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第43話 勝負しようよ?


 こうして始まった悠也達の勉強会は、何事もなく行われた。


 過去に幾度となく行われてきた彼等の勉強会は、すでに始まった時点で終わるまでの流れは決まっていた。


 まず特に成績の悪い啓介と凛子に、乃亜からスパルタと言っても過言ではない教育が行われ、二人が悲鳴を上げる。


 それを横目に、雪菜と咲茉えまの二人が互いに分からないことを訊き合い、互いに教え合う。


 そしてしばらく経った後、定期的に啓介と凛子に問題を解かせている間に、乃亜が雪菜と咲茉の相手をする。


 この時だけは流石の乃亜も二人まとめて教えることはできず、必然的に彼女が勉強を教えるのは一人ずつになってしまう。


 そこで空いている方が自身の復習を兼ねて問題を解いている啓介達をフォローしていく。


 この流れをひたすら繰り返していくことが、彼等が昔から行っているいつもの勉強会だった。


 この場にいる全員の成績の幅が大き過ぎるため、乃亜が全員に教えようとした結果――自然と今の形に落ち着いてしまった。


 だがしかし今回の勉強会から、少しだけ違いがあった。


 それは悠也の立ち位置だった。


 今までは啓介や凛子と並んで三馬鹿と乃亜から罵られていた悠也だったが、乃亜の作ったテストで実力が認められ、雪菜と咲茉の二人と一緒に勉強することとなった。


 一度は乃亜からカンニングを疑われていてしまったが、勉強会が進めば、彼女も素直に悠也の学力を認めていた。


 今の悠也が持っている学力は、カンニングする意味がないと。


 そして気付けば、悠也は分からないことがあれば乃亜に訊き、この度から晴れて“馬鹿デュオ”と改名された啓介と凛子の勉強を教える立場となっていた。


 そんな変化が起きた勉強会が始まって数時間後――


「……やっぱりムカつくんだけど」


 凛子が唐突にテーブルに突っ伏すなり、疲れ果てた顔で悠也を睨んでいた。


「……は?」


 勉強の一休みと雪菜が用意した和菓子を摘まんでいた悠也が、唖然と声を漏らす。


 そして彼と同じように和菓子を摘まんでいた咲茉達もわけが分からないと怪訝に眉を寄せていた。


「俺、お前になんかしたか?」


 考えても全く心当たりのない悠也が怪訝に問うと、凛子がムッと口を尖らせた。


「さっきから悠也の教え方、死ぬほど分かりやすくてイラつく」


 果たして、その言葉のどこに腹を立てる部分があるというのか?


 そう思うしかなかった悠也の困惑していると、


「私と同類だと思ってた奴に勉強教わるのがここまで屈辱だと思わなかった……アンタから教わって問題解けた時のこと思い出すだけでイライラしてくる」


 そう言った凛子が悔しそうに顔を歪めていた。


 握りしめている拳がぷるぷると震えているのを見る限り、本気で怒っているらしい。


 悠也から勉強を教わり、問題を次々と解けている事実が受け入れられないと。


 更に言えば彼の教え方が理解しやすいことに、より一層に彼女は腹を立てていた。


「ならお前も勉強して俺より頭良くなってみろ」

「……その上から目線、ムカつくんだけど?」


 煽られたと思ったのか、凛子の目が更に鋭くなる。


 だがしかし、悠也は彼女を煽ったつもりなど微塵もなかった。


「別に上から言ってねぇよ」

「だから、その知ってて当然だって態度がムカつくって言ってんの」


 理解していることを教えているのだから、分かっていなければ教えられない。


 そんな当然のことで腹を立てている彼女に、悠也は呆れるしかなかった。


 と思えど、傍から見れば短期間で学力が驚くほど向上した自分に凛子が腹を立てる気持ちも分からなくはなかった。


 屈辱とまでは流石に思わないが、今まで同じ馬鹿だと思っていた人間に勉強を教わるのは、確かに面白くない。


 まるで自分が劣っていると言われているような気分になる。その相手が仲の良い友達なら、尚更悔しいと思うのも少しだけ分かってしまった。


「凛子だってやればできるだろ。今だって教われば問題も解けるようになってるんだし、普段から勉強すれば良いだけだ」


 これは悠也が教える側になったからこそ分かることだったが、凛子は決して頭が悪いわけでなかった。


 教わったことを理解して問題を解けている。なぜ問題が解けるのかも、聞けば答えられる。


 そこまでできる理解力があるのに、興味がないからとすぐに忘れてしまうのが悠也から見た彼女の悪いところだった。


 以前――と言っても、これは悠也がタイムリープする前の話だが――乃亜がなにげなく話していた。啓介と凛子、そして悠也の三人は、知識を得ることの楽しさが理解できないから勉強ができないのだと。


 それは悠也がまだ子供だった頃は微塵も理解できないことだったが、大人になると思い知らされた。


 勉強をしなかった後悔と、知識が増える楽しさは大人になるまで分からなかった。


 それを子供の頃からすでに分かっていた成績優秀な乃亜達を、悠也は素直に尊敬していた。


「少し私より勉強できるからって偉そうに言いやがって……!」

「悔しいなら次のテストで俺より点数取ってみろ」

「舐めやがって……絶対アンタより良い点取ってやる!」


 全くもって理不尽でしかなかったが、その怒りが彼女のやる気を上げているのなら悠也も特に何も言うことはなかった。


 たとえその目標が困難な道であろうとも、テスト結果として高得点が残されるのなら彼女を怒らせておくのも悪い選択ではないだろう。


 そう判断すると、悠也はあえて彼女を怒らせることにした。


「なれるもんならやってみろ。あと1週間、必死に勉強しても俺に追いつくとは思えないけどな」


 もうテストで高得点を獲得できると確信している悠也からすれば、たかが1週間程度の勉強で凛子に負けると思うはずがなかった。


 タイムリープしてから今日まで積み重ねてきた勉強が、悠也に確固たる自信を持たせていた。


「……あ、だめだ。キレそう」

「凛子ちゃん? 手を出すのは駄目だよ?」


 右手の拳を震わせる凛子に、慌てて咲茉が声を掛ける。


 おそらく今の言葉がなければ、間違いなく悠也は殴られていただろう。


 咲茉の予想は的中していた。彼女の制止に、凛子は渋々と握っていた拳を下ろしていた。


「咲茉ぁ……だって悠也が」

「悠也、ちょっと言い過ぎだよ」


 悔しそうに顔を歪める凛子に、仕方ないと咲茉が悠也を窘める。


 だがそれでも、悠也は謝るつもりはなかった。


「別にテストの点数で競うくらい普通だろ?」

「それはそうだけど……」


 確かに普通の学生ならテストの点数で競い合うのは、なにもおかしくはない。


 普通。それは一般的な学力を持っている生徒。


 果たして、凛子がその一人に含まれているかは流石の咲茉でも言葉にできなかった。


「って言っても、勝負になるかは分かりきってるけどな」

「……なんだって?」


 無意識に咲茉が言葉を選んでいると、なぜか悠也が凛子を更に煽っていた。


 その姿に、咲茉は思わず怪訝に首を傾げていた。


「勝てない相手に挑むなんて可哀想だとは思うけど、少しは勝負になるように教えてやるから安心して良いぞ?」

「……ぐぬぬ」


 子供だった時ならまだしも、大人の悠也がここまで分かりやすく他人を煽ることは実に珍しかった。


 凛子は負けず嫌いな一面を持っている。それを考えれば、彼女を煽れば反感を買うことなど悠也が分かっていないはずがない。


 そう思った瞬間、咲茉は悠也の意図を察していた。


「お? もしかして二人、勝負するつもり~?」


 一触即発の悠也と凛子に、乃亜が面白そうだと笑みを浮かべる。


 今までの会話で、乃亜も悠也の意図を察していた。凛子の人柄を知っていれば、今の彼女を更に煽ればどうなるかも分かりきっていた。


「凛子っち~。その勝負、やめておいた方が良いかもよ~?」

「……」


 鋭くなった凛子の目が、乃亜を睨みつける。


 しかし彼女から睨まれても、乃亜は飄々と事実を伝えていた。


「少し前までは同じだったけど、今の悠也の学力に勝てる見込みは薄いよぉ~? テスト期間、みっちりやれば可能性あるかもだけど~?」

「……その可能性、どれくらいだよ?」


 この言葉が出た時点で、乃亜は確信した。彼女のやる気が、今までにないほど上がっていると。


「5%くらいかなぁ~、凛子っちのやる気次第で10%くらいになるかもだけど~」


 悠也の学力を見る限り、本当は1%もない可能性だったが、あえて希望を持たせることに意味がある。


 乃亜がそう告げると、凛子の目が見て分かるほどギラついていた。


「乃亜……頼む。本気で教えて」

「ほんとに良いの~? 辛くて泣いちゃうかもよ~?」

「余計なこと言わなくて良いから、コイツに勝てるならそんなのどうでも良い」

「良いねぇ~、わっくわくしてきた」


 もし勝負の相手が咲茉や自分なら、ここまで凛子のやる気は上がらなかっただろう。同じ側だった悠也だからこそ、彼女の負けず嫌いが活用できる。


 これは期待できそうだと、予想外の展開に乃亜はほくそ笑んだ。


「そこまでやるなら、ちゃんとした勝負にした方が良さそうだね~」

「……なにかされるんですか?」


 乃亜の言葉に、雪菜が首を傾げる。


 そんな彼女に、乃亜の口がにんまりと笑っていた。


「折角だから、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くってどう~?」

「それ良いじゃん……私が勝ったら咲茉頂戴」

「やるか馬鹿」


 そもそも咲茉はモノではない。彼女を賭け事の対象にする気など悠也にあるはずがなった。


 凛子も言ってから自身の失言に気づいたらしい。不満げに舌打ちを鳴らすと、彼女は代案を提示していた。


「なら私が勝ったら一か月、私のパシリで」

「……随分と重くないか?」

「ふーん? 負けると思ってるんだ? その自信も大したことないな?」


 ここまでハッキリと喧嘩を売られれば、先に吹っ掛けた悠也も乗らないわけにはいなかった。


「その威勢もテストが終わるまでだと思うと虚しくなるな」

「……絶対ぶっ潰す」

「ちなみに俺が勝ったらジュース3本で良いぞ。俺の方に勝ち目あるし、それぐらいのハンデがあるくらいが丁度良いだろ?」

「その余裕、覚えとけよ」


 かくして、二人の勝負は執り行われることとなった。


 本来なら咲茉達も賭け事をするのは反対だったが、結果が見え、なおかつその代償が軽いと分かれば必要以上に止める気もなかった。


 結果的に凛子のテストの点数が良くなれば、彼女の小遣いは無事守られる。


 つまるところ、それだけの為に行われる勝負の結果などどうでも良い話だった。


 そう咲茉達が思っている時だった。


「じゃあ、私も……その賭けに入ろうかなぁ~?」


 ふと、おもむろに乃亜がそう告げていた。


「は……?」


 突然の言葉に悠也が困惑するが、そんなことなど関係ないと乃亜が笑みを浮かべる。


「悠也っち、私とも勝負しようよ? 賭けるモノは相手の言うことを何でもひとつ聞くで良い?」

「……お前に俺が勝てるわけないだろ?」


 思わぬ提案に悠也が咄嗟に答えるが、乃亜はクスクスと笑っていた。


「なに変なこと言ってるの~? この私にも負ける気ないくせに~?」

「……」


 まさか言い当てられるとは思ってもなく、悠也の目が僅かに大きくなった。


 その反応だけで、乃亜は確信した。


「私に勝とうなんて良い度胸だね~、そこまで自信あるなら勝負しようよ? まさかとは思うけど、負けるから嫌だなんて言わないよね~?」


 この時点で悠也に、勝負を受けないという選択はできなかった。


 凛子を煽り勝負を取り決めた手前、乃亜から煽られれば悠也も勝負を受けるほかなかった。


 それを分かっているからこそ、乃亜が勝負を挑んできているのだと悠也は理解してしまった。


「今の君に受けない理由、ないでしょ?」


 一体、乃亜が何を考えているのか見当もつかない。


 意地の悪そうに笑う彼女に、悠也は意味が分からないと顔を顰めていた。

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