第42話 馬鹿みたいな話
高校一年生の中間テストは、高校生が受けるテストの中で最も簡単らしい。
それは昼から雪菜の家に集まった悠也達に、彼等の教え役に抜擢された乃亜が勉強会を始めるにあたって、まず初めに告げた事実だった。
高校に入学した生徒が最初に受ける中間テストの出題範囲は、かなり狭い。4月から5月まで受けた授業内容と中学生の内容が多少混ざった今回のテストは、必然的に高得点が取れるようにしか作れない。
難しく作ろうと思えば応用問題が作れるらしいが、悠也達が在籍してる青彩高校の偏差値を考えれば、難しく作られる可能性は限りなく低い。
それらのことを踏まえれば、今回のテストに限っては日々の授業を真面目に受けていれば高得点を取れるはずだと乃亜は語っていたのだが――
「そもそも点数を取るなら、授業をちゃんと受けてないと話にならないんだよねぇ~」
手に持った25枚の紙を見ながら、乃亜が呑気に笑っていた。
彼女の持つそれは、今日まで高校で悠也達が受けてきた授業の理解度を把握する為に、乃亜が片手間に作った簡単なテストだった。
国語、数学、理科、社会、英語の5科目分のテスト。それを乃亜は5人に各科目を15分で解かせていた。
その採点結果が、乃亜の手にあった。
「雪菜っちと咲茉っちは流石だねぇ、問題なし。普段から真面目に授業受けてるのが分かるよぉ~」
雪菜と咲茉の解いたテストを見ながら、乃亜が嬉しそうに微笑む。
二人の点数は、全ての科目が満点に近かった。
「私から二人に言えることはないかなぁ~、この間違いもテスト勉強してれば大丈夫そうだし。ケアレスミスだけは注意~、って言うくらいだよ」
特別この二人に言えることがないと判断した乃亜が、そう言って雪菜と咲茉に解答用紙を手渡す。
しかし手渡された解答用紙を見た二人は、不満そうに眉を寄せていた。
「大丈夫、ですか……残念です。ちょっと不安なところがあったので、私も乃亜ちゃんに教えてほしかったです」
「私も……ちょっと不安なところあるかも」
「二人に教えないとは言ってないよ~。聞いてくれれば教えるからぁ~」
慌てて乃亜がそう言うと、二人は揃って安心したと胸を撫で下ろしていた。
学習意欲が高いのは良いことだ。この二人なら教えるのも苦労しない。
頭の良い二人に教えるのは、自分にとっても良い復習になる。
そう思いながら、乃亜は次の解答用紙に視線を向けていた。
「ねぇ……啓介っちと凛子っち。ちゃんと授業受けてた?」
そして問題児二人の点数を見た瞬間、彼女は深い溜息を吐いていた。
啓介と凛子の点数が、見るのも苦しくなるほど酷いものだった。
「このままだと二人とも、全部赤点だよ?」
「乃亜。俺は悪くない。授業が難しいのが悪い」
「それ、めっちゃ分かる。意味不明過ぎて眠くなる」
「……二人とも馬鹿だねぇ。これ見なよ、ひどい点数だよ」
啓介と凛子の呆れた返事に、思わず乃亜が失笑してしまう。
この二人に関しては、初めから馬鹿だと乃亜は理解していた。
それは今までの二人を見ていれば、嫌でもそう思うしかないことだった。
「別に馬鹿でも良いけど……俺、凛子には負けねぇから」
「……は? アンタに私が負けるわけないでしょ?」
「あ? 俺と大して点数変わらねぇお前に言われたくねぇわ」
乃亜が二人に解答用紙を渡した途端、なぜか二人が喧嘩を始めていた。
そんな二人に、乃亜が溜息交じりに口を開いた。
「二人とも、どんぐりの背比べって知ってる?」
「……少なくともお前が俺のこと馬鹿にしてるのは分かったわ」
「啓介、アンタそんなことも知らないの?」
ムッと顔を顰める啓介に、凛子があり得ないと驚愕してしまう。
しかし彼の馬鹿さを理解すると、凛子はどこか安心したと笑みを浮かべていた。
「そんなことも知らないとか馬鹿過ぎてウケる」
「はぁ? ならお前は知ってんのかよ?」
「分かるに決まってるでしょ。これならアンタに勝てそうだわ」
「ぐぬぬっ……!」
悔しそうに顔を歪める啓介に、凛子が誇らしそうに胸を張る。
あまりにも醜い争いに、乃亜は呆れて言葉も出なかった。
毎度のことだが、この二人の学力を上げるのは苦労してしまう。
教えても時間が経てば忘れてしまうのだから、教える側からすれば困ることしかしない。
勉強という知識を得ることの楽しさを微塵も理解してない二人には、流石の乃亜でも呆れたくなった。
「はぁ……これは苦労するなぁ」
「啓介さんと凛子ちゃんには私達も教えますから、見捨てないであげてください」
「……分かってるよぉ」
もし一人なら見捨てていたかもしれない。これも毎度のことだが、雪菜と咲茉にも手伝ってもらわなければ手に負えないだろう。
「啓介っちと凛子っちは始めから復習だね~。言っとくけど、テスト終わるまでゲームとかして遊んだらすぐ見捨てるから」
「す、するわけねぇし」
「小遣い掛かってるのに遊ぶわけないだろ!」
啓介と凛子。それぞれ見せる別々の反応に、乃亜が肩を落とす。
真面目に勉強する気なら、見捨てる気もない。そう思いながら彼女は今後の予定を話すことにした。
「毎日宿題出すから覚悟するよーに! やらないと見捨てるからなぁ~!」
そう言えば、二人の頬が引き攣っていた。
毎日の勉強会と宿題。これで最低限でも二人の学力は上がるだろう。
そう判断して、乃亜は最後の一人の解答用紙に目を向けていた。
「最後は悠也っちだねぇ~」
「……よろしく頼む」
乃亜から名前を呼ばれた途端、その場で悠也が姿勢を正した。
一応だが、乃亜のテストには悠也も自信があった。
難しくなかった。今まで勉強していれば、問題なく解ける内容だった。
しかし結果は分からない。もしかすれば予想外なことを乃亜から告げられるかもしれない。
そう思いながら悠也が乃亜を見つめていると、彼女は解答用紙を見ながら怪訝に眉を顰めていた。
「一応、確認しても良い?」
「なんだよ?」
乃亜から向けられた唐突な問いに、悠也が首を傾げていると、
「もしかしてカンニングした?」
「するわけねぇだろ!」
予想外の言葉に、思わず悠也は叫んでいた。
しかし悠也がそう言っても、乃亜はあり得ないと言いたげに彼の解答用紙を見つめるばかりだった。
「悠也っちが勉強してるってのは聞いてるけど、この点数はやり過ぎだよ~。だって咲茉っち達と大して変わらないんだよ?」
そう言った乃亜から解答用紙を渡されて、悠也が自分の点数を見ると、満点に近い点数だった。
そして隣に居た咲茉から点数を見せてもらえば、確かに彼女と大差ない点数だった。
「悠也っちが勉強するようになったのって4月くらいからでしょー?」
「……そうだけど?」
信じられないと語る乃亜が悠奈を見る目は、明らかな疑惑だった。
「確か悠也っちって暗記系苦手だったよね? 中学の頃から社会とか全然できてなかったのにビックリするくらいできてるよ?」
「マジじゃん。悠也、社会ほぼ満点」
いつの間にか悠也の背後にいた啓介が彼の答案用紙を覗き込むと、その点数に目を大きくしてしまう。
「暗記系って覚えるのは簡単だけど……悠也っちが流石にここまでできるようになってるとは思わなかったなぁ~」
「これくらい勉強すればできるだろ」
意欲を持って勉強すれば、勝手に覚えていく。
思って答える悠也だったが、乃亜は首を横に振っていた。
「先に言っておくけど、たったの1ヶ月、それも独学でここまで学力はすぐ上がらないよ?」
「そんなわけない。だって現にこうして俺の点数上がってるだろ」
事実として悠也はカンニングをしていない。乃亜の作ったテストで出した点数は、彼自身の実力である。
しかし乃亜は、今でも信じられないと言いたげに顔を顰めるしかなかった。
もし仮に悠也がカンニングしていなければ、一体どうやって学力を大きく向上させられたのかと。
「高校の数学って中学の基礎ができてないとできないんだよ。悠也っち、それも復習したの?」
「したから解けたんだって」
ここで、悠也は少し嘘をついた。
悠也はタイムリープしている。一度大学生まで通っていたことで、少なからず学力は向上している。その知識があるからこそ、中学までの復習は彼もある程度省略させることができていた。
言ってしまえば、悠也はタイムリープよるズルを活用していた。
自身がタイムリープしてることなど、悠也が話せるはずがない。仮に言ったところで、到底信じられる話ではない。
だからこそ、悠也はその事実を隠していたのだが――
それを知らない乃亜からすれば、やはり悠也の話は信じられる話ではなかった。
「1ヶ月で5科目復習……それも中学の分まで、できるわけないのに」
珍しく真剣な表情で乃亜が腕を組んで唸っていた。
そんな彼女を、悠也や凛子達が見つめていた。
「なぁ、悠也。マジでカンニングしてない?」
「凛子、お前もかよ……してないって」
唸る乃亜を他所に、凛子に訊かれた悠也が溜息交じりに答える。
やはり、ここまで学力が変われば変だと思われてしまうらしい。
悠也も少し考えれば、乃亜が困惑するのにも納得できてしまった。
「乃亜、マジで一生懸命勉強しただけだ。変に疑わなくいいって」
「そうだけど……なんか気になるんだよ」
納得できないと、乃亜が口を尖らせる。
そして渋々と彼女が悠也を見ると、なにげなく訊いていた。
「悠也の家に精神と時の部屋でもある?」
「そんなもんあるかよ」
「……じゃあ、暗記パン持ってる?」
「消化されたら忘れるだろ、それ」
「だよねぇ~」
自分で言ってて馬鹿らしいと思ったのか、乃亜が失笑してしまう。
そして最後に、ふと思い浮かんだことを彼女は訊いていた。
「それか……もしかして人生、二回目とかだったりしない?」
「……そんなわけないだろ? 馬鹿なこと言うな」
咄嗟に答えられた自分に、悠也は震えていた。
「だよねぇ~。そんな馬鹿みたいな話、あるわけないかぁ」
「頑張ってる奴によくそんなこと言えるよな」
「そうだね……ごめん、悠也っち」
そしてようやく納得したのか、渋々と乃亜は謝罪と一緒に、悠也へ頭を下げていた。
「別に気にしてない。よく考えたら、そう思われてもおかしくなかったし」
「でしょー? でも悠也がそこまで勉強できるなら、教えるのも楽かも」
教える人間が減ったことに、乃亜が嬉しそうに微笑む。
その顔を見ながら、悠也は安堵のあまり、静かに胸を撫で下ろしてしまう。
その横顔に、咲茉も密かに胸を撫で下ろしていた。
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