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第47話 惜しかったね~


 悠也達の通う青彩あおさい高校では5月末に行われた中間テストの結果は、6月初週の月曜日に発表される。


 各授業で答案用紙が返却され、そして最後に学年毎の順位が発表されるのが、この学校の通例でもある。


 だが発表されると言っても、決して全順位が公開されるわけではない。


 これも時代の流れらしい。全順位を全校生徒に晒すことが悪であると強く指摘する一部の大人達よって、今では発表される順位は限定されてしまった。


 各学年、上位30名まで。それがこの近年で青彩高校が定めた発表される順位の総数だった。


「あんなに頑張ったのに……」


 その日の昼休み。先生達によって掲示板に貼り出された順位を見た瞬間、その場で凛子の身体が膝から崩れ落ちた。


「あんなにたくさん、勉強したのに……ッ!」


 今にも泣きそうな表情で、目尻に涙を浮かべた凛子が呆然と掲示板を見つめる。


 その視線の先には――17位、鳴井凛子と書かれていた。


「……凛子ちゃん」


 その場で膝から崩れ落ちた凛子の背中を、咲茉が優しく撫でる。


 その優しい慰めが、更に凛子の顔を歪ませてしまった。


「うぅっ……!」


 今日までの辛い日々を思い出した凛子の頬に、涙が落ちていく。


 その瞳が見つめる先には――2位、高瀬悠也という無慈悲な結果が書かれていた。


 それが何を示しているのか、凛子本人が分からないはずもなく。その事実に、彼女は悔しさのあまり、胸の底からこみ上げてくる感情を抑えきれなかった。


 授業を真面目に受けて、学校や咲茉達と行った勉強会でも、そして自宅でも、一切遊ぶことなく使える全ての時間を、彼女は寝る間も惜しんで勉強に捧げてきた。


 それこそ、まさしく拷問と呼ぶに相応しい勉強の日々を超えて、もう乃亜から万全だと太鼓判まで押されたというのに――


「悠也に勝てなかったぁ~!」

「よしよし……今日まで本当に頑張ってたもんね。今回は勝てなかったけど、それでも学年で17位は本当に凄いよ。凛子ちゃん」

「ううっ、咲茉ぁ〜!」


 本当に悔しかったのだろう。凛子が涙を流しながら、その場で咲茉に抱きついていた。


 ただの中間テストで、ここまで泣く生徒がいるとは思うはずもなく。彼女を見た周囲の生徒達が困惑してしまう。


 しかし咲茉はそんなことを気にする素振りもなく、自身の胸に顔をうずめる凛子の頭を優しく撫でていた。

 

「そんなに泣いたら駄目だよ。今回が駄目でも、また次があるよ。凛子ちゃん」

「あんな辛いのもうやだぁ! もう次からは赤点取らないくらいで良い!」


 あの強気な凛子は、どこに行ってしまったのか?


 彼女を知る者なら、誰もがそう思ってしまうほど凛子は弱りきっていた。


「そんなこと言わないで……今回これだけできたんだから、また頑張れば次は勝てるかもしれないよ?」

「やだぁ……もう勉強しないっ!」


 まるで駄々をこねる子供のように、咲茉の胸の中で凛子が頭を何度も振るう。


 たとえ短い期間と言えど、彼女の血の滲むような努力を知っているからこそ、咲茉も掛ける言葉に悩んでしまった。


 正直に言うと、今回の結果は咲茉達も予想外だった。


 勝負の結果としては凛子にとって残念な結果となってしまったが、それでも今回の彼女のテスト結果は上々過ぎた。


 凛子の17位。それは咲茉の5位や雪菜の3位には劣る順位だが、それでも今までの彼女の成績を考えれば十分だった。


 学年毎の生徒数は、それぞれ約200名。つまり、その約15%となる上位30名に入ることができれば、名実共に学年内で最も成績が優秀な生徒として扱われる。


 あの勉強の苦手だった凛子が、その30名に入っている。そこまで至った彼女の努力は、紛れもなく褒められるべき成果でしかない。


「流石に私も、ここまで良い結果になるとは思わなかったよ~」


 凛子達と肩を並べて掲示板を眺めていた乃亜が、凛子の順位を見るなり、感嘆の声を漏らしてしまう。


 昔から凛子の地頭の良さは乃亜も知っていたが、やる気次第でここまでの結果が出るとは彼女も予想外だった。たとえ至る努力が苛烈だったとしても、それでもこれは上々の結果だった。


「今回でこれならちゃんとやれば悠也に勝てそう。また次に備えて毎日ちゃんと授業受けておけば、今回みたいな苦労しなくて済むし~」


 今回、凛子が苦労することになってしまったのは日々の努力を怠っていたからだ。基礎学力が低ければ、その分だけ苦労してしまうのだから。


 元々、凛子はテスト対策を始める時点で不利を背負っていた。言ってしまえば、彼女の敗因はそれだけだった。


「凛子っち。今回のテストはケアレスミスが多かったからだよ。詰め込み過ぎたから、簡単な凡ミスが多かった」

「ううっ……!」


 今回の敗因を乃亜が語れば、凛子が泣きながら鋭い目つきで彼女を睨む。


 だが、乃亜は淡々と事実を告げていた。


「だから、次勝ちたいなら授業くらいは受けてくよ~に。ある程度の学力があれば、次の期末か学期末くらいには悠也を泣かせられるかもよ~」

「……ほんと?」

「もちのろーん。私が教えるんだから、それぐらいは保証してあげるよ~」


 涙声で訊き返してくる凛子に、乃亜が微笑みながら頷いて見せる。


 そして誇らしげに乃亜が掲示板を指差すと、えっへんと胸を張っていた。


「この学年順位1位の私の言葉を信じなさーい!」


 1位、秋野瀬乃亜。学年内で唯一の全教科満点となる500点を叩き出した猛者が、高らかにそう宣言していた。


「ちゃんと授業受けたら、次……勝てる?」

「今回よりも可能性はあるよ~」

「アイツの腹立つ顔、泣かせられる?」

「凛子っちに負ければ泣いちゃうかもね~」

「……なら、少しずつ頑張ってみる」


 乃亜の言葉に、凛子が悔しそうにしながらも小さく頷く。


 そして鼻を啜りながら咲茉の胸の中で、彼女は悔しそうに泣いていた。


 そんな彼女を横目に、乃亜は近くで崩れ落ちている挑戦者に嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「さぁーて、今回の挑戦者の悠也く~ん? 今のお気持ちわぁ~?」

「……ッ!」


 跪いていた悠也の顔を、乃亜が下から覗き込む。


 まるで人の心をどこかに置いてきたような乃亜の憎たらしいほど満面な笑みが、悠也の感情を逆撫でした。


「惜しかったね~? たったの6点差で負けちゃったもんね~?」

「このチビッ……!」

「敗者に睨まれても怖くないもーん。同じ満点だったら引き分けだったのにね~」


 そして僅差で負けた事実が、悠也の悔しさを倍増させる。


 彼も、絶対に勝つと意気込んで今回のテストで満点に近い点数を叩き出した。


 しかし些細なミスによって、僅かの差で乃亜に届かなかった。


 それが、死ぬほど悔しくて堪らなかった。


「じゃあ約束どーり、何でも言うこと聞いてもらう権利はもらうからね~」

「……お前、なに言い出すつもりだよ」


 悠也と乃亜の勝負で取り決められた報酬……それを乃亜が何に使うのか?


 嫌な予感しかしない悠也だったが、乃亜は微笑んだまま、わざとらしく肩を竦めていた。


「今は使わないよ~」

「は……?」


 意味が分からないと困惑する悠也に、乃亜が意地の悪い笑みを見せる。


「使う期限は決めてないよ? なら私がいつ使うかは、私の自由だよね~?」

「お前、それズルだろ……!」

「ズルじゃないよ~。決めなかった悠也が悪いの~」


 後から変更は認めない。そう言ってるとしか思えない乃亜の態度に、悠也が苦悶する。


「こういうのは使うタイミングが大事なんだよ。それまではストック1個、ちゃーんと覚えておくんだよ~」

「このガキ……っ!」

「自分もガキなのに面白いこと言うねぇ~」


 勝者の余裕を見せつけられて、悠也が唸る。


 しかしそんな彼に、乃亜は変わらず楽しそうに笑うだけだった。


「まぁ、そんなことは良いとして。テストも終わったし、やっと遊べるよ~」


 満足だと、その場で乃亜が背伸びをする。


 その小さな背中を見ながら、雪菜が頷いていた。


「そうですね。やっと皆さんで遊べます」

「今週末が楽しみだよ~」

「……なにかするのか?」


 楽しそうに話す乃亜と雪菜の二人に、ふと悠也は訊いていた。


 怪訝に首を傾げる彼に、乃亜が嬉しそうに答えた。


「みんなで女子会だよ~! スイーツ食べまくるぞい!」

「お買い物もありますけどね」


 続けて、雪菜が補足する。


 女子会。そう言われてしまえば、悠也も頷くしかなかった。


「咲茉も行くのか?」

「うん。私も買いたい物あるから」

「じゃあ俺も――」


 凛子を慰めている彼女が行くなら、自分もついていこう。


 そう思った悠也だったが――


「女の子の大事な買い物だよ~? もしかして、ついてくるつもり~?」

「え……」


 乃亜の拒否によって、悠也は言葉を失っていた。


「……駄目なのか?」

「それを言わないと分からないなんて言わせないぞ~?」


 果たして、男が居ては駄目な買い物とはなにか?


 その疑問は、考えなくても分かってしまった。


「彼女の咲茉っちだけならともかく、友達でも男の人に見られたくない買い物くらい女の子にはあるのだよ~」


 そして追撃を受けてしまえば、もう悠也も言えることはなかった。


 だがそれでも、納得できないと悠也が不満げに顔を歪める。


 それを咲茉がなだめる光景を、乃亜達は呆れたと眺めていた。


 補足だが、この場で一人で放心している啓介の結果は――とても無残なものだった。

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