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第49話 楽しんでほしい


 これは咲茉えま自身も改めて気づいたことだったが――彼女はタイムリープして来た日から今日まで、ただの一度も悠也の居ない“遊び”には行ったことがなかった。


 どんな時も、どこに行こうとも、必ずと言って良いほど咲茉は悠也と一緒にいることを最優先している。


 たとえ家でも、学校でも、外だろうと。それは決して変わらない。現実的に可能な限り、彼女は悠也と片時も離れようとしない。


 自身の抱えている極度の男性恐怖症によって、咲茉の心の奥底に根付いている外の世界への不安は……彼女が1人になると、膨大に膨れ上がる。


 大好きな家族や友達と一緒に居れば、多少は安心できる。しかしそれでも、誰よりも彼女が心から安心できる存在は、やはり悠也ただひとりだった。


 彼の傍に居る時だけ、嫌なことも全部忘れさせてくれる。彼と一緒に居るだけで、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。その心地良さが、堪らなく愛おしくて。


 世界の誰よりも大好きで、心の底から愛している彼と一緒なら――それ以外、もうなにも要らない。


 そう思える異性が自分にいる。その事実が、咲茉のすさんだ心を癒していた。


 まだ自分の心は壊れていない。どれだけ汚れても、どれだけ自身を嫌悪しても、彼に対する愛情だけは綺麗なままで……彼のことを愛しく想うこの気持ちが、壊れかけている心を守ってくれている。


 そんな彼と離れてしまえば、どうなるかなど始めから分かりきっていた。


 今日は朝から夕方まで女子だけで遊びに行く場に、彼の姿がないことは咲茉自身も納得しているはずなのに―― 


 やはり大好きな悠也が一緒に居ないと、無性に心細くなってしまう。


 こうして悠也の家から街まで向かう道中も、不安のあまり……雪菜と一緒に迎えに来てくれた凛子と手を繋いでしまう自分が、どうしようもなく情けなかった。


「……凛子ちゃん」


 朝の、まだ9時を過ぎた頃。街に向かう道中で咲茉が凛子と繋いでいる手をぎゅっと握り締めると、不安そうに彼女の顔を見つめていた。


「ん〜? どうした? もしかして喉でも渇いたのか?」


 心なしか上機嫌な凛子が、咲茉に優しく微笑む。


 そんな彼女に咲茉が首を左右に振ると、恐る恐ると訊いていた。


「やっぱり……私と手繋いでるの、邪魔かな?」

「邪魔だって? この私が咲茉のこと邪魔なんて思うはずないだろ?」


 一体なにを言っているのかと、一瞬だけ呆けた凛子から笑い声が漏れる。


 そんな彼女に、咲茉は悲しそうに俯いていた。


「だって、私……みんなに我儘ばっかり言ってるから」


 今も凛子と手を繋いでいないと、不安過ぎて身体が動かなくなりそうになる。


 その不安を少しでも和らげようと、悠也の家を出て数分も経たずにして咲茉は凛子に手を繋ぎたいとお願いしていた。


 我ながら友達相手に随分な我儘を言ってる。その自覚はあるが、それでも心を許した人間と手を繋いでいないと気がどうにかなりそうだった。


「男が怖いんだから仕方ないだろ?」

「でも……だって、いつも凛子ちゃんにお願いしてるから」


 学校でもそうだが、咲茉は悠也と一緒に居れない時、必ず誰かの傍に居る。


 その一人が、今も咲茉と手を繋いでいる凛子だった。


 また乃亜や雪菜も咲茉の傍に居ることも多い。だが、それよりも遥かに彼女と一緒に居る機会は凛子の方が多かった。


「なに余計なこと心配してるんだか。別に私が咲茉と一緒に居たいだけなんだし、気にする必要ないだろ?」

「でもぉ……」


 やはり迷惑を掛けていると、申し訳なさそうに咲茉が俯いてしまう。


 この会話も、もう何度目か分からない。咲茉が手を繋ぐなどのお願いをするたびに、こうして彼女が謝るのはいつものことだった。


「外に出れば男なんて腐るほどいるんだし、咲茉が怖いって思うのも当然だろ?」


 だから凛子も、毎度同じ返答をしてあげるようにしていた。


 咲茉が申し訳ないと思う気持ちは、凛子も察せた。


 極度に男性が怖いと思っている咲茉にとって、外の世界は恐怖でしかないだろう。


 家から出てしまえば、男と出会わないことなどあるはずがない。


 その恐怖と不安を少しでも和らげるために、咲茉が誰かと一緒に居るようにしていることを凛子が察せないはずがなかった。


「……うん。いつもごめんね」


 そしてこの会話も、最後は咲茉が謝って終わってしまう。


 だから凛子も、そのタイミングで毎回同じことを伝えるようにしていた。


「気にすんなって、むしろ私としては誰にも邪魔されずに咲茉とイチャイチャできるから役得なんだよなぁ~」


 とびきりの笑顔で凛子がそう言うと繋いでいた咲茉の手を引き寄せて、彼女と肩を寄せ合う。


「り、凛子ちゃん?」

「この時だけは咲茉は私のだから良いんだよ。私が幸せなんだし文句なんてないっての」


 そう言って凛子が咲茉と繋いでいる指に自分の指を絡ませれば、彼女と恋人繋ぎができてしまう。


 咲茉と触れ合っている。絡めている指と手のひらから伝わる体温が、まるで彼女と繋がっているように思えてしまう。


 それが凛子には、堪らなく幸せだった。


「私が男だったらなぁ……絶対咲茉のこと幸せにしてやるのに」


 もし自分が男ならば間違いなく咲茉と付き合い、結婚しているだろう。


 彼女に好かれるためなら、どんな努力も惜しまない覚悟だってある。


 その確信があるからこそ、自身が男ではないことが凛子には悔しくて仕方なかった。


「それはダメだよ。仮に凛子ちゃんが男の子でも、私はゆーやのなんだから」


 この手の話をすると、咲茉が必ずそう答えるのも知っていた。


 心から嬉しそうにして頬を緩める彼女の表情は、誰が見ても幸せだと語っている。


 それが凛子の感情を問答無用に掻き乱した。


「あの野郎……私の咲茉を勝手に取りやがって」


 あの憎き男の顔を思い出すだけで、凛子の目が吊り上がっていく。


 先程までの幸せな彼女の笑顔が、瞬く間に鬼の形相に変わり果てていた。


「凛子ちゃん? そもそも、咲茉ちゃんはあなたのじゃないですからね?」


 怒りに狂い始めた凛子に、溜息混じりに雪菜が諭す。


 しかしそんな些細なことなど、凛子には関係なかった。


「うっせ。そもそも全部アイツが悪いんだよ。私から咲茉を取ったのもそうだし、テストの時だって一丁前に学年2位になりやがって……許せねぇ」

「それは単純に悠也さんが頑張っただけじゃ……」


 もう言いがかりにも程がある凛子の言い分に、雪菜が呆れてしまう。


 しかし雪菜から何を言われようとも、凛子の怒りは収まらなかった。


「ふん! 最近のアイツは調子に乗ってるんだよ! ちょっと見なかっただけで大人びた雰囲気出しやがって、アイツ見てるとすげームカつく!」

「……そんな風に見えるの?」


 悠也に対する怒りを露わにした凛子に、思わず咲茉が訊き返してしまった。


「そんなもん見たら分かるだろ。妙に大人びてるって言うか、前と全然って啓介みたいにガキっぽくないし」


 話せば更に苛立ちが増したのか、不満そうに凛子が舌打ちを鳴らしてしまう。


「凛子ちゃん。舌打ちは行儀が悪いですよ」

「うるせ、これも全部悠也が悪いんだよ」

「全くもう」


 そんな彼女に、雪菜は呆れたと溜息を吐き出していた。


「でも、悠也さんが変わったと言うのも少し分かりますね」

「……雪菜ちゃんも?」


 凛子と同じく雪菜までも悠也に対する見方が変わったと聞けば、咲茉も訊きたくなった。


 彼女の問いに、雪菜は小さく頷いていた。


「確かに学校ではクラスの男子達と騒いでいることもありますが、普段の悠也さんは以前よりも大人びた印象を受けます」


 今の悠也の中身が大人である以上、大人びてると思われても仕方ないだろう。


 しかしそれがどこから来てる印象なのか、咲茉にはイマイチ分からなかった。


「なんと言いますか……以前よりも何事にも真面目で、話し方に落ち着きある気がします。まるで大人と話してるような、そんな印象ですね」

「……そうかな?」

「はい。今の悠也さんは以前よりも更に増して、とても素敵な方だと思いますよ。特に咲茉ちゃんといる時、それがよく分かります」

「……?」


 思わず、咲茉が首を傾げてしまう。


 そんな彼女に、雪菜はクスクスと笑いながら続けていた。


「気づいてないかもしれませんが、悠也さんが咲茉ちゃんを見てる時の表情は本当に素敵です。クラスにも恋人同士の方々はいますが……その彼氏さん達と悠也さんは少し違う気がするんです」

「ガキっぽくないのが腹立つんだよ。子供の恋愛なんてイチャイチャするもんだろ。それなのに大事そうに咲茉のこと見てばっかで……マジで惚れてるって顔してるのが死ぬほどムカつく」

「流石に私はムカつきはしませんが、今の悠也さんを見ていると……好きではなく、愛してると言う言葉がとても似合うんですよね。不思議です」


 端から見れば、そう見えるらしい。


 まだ彼から愛してると言われたことはないが、それでも態度で分かるほど自分は愛されているらしい。


「ぁぅ……」


 2人から見た悠也の印象に、自然と咲茉の頬が赤く染まっていた。


「あぁ……ダメだ。腹立ってくる」

「ですから理不尽に悠也さんに怒るのはダメですよ」

「うっせぇ……」


 心底不快だと凛子が舌打ちを鳴らす。


 そして彼女が咲茉の肩に頭を乗せると、口を尖らせた。


「どうせなら今日のデートで悠也から奪ってやる」

「……それは厳しいんじゃないかな?」

「やってみないと分からないだろ」


 赤くした頬を引き攣らせる咲茉に、凛子が不満そうに鼻を鳴らす。


 やるまでもなく、絶対に変わらないだろう。


 悠也に対する想いが揺らぐことはない。その確信が咲茉にはあった。


「なら私も、悠也さんから咲茉ちゃんを奪ってみたくなりました〜」


 その時、ふと雪菜がそう言って咲茉の空いている手を握っていた。


 雪菜もまた指を絡めた恋人繋ぎで、咲茉と手を繋いでいた。


「……雪菜ちゃん?」

「今日は殿方の居ないデートです。なら折角なので、咲茉ちゃんが悠也さんのことを忘れるくらい楽しんでもらわないと」

「それ良いな。そうすれば悠也から咲茉のこと奪えるかもしれないし」


 好き勝手に話し出した2人に、咲茉が交互に2人を見ながらキョトンとしてしまう。


 そんな彼女を見ながら、凛子と雪菜は顔を見合わせると揃って笑っていた。


 今日だけは不安もなく、1日楽しんでほしい。


 そんな思いで、2人はギュッと咲茉と繋いでいる手を握り締めていた。

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[良い点] なんて素敵な友情… ちょっと胸が熱くなりました
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