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第48話 安心できるもん


 中間テストが無事終わり、週末の日曜日となった。


 その日曜日の朝。自宅のリビングで、悠也は不貞腐れた顔をしていた。


「……咲茉。やっぱり俺も一緒に行ったら駄目か?」

「私は良いんだけど……」


 目の前で不満そうに口を尖らせる悠也に、咲茉えまが困ったと眉を寄せてしまう。


 そして渋々と、彼女は言いづらそうに続けていた。


「今日ね。凛子ちゃん達、夏服とか買いに行きたいらしいの。あと……新しい下着とかも」

「その時は外で待ってるって」

「……私もそれで良いんだよ」


 実のところ、悠也が一緒に行くことは咲茉も素直に言えば賛成だった。


 悠也と常に一緒にいることを最優先している彼女にとって、仮に彼と一緒に下着を買いに行くことも問題ではない。


 しかし、それは彼女が悠也の恋人であるからこそ成り立つ話だった。


「でも流石に……友達でも男の子が女子の下着買うのについて行くのは、やっぱり駄目かも」


 友達でも、異性に見られたくない買い物もある。それが女の子なら尚更だ。


 たとえ店まで一緒に行かなくとも、男子の前で買った下着を持っていること自体が恥ずかしいと思う女子もいるだろう。


 実際、咲茉も悠也以外の男子と一緒に下着を買いに行くなど論外だった。


 それを考えれば、どんなに悠也と仲が良くとも凛子達がどう思うかも察せてしまう。


「……そうだよなぁ」


 そこまで言われてしまえば、やはり悠也も納得するしかなかった。


 その手の女子達の買い物に平然とついて行けるほど、悠也も空気が読めないわけではない。


 普通に考えれば、一緒に行けるはずがなかった。


「でもさぁ、最近物騒だろ。心配なんだけど」


 ここ1週間で、よく見るようになったニュースを思い出せば悠也も引き下がれなかった。


 若い女性を狙った暴行事件は、未だに犯人は捕まっていない。むしろ被害が多くなっているほどだ。


 ニュースの情報が正しければ、主に犯行は夕方から夜に行われ、集団で1人の女性に襲い掛かるらしい。


 ここまで事件が大きくなると、夕方から警察が巡回警備を強化するとニュースでも言っていた。更に女性の夜の外出は控えるようにと注意喚起も出てしまっている。


 それを踏まえれば、悠也が心配するのも当然のことだった。


「分かってるよ。私だって怖いし、だから夕方までに解散するよ」


 悠也の心配は、咲茉も理解している。だが、それでも彼についてきて欲しいと自分だけの我儘を凛子達に通せるほど、咲茉も空気が読めないわけではない。


 しかし今、世間を騒がせている今回の事件を考えれば女の子だけで街まで遊びに行くのは非常に危険である。


 それを考慮して、あらかじめ今日は朝から集合して夕方までに解散する予定と咲茉達は決めていた。


「それでもやっぱり心配なんだって。他の男から見たら、咲茉って可愛くて……」


 そこから先は、流石の悠也でも言葉に詰まった。


 容姿が整っていて、なおかつ彼女の年齢不相応な体つきは、男からすれば嫌でも目につく。


 細い身体に、一際育った胸と安産型とも言える腰回り。まるでモデルのような体型の彼女を放っておくほど、世の中の男は馬鹿ではない。


 たとえ今日の彼女の出かける姿が大きめのシャツとジーンズという身体の線が出にくいファッションでも、分かる人間には分かってしまうだろう。


 しかしそれを面と向かって本人に言えるほど、悠也も恥知らずではなかった。


「可愛くて……なに?」

「とにかく! 心配なんだよ!」

「……急にどうしたの?」


 急に大声を出した悠也に、不思議そうに咲茉が首を傾げる。


 そんな彼女に、悠也は誤魔化すように鼻を鳴らしていた。


「大したことじゃない。心配なだけだ」

「……?」


 分からないと困惑した咲茉が眉を寄せてしまう。


 そんな彼女を見つめながら、やはり心配だと悠也は思うしかなかった。


 咲茉のことを考えれば、意地でも我儘を通すべきではないかと。


 今も彼女からは男性恐怖症になった原因は明かされていない。


 もう6月になった。悠也の記憶が正しければ、咲茉が今の状態になった原因となることは7月に起きるはずだ。


 その時、彼女の身に何かが起きた。それが原因で、彼女は全てを捨てて部屋に引き籠もってしまったのだ。


 何が起きたのかも、悠也も想像しかできない。あり得ないと思いたくても、仮に今回の事件が原因だとすれば彼女と離れるべきではないと考えてしまう。


 そのことを考えていると、今でも悠也の中に拭えない疑問が残されていた。


 もし今、世間を騒がせている暴行事件が咲茉の男性恐怖症の原因なら――昔の自分が気づいてない方がおかしいと。


 これだけニュースに取り上げられているのなら、当時の悠也自身も暴行事件を知っているはずだった。


 今回の事件が話題になり、咲茉が転校してしまった。もし考えられる中で最も最悪な予想通りの流れで彼女が男性恐怖症になっていれば……間違いなく気づいていなければおかしい。


 だが何度も振り返っても、悠也にはその記憶が全くなかった。咲茉が転校した当時に暴行事件が起きていた記憶がない。


 その奇妙な違和感が、今も悠也は拭えていなかった。


「明るいうちに帰ってくるから大丈夫だよ。それに……今日行くのだって終わったら悠也が迎えに来てくれるから行くんだよ?」


 それは咲茉にとっても嬉しい提案だった。


 本当は行くことを直前まで悩んでいたのだが、一緒に行けないと知った悠也の提案で遊びに行くことを決めていた。


 行きは凛子と雪菜が迎えに来て、帰りは悠也が迎えに来る。この送り迎えがあるからこそ、咲茉は行けると判断していた。


 武術を会得している雪菜なら男性に迫られても返り討ちにできる。そして彼女とまでは行かなくとも、凛子も頼りにはなる。


 そして悠也は男だ。加えて最近から武術の合気道を習っていれば心強い。


 ここまでされると過保護ではと咲茉も思いたくなるが、それで安心できるのなら、正直どうでも良くなった。


「ちゃんと迎えに来てくれるんでしょ?」

「勿論、少し早く行って待ってる」


 即答する悠也に、思わず嬉しくなった咲茉から笑みが漏れた。


「そこまでしなくても良いよ。終わる頃に連絡するし、悠也が来るまでみんな待ってるって言ってくれたから」


 男性恐怖症の咲茉を一人にさせないと乃亜達が率先して提案してくれたことは、素直に咲茉も嬉しかった。


「他のみんなは大丈夫なのか?」

「うん。凛子ちゃん達も迎えに来てくれるんだって。仕事終わりのお父さんが迎えに来たり、家族と合流してご飯食べに行くらしいよ」

「それなら大丈夫そうだな」


 それぞれ帰りの心配がないことは安心できる。


 もし迎えがなければ全員を送ろうと考えていた悠也にとって、手間が省けたのは有り難いことだった。


「みんな、家族が迎えに来てるのか。そうなると俺だけじゃ不安だな」


 他の全員に大人が迎えに来ると考えると、子供の自分だけでは頼りなく思えてしまう。


「悠也が一緒なら大丈夫だよ。安心できるもん」

「うーん」


 問題ないと咲茉から言われても、やはり周りと見劣りしてしまう気がして、悠也が唸る。


 そんな時だった。


「なら私も一緒に行ってあげるわよ?」


 キッチンで三人分のコーヒーを淹れてきた悠奈が、悠也にそう告げていた。


「いや、母さんも女だろ?」

「そこは安心なさい。今日は達也さんも仕事早く終わるって言ってたのよ。だから達也さんに連絡して、夜はみんなでご飯でも行きましょ?」

「それなら、まぁ……」


 父親も合流するのなら話は変わる。大人の男性がいるのなら、心強さは段違いだった。


「折角だし、咲茉の御両親にも声を掛けましょうよ。咲茉、呼んでも良いかしら?」

「うん。良いよ。私もみんなでご飯行きたい」


 それに咲茉が喜ぶのなら、下手に口を出すのも控えるべきだろう。


 夕方から大人達と合流できれば、当然だがより一層安心できた。


「なら咲茉の御両親には連絡は私からしておくわ。だから悠也も安心して見送ってあげなさい。喧嘩の強い雪菜さんもいるんだし、昼間で人の多い街なら襲われることもないわよ」


 淹れたてのコーヒーを悠也と咲茉に渡しながら、悠奈が微笑む。


 確かに、彼女の言う通りだった。


 そんな危ない事件が昼間に起きるはずがない。人の多い場所なら尚更だった。


「……そうだな」


 受け取ったコーヒーを飲みながら、渋々と悠也は頷いていた。


 

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