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第67話 あの日のことを


 咲茉が照明を消すと、途端に部屋が暗くなった。


 そしておもむろに彼女がベッド端に置かれたスタンドライトの電気を付ければ、ほのかな光が部屋中を照らす。


 これから眠るというのに、どうして彼女は電気を付けたのだろうか。


 そんな悠也の考えが表情に出てしまったのだろう。彼の顔を見るなり、咲茉は恥ずかしそうに苦笑していた。


「やっぱり、電気付けたら嫌だった?」

「全然、気にしなくて良いよ。別に暗くしないと寝れないってわけじゃないし」


 そう答える悠也だったが、寝るには少しだけ光が煩わしいと感じてしまう。だが決して眠れないわけではなかった。


「ごめんね。子供みたいなこと言って……どうしてもね、暗いと怖くて」

「良いよ。分かってるから」


 確かにまるで幼い子供のようなことを口にしている咲茉だったが、それを悠也が邪険に扱うことはなかった。


 吐いて体調を崩してしまうほどの悪夢を見てしまった今の彼女なら、暗闇が怖いと思うのも当然だろう。


 その夢がどんな内容だったのか。それは今も彼女から明かされていないが、無理強いして訊く気もない。


 それについては悠也と同じく彼女の両親も気になっているようだったが、訊けばまた体調を崩すかもしれないと思えば、訊けるはずもなかった。


 いずれ咲茉から話してくれる日が来るだろう。頑なに話そうとしない彼女が病院で眠っている時、そんな話をしていた時のことを悠也は思い返していた。


「ねぇ、ゆーや」


 そんな考え事を悠也がしていると、ふと向かい合って寝転がる咲茉から声を掛けられる。


「……ん? どうした?」


 その声に悠也が反応すると、恐る恐ると咲茉が口を開いた。


「えっとね、もう少し近くに行っても良い?」


 少しだけ俯きながら、もじもじと咲茉が恥ずかしそうに悠也を見つめる。


 そんな可愛いことを上目遣いで頼まれてしまえば、悠也の答えなど決まっていた。


 むしろ自分から近づいてやろう。そう思った悠也が咲茉に近寄ると、嬉しそうに彼女の頬が緩んでいた。


「えへへ、じゃあ私も」


 はにかむ彼女もまた、悠也に近づいていく。


 そうすると、二人は互いの吐息が聞こえるほどの至近距離で身体を寄り添わせていた。


 少し手を伸ばすだけで、身体に触れてしまう。無意識に悠也の手が咲茉の頭に添えるだけで、嬉しそうに彼女が目を細める。


 そして我慢できないと咲茉が悠也の胸に額を押し付けると、彼に頭を撫でられながら心地良さそうに喉を鳴らしていた。


「……心配しなくても、ずっと傍にいるからな」


 悠也がそう言えば、咲茉が嬉しそうに彼の胸に頭を擦り付ける。


 まるで猫のような反応を見せる彼女に、自然と悠也は笑みを浮かべていた。


「……ゆーやぁ」

「おい、抱きつくなって」


 しかしぎゅっと咲茉から抱きつかれてしまうと、流石の悠也も反応せざるを得なかった。


 身体全体で感じる、柔らかい咲茉の存在感は、やはり心臓に悪かった。


 視覚から始まり、彼女の存在を直に感じる感触。更に聞こえる吐息と甘い匂いが、悠也の脳を焼く。少し気を抜くだけで、押し留めている理性が吹っ飛びそうになる。


 それを寸前のところで悠也が押し留めていると、


「ゆーや。あのね……私、夢を見たの」


 唐突に咲茉から聞こえた震え声が、崩れ掛けた悠也の意識を呼び戻した。


「……咲茉?」


 思わず、悠也が胸に顔を埋める彼女の名を呼ぶ。


 しかし悠也が声を掛けても、咲茉は強く額を彼の胸に押し付けるだけだった。


 心なしか、彼女の身体が震えているような気がした。


「……もう、ゆーやは聞いたよね。あの人から」


 決して顔は見せず、聞き取るのが精一杯なほどの彼女の小さな声に、自然と悠也が息を呑んでしまう。


「私ね、10年前に、すごく怖いことがあったの」


 その小さな声が、震えている彼女の身体が、悠也にひとつの確信を持たせた。


 今から彼女が話そうとしていることは、今まで決して彼女が明かそうとしなかったことだと。


 いつか告げようとしていたことを、自分の言葉で伝えたかった秘密を、それを今――ようやく彼女が勇気を出して話そうとしているのだと。


 それを改めて咲茉の口から告げられることに悠也が震えていると、ゆっくりと彼女はその言葉を紡いでいた。


「私が見た夢ってね。10年前に……あの人達に無理矢理、お……お、おか……犯された時の、夢だったの」


 最後の言葉を絞り出すのに、どれだけの勇気が必要だったのだろうか。


 もう悠也も知っていることだと分かっているのに。それを今一度言葉した彼女の声は、今までにないほど震えていた。


「痛くてね、すごく怖くてね。たくさん泣いても、やめてくれなくて、嫌がる私を見て……みんなが嬉しそうにわらってたの」


 黙っていた悠也の手が咲茉の頭を撫でると、震えた声で彼女は続けていた。


「嗤ってた。嗤って、私のこと、何回もおもちゃみたいにして遊んでたの。それが、本当に……本当に、本当に気持ち悪かったの。あんな人達が、私と同じ、ニンゲンだって思えなくて。ヒトの形をした化け物にしか見えなくて」


 どうにかして彼女が伝えようとしている。


 必死に言葉にして、自分に伝えようとしている。


 それがどれだけ下手な説明でも、必死に伝えようとしている彼女の気持ちは、悠也にも十分伝っていた。


「あの日から……わ、私は……男の人も、みんなのことも、誰も信じられなくなったの」


 その言葉に、ただ悠也が黙って耳を傾ける。


 決して彼女の頭を撫でる手を止めずに、何度も撫で続ける。


 少しでも彼女が話しやすいように、その恐怖を少しでも拭えるように。


 そうして、ゆっくりと咲茉は語り始めた。


 タイムリープする前の、10年前に起きた、決して忘れられないあの日のことを。

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