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第66話 同じ時間を過ごせて


 結局、検査を受けても咲茉の脳に異常は見つからなかった。


 正直なところ、この結果も彼女が吐いてしまった理由を知っていれば、当然の結果だったと言えるかもしれない。


 とは言えど、万が一の可能性を考えて今回受けた咲茉の検査結果は、悠也達を心底安心させるものだった。


 咲茉が蹴られた事実は変わらない。たとえ彼女から吐いた理由が精神的なものだと告げられても、蓋を開ければ脳の異常だった、という可能性も決してゼロではなかったのだ。


 その不安が杞憂だったと知れただけで、悠也達も安堵せざるを得なかった。


 たとえ今日1日の大半を長い待ち時間で過ごして無駄にしたとしても、その時間を心配と不安で胸が痛くなるほど締めつけられたとしても、その安心を買う為だったと思えば安過ぎる買い物だった。


 当の咲茉本人は終始心配し過ぎだと言っていたが、そう言われても悠也達からすれば不安にもなる。


 もしもの可能性を悠也と悠奈が心配するのも当然のことで、彼女が吐いた場面を見てしまった両親なら尚更だった。



 なにはともあれ、検査も無事終わり、悠也達が病院を出る頃には――もう時刻は夕方を過ぎつつあった。


 外に一歩出た途端、疲れ果てた悠也達が揃って肩を落とすのも当然の反応だった。


 検査を受けた咲茉は勿論のこと、朝から夜まで座ったまま心労で精神に負担を掛けていれば、彼女を心配していた悠也達が疲れるのも至極当然のことで。


 そんな彼等が病院を出るなり、気分転換に外食することを選んだのも仕方のないことだった。


 咲茉の無事を祝ってという大義名分を掲げて、彼等が美味しいモノを食べて帰宅したのは、もう時刻も20時を過ぎていた。


 本当に今日は疲れた一日だった。もうベッドに入るだけで寝れそうだと心から思う悠也だったのだが――


「まさか咲茉の家に泊まるとはなぁ……」


 誰も居ない咲茉の部屋で、悠也はポツリと呟いていた。


 寝巻き姿で、ベッドの上で横になっている彼がスマホを見ると、時刻が22時を過ぎたことを表示している。


 寝るには少しばかり早い時間だとは思うが……今日の疲れを考えれば、むしろ寝るには良い時間だろう。


 またこうして咲茉の家に泊まる機会がなかったことも考えれば、良い機会だったかもしれない。咲茉が泊まりに来ることはあっても、悠也自身が彼女の家に泊まることは実に久しぶりだった。


 咲茉から懇願されて、悠也は泊まることになってしまった。


 一人で寝ると、また怖い夢を見るかもしれない。だから今日だけ一緒に寝てほしいと。


 本来なら年頃の男女が一緒に寝るのも考えものだと思う悠也ではあったが、今回に限ってはそんなことも言ってられなかった。


 もし悠也が一緒に居なければ、咲茉は眠ろうとしない。それを彼自身も分かっているからこそ、咲茉の要望に応じるしかなかった。


 また同じ夢を見るかもしれない。そう彼女が言ったということは、おそらく経験談だろうと悠也は予想していた。


 悠也と一緒に居る時は、不思議なことに怖い夢を見なかったらしい。病院で何度眠っても一度も夢を見なかったと、咲茉は語っていた。


 だから今日の夜も、その安心が欲しいと言われてしまえば、悠也が頷かない理由はなかった。そもそもの話、彼が咲茉のお願いを断ることはないと言っても過言ではない。


 悠也が頷けば、咲茉の両親も快諾していた。若い男女が一緒に寝るという危うげな行為も、悠也が決して間違いを犯さないと信頼されているからこその許可でもあった。


 どの道、悠也が咲茉を襲うつもりなど毛頭ない。彼女がその手の行為に異常な拒否反応を示していることを理解していれば、しようとすら思わなかった。


 だから、ただ一緒に寝るだけ。それだけの話だ。


「……落ち着け、俺。思春期のガキじゃあるまいし」


 それを分かっているはずなのに、どうにも落ち着かない悠也がベッドの上で頭を抱えてしまう。


 身体は子供でも、中身は大人なのだ。これくらいのことで冷静さを失うような男だと咲茉に思われたくない。


 しかし、ふと悠也の脳裏に先日の出来事が蘇った。


 朝起きた時、目の前で寝ていた咲茉の姿を。


 夏間近で気温も高く薄着だった所為で、嫌でも素肌が見れてしまった無防備な姿。


 白い肌と、無垢な可愛い寝顔。そして服の隙間から見えた、男にとって暴力としか言えない歳不相応に育った身体。


 そして咲茉の部屋に染み付いている、彼女の甘い匂い。


 その全部が刺激にしかならなくて――思い出した瞬間、悠也は自分の頬を咄嗟に殴っていた。


「……なにやってんだか」


 左手で殴った頬に、じんわりと痛みが走る。


 その痛みに失笑しながら、おもむろに悠也は気分を変える為に部屋を見渡していた。


 綺麗に整頓された、白い家具の多い部屋。ここ最近、凛子から借りたと話していた漫画がテーブルの上に綺麗に置かれている。


 そこで悠也が視線を動かしていると、ベッドの横に目が止まった。


 異様なほど多くの写真立てが、ベッドの横に置かれていた。


「これって……」


 何気なく悠也が近づいて見ると、数多くの写真立てに飾られている写真を見るなり、思わず息を呑んでいた。


 その写真立てに飾られていたのは、そのほとんどが悠也と2人で撮った写真だった。


 その写真の全部に、可愛らしい文字が書かれている。


「……」


 見てはいけないと思いつつも、ひとつずつ写真を見ていくうちに、自然と悠也の喉奥が震えていた。


 悠也と初めてのデート!


 悠也と一緒に映画! 楽しかった!


 お昼寝してるゆーや、可愛い!


 2人でお家デート、楽しくて泣いちゃいそう!


 そんな風に、その日撮った写真毎にコメントが書かれていた。


 そしてその中のひとつの写真を見て、自然と悠也は泣きそうになった。



 悠也と同じ時間を過ごせて、幸せ!



 2人で撮った、何気ない日常の写真。


 こんな時間が咲茉にとって、どれだけ大切な時間だったのか。


 改めて考えるだけで、悠也は泣きたくなった。


 自分も、また彼女と失った時間を過ごせることが幸せだと感じている。


 しかし咲茉の秘密を知ってしまった上で見る、この写真に書かれた彼女の言葉には、どれだけの想いが込められているのだろうか?


 もう二度と戻らないと思っていたはずの時間を、またやり直せる。それが咲茉にとって、どれほど幸福だったのだろうか?


 こんな時間が、ずっと続くはずだったのに――


「……アイツの所為で」


 あの銀髪の男の所為で、また咲茉が苦しんでいる。


 その事実が、悠也の表情を歪ませていた。


 あの男の所為で、今も咲茉は不安で仕方ないのだろう。


 あの男が居なくならなければ、きっと彼女はこの先も安心することはない。


 やはりあの時、意地でもあの男を――


 そう悠也が無表情で考えていた時だった。


「ゆーやぁ、おまたせ〜」


 ガチャリと音を立てて開かれた扉から聞こえた咲茉の声に、ハッと悠也は写真立てから離れていた。


「歯磨きするのに時間掛かっちゃって……って、どうしたの? ベッドの上で正座なんかしちゃって?」

「い、いや……アレだよ、アレ……雪菜に言われてるんだよ。武道をするのは精神からだって、だから精神統一でもって」


 怪訝に首を傾げる寝巻き姿の咲茉に、悠也が苦笑混じりに答える。


 そんな彼に、咲茉は呆れたと溜息を吐いていた。


「悠也も怪我してるんだから、そーゆーことは今はしない方が良いよ? 今日も私に付き合ってもらって疲れてるんだから、ね?」

「……わ、悪かった」


 遠回しにやめろと咲茉に言われて、素直に悠也が足を崩す。


「うん、素直でよろしい。今日は疲れたから早く寝ないとダメだよー?」


 その素直な反応に咲茉が満足そうに頷くと、とてとてと小走りでベッドに飛び乗る。


 そしてパタリと横になると、そのまま悠也を手招きしていた。


「ほら、悠也も横になろ? えへへ、悠也と一緒に寝るのって久しぶりだからドキドキするね?」

「別にしないって……」

「……むぅ」


 誤魔化すように答えた悠也が横になると、咲茉が不安そうに頬を膨らませる。


「……本当は?」

「めっちゃドキドキしてます」

「ふふっ、素直な悠也は可愛いね〜」


 そう言うと、咲茉が悠也の頭を撫でていた。


 急に彼女から撫でられて、思わず悠也が頭を逸らす。


「おい、撫でるなって」

「いつもたくさん撫でてもらってるから、たまにはお返ししないと」

「なんだよ、それ」

「私が撫でたいから気にしない」


 しかし強引に咲茉が嬉しそうして頭を撫でてしまえば、悠也もそれ以上の拒否はできなかった。


 お返しにと、悠也が咲茉の頭を撫でれば、幸せそうに彼女が微笑む。


 その笑顔を見ながら、悠也も自然と微笑んでいた。


「寝るまでいっぱいお話ししよーね?」

「いくらでも、咲茉が寝るまで付き合うよ」

「うん。話したいこと、いっぱいあるんだ」


 そう言って、咲茉が笑う。


 その時、ふと悠也は思った。


 なぜか、その笑顔は、不思議と悲しそうだったと。

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