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第64話 親の我儘


 咲茉えまの父――新一郎から聞いた咲茉の搬送された病院は、事前に悠奈から聞いていた通りだった。


 悠也の住む住宅街の住民達が主に利用している総合病院。市内にある病院の中でも、特に施設が充実した病院として扱われている。


 悠也の自宅から徒歩で約30分程度、バスを使えば10分ほどで行ける距離だ。


 連絡を受けた悠也がバスを利用して病院まで到着すると、偶然にも、ちょうど入口から出てきた新一郎と鉢合はちあわせた。


「驚いた。こんなに早く来るとは思わなかったよ」


 悠也を見るなり、心底驚いたと新一郎が目を大きくする。


 物腰の柔らかそうな印象を受ける優男。その見た目通り、実のところ優しい性格の持ち主なのだが、眼鏡と普段の固い口調の所為で堅い人間と見られることが多い。


「お待たせしてすみません。やっぱりバスだと少し時間が掛かってしまって」


 そんな彼と出会った悠也は、会うなり深々と頭を下げていた。


「悠也君が謝る必要はないよ。むしろ君が来るまで外で待とうと思っていたんだ。ちょうど僕も、少し外の空気を吸いたかったところでね」

「いえ、それでも待たせたことには変わりないので」


 そう言って朗らかに微笑む新一郎に、また悠也が謝罪する。


 どんな形であっても、彼を待たせたことは変わらない。ならば最低限の謝罪もするのが筋だろう。その相手が恋人の父親なら、当然の対応だった。


 頭を下げる悠也に、つい新一郎は苦笑していた。


「正直に言ってしまえば、君を待つのはついでだったんだ。だから本当に、君が気にする必要はないよ」

「……わかりました」


 そして新一郎が諭せば、すぐに悠也は頭を上げていた。


 これ以上の謝罪は、相手を不快にさせると彼は分かっている。


 それを新一郎が察すると、目の前の少年に思わず感心してしまった。


「本当に君は変わったね。良い意味でも、悪い意味でも」

「それは……どういう意味ですか?」

「今の悠也君と話していると……まるで歳の近い大人と話してる気分になるんだ」

「……それが悪いこと、ですか?」

「悪くはないが、不思議と寂しくなるんだよ。まだ君は子供なんだ。大人になるのは、もう少し先でも遅くない」


 まだ高校生になったばかりの子供と話しているはずなのに、どうにも目の前にいる悠也が大人のように見えてしまう。


 落ち着いた言葉遣いも、礼節ある態度も、まるで子供とは思えなかった。


「子供の頃から君を知ってる僕としては、僕の前では子供らしくしてほしいところだ。もう少し砕けて話してもらえると僕も嬉しいよ」

「……それは流石に、少し難しそうです」

「そうかい? だが君の恋人であり、僕の娘の咲茉は悠奈さんを母のように慕っていると聞いているよ? それなら君にとって僕も、父親同然と言えるのではないかな?」


 その言葉が、なにを意味しているか?


 その意味に気づいた悠也が、思わず息を呑んでしまった。


「君が僕のことをどう思っているか分からないが、少なくとも僕は君のことを息子のように思っているよ」


 それは恋人の父から向けられる言葉の中で、最上位と言える承認の言葉だった。


 自分のことを息子として見ている。それは家族として扱われていると同義だった。


 悠也が思い出す限り、仕事で多忙な新一郎と話す機会は多くなかった。それなのに、そこまで言われるとは夢にも思わず、呆然としてしまう。


 新一郎から気を使われているのではと勘ぐってしまうが、彼から向けられる穏やかな表情が、その考えを否定していた。


 ここまで新一郎に言われてしまえば、今の悠也がどうするべきかなど決まっていた。


「お……お義父さん? ってちょっと気まずいな、これは流石に」

「ははっ、それで良い。その方が子供らしくて良い」


 微笑む新一郎に、気恥ずかしそうに悠也が顔を顰めてしまう。


「さて、立ち話もこれくらいにして……僕と一緒に来てほしい」


 新一郎が肩を竦めると、そっと悠也を病院の中に行くよう促した。


 そして先を歩き出した新一郎の背中を悠也が追い掛ける。そして出そうになった敬語を我慢しながら、なにげなく彼に声を掛けていた。


「今更だけど、どうして俺を?」

「咲茉が倒れたことは、もう悠奈さんから聞いてるね?」

「昨日の深夜に吐いて運ばれたって聞いたけど……」


 病院内を歩きながら悠也がそう答えると、新一郎が頷く。


「あぁ、それで咲茉も点滴を打って体調は戻ったんだが……困ったことがあってね」

「もしかして、咲茉の体調が悪く?」

「いや、まだ悪くなっていない。もしかすると、これからなるかもしれないって話だ」


 新一郎の話に、悠也が怪訝に眉を顰める。


 そんな彼に、新一郎は振り向くこともなく告げていた。



「咲茉が、眠らないんだ」



 背後から悠也が見た新一郎の表情は、とても辛そうだった。


「眠らない?」

「どうやら酷い夢を見たらしくてね。娘が言うには、吐いた理由もそれらしい。だが頭を打った可能性もあるから検査はしようってなったんだ。予約のない検査待ちはとても時間が掛かる。だから昨日から大して寝ていない咲茉に寝るように何度も話してるんだが――」

「……言っても寝ないと?」

「咲茉は気づいてないかもしれないが、ボーっとして君の名前を何回も呟いてるんだ。君に会いたくて仕方ないって、電話だけで済ますのは違うと思ってね。ここに悠也君を呼んだのも、君と会えば少しでも娘が安心すると思った……親の我儘だよ」


 苦笑する新一郎の話を聞きながら、悠也は自分の予想が当たっていたと確信していた。


 間違いない。咲茉が倒れた原因は、昨日の一件で拓真という男と出会った所為だと。


 おそらく彼女が見た夢とは、思い出してしまった当時の記憶かもしれない。


 もしまた眠ってしまえば、また同じ夢を見るかもしれない。その不安があれば、咲茉が眠らないと選んだ理由にも納得ができる。


「俺が傍に居るだけで咲茉が安心できるなら……そんな我儘くらい、いつでも」

「そう言ってくれると助かるよ」


 おそらく彼も眠っていないのだろう。あたらめて見ると、彼の目元に少し隈ができていた。


 娘が眠ろうとしなければ、自分も眠るわけにもいかない。そう思う父親の気持ちは、親になった経験のない悠也でも察せた。


 その後、新一郎の後に続いて、悠也が病院内を歩いていく。


 そうして少し経つと、おもむろに新一郎が歩く先の曲がり角を指差していた。


「ここを曲がると、咲茉と僕の嫁が座ってるよ」


 そう言われて、悠也が新一郎と肩を並べて角を曲がる。


 そして悠也が曲がった先の待合室を見渡すと、すぐに彼の目が一人の女の子を見つけていた。


 母親に肩を抱かれながら、座っている咲茉が眠そうに船を漕いでいる。


「……咲茉」


 そう呟いた悠也の足が、ゆっくりと彼女に向っていく。


 その時、眠りかけていた咲茉がハッと意識を取り戻して、俯いていた顔を勢いよく上げる。


 そこで、ふと咲茉の目が近づいてくる悠也を捉えていた。



「……ゆーや?」



 眠そうだった咲茉の目が、大きく見開かれる。


 まさかこの場に来るとは思ってもいなかったのだろう。


 ふらついた足で彼女が立つと、転びそうになりながらも悠也に駆け寄っていた。


「あぁ……本当にゆーやがいる」

「ごめんな、来るの遅れて」

「ゆーや……にせものじゃない。うん、ゆーやの匂いがするから、ほんものだ」


 そして勢いよく悠也に抱きつくと、彼女は嬉しそうに頬を緩めながら、彼の胸に頭を擦り付けていた。


 咲茉の安堵している表情は、今にも泣きそうで、心の底から安心したと言いたげに緩み切っていた。


 一体、彼女はどれだけ不安だったのだろうか?


 そう思いながら、悠也はそっと咲茉の頭を優しく撫でるしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回のようなただの傷害事件だと大した罪にならないのですぐ釈放されてまた事件起こすだろうからどうにかして海外のイカれたホモ野郎とか中東の紛争地帯に売り飛ばしたり出来る伝手がないものか… 雪菜か…
[良い点] 義父さんいい人だ… [気になる点] 悠奈には連絡したんですか?
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