第63話 都合の良い話
母親の言う通りに学校へと向かうべく自宅を出た悠也だったが……実際のところ、自分はどうするべきかと悩んでいた。
本来なら自分も咲茉のいる病院へ向かうべきだろう。倒れた彼女を心配するなら、それが当然の行動である。
昨日の一件で、もし仮に咲茉の体調不良の原因があの男に蹴られた所為ならば、確かに大人達が脳の異常を心配するのも頷ける。
普通に考えれば、そう思うのが自然だろう。なにも知らずに、昨日の事件で見知らぬ男に襲われて咲茉が暴力を受けたということしか知らなければ、実際そう思うことしかできない。
だが咲茉の隠していた秘密を知ってしまえば、彼女の倒れた理由は――別のモノだと悠也は考えていた。
あの咲茉が頑なに隠し続けていた、極度の男性恐怖症になってしまった本当の理由。
それが過去に受けた強姦によって起きたものだと知ってしまえば、咲茉が吐いた理由も容易に想像できた。
あの銀髪の男に、自分を無理矢理犯した張本人と彼女は再会してしまったのだ。
たとえ公言してなくとも、咲茉が彼と会いたくなかったと察するのは悠也でも簡単だった。
今までの彼女の行動が、それを証明していた。
改めて思えば、咲茉はタイムリープしてからも一人で出歩くことを極端に避けていた。基本的に遠出することすら避けている節があった。
そして当時していた喫茶店のアルバイトのことも秘密にして、避けていた。
それもきっと、咲茉があの男と初めて会った場所だったからに違いない。昨日見た喫茶店の襲撃事件も、彼が咲茉と会う為に起こしたと考えれば、その理由にも納得ができる。
その行動の全てが、あの拓真と呼ばれた男との再会を避ける為だったのだろう。もし会ってしまえば、また同じ未来になってしまうかもしれないからと。
そんな男と予想外の再会をしてしまった咲茉のショックは、おそらく想像することもできないほど大きかったに違いない。
それに加えて、なぜか彼もタイムリープしている。咲茉を強姦し、大人になっても付き纏い、そして殺した記憶まで持っている。
そこまでの異常な執着心を見せる男がタイムリープしてしまえば、また彼女を襲うに決まっていた。
またあの男に犯されるかもしれない。その可能性を考えてしまった咲茉が吐くのも当然だろう。
そしてあの男と出会ったことで思い出したくもない記憶を思い出してしまったとすれば……咲茉の体調不良も十分過ぎるほど納得ができてしまうのだから。
「……咲茉」
学校に向かいながら、無意識に考え込んでいた悠也の口が彼女の名前を呟いてしまう。
昨日、二人で泣いてしまった後、あの場に警察や救急隊が到着してから、悠也は咲茉と一度も話せていなかった。
救急隊による怪我の応急処置。警察から身柄の保護をされて取り調べを受け、呼び出された両親に病院まで連行されてしまった所為で、咲茉達と離れ離れになってしまった。
咲茉達も同様に、警察に呼び出しを受けた両親に引き渡され、それぞれの家族で別行動せざるを得ない状況だった。
そんな中で、悠也も強引に咲茉との合流は難しかった。救急隊と警察の対応、そして治療を受けながら病院で慌てふためく両親の相手をしているうちに、あっという間に夜中になってしまうほど慌しく時間は過ぎていた。
その時点で悠也の疲労も限界を超えていた。もういつ家に帰ったかすら思い出せない。気づいたら自室のベッドで寝ていたのだから、彼が咲茉に連絡する余裕などあるはずがなかった。
今日の朝起きて、ようやく自分が寝ていたことを自覚したくらいだった。
「……なにやってんだか」
自分の不甲斐なさを感じながら、自然と悠也が呟いてしまう。
昨日、自分が連絡していれば、もしかすれば咲茉も倒れなかったのかもしれない。その後悔が、彼の胸を締めつける。
どうしようもなく、咲茉と会いたい。
話したいこともある。聞きたいこともある。
きっと彼女も、同じ気持ちだろう。
もし咲茉の倒れた理由が予想通りなら、きっと今も不安で震えているかもしれない。
「……って言ってもなぁ」
そう思う悠也だったが……実際のところ、今の自分が咲茉に会いに行こうとしても困る点が多かった。
まずひとつは、咲茉の倒れた本当の理由を悠也しか知らないことだった。
暴力を受けたことで咲茉が体調を崩してしまったと大人達に思われている状況で、子供の自分が学校を休んでまで彼女のいる病院に行く必要がないと思われている。
それもそうだろう。彼女の傍に両親が付き添っていて、周りに大人がいる状況で、たとえ恋人であろうとも子供が出しゃばる理由がない。
大人からすれば、子供は黙って学校に行けと言うのが正しい判断だろう。念のために受ける検査だけで、ただ付き添うために悠也が学校を休む理由がない。
仮に悠也が強行したところで、周りの大人達からすれば邪魔者扱いされるだけだ。下手に強引な行動をしても、追い出されるのが目に見えている。
母親の悠奈からも釘を刺されている時点で、それは分かっている。おそらく咲茉の両親も同様の反応をするはずだろう。
自分の親はともかく、彼女の両親に悪印象を与えるのも考えものだった。
どうにかして、彼女と連絡できないものか?
「……持ってるはずないよな」
なにげなく、悠也がスマホを取り出す。
そして操作して、咲茉に電話を掛けてみるが――
「出るわけないか」
電話を掛けても、呼び出し音が鳴るだけだった。
夜中に緊急搬送された時点で、倒れた咲茉にスマホを持ち出す余裕があるとは思えない。都合良く咲茉の両親が彼女のスマホを持ち出しているはずもない。
ならば通話などで咲茉と連絡はできないと考えるべきだろう。
「なら、どうするか」
思わず、立ち止まって悠也がどうするべきかと唸る。
会いに行かないという選択肢は選びたくはない。
だが、会いに行くにしても知り合いに会ってはならない。咲茉の両親に見つかれば追い出されてしまう。
そして優先事項としては低いが、後から咲茉達と合流する悠奈にも、出会ってはならない。見つかれば収入源が減ってしまう。
しかし病院内の咲茉の近くに行く時点で、それらを回避できる可能性があるとは思えなかった。
「……なんか良い案ねぇか」
唸りながら、必死に悠也が頭を巡らせる。
咲茉に会いに行ける、都合の良い理由がないものかと。もしくは、彼女と話せる方法がないものかと。
「……咲茉の親?」
ふと、妙案が悠也の頭を思い浮かんだ。
今、彼の手に持っているスマホには、多くの連絡先が入っている。
咲茉は当然のこと、そして彼女の両親の連絡先も悠也は知っていた。
救急車を自宅の電話から呼ぶ可能性もあるが、一番確率が高いのは自身のスマホだろう。
なら彼女の両親に連絡すれば、咲茉本人と話せるのでは?
そう思った悠也がスマホを操作しそうとした時だった。
ふと、悠也のスマホに着信があった。
鳴り響く通知音と、画面に映し出される電話の相手。
その名前に驚く悠也だったが、すぐに恐る恐ると通話ボタンを押していた。
「はい。もしもし」
『……悠也君? 今、大丈夫かい?』
この声を最後に聞いたのは、2週間ほど前だっただろうか?
「えぇ、大丈夫ですよ。急に新一郎さんから連絡が来たので驚きました」
『たまに話すけど、こうして電話することはなかったからね。急で申し訳ないが、君に相談があるんだ』
「俺に、ですか?」
電話越しに聞こえる声に、悠也が怪訝に眉を顰める。
彼の疑問に、その電話の主――咲茉の父親である涼風新一郎は、端的に要件を伝えていた。
『我ながら随分と勝手な頼みだと思うが、今から咲茉のいる病院に来てもらいたいんだ』
まさか咲茉の父親から、ここまで都合の良い話が来るとは思わなかった。
『申し訳ないが学校には遅れていくか、もしくは休むことになるかもしれない。もしそれでも悠也君が構わないから、どうか来て欲しい』
スマホから聞こえる、どこか張り詰めた声。
その奇妙な声色が気になる悠也だったが、その要望に頷かない理由はなかった。
「すぐ行きます。一応、病院の場所を――」
新一郎から病院の場所を聞くと、悠也は足早に移動を開始していた。
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