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第69話 ひとつだけ言うこと聞く


 学校に行くのも、随分と久しぶりな気がした。


 週末の土日と学校を休んだ月曜日を含めて3日しか経っていないはずなのに、まるで夏休み明けのような気分になる。


 この二日間で、色々なことがあった。振り返ればそう思えるほど、濃密な時間だったのだろう。


 そんな思いで悠也が学校に行くと、待ち受けていたのはクラスメイト達からの心配と賞賛の声だった。


 どうやら週末起きた事件については、もうニュースになっていたらしい。


 街中のデパート内で大勢の若い少年達が2人の女子高生を襲い、それを2人の男女が救ったと。


 この事件については、学校にも警察から連絡があったようだ。それに伴って、月曜日の時点で学校から全校生徒に事件に関わった生徒の名前を伏せられた上で“在校生が襲われた”と周知されてしまったらしい。


 そこで学校側は、ある決断を下した。


 在校生を襲った今回の事件。そして世間を騒がせている暴行事件など物騒なことばかりが起きている。


 その為、生徒の安全を考慮して、しばらくの間は部活動の全面禁止が取り決められた。更に可能ならば親同伴、もしくは多人数での登下校を行うように注意喚起まで行われてしまったらしい。


 少し過剰だとは思うが、それでも概ね妥当な判断だろう。在校生が襲われたとなれば、学校側も相応の対応しなければならないのも理解できる。


「――って感じで、昨日は色々とあったんだよ〜」


 そう締め括って、乃亜が苦笑していた。


 つい先程までクラスメイト達から事件と右手の怪我について怒涛の質問攻めが悠也を襲った後、ようやく落ち着いた朝のホームルームが始まる前の穏やかな時間を、彼は乃亜と話して過ごしていた。


「たった1日休んだだけで色々とあり過ぎだろ?」

「あれだけのことあったんだし仕方ないよ〜」


 一通りの話を乃亜から聞いて、随分と面倒なことになってしまったと悠也が深い溜息を漏らしてしまう。


 そして彼女から聞かされた話に、なにげなく悠也はひとつの疑問を投げていた。


「……それで? なんで名前伏せてるのに俺達だってバレてるんだよ?」


 学校側が事件に巻き込まれた生徒の名前を明かさなかったというのに、なぜかクラス内で事件の当事者が悠也達と知られている。


 そのことに当然の疑問を抱いた悠也に、わざとらしく乃亜が肩を竦めた。


「そんなのバレるに決まってるじゃん。危ない事件が起きたって言われて、クラスで怪我してる凛子っちがいるんだから。それに咲茉えまっちと悠也っちが二人揃って学校休んでたし、それだけあればバレるのも時間の問題でしょ?」


 確かに、それだけの情報があれば予想するのも簡単だろう。


「って言っても、バレてるの私達のクラスだけだし~? みんな言いふらしてないだけマシじゃない?」


 その点は、まだ子供のクラスメイト達でも良識があるらしい。


「いや、それでもバレるまで早過ぎるだろ」


 だが彼等の予想が正しかったと判断されるまで、あまりにも早過ぎると悠也は思っていた。


 学校側が名前を伏せたということは、事件に関わった当事者達に余計な干渉をするなと言っているようなものだ。


 仮に疑われても、当事者の乃亜達が事件に巻き込まれたことを否定していれば、バレるまで多少なりとも時間は稼げる。


 それらを踏まえれば、どう考えてもバレるまで時間が掛かるはずだった。


「あー、それね。凛子っちの所為」

「……どういうことだ?」


 怪訝に悠也が訊き返すと、苦笑混じりに乃亜が答えていた。


「みんなに訊かれて普通に答えちゃったんだよ。私達が関わってたって」

「は? 冗談だろ? 凛子が?」


 驚いた悠也が教室内にいる凛子に視線を向ける。


 彼が視線を向けると、凛子は自分の席で静かに座っていた。


 衣替えが終わって、制服から覗く彼女の肌から見える包帯と湿布が怪我の痛々しさを物語っている。


 そんな凛子は、悠也が乃亜と雪菜の三人で話しているのにも関わらず、こちらに来る様子もない。自分の席に座ったまま、頬杖を突く彼女は上の空と言いたげに虚空を見つめていた。


 明らかに様子がおかしい。いつもの元気はどこへ行ったのかと思うほどの大人しさに、悠也は怪訝に眉を寄せてしまった。


「……咲茉っちのこと、守れなかったって後悔してるんだよ。昨日も咲茉っちが休んだって聞いてから更に落ち込んでるし、ずっと自分を責めてるみたい」


 はたして、その理由が馬鹿正直に話す要因になるのだろうか?


 そんな疑問を悠也が思っていると、恐る恐ると雪菜が口を開いた。


「凛子ちゃん。話し掛けても上の空なんです。心ここに在らず、みたいな感じで……ずっと考え事してるみたいで」

「あんな感じだから、なに訊いても馬鹿みたいに答えちゃうんだよ~」


 雪菜と乃亜の話に、困ったと溜息を吐いた悠也が肩を落とす。


 凛子が落ち込むのも、理解できないわけではない。普段から咲茉を守ると誇らしげに公言していた彼女なら、先日の事件で落ち込むのも当然だろう。


 更に結果として、咲茉に庇われてしまったのだ。守るはずの咲茉に守られてしまった。その時の凛子の心境を察すれば、気を落とすのも仕方ない。


「……余計なこと言ったりしたのか?」

「ううん、みんな訊いてないよ。どう見ても凛子っちの様子変だし、下手に訊けないって感じ。私達も答えるつもりないから……だからみんなにバレてるのは私達が事件に巻き込まれたってだけだね」


 今現在のクラス内で知られてしまったのは、週末の事件で襲われたのが咲茉達だったというだけらしい。


 その詳細が知られてないと知ると、悠也は安堵して胸を撫で下ろしていた。


「なら良い。俺も答えるつもりないし。そこまで話が広まってるのに周りが下手に関わって来ないだけで十分だろ」


 今も周囲から妙な視線を感じる気がするが、そう思うことにしないと精神的に参ってしまう。


 そう思った悠也が何度目か分からない溜息を吐くと、目を伏せていた雪菜が恐る恐ると訊いていた。


「悠也さん……咲茉ちゃんは?」


 その質問に、自然と悠也の表情が強張った。


 朝の騒動で誤魔化せるかもと思いたかったが、いずれその質問が来ると覚悟していた。


「昨日からメッセージを送っても大丈夫って返って来るだけでした。電話しても出てくれませんし……なにかあったんですか?」


 いつも隣に居るはずの咲茉が居ない。というよりも、この教室に彼女の姿すらないことを雪菜が疑問に思うのも当然だろう。


 少し言い淀む悠也だったが、誤魔化すこともできないと判断して渋々と口を開いた。


「……家から出れなくなったんだ」


 彼の一言は、雪菜と乃亜を驚かせるのに十分過ぎた。


 二人が揃って目を大きくしていると、悠也は目を伏せがちに続けた。


「別に怪我が酷いとかじゃない。単に……」

「単に?」


 乃亜に訊き返されて、悠也が言葉を詰まらせる。


 そんな彼を乃亜が黙って見つめていると、言いずらそうに彼は答えていた。


「外に出るのが、怖くなったみたいなんだ」

「……それは、先日の件で?」


 雪菜の疑問に、悠也が頷く。


 そして彼は今現状で話せることだけを彼女達に伝えていた。


「二人とも、多分聞いてると思うが……一昨日の夜中、咲茉が吐いたんだ」


 おそらく昨日の咲茉が休んだ理由は学校にも伝わっているだろう。


 頷く二人に、悠也は説明が省けると判断して続きを話すことにした。


 咲茉が酷い悪夢を見てしまったこと。念の為に病院で検査を受けたこと。そして不安で眠れない咲茉を心配して、悠也が彼女の家に泊まったことを赤裸々に話した。


「心配だったが、朝は体調も問題なかった。でも家から出ようとすると、怯えて出れなくなったんだよ」


 それは悠也にとっても予想外のことだった。


 咲茉の隠していた過去を知り、それを受け入れたことで彼女も立ち直れると思っていた。


 しかし今朝、普段通りだった咲茉が家を出ようとした途端、玄関で座り込んでしまったのだ。


 震え出した身体が理解できないと困惑した咲茉がどうにか家から出ようとしても、思うように身体が動かなかった。


 外に出る場所に近づくと、彼女の身体は拒否反応を起こしていた。まるで外に出ることを拒んでいるように。


「……じゃあ、今の咲茉ちゃんは?」

「家にいるよ。家族も家にいるし、体調も崩してない。お前達の連絡に大丈夫って返してるのも、心配させたくなったんだろうな」


 咲茉が雪菜達の連絡に返していた内容を知らなかった悠也が、そう答える。


 彼女の性格を考えれば、友達に心配を掛けることを嫌がるだろう。


 その気持ちを察していれば、本当なら彼女の現状を話すべきではなかったかもしれない。


 しかし悠也は、話すべきだと判断して話していた。


「俺も休もうかと思ったんだけど、流石に俺は学校に行けって全員に言われたんだよ。咲茉にも、親にも言われて、昨日休んだから今日は休ませてもらえなかった」


 この部分については、実のところ、ひと悶着あった。


 結論として、学校を休もうとする悠也を咲茉達が強引に行かせた結果が、今の悠也が学校に来ている理由だった。


「咲茉ちゃんらしいですね……お見舞いとかには行っても良いんですか?」

「……どうだろうな。後で訊いてみるよ。返事、返ってるか分からないけど」


 雪菜達と会えば、当然だが咲茉を心配する話も出る。そうなれば、お見舞いに行きたいと言うのも当然だった。


 それを咲茉がどうするか。雪菜達に会うと分かっていれば、学校に居る時間に連絡をしても返って来るか悠也にも分からなかった。


「その話を聞く限りだと、今の咲茉っちは大丈夫なんだよね?」

「あぁ、そのはずだ」


 頷いた悠也に、乃亜が安心したと頷く。


 そしておもむろに彼女が考える仕草を見せると、そのまま悠也を見つめていた。


「俺に、なにか訊きたいことでもあるのか?」

「……むしろ、ないと思ってる?」


 そう言われてしまえば、悠也も返す言葉がなかった。


 先日の事件で、あの拓真という男が話していたこと。そして悠也自身が叫んでしまったことは、もう乃亜達が知っていてもおかしくない。


「うん。じゃあタイミング的には、多分ここかな」

「どういう意味だよ」

「――悠也。前の話、覚えてる?」


 珍しくふざけてない口調で話し始めた乃亜に、悠也が身構える。


 そんな彼に、乃亜は真剣な表情で告げていた。


「放課後。私に時間空けて、この前の約束を果たしてもらうよ」

「……約束?」

「なんでもひとつだけ言うこと聞く。忘れたとは言わせないよ」


 そう言った乃亜の瞳は、絶対に逃がさないと言っているような気がした。

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