第71話 辿り着いた答え
「引っ掛かるって……お前、なにが言いたいんだよ」
思わず悠也が尋ねるも、その疑問が解消されることはなかった。
「ん〜? さぁ〜? なにが言いたいんだろうねぇ〜?」
悠也の問いが理解できないと、苦笑交じりに乃亜が首を傾げる。
それがどう見ても馬鹿にしているとしか思えなくて。明らかにとぼけている彼女に、無意識に悠也の眉が吊り上がった。
「……言いたいことがあるなら言えよ」
「なに怒ってるの~? 私が間違えてビール持ってきただけなのに~?」
悠也が怒る理由が分からないと、乃亜がクスクスと笑う。
その小さな笑い声が、問答無用に悠也の神経を逆撫でた。
「間違えてビール持ってくる奴がいるわけないだろ。未成年が酒飲めないことくらい常識だろ」
未成年。それも子供が同年代の友達に酒を出すことなど、普通ならあるはずがない。
非行を格好良いと思い込んでいる不良ならまだしも、良識のある乃亜がこんな馬鹿な間違いをするはずがない。
その確信があるからこそ、悠也は乃亜の行動が理解できなかった。
「どうして持ってきちゃったんだろ~? 不思議だね~?」
「お前なぁ……」
「なんで悠也っちが飲めるって思っちゃったんだろ~?」
しかし悠也が問い詰めても、一貫して乃亜はとぼけるばかりだった。
「変だよね~? おかしいよね~? どうして子供の悠也っちにお酒渡しちゃったんだろ~?」
そして首を何度も傾げながら、乃亜は悠也とテーブルを挟んで座っていた。
対面に座る彼女の奇妙な言い回しに、悠也の表情が怪訝に歪む。
「……だから、なにが言いたいんだよ」
「私~、子供だから分からないかも~」
その態度は、やはりどう見ても奇妙だった。
自分が子供であることを強調して話している彼女の態度が、あまりにも異様過ぎて、困惑した悠也の眉間に皺が寄る。
「でも~、きっと悠也っちなら分かるかもしれないね~」
「は……?」
意味が分からないと悠也が声を漏らす。
そんな彼に、乃亜は首を傾けながら、どこか楽しそうに笑っていた。
まるで幼い子供のような、無垢な笑顔で。
「すこーし考えてみたら分かるかもしれないよ〜。子供の私は分からないけど〜。今の悠也っちなら分かるはずなんだけどなぁ〜?」
絶対に自分から話すつもりはない。そう語る乃亜の言葉に、悠也は渋々と思考を巡らせてしまった。
その思考の先に、辿り着いた答えに自身が震えることなど知る由もなく。
「……」
今もテーブルに置かれたビール缶を見つめながら、悠也は考えた。
目の前に座る乃亜が、この場にビールを持って来た意味を。
当然のように乃亜が酒を差し出したということは、それは悠也が飲めると思っていたからとしか考えられない。常識のある彼女が、そんな間違いをするはずがないはずなのに。
つまり彼女は、未成年の悠也が酒を飲めると思っていたのだろう。
酒が飲める大人と同じように、子供が本来知るはずのない酒の味を彼も知っていると。
そして先程から異様なほど自身が子供であることを強調する乃亜の様子は、自分の知らないことを大人に尋ねる子供の反応としか見えなくて。
それはまるで――悠也を大人だと言っているようなものだった。
「……」
その瞬間、ゆっくりと悠也の目が見開かれた。
あり得ないと、彼の視線が対面に座る乃亜を見つめる。
驚愕に表情を染める彼に、乃亜はわざとらしく首を傾げて見せた。
「ん〜? もしかして分かったの〜?」
「いや……全然、分からない」
咄嗟にそう答える悠也だったが、そんな彼の様子を見るなり、乃亜は満面な笑みを浮かべていた。
「そっかぁ、分かんないかぁ〜。じゃあさ……私の持ってる“なんでも悠也っちに言うことを聞いてもらう権利”、ここで使っても良い〜?」
「なにを頼むんだよ、俺に」
嫌な予感しかしない。そう思う悠也が訊き返すと、淡々と乃亜は自身の要求を告げた。
「簡単なことだよ。私が頼むことは実に簡単。今から悠也っちはこの家を出るまで私の質問に正直に答えること……ね? とっても簡単でしょ?」
その要求は、確かに簡単な内容だった。
ただ彼女の質問に対して正直に答えるだけ、それだけだ。
だが、悠也は分かってしまった。その要求が逃げ道を潰す為に乃亜が打ってきた一手であることを。
「じゃあ、手始めに簡単な質問なんだけど――」
一体、彼女から何を訊かれるのか。
そう思った悠也が身構えていると、とても穏やかな声色で乃亜が問い掛けた。
「ねぇ? 悠也、君は何歳なの?」
それは変哲もない、何気ない質問だった。
普通なら平然と答えられる問い。
しかし、悠也は分かってしまった。
この状況で問われた乃亜の疑問が、なにを意味するかを。
「そんなの15歳に――」
咄嗟に悠也が言葉を紡ぐが、乃亜から出た笑い声が彼の震えた声を掻き消した。
「ははっ、違うよ。私、言ったよね? 正直に答えなよ? その身体の話じゃなくて、君の本当の年齢を訊いてるんだよ?」
「な、なにを言って――」
乃亜から続けられた問いに、悠也の表情が固まってしまう。
そんな彼に、乃亜は平然とその問いを口にしていた。
「ん? そんなの君が死んだ時の年齢を訊いてるに決まってるでしょ?」
「は……?」
ぞわりとした寒気が、悠也の背中を駆け抜けた。
「……俺が死んだ歳だって? なに意味分かんないこと言ってんだよ?」
「まだとぼけるつもりなの? 言っておくけど……この状況で私を誤魔化せるって本気で思ってるの?」
もう悠也に言い逃れができないと確信しているのか、乃亜が真顔で悠也を見つめる。
「もうね、分かってるんだよ。今でも疑ってるくらいだけど……考えれば考えるほど、それしかないんだよね」
そして引き攣った笑みを浮かべる悠也に、乃亜は失笑していた。
「もう正直に言っちゃえば? よくある設定だけどバレて死んじゃう系の誓約とかないんでしょ? あの銀髪の人も過去に遡ってるって馬鹿みたいに話してたし、知られても困ることないんじゃないの?」
なぜそのことをあの場に居なかった乃亜が知っているのか?
そう悠也が驚いていると、その反応で察したのか乃亜が苦笑交じりに口を開いた。
「あの馬鹿な人、べらべらと喋り過ぎたんだよ。それは悠也と咲茉も同じ。凛子と雪菜から全部聞いてるよ。これだけ情報があれば、辿り着く答えなんて決まってる」
「答え……だって?」
後退りしそうになる気持ちを抑えながら、悠也が訊き返す。
その問いに、呆れたと乃亜は深い溜息を漏らして答えていた。
「君達さ、タイムリープしてるんでしょ?」
そう告げる乃亜の表情が、確信を物語っていた。
「そんなわけないだろ……タイムリープだって? アニメの見過ぎだろ? 頭おかしくなったのか?」
絶対に間違えていないと語る彼女に、思わず悠也はゆっくりと首を左右に振っていた。
「あれ? ここまで言っても、まだはぐらかすの?」
「……タイムリープなんてあるはずないだろ?」
確かに、知られて困ることはない。
しかしタイムリープしていると実際に話したところで、信じてもらえると思えるはずがなかった。
現実に時間遡行がある。そんな話が信じられる人間がいると誰が思えるか。
「うーん……言いたくないというより、その顔だと言っても信じてもらえないって感じかな? 確かに私が訊いて君が頷いても、私に信じてもらえる確信もないからそうなるのも当然かもね」
困ったと乃亜が肩を落とす。
「なら何も反論できないくらい理詰めした方が頷きやすいか」
そして面倒だと言いたげに彼女が深い溜息を吐き出すと、テーブルの上で頬杖を突いていた。
「悠也。そこまで君達がタイムリープしてることを認めたくないなら、今から君を問い詰める私に反論してみなよ。この私が言い返せないくらいに。まぁ……こう言うのもアレだけど、たとえ大人の思考を持ってる君でも、この私を言い負かすのは無理だと思うけどね」
呆然と言葉を失う悠也に、乃亜が気怠そうに語る。
「勉強だけの勝負なら私に張り合えたかもしれないけど、この手の勝負で負けるほど私も馬鹿じゃないんだよ。それも勝ち確の勝負なら……手順さえ間違えない限り、私は絶対負けないよ」
そう告げる彼女の表情は、絶対に負けないと確信している顔だった。
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