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第52話 どうしても治らない


 店内の奥の、更にその奥に進めば試着室に辿り着く。


 店内から試着室が一切見えないように作られているのを見る限り、これもランジェリーショップの主な客層となる女性に向けた配慮だろう。


 そう考えれば当然の配慮なのだが、どうにも咲茉は試着室に居ると居心地が悪くて仕方なかった。


 見知らぬ狭い空間にいると、どうしても不安になってしまう。


 背中を走り抜ける寒気に嫌気が差しながら、渋々と咲茉は試着室で服を脱いでいた。


「これ……本当に全部着るの?」


 試着室に持ってきた数多くの下着に、もう何度目か分からない苦笑を咲茉が漏らしてしまう。


 とりあえず10個と言われて乃亜から渡された商品だが……これを全て試着するだけでも、かなりの時間を要するだろう。


 まだ他にも乃亜達の手には試着を待っている下着達がいる。はたして、全部試着するまで後どれほどの時間が掛かるだろうか?


 そのことを考えるだけで気が滅入りそうになるが、少なくとも自分の為を思って友達が選んでくれたものを無下にはできない。ここは素直に着るのが無難だろう。


 そう思いながら、とりあえずと咲茉が下着の山から適当にひとつを手に取ると、その瞬間――彼女はぎょっと目を大きくした。


「……なにこれ?」


 手に取った下着を見て、あり得ないと咲茉は困惑していた。


 布としての感触があるのに、奇妙なほど軽い。ほんの少しの出来事でブラジャーを広げてみると、その未知の存在に彼女の頬が引き攣った。


「うわぁ……透けてる」


 広げると布の先が透けて見えるほどの薄さしかない深紅のブラジャーに、咲茉が困惑を通り越して呆れてしまった。


「これ、絶対隠せてないと思う」


 思わず、咲茉はそう呟いていた。


 仮に着たとしても、絶対に下着としての機能を果たしていない。そう断言できる薄さに、自身の顔が強張るのが嫌でも分かってしまう。


 こんな派手な下着など、昔見ていた映画やアニメに出てくるセクシーキャラでしか見たことがなかった。


「……これはやめとこ」


 着るとは言ったが、それでも限度がある。着ても大事な部分を全く隠せていない下着は、流石の咲茉でも友達が選んだと言えど着る気すら起きなかった。


「これも、だめ。これも……え、これって紐だけ?」


 着れないと判断した咲茉が持ってきた下着達を次々と確認していく。


 だが乃亜達に渡された下着は、なぜか異様なほど派手なものばかりだった。


「あ、これは大丈夫かも」


 しかしその中で、唯一着れると思えた下着が一着だけあった。


 多少薄いと思えたが、青い布地に、ひらひらのフリルで装飾された可愛いデザインの下着。胸元にワンポイントで花を模った装飾が、とても可愛らしい。


「うん……ちょっと派手だけど、これなら着れそう」


 手に取ったその可愛い下着だけは、咲茉も少しだけ着てみたいと思ってしまった。


「咲茉ー? 着れたか?」

「あっ、もう少し待って。まだ着替えてるから」

「ゆっくりで良いぞ? 折角なら私が手伝って――」

「その先は許しませんよ? 凛子ちゃん?」

「……ごめんなさい」


 凛子に声を掛けられて、いそいそと咲茉が下着を脱いでいく。


 そして選んだ青い下着を身に付けていくと、その場で自然と彼女は室内の鏡で自分の姿を確認していた。


 鏡に映る肌白い身体に、青い下着が映えて見える。やはり胸の部分にある花のフリルが可愛くて仕方ない。


「……確かに、ちょっと可愛いかも」


 自分の姿に可愛いと思うのも変だと思えて、可愛いのは着ている下着であって自分ではないと自身に言いつけて納得させる。


「…………」


 そんなことを思いながら咲茉が鏡を眺めていると、ふと彼女は自身の身体に視線を向けていた。


 改めて見ると、しみじみと思ってしまう。やはり子供の身体だからか、我ながら驚くほど綺麗な肌をしていると。


 ほんの少しだけ肉つきが気になるが、大人だった時の痩せ細った身体よりは健康的で良い。


 少し気になる二の腕を触りながら咲茉がそう思っていると、いつの間にか彼女の指が手首を摩っていた。


「あ、またやってる」


 無意識に触ってしまう癖に気づいて、思わず咲茉が呆れて失笑していた。


 タイムリープして来てから、無意識に触ってしまう癖がどうしても治らない。


 やはり今まであったものが無くなっていると、自然と気になってしまうらしい。


 手首から肘に掛けて、ずっと残っていたモノが消えていると自分が過去に戻っているのだと自覚してしまう。


 身体中にあったモノが消えて、見違えるほど綺麗になった身体を見ているだけで嬉しさのあまり泣きたくなる。風呂に入っている時でも、たまに自分の身体を眺めてしまう時があるくらいだ。


 それでも、やはり違和感が拭えないのはどうしてか――


「……やっぱり私の身体って、変わってるのかな」


 鏡に映る自分の身体に、なにげなく咲茉がそう呟いていた。


 確かに、自分の身体はクラスメイト達と少し違う。当時は全く気にもしていなかったが……こうして改めて見ると、やはりそう思えてしまう。


 胸も、同性のクラスメイト達と比べると明らかに大きいかもしれない。形を良く魅せるブラジャーの所為で、不思議と更に大きく見える。凛子も大きい方だと思うが、それでも自分の方が大きい気がする。


 とは言っても、腹が出ているわけではない。昔から少食で、よく家族に食べなさいと注意されていたくらいだ。決して、おそらく太っているわけではないだろう。


 また腰も細い方だと思うのに、なぜか悲しいことに下半身が太く見えてしまうのはどうしてだろうか。


 これもここ最近の悩みだが、自分の身体に嫌気が差してしまう。


 胸も大きいと、重くて邪魔になる。大人だった時に比べれば軽くて楽だが、あって良いことはない。よくテレビなどで女優が着ているセクシーな服を着たいとも思わない。


 大きければ男ウケが良いと聞くが、そんなことは心底どうでも良かった。モテたいなど一度も思ったこともない。自分には大好きな悠也がいるのだから、どうでも良い。


「もし小さくできても……ゆーやが大きいの好きだったら困るかも」


 これは本人に訊いたこともないが、悠也の好みによっては困るかもしれない。


 今のところは訊く予定もないが、彼が小さい方が好きならば困ったことになる。


 大きくする方法はあると聞くが、小さくする方法は限られている。


 これも願わくは、彼が大きい方が好きなことを願おう。


 もし彼が小さい方が好みで、小さくできるのなら小さくしたいところだが……


 失礼かもしれないが、咲茉は正直に言うと乃亜や雪菜が羨ましかった。


 こんな余計なモノがなければ、あんな辛い思いもしなかったのに――


「考えちゃだめ……もうあんなこと、起きないもん」


 ふと脳裏を過ぎった忌まわしい記憶を、咲茉が頭を振って吹き飛ばす。


 男が恐ろしいと思うようになった出来事は、もう起きないと分かっている。


 同じことが起きないように、もう対処も済ませている。


 それなのに男性恐怖症が一向に治らないのだから、情けなくて呆れてしまう。


 大人だった時、病院に通っている時も数えきれないほど言われたことだが、精神的な病は簡単に治らない。それも分かっているのに、やはり情けないと思ってしまう。


「だめ! 考えちゃだめ! 今日はみんなで楽しく遊ぶんだもん! 悪いこと考えたら気が滅入っちゃう!」


 自分を元気付けるために少しだけ声を張ってみると、落ち込みそうだった気持ちも思いのほか和らいだ。


「咲茉っちー? まだ~?」

「今終わったよー!」


 今日は大好きな友達と遊んでいるのだから、嫌なことは考えてはいけない。


 悠也が居なくて不安でも、それは自分が心配性なだけなのだから。


 そう咲茉が自分に言い聞かせると、早速試着した下着を乃亜達に見せるべく、試着室を仕切っていたカーテンを開いていた。


「渡してもらったので着れるのこれくらいだったんだけど……どうかな?」


 心配そうに試着している下着を確認しながら、咲茉が乃亜達に問い掛ける。


 しかし声を掛けても、一向に彼女達から返事がなかった。


 奇妙だと感じた咲茉が乃亜達に視線を向けると、


「凛子ちゃん! 急に倒れてどうしたんですか!」

「……やばい。私の咲茉、めっちゃえっちやん」

「語尾が変になってますよ!? 凛子ちゃん!?」


 なぜか顔を真っ赤にした凛子が倒れていて、雪菜に介抱されていた。


「うん。試しにとは思ったけど……咲茉っちの身体だとエグイね~」

「……もしかして、やっぱり変?」

「いや、全然変じゃないよ~」

「……?」


 意味が分からないと、咲茉が首を傾げる。


 そんな彼女に乃亜がわざとらしく肩と竦めると、


「滅茶苦茶似合ってるから、ちょっと刺激が強過ぎただけって話~」


 そう言って、乃亜が苦笑していた。


 少なくとも、似合っていないわけではないらしい。


 そのことに胸を撫で下ろす咲茉だったのだが――


「これは他の男には見せたくないなぁ~」

「ん? 乃亜ちゃん? 今なにか言った?」

「なんでもないよ~! じゃあ次の着ちゃお~!」

「……?」


 勝手に話を終わらせた乃亜に、不思議そうに咲茉が眉を寄せていた。

読了、お疲れ様です。


今日は続けて2話の更新です。書き終わると長くなりました……


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