手伝いたいと、そう言えば良いだけだった。


「そんなことできるわけないでしょ!」


 そう話そうとした悠也だったが、その声を怒りを露わにした乃亜の怒声が遮っていた。


「事情を知らないで対策なんて考えられない! 私達が勝手な行動して2人に迷惑を掛ける可能性だってある! なんかよく分かんないけど咲茉が危ないから守ろ〜みたいなこと抜かせる次元の話じゃないんだよ! もし対策も立てられなくて凛子や咲茉が攫われたら責任取れるのかよ!」

「それは――」

「まだ私が話してる! 黙って!」


 テーブルを強く叩いた乃亜が、悠也を黙らせる。


 そして悠也を睨みながら、乃亜は声を荒げていた。


「私達も咲茉の傍に居てあげたいんだよ! 不安でどうしようもないあの子の傍に居たいの! でも信用されてない以上、今の咲茉に私達は必要以上に近寄れない!」

「信用してるだろ! 咲茉は!」

「どの口が言ってんの! なに聞いても大丈夫って返してくるどこに信用があるの! 私達は悠也の足元にも及ばないくらい咲茉に信用されてないんだよ!」


 悠也の声に張り合うように、乃亜が叫ぶ。


「私達が本当の意味で信用されるには、咲茉の過去を知らないといけないの! それをあの子の口から直接聞くには、信じてもらないといけないの! 秘密を話しても大丈夫だって絶対の信頼が! あの子の信頼を得るには悠也の信頼もいるんだよ! あの子が信じて疑わない悠也の信頼が!」

「俺だって信用してるだろ!」

「してたならタイムリープのこと正直に言ってよ! あの子が大変な目に遭ってたって教えてよ! そんなに私達のことが信用できなかったのかって思うでしょ!」


 言い合っていくうちに、気づくと乃亜の表情が少しずつ変わっていた。


 怒りに歪ませていた乃亜の目が潤んでいく。


 そして真っ赤に顔を染めながら、彼女は叫んでいた。


「私達は、あの子に頼ってすらもらえなかった。辛い時に傍に居させてもらえることすらできなかったんだよ……友達だと思ってたのに、親友だって思ってたのに……そんなのってないじゃんか」


 その最後の声は、いつの間にか涙声になっていた。


「私は、咲茉のことを知りたかったんだよ。私の想像じゃなくて、あの子の口から直接聞きたいの。あの子が受けてきた辛い思いも、一緒に泣いてあげかった。苦しんであげたかった。たとえ同じ経験をしてなくても、あの子の心の支えになってあげたかったんだよ……」


 しかしそれでも、乃亜は真っ直ぐに悠也を睨みつけながら、声を絞り出していた。


「お願いだから……教えてよ。なんで咲茉は私達を頼ってくれなかったの。なんで私は知らないままだったの。分かんない、分かんないの……教えてよ、ゆーや」


 そして遂に我慢できないと、乃亜が両手で顔を覆っていた。


 声を殺して、その場で泣き始めた彼女を、悠也が呆然と見つめてしまう。


「……お願いします。悠也さん。本当のことを話してください」


 その時、今まで一貫して黙っていた雪菜が、悠也に声を掛けていた。


「私も、あなたの一言さえあれば信じられます。信じる理由もある。あとはあなたの言葉があれば、もう迷いません」


 静かな声で、自身の想いを悠也に告げる。


 そんな彼女の顔を見つめた後、ゆっくりと悠也の視線が乃亜に向けられた。


 今も俯いて泣く彼女に、悠也がなにを言うべきなのか。


 そんなことは、もう決まっていた。


「――俺の本当の歳、死んだ時の歳は25歳だよ」


 そう思うと、自然と悠也の口が言葉を紡いでいた。


 彼女達にも知ってもらうべく、自身の過去を悠也は告げていた。


 決して、咲茉の隠している過去だけは語らずに。

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