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第72話 答え合わせの時間


「……勝負、だって?」


 突然挑まれた勝負に、悠也の掠れた声が訊き返してしまう。


 そして今も呆けている彼に、乃亜は先程と変わらない失笑を浮かべながら、気怠そうに答えた。


「これなら悠也も頷きやすいでしょ? 君が頷けないと思う“くだらない理由”も、これから始める問答で私が全部粉々にしてあげるから安心して頷いてね?」


 その自信に満ちた彼女の言動が、自分の負ける可能性が微塵もないことを物語っていた。


 これから始まるのは、決して勝負ではない。


 素直に認められない悠也を思って、体裁よく勝負にしてあげただけ。


 今から行われる勝負という名の問答は、ただ相手をねじ伏せるだけの行為でしかないと。


「……」


 そうとしか思えない乃亜の態度に、悠也は声も出せずに、静かに震えていた。


 ここまで彼女がハッキリと言い切られた時点で、彼も認めるしかなかった。


 もう彼女は――タイムリープの存在を確信していると。


 言葉を紡ぐ彼女の表情が、気怠そうに見つめてくる彼女の瞳が、その事実を否応なく悠也に突きつけていた。


 その考えに至った経緯も、すでに乃亜も話していた。


 あの事件の場に居た悠也と咲茉、そして拓真の三人が口にしてしまった不可解な言葉の数々。


 過去に遡ってきた。殺された。もう死んでほしくないなど――まるで死んだ経験があると言っているような3人の言動。


 これらのことを今回の事件に居合わせた凛子と雪菜から聞けば、ひとつの予想ができてしまう。


 もしや彼等はタイムリープしてるのではないかと。


 たとえそれがあり得ないことだと疑いたくても、それしか考えられないと乃亜が思うのも納得できる。


 その考えに至ったからこそ、彼女はこの状況を作ったのだろう。


 悠也を自宅まで呼び出し、酒を使って彼の中身が大人であることがバレていると後回しに伝えて、質問で問い詰めるまでの一連の流れが……全て彼女の思惑通りに進んでしまった。


 そして同時に、この場に雪菜がいる意味も悠也は察してしまった。


 もしこの場にいるのが乃亜だけならば、悠也も強引に立ち去ることができた。体格も小さく、腕力もない彼女が部屋を出て行く悠也を止められるわけがない。


 その可能性を雪菜を側に置くだけで解決している。もし逃げようとしても、この場にいる時点で事情を知っているはずの雪菜が悠也を逃すわけがない。これが乃亜の話していた保険だったのだろう。


 この状況が作られた時点で、もう悠也の選択肢は限られていた。


 強引に帰ることもできない。黙っても、この状況は変わらない。仮に黙ったところで、そんな無意味な行為を乃亜が許すわけがない。


 この状況の結末は、乃亜が納得しなければ訪れない。


 ゆえに、悠也に選べる選択肢は、ひとつしかなかった。


「証明できるわけないだろ……俺がタイムリープしてることなんて」

「ここまで言ってるのに素直に認めない時点で、そう言うと思ってたよ。そういう言い方しか君にできないって思う気持ちも分からなくもないけどね~」


 素直に認められない悠也に、乃亜が失笑する。


 その笑みに、自然と悠也は目を伏せてしまった。


「……仮に俺が認めたところで、その証拠がどこにある? 状況証拠だけで決めつけたところで、俺がタイムリープしてる証拠もない。俺の答えたことが本当だって証明もできない時点で、俺がなにを言っても無駄だろ?」

「君が頷けば信じるよ? それでも頷かないの?」

「頷いても無駄だ。頷いても意味がない」

「ふーん? その答えが認めてることになるけど?」

「勝手にすれば良い。別にどう思われても、その先を俺が話さなければ関係ない。そんな中途半端な確信だけで、お前達に咲茉のことを知られたくない」


 それが悠也の認められない理由だった。


 頷くだけなら簡単だった。乃亜の仮説が本当だと認めるだけで良い。


 だが、それをすれば悠也も説明する必要があった。


 おそらくこの場で乃亜が知りたいのは、咲茉が狙われた理由だろう。


 あの拓真という男が、なぜ彼女を狙っているのか?


 その理由を知ろうとすれば、いずれ乃亜の手に掛かれば咲茉の過去を知ることができるだろう。


 それを悠也本人から説明することはない。それは咲茉本人からでしか話すことができない。


 咲茉が抱えている過去を知らなければ、拓真という男の危険性は本当の意味で理解できない。


 そのキッカケになるタイムリープの話を、生半可な乃亜の確信だけで悠也が軽々しく話せるわけがなかった。


 タイムリープしていると悠也が頷けば、それと同時に咲茉が過去を話すことになってしまう。


 今まで頑なに話そうとしなかった咲茉の、あの壮絶な過去を、半信半疑な彼女達が知る必要があるのか?


 その疑問が、悠也の行動を制限していた。


 タイムリープの存在を確信できるのは、タイムリープを経験した人間にしかできない。


 つまりどれだけ確信を持った乃亜が仮説を立てても、少しの疑いがある時点で悠也も認めるわけにはいかなかった。


 たとえ確信を持っている乃亜に頷いたところで、彼女が信じる保証がないのだから。


「そんなことだと思ったよ……じゃあ、悠也が隠してる咲茉の秘密を言い当てれば認めるの?」

「なに……?」

「思ってた通りだったけど、君の認めたくない理由がそれなら……私が全部言い当ててあげるよ。そうすれば、君も認めるしかないでしょ?」

「そんなこと……できるわけないだろ」

「できるから言ってるんだよ」


 思いもしなかった乃亜の言葉に、反射的に悠也の眉が吊り上がった。


 しかし怒りを露わにした悠也を前にしても、乃亜は平然とした態度で言葉を続けていた。


「君達がタイムリープしてるって思った理由も話してあげるし、男性が怖くなった咲茉が抱え込んでることも言い当ててあげる。君が反論できることもなく、黙るしかできないくらいにね」

「……やれるものならやってみろよ」

「言われなくても――さぁ、答え合わせの時間だよ」


 できるわけがないと思う悠也に、乃亜が微笑む。


 そして少しの間を開けると、彼女はゆっくりと語り始めた。


「そもそもね。初めから不思議だったんだよ。学校が始まった時から、咲茉の様子は変だった。悠也は覚えてるかな? 結構前のことだけど、入学式の日に私が咲茉の身体を触った時のこと?」


 忘れるわけがない。悠也が素直に頷くと、そのまま乃亜は話を続けていた。


「私、悠也に言ったよね? 咲茉の反応が異常だって。女同士ならよくあるじゃれあいで、女の私が胸を触っただけで怯えた咲茉の様子は……尋常じゃなかった。春休みの期間で、たった1週間くらいしか会ってなかっただけであそこまで人間が変わることなんて早々ないよ」

「それは咲茉も言ってただろ。夢の所為だって」


 そう答えた悠也に、乃亜が鼻を鳴らして失笑していた。


「親友に相談もできない夢なんて、そんなの夢じゃない。私の知ってる咲茉だったら怖い夢を見たら素直に相談してくれたよ」

「それは言えない夢だったから――」

「あんまり私のこと舐めるのも、いい加減にしなよ」


 乃亜の冷たい声が、悠也の声を遮った。


「あんなに明るかった咲茉が別人になってるんだよ。いつも笑顔で可愛かったあの子が、ずっと何かに怯えるようになった。それが夢の所為だなんて思えるわけがない。だから私は……あの時から咲茉に何かあったんだって思ってたよ。人に言えないようなことがあったんだなって。それも身体に関する何がって」


 そう語る乃亜の表情は、とても悲しげだった。


「それを私達に相談すらしてくれなかったことが今でも悲しくて仕方ないよ。その極めつけに、男が怖いって言い出した。あのラブレターの件でも、男に触れられるだけで怯えて動けなくなってた。そうなる経験なんて……限られる」


 その時点で、もう乃亜は疑問に思っていた。


 男性に対する、咲茉の異常な反応。


 それがどんな経験によって生まれたものか、考えられることは限られていた。


「よっぽど怖い思いしないと、あそこまで怯えないよ。でも咲茉の身体を見ても、殴られた痕もなかった。あの子の身体に傷がないってことは肉体じゃなくて、精神的に追い詰められたって考えるべきだけど……その理由が分からなかった。イジメも受けてない。家庭内暴力を受けてるとも思えなかった。食事を与えられてないようにも見えなったし、家族関係は良好だって知ってたから。もし受けてれば悠也の家に行けるはずもないし、そもそも家から出してもらえないはずだからね」


 考えた可能性も、全てあり得ないと思えてしまう。


 そう語る乃亜が怪訝に眉を顰めて見せた。


「だから不思議だった。あと残されたことなんて、男に強姦されるくらいしかないんだもん」

「…………」


 その単語が出てきたし瞬間、反応しなかった自分を悠也は褒めたくなった。


「でもそんな怖い思いをしたら、普通なら外に出れなくなる。この手の知識は私も調べた程度しかないけど、短期間で立ち直れるほど簡単な経験じゃない。だから、今回の事件で……ようやく確信したよ。もし咲茉がタイムリープしてるなら、この疑問も説明できる」


 今まで抱えてきた疑問の答えが見つかったと、そう語る乃亜に、悠也は何も言えなかった。


「初めから生きてきた時間が違ったんだよ。私の思ってた時間と実際に咲茉が経験してる時間が違えば、あの子が普通に過ごせてるのにも納得ができる。辛い経験をして立ち直るまで何年も経っていれば、その原因が何であろうと、タイムリープが存在すれば関係ないもん」


 本当に彼女は子供なのかと、悠也は思うしかなかった。


 賢いと言えど、これほどまで考えられる彼女が本当に15歳の子供なのかと。


 突きつけられる事実に、悠也は何も言えるはずがなかった。


 何か言いたくても、思うように言葉が出てこない。


 そうなってしまうほど、悠也は動揺していた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今どきの女子高生なら普通に気づくだけのこと、自分で喚いておいて何を今更? [一言] 悠也が無神経なだけですね。 何があったか語らないといけないから言わないって、あれだけ喚いたんだから、…
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