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第46話 絶対嫌


 一晩眠れば、悠也の身体も随分と楽になった。


 これも長い睡眠のおかげだろう。身体の調子も良くなり、頭もスッキリと冴えている。やはり寝不足は身体に毒なのだと再認識してしまう。


 たとえ精神が耐えられると言っても、身体は違ったらしい。大人と違って子供の身体では、多少の無理にも限界があるようだ。


 社会人だった頃は当たり前だった生活も、子供の身体では一週間も耐えられないことがもどかくして仕方ない。


 だから悠也も正直に言ってしまえば、昨日までかなり辛かった。積み重なった睡眠不足の所為で、気を抜くと常に襲い掛かってくる眠気をカフェインで誤魔化すのにも限界があった。


 それを踏まえると、今回の長時間睡眠は悠也にとって非常に有り難かった。中間テスト前日に体調が回復すれば、またテストが終わるまで無茶ができる。


 この経験によって、悪いことに悠也は限界の使い方を覚えてしまった。ある程度の無理をしても、一晩休めば回復できると。


 それが後々、あの咲茉を未だかつてないほど激怒させてしまうのだが――それを今の悠也が知る由もない。


 そんな些細なことはともかく、無事体調が回復した悠也には疑問があった。


 どうして咲茉えまを家まで送る為に仮眠していたはずなのに、自分は朝まで熟睡してしまったのか?


 その疑問は彼が目を覚ました直後、自身の母によって知ることになる。


「……ん?」


 雀の鳴き声が響く早朝。目を覚ました彼の視界には、なぜか咲茉の寝顔があって。


「すぅ……すぅ……」


 鼻腔をくすぐる彼女の匂いが、寝起きだった悠也の脳を焼き尽くす。


 そして少し視線を動かせば、薄着で眠る彼女の胸元から覗く白い綺麗な肌と胸。


 明らかに同年代の女子とはかけ離れた、それこそ男には凶器と言っても過言ではない部分が目の前にある。


 そんな状況で悠也の身体が反応しないはずがなく――


「――なんで咲茉が俺と同じベットで寝てんだよッ‼︎」

「……ふえ?」


 身体が反応するよりも先に悠也が脊髄反射で叫ぶと、寝てる咲茉を叩き起こしていた。





「まーだ怒ってるわよ、ウチの息子。まったく……年頃の男の子には困ったものねぇ〜」


 朝も7時を過ぎた頃、登校前のひと時をリビングでホットコーヒーを飲んで過ごしていた悠也に、悠奈は呆れたと失笑していた。


「うるさい。あんなの誰だって怒るに決まってるだろ」


 不満そうに表情を歪めながら、悠也がコーヒーをすする。


 そんな彼に悠奈は深い溜息を吐くと、隣で顔を真っ赤に染めている咲茉を横目にコーヒーを啜っていた。


「大好きな女の子が一緒に寝てくれるなんて男の子なら嬉しいはずでしょ?」

「親の差金だったから怒ってんだよ。それぐらい分かれよ」


 あり得ないと、悠也が悠奈を睨む。


 しかし悠奈は気にする素振りもなく、コーヒーの入っているカップに口を添えていた。


「だってこうでもしないと寝ないでしょ? どーせ咲茉を送ったら、またこっそり勉強するつもりだったんじゃないの?」

「……そんなわけないだろ」


 思わず、悠也の表情が強張る。


 その反応に、また悠奈が深い溜息を吐き出していた。


「隠れて勉強するなんてお見通しよ。昨日、咲茉から聞いたわよ。私と達也さんを見張りにさせるって言ってたみたいだけど……あとで私達を言いくるめて勉強するつもりだったでしょ?」

「…………」


 目を細めて問い質す悠奈の視線に、無言の悠也が顔を逸らしてしまう。


 やはり予想通りだったと、呆れた悠奈が肩を落とした。


「ここ最近の悠也は頑張り屋さんだったから、親なら分かるわ。毎日夜遅くまで勉強してることも知ってたし、それで朝早く起きてるんだから寝不足にもなるわよ。咲茉に心配させるんじゃないの」

「……仕方ないだろ。勉強しないと良い点取れないし」

「それで身体壊したら元も子もないわよ。だから私達じゃなくて咲茉を見張りにさせたんだから、咲茉に止められたら悠也も言い返せないでしょ?」


 それは朝の一件で悠也が慌てふためいている時、騒ぎを聞きつけた悠奈によって聞かされた話だった。


 昨日の夜。咲茉の膝枕で悠也が眠ってしばらく経った後、悠奈が様子を見に来た時のことだった。


 悠也が眠っている経緯を聞いた悠奈は、その場ですぐ咲茉に泊まることを提案し、夜中に息子が起きて勉強しないように見張ることを命じていたのだ。


 悠奈から聞くところによると、膝枕で眠っている悠也をベッドまで移動させるのには一苦労したらしい。その時に起きなかった自分を、悠也は心の底から殴りたかった。


 その結果――朝の一件が生まれてしまった。


「それにしたって年頃の息子と彼女と一緒のベッドで寝かせる親が普通いるか?」

「二人とも昔はよく一緒に寝てたじゃない? 前だって二人で昼寝してる時もあったでしょ?」

「それ、俺達が何歳の話だよ。あと昼寝は別に関係ないだろ……まったく、なにかあったらどうするつもりだったんだか」


 いくら親公認と言えど、若い男女を同じ布団で寝かせるのは考えものである。


 もし間違いが起これば、それを促した悠奈に責任がある。


 元より絶対に咲茉と間違いは犯さないと断言できる悠也だったが、だからと言って良いことだとは言えなかった。


「今更なに言ってるのよ。悠也が私の咲茉をどれだけ大切にしてるかって分かってるから気にしてないの。それぐらい私の息子なら分かりなさい」

「……」


 見事に当てられてしまえば、悠也も返す言葉がなかった。


 咲茉が男性恐怖症を持っているいない関係なく、どんなことよりも悠也は彼女のことを大事にしている。


 一時の感情で彼女に迫るなど、絶対にしてはならない。それだけはしないと悠也は強く自身に言いつけている。


 これからもずっと彼女と一緒にいるために。そして今よりももっと好かれて、嫌われないようにしようと心に決めているのだ。


 そんな覚悟を決めている悠也が、咲茉に無理矢理迫るはずもなかった。


「……うるせぇ」


 どうにか声を絞り出した悠也の眉間に皺が寄る。


 それが単なる照れ隠しと分かっていれば、なにも怖くもなかった。むしろ悠奈からすれば息子の可愛い一面に微笑んでしまうくらいだった。


「ほらほら、咲茉。ちょっと見なさい。ウチの息子、咲茉のこと好きで好きで堪らないみたいよ~?」

「あぅ……」


 悠也と一晩眠っていたことを思い出して、恥ずかしさのあまり真っ赤にしていた咲茉の頬が悠奈によって更に赤く染まっていく。


「ふふっ、本当に可愛いわぁ~。大好き」


 もうトマトのように赤くなった咲茉を悠奈が抱きしめる。


 彼女の胸の中で唸る咲茉がチラリと悠也を見れば、恥ずかしいと言いたげに悠奈の胸へと顔をうずめてしまう。


「茶化すな! いい加減、本気で怒るぞ!」


 まるで揶揄われているようにしか思えない母親の態度に、思わず、悠也は舌打ちを小さく鳴らしていた。


「そんなに怒るんじゃないの。別にそれだけで咲茉を泊まらせたわけじゃないわ」

「……他になにかあるって? 嘘だろ?」


 信じられず、悠也が怪訝に眉を顰める。


 そんな彼に、悠奈は抱き締めている咲茉の頭を撫でながら答えていた。


「昨日、ちょっと変なニュース見たのよ」

「……ニュース?」


 その話のどこに、今の状況と関係があるというのか?


 意味が分からないと悠也が首を傾げると、悠奈が点いていたテレビを指差していた。


「自分で見てみなさい。今ちょうど、そのニュースやってるわよ」


 悠奈に促された悠也が点けていたテレビに視線を向けると、


『次のニュースです。市内で若い女性だけを狙った暴行事件が多発しています』


 随分と物騒なニュースが流れていた。


『また昨日未明。複数人の男性から襲われたと被害者の女性から新たな相談があり、今回の件で警察はより一層捜査を強化する方針を発表しました。いまだ犯人は特定できず、警察は夜の外出は控えるよう呼びかけを行っています』


 見れば見るほど、嫌悪するニュースに悠也の表情が厳しくなる。


「このニュース、昨日からずっとやってるのよ。襲われた人、実は結構いるらしいわ」


 確かに悠奈の言う通り、しばらくニュースを見ていれば、その内容も語られていた。


 そのニュースを見ていると、ふと気になった点を悠也は何気なく訊いていた。


「普通、警察に相談しないってあり得なくない?」

「しないじゃなくて、できないのよ」

「……?」


 思わず、悠也が首を傾げる。


 その反応に、悠奈は頬を引き攣らせながら答えていた。


「自分が、そんな被害にあったなんて他人に言える女性は少ないのよ」

「ふーん、そういうもんか」

「だから悠也が送り迎えしても危ないから咲茉を泊まらせたのよ」


 そう言われれば、悠也も納得してしまう。


 しかし、どうにも不可解だった。


 暴行――ただの暴力を受けただけなら、それは他人に言える話だろう。


 果たして、それ以外の意味があるのだろうか?


 妙に気になった悠也が、スマホを取り出して調べてみる。


 そして検索して調べた内容に、悠也は嫌悪で顔を歪めていた。


「それが良い。これは流石に……夜は出歩かせない方が良さそうだ」

「でしょ?」

「母さんだって危ないから出歩くなよ?」

「達也さんにも言われたから大丈夫よ。なるべく買い物は昼間で済ませるわ」


 すでに悠奈も被害に遭わないよう気をつけているのなら、一応は安心できた。


 それもそうだろう。悠也が調べた内容が本当なら、心配するに越したことはない。


 悠也が調べた暴行という単語。それはニュースでは、とある隠語として扱われていた。


 ただの暴力以外の意味――それは、異性または同性に性的な暴力を振るうことだった。


「それなら咲茉も、夜は俺の家に来るの控えた方が良いかもな」

「嫌……それだけは絶対に嫌、悠也の家に来る」


 その時だった。なぜか悠奈に抱き締められていた咲茉が、ハッキリとそう告げていた。


 先程まで恥ずかしがっていた態度と打って変わって、どこか怯えた表情を見せている。


 きっと自分のことに置き換えたのだろう。そう考えた悠也は、我儘を言う彼女に眉を寄せていた。


「……なら毎回泊まることになるぞ?」

「それでも良い。お母さん、良い?」

「良いに決まってるじゃない。でも、咲茉も家には連絡しないとダメよ?」

「うん。ちゃんとする」


 娘が泊まることは、悠奈も嬉しいらしい。


 それは悠也も同じだったが、少しだけ気になった。


 果たして――タイムリープする前は、こんなニュースがあっただろうかと。


 しかし思い出そうとしたところで、10年前のニュースなど覚えているはずもない。


 少し頭に引っ掛かるものがあると思いながらも、悠也は渋々と咲茉に頷いていた。

読了、お疲れ様です。


この先から、更に話が動いていきます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >果たして、それ以外の意味があるのだろうか? 妙に気になった悠也が、スマホを取り出して調べてみる。 ↓私も主人公の余りの鈍さに違和感を覚えてしまいます。咲茉の男性恐怖症にも絡みそうな…
[一言] 少し違和感があるかも? 多分、高校生くらいの子でも、「女性が複数の男性に暴行を受けた事件で、なかなか言い出せないケース」という流れで、どういう意味か分からないのは極一部だと思う。 中身が大人…
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