第39話 許せるわけがない
中間テストに向けた咲茉達による勉強会は、テスト期間に入る直前の週末から行われることとなった。
本来なら今回の勉強会はテスト期間中に行う予定だったのだが、勉強会に参加する一人の懇願によって予定の日程が少し早まった。
その参加者は、意外なことに凛子だった。
悠也達の中でも特に勉強を苦手とする彼女からの要望に悠也達も驚いていたのだが――
『高校から赤点取るとパ……父さんに赤点取った教科の数だけ小遣い減らすって言われたから、本当に、マジで私に勉強教えてください』
そう言って深々と頭を下げて懇願されてしまえば、咲茉や雪菜が快く受け入れるに決まっていた。
その二人が快諾するのなら、悠也達も特に異論が出るはずもなく。
その結果、悠也達の勉強会はテスト期間前の週末から行われる運びとなった。
かくして、今日はその週末の土曜日だった。
週末の勉強会は雪菜の提案によって、彼女の家で昼から集まる予定となっている。
勉強会が昼から行われるということは、当然のことだが午前中は好きに使える時間となる。
学校に行かなくても良い休日の午前中を、悠也が怠惰に過ごすわけもなく。
使える時間は有意義に使うべきだと悠也が思うのも、至極当然のことだった。
「……咲茉ちゃん? ウチの息子は庭でなにしてるの?」
まだ朝も早い8時を過ぎた頃。縁側のウッドデッキに座って庭を眺めていたジャージ姿の咲茉に、怪訝に悠奈が訊いていた。
自宅の庭で、なぜかジャージ姿の息子が一人で奇妙な踊りを踊っていた。
その光景を偶然見てしまった悠奈が困惑していると、咲茉は庭にいる悠也を見つめたまま答えた。
「武術の自主練だよ。悠奈さん」
「ブジュツって、あの武術? 下手な盆踊りとかじゃないの?」
「それは流石にないかなぁ……」
キョトンとした表情を見せる悠奈に、咲茉が頬を引き攣らせて苦笑してしまう。
「アレもちゃんとした合気道の構えなんだよ?」
「……合気道? ウチの息子が?」
そして続けて咲茉から返ってきた話に、素直に悠奈は困惑していた。
確かに改めて見れば、庭でゆっくりと静かに動いている悠也の姿は、時折テレビで見る武闘家のような動きにも見えた。
両手を少しだけ前に突き出し、武術の構えのように見える形から様々な動きを悠也が何度も繰り返している。
しかし今の悠也を悠奈が見たところで、武術に関する知識が全くない彼女の目には、ただ自分の息子が庭で奇妙な踊りを踊ってるようにしか見えなかった。
「最近ね、雪菜ちゃんから教わってるんだよ」
「雪菜ちゃん? あの喧嘩が強いって言う美人さんの?」
雪菜という同級生の話は、何度か悠奈も聞いたことはあった。実際に本人を見たことは彼女も片手で数える程度しかなかったが、それでも記憶に残るほどの気品さを感じる美人だったと覚えていた。
「そうそう、その雪菜ちゃんから少しずつ教わって。今は時間がある時に一人で練習するようにって言われてるんだよ」
それは悠也本人と、その場にいた咲茉しか知らないことだった。
武術の危険性を学んだ初日以降、段階を踏んで悠也は週2、3日程度で雪菜から武術――合気道を叩き込まれていた。
これは咲茉も雪菜から教わったことだが、合気道とは自ら攻めるのでなく、相手の攻撃に対する防御と反撃のみに特化した武術であるらしい。
この合気道を雪菜が選んだ理由は、悠也が武術を教わろうとした理由に起因する。
恋人の咲茉を危険から守る為に、また彼女に強引な手段で言い寄ってくる人間達から彼女を守ること。それが彼の武術を学ぶ理由である。
ならば自ら攻める必要はない。もしその場面に悠也が居合わせた時、その場で最も必要なことは相手を倒すことではなく素早く無力化させることだ。
相手を無力化させるだけなら、合気道は非常に使い勝手が良い武術である。
また悠也のことを考えれば、下手に攻め手のある武術を覚えれば加減を間違えてしまう可能性が非常に大きかった。たとえ正当防衛でも、加減を間違えれば罪に問われることもある。
それは悠也も理解している話だった。もし仮に咲茉に何かあれば、何をするか分からなくなると彼自身も公言している。
その数々の理由により、雪菜は合気道を悠也に叩き込んでいた。
「今は自然に構えができるようになりなさいって雪菜ちゃんに言われてるから、あんな風に悠也が練習してるんだよ」
今の悠也に雪菜が出している課題は、意識せずとも構えができるようになることだった。
意識で構えると間に合わない場面もある。その為、咄嗟の無意識でも構えられるようになるまで何度も反復練習をしろというのが今の悠也に雪菜に課された最初の課題だった。
もし構えができないと雪菜に判断されれば、その先は教えないと厳しく言われている。
その為、悠也は時間がある時は構えの練習をするようになっていた。
「なんで悠也が合気道なんて練習してるの?」
その疑問は、悠也を知る母であるからこその疑問だった。
今日まで息子が武術に興味を持っていたなどという話は、一度も本人から聞いたこともない。
そう思いながら問われた悠奈の疑問に、咲茉が申し訳なさそうに目を伏せた。
「それはね……私の所為なの」
「咲茉ちゃんの?」
意味が分からないと、悠奈が首を傾ける。
そんな彼女を一瞥して、咲茉は苦笑混じりに答えていた。
「ちょっと前に私が男の人が怖くなったって話、私と悠也の二人で悠奈さんに話したことなかった?」
「……そう言えば、確かに話してたわね」
少し前に、悠也と咲茉の二人からその話を聞かされたことは悠奈も覚えていた。
最初は冗談かと思うような話だった。しかし奇妙なほど真剣な二人の表情に、半信半疑ではあったが悠奈も信じることにしていた。
「それが悠也の武術と関係あるの?」
「それは――」
悠奈のその質問に、言いづらそうにしなからも咲茉は学校で起こった出来事を彼女に伝えていた。
先日、学校で男子からラブレターを貰い、彼氏がいるのにも関わらず告白されたこと。
断っても強引に迫られ、その所為で動けなくなるまで怯えてしまったこと。
そしてその所為で学校で妙な噂が出回っていることを赤裸々に咲茉が話すと、一瞬で悠奈の表情が嫌悪に満ちた表情へと変わっていた。
「その話……咲茉ちゃんの御両親は知ってるの?」
「私が男の人が怖くなったって話はしてるけど、学校のことは何も」
その返事に、悠奈の口から深い溜息が漏れた。
「私は咲茉ちゃんのことを娘のように大事に思ってるからハッキリ言うけど……その馬鹿げた話、もう子供だけの話じゃないわ。そこまで度を越した話は親が出るレベルよ」
彼氏持ちの咲茉に他の男子が告白している点は、まだ悠奈も許すことはできた。
彼女の自身もまだ学生だった時代、恋人を取られたなんて話は当時の周りでも稀にあった。
好きな人を奪い取る略奪愛もある。あまり褒められた行動ではないが、学生の恋愛ではよく聞く話だ。
贔屓目で見なくとも、悠奈から見た咲茉の容姿は群を抜いて整っている。将来必ず美人になると断言できる容姿と、非常に発育の良い体型を持つ彼女が同年代の思春期男子からモテないはずがない。
そう考えれば恋人である悠也から奪おうと考える男子が居ても、なにも不思議なことではない。
それだけなら、まだ悠奈も許せた。
しかし男性恐怖症の咲茉に言い寄る行為だけは、許容できなかった。
娘が学校で嫌な思いをしている。それを親が許せるわけがない。悠奈も咲茉のことは自分の娘だと思っているからこそ、その怒りを隠せなかった。
このことは学校に連絡するべきだろう。そう悠奈が密かに思っていると、
「うん。わかってる。それは悠也もわかってるよ」
落ち着いた表情で、淡々と咲茉がそう告げていた。
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